「おはようございまーす、斗威とうい先輩!」

GWも終わり、中間試験最終日。
僕の挨拶に、相変わらずの眉をひそめた渋い顔をして、にらむ斗威先輩。
あれから僕の家のすぐそばの児童養護施設―――あおぞら園。
で生活を始めた、斗威先輩。
毎朝僕は斗威先輩と登校していた。

 「お前は、俺の保護者か。監視か。」

 「後輩の友人です。」

僕はにっこり笑って隣にならぶ。いつもと同じ会話。
今日から部活!行きましょうね。
との僕の言葉に、うなづきはしないけど、行かないともわない。
きっと来てくれる。僕は信じていた。

ここ、あおぞら園は、飛龍ひりゅう組が設立、支援する施設だ。
親がいない子、親と一緒に住めない子。色々な境遇の子供たちが生活を共にしている。
冥旻みらちゃんは、ここで保育士さんをしているし、母ちゃんも看護師として携わっているんだ。

ヤクザが福祉事業?という人もいるみたいだけど、社会に貢献するのにヤクザも民間も関係ない。
と、僕は思う。
もちろん、本音と建前はあるのかもしれないけど、僕は間違ってない。と、思ってる。

 「いってらっしゃーい。」

あおぞら園の子供たちが手を振ってれた。
僕や姉ちゃんも当然、小さいころから出入りしている園。
ほとんどの子が顔見知りなんだ。

 「今日は、ちょっと早いね。いってらっしゃい、空月あつきくん、斗威くん。」

長くストレートな黒髪をうしろでゆるく束ねた如樹 紫南帆きさらぎ しなほ先生。
斗威先輩は、ちょっと恥ずかしそうに下を向いてうなづいた。

紫南帆先生は、臨床心理士で、たっちゃん、しぃちゃんのお母さんなんだ。
ここでは、先生と呼ばれていて、今は主に斗威先輩の心のケアをしてる。
ちなみに、たっちゃんたちのお父さん、紊駕みたか先生。はお医者さんだ。
やっぱりこの園に協力してくれている一人。父ちゃんの子供のころからの友人らしい。
父ちゃんは、いつも皆のおかげ。という言葉を言う。
けど、とりわけ紊駕先生の比重が大きい気がする。
いっちゃんのお父さん、たきぎさんと同じくらい強い絆を感じる。

 「お前……本当にあの、海昊かいうさんの子供なのかよ。」

突然、斗威先輩が口にした。
僕はうなづいて首を傾ける。
何でそんなことを聞かれたのか解らなかったからだ。
何で。と、きいても答えはない。ため息のような鼻を鳴らすような音だけが返ってきた。

あのあと―――中華街での大騒動後。
僕らはナゾの中国人―――姉ちゃんは知ってたみたいだけど。に、助けられた。
それから扇帝みかどくんが迎えに来てくれて、斗威先輩も一緒に飛龍組に向かったんだ。
父ちゃんが斗威先輩と話しをしていたみたいだけど、中国人に関しては仲間や。
と、だけ伝えられた。

姉ちゃんは、今度な。と、お預け。扇帝くんに対して遅い。と、怒っていた。
中国人に対してよりも辛辣に。

―――老大ラオダーの息子。中国人は言っていた。
いっちゃんいわく、老大とは、中国語でボス。という意味らしい。
老大哥ラオダ―グゥは、アニキ。という意味で、扇帝くんのことらしい。
姉ちゃんのことは、空空コンコン。愛称のような言い方らしい、中国の呼び方で呼んでいた。
とても親しそうな雰囲気だった。

いっちゃんは、あの騒動は、飛龍組の想定内だった。と、断定していた。
つまり、前々からあのアンダーグラウンドは飛龍組の知るところだった。
そして、あの日に制裁が下された。と。
てんちゃんは、龍月たつきくんが斗威くんのことをリサーチ済みだったのも関係あるのかもね。
と、言った。
相変わらず、きれいな青と茶の瞳で、青空を見上げて。

色々な思惑や背景があるのかもしれない。
でも、僕はやっぱり斗威先輩を助けられてよかった。と、ただ単純に思った。
斗威先輩のお父さんもきっと戻ってくるよね。
僕は、信じている。信じることが希望になる。そう、信じているから。

 「準備万端だね。よし、行け真央人まおと。」

放課後。
道場に現れた斗威先輩を見て、たっちゃんは真央人先輩の背を押し出した。
真央人先輩は、ちょっとひきつって、でも斗威先輩の前に立った。どうやら、対戦。

たけちゃん先輩だけが、斗威先輩を諸手を挙げて歓迎し、たっちゃんは笑みを浮かべた。
へいちゃん先輩といっちゃんは同時に舌打ち。
天ちゃんは興味なさそうに体育座りのままだった。
僕は嬉しさを隠さずに、待ってました!と、いって斗威先輩に睨まれた。

斗威先輩は、じっと、真央人先輩を見る。敵意は全く感じなかった。
真央人先輩は、少し震えながら両拳を握って下を向いている。

 「一分でいこう。始め!」

たっちゃんの声と手元のタイマーのスタート音が響いた。
真央人先輩が上目遣いで斗威先輩を見た。斗威先輩は動かない。
真央人先輩は唇をかみしめた。
心の中で闘ってるんだ。
今まで一度も勝ったことのない相手。勝とうとしなかった相手。
体格や経験、おそらくすべて自分が劣っている相手。
相当怖いはずだ。

がんばれ、真央人先輩。
膠着状態、30秒。誰も、一言も漏らさず見守っている。
緊張が増す。
10秒。たっちゃんの声。

その時、真央人先輩が意を決したように動いた。
うわぁぁっ!と、気合の声とともに、右腕を振り上げる。
大振り。あれだと見切られる。左ボディががら空きだ。
思わず目を瞑りそうになる、僕。

 「つっ!!」

斗威先輩の顔がゆがんだと思ったのは、一瞬だった。斗威先輩が床に倒れた。
お。と、平ちゃん先輩が声を発する。
―――必殺技を伝授してあげるよ。
もしかして、たっちゃんが言っていたのは、これ。か。

真央人先輩は、まず、右腕を振り上げて、斗威先輩の注意を反らした。
次に右脚で、斗威先輩の左足甲を踏みつけたんだ。
そして左脚で右脛を蹴った。
もちろん、総合格闘技において、「足踏み」は有効。
というか、けっこー危険な技だ。

斗威先輩が先に手を出してこない。と、たっちゃんは見切っていたんだ。
それに、この足踏み。意外と技術が必要なんだ。きっとすごく、練習したんだろう。
どうやったら的確に当たるのか、もし当たらなかったらどう逃げるか。
すごいや、真央人先輩。
たっちゃんが、タイム・アップを告げて、斗威先輩のもとへゆっくり近づいた。

 「窮鼠猫を噛む作戦。成功。」

たっちゃんは、口角をあげた。
次に優しい笑顔で用意していた氷嚢を斗威先輩に手渡した。

 「……。」

斗威先輩は無言でそれを受けとって、脚にあてた。

 「……こっ、これで、全部チャラ。です。とっ、斗威先輩。」

真央人先輩は、喜ぶのではなく、今までの清算を提言した。
身体は震えていた。ゆっくりと右手を差し出す。
斗威先輩は、その手をじっと見つめた。数秒。
そして、自分の負けだ。と、握手を交わしたんだ。

真央人先輩がどれだけがんばって練習したのか、その努力。
そして優しい気持ち。きっと理解したんだ。
良かった。二人、仲直りできた。
僕はすごく嬉しかった。たっちゃんも笑った。そして、道場の扉を指した。

 「斗威。赤信号は皆で渡っても怖いんだからね。」

斗威先輩のうしろでいつもつるんでいた仲間たちの姿がそこにはあった。
皆一様に下を向いていて、ひとりが顔をあげた。

 「斗威をたてにして皆で悪さすれば怖いもんなんてないって……すまん。」

集団心理。たっちゃんは言っていた。
いじめる側の理由。自分は弱くないと確認するため。弱い相手を集団で標的にする。
周りにやれと命令する。トップが変われば変われる。
斗威先輩は、そんなたっちゃんの気持ちも皆の気持ちも理解したんだろう。
俺も、悪かった。と、正直にあやまった。

 「ねずみちゃん。大勝利だね!良く頑張った。」

たっちゃんは真央人先輩のウエーブがかった髪をかき回して、ちょっと重たい空気を流した。
そして、つぶやいた。斗威はネコというよりカラスかなぁ。と。

 「はぁ?……ゴミ溜めで育ったからっすか。」

カラス。と、言われて斗威先輩はたっちゃんを睨んだ。
たっちゃんは慈悲ある優しい顔で首を横に振る。違うよ。と。

 「カラスは独りでも生きていけるけど、群れだと最強だろう?最強ぞろいの仲間なら、なおさら。」

僕たちを見た。仲間……。たっちゃんは、斗威先輩の前にしゃがんだ。

 「斗威。お前は、もう自由だ。羽ばたいていんだよ、大空に。」

 「……。」

僕は、見逃さなかった。斗威先輩の、涙。すごく、綺麗だった。
たっちゃんは、やっぱり知ってたんだ。斗威先輩の背景。
それは、まさしくK学の自警団。総合格闘技部が機能した瞬間だった。

次の日の朝。
僕は昨日の出来事を父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん。が、揃う食卓で話した。
父ちゃんは相変わらず穏やかで、すべてを知っていたかのように微笑んだ。
母ちゃんもよかったわね。と、笑った。
姉ちゃんは、さすが龍月や。と、たっちゃんをほめてから、僕に向いた。

 「あの中国人な。うちらの親族や。」

唐突に姉ちゃん。僕は一瞬その意味を考えた。
父ちゃんが海空みあ。と、少し牽制するような声色で言った。

 「もう、空月かてガキやない。ええやろ、パパ。」

父ちゃんはめずらしく困った顔をした。母ちゃんは父ちゃんにゆだねている様子。
僕は、一息おいて自分の考えを言葉にしてみた。

 「僕、中国人だったの?」

 「いや、それは違う。空月。」

瞬殺。え?あれ?そうなの。うーん、ってことは……。中国人が親族。つまり?
僕はもう一度考えてみたけど、父ちゃんが割って説明してくれた。

 「血ぃは通っとる。曾祖父、つまりひいおじいさんや。の、父さんが中国人やった。」

中華街で助けてくれた中国人は、その人のお父さんの弟の血筋。らしい。
よくわからないけど。遠い親戚。
名を、王虎昊ワンフーハオ。というらしい。
どことなく、父ちゃんに似ている。と、思ったのも血つながってたからかな。
親戚。だから、親しい感じもしたのか。

王虎昊。オーラがなんか凡人と違った。チャイニーズマフィア。と、呼ばれていた。
僕のひいおじいちゃんは一代で飛龍組を造り上げた。その中国人のお父さん。
僕のRoots。初めて知った。

 「その人な。王龍偉ワンロンワイは、中国のマフィアのボスやった。」

またまた姉ちゃんが僕の知らない情報を暴露。淡々と早口でまくしたてる。

 「今は、跡をパパが継いで、世界でもえらい有名で影響力のある王龍海ワンロンハイや。SDSを造ったんも、世界をしきとんのも、パパなんやで。」

たくさんの情報がいっぺんに僕の頭に流れてきた。
理解するのに時間がかかっているというのに姉ちゃんは、さらに続けた。
姉ちゃんは、王龍空ワンロンコン。僕は、王龍月ワンロンユエ
共に中国名を持ち、いずれ跡を継ぐことになる。と。

 「海空、ちょっと落ち着きぃな。空月が混乱しとうやろ。」

父ちゃんが姉ちゃんを止め、せやけど。と、優しく諭した。
跡を継ぐ継がないは強制ではない。選ぶのは、自分だ。と。

 「ワレや空月の未来は、まだ何も決まっとらんのやから。」

SDS―――Sky Dragon Societyスカイ ドラゴン ソサイエティ。和名、空龍会くりゅうかい
全世界規模の団体で、武勇伝は星の数ほど語られている。
20年ほど前まで私利私欲にまみれ、世界を牛耳っていた陰の支配者たちの会を解散させた。
ネットでも称賛の声が飛び交っている。

そのトップが、創設者が父ちゃんだったなんて。
それに僕にも中国名があるなんて。なんか、かっこいい。
僕は、初めて知った自分のRoots。父ちゃんの偉業の数々。それらに興奮していた。

 「じゃあさ。これからも平和がずっと続いていくね!」

姉ちゃんや僕。飛龍組のみんな。いっちゃんやたっちゃん、天ちゃん。も。
父ちゃんの意志をみんなが継いで行けば。未来はきっと、ずっと平和だ。
世界は希望で満ち溢れる。

だってそう。
僕たちの未来は真っ白で、大きな空のキャンバスにいくらでも描くことができるんだから。
UNTITLED。題名なんてない。いつでも、いくらでも変えられる。
果てしなく続く、この大空のように、未来は、UNTITLED。

僕は窓の外を見た。
夕べ遅くに降った雨。きらきらと輝いていた。
どんな激しい雨でも必ず止む。
そして、雨が止んだ後には、希望の虹が、青空にかかるんだ。

ほら、今。
僕らのUNTITLED―――無題。の青空みらいに。
希望の虹がかかる。



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あとがき

読んでくださってありがとうございます!
楽しくて楽しくて、7,8話くらいまでつっぱしって、そして、結末をめっちゃ悩んだ(笑)
果てしなく続いてしまいそうでした……(汗)

僕は、だいたい5話とか10話とか切りの良いとこで終わらず習性(笑)があるのです。
今回は、わざと、9話で終わらせました!まだ続く、未来は未定UNTITLED!!って感じで。

どっかからノートが足りなかっただけだろ。との声が……
ムシムシ。

というわけで、伏線がありそうですが……またその時は、その時に!!
彼らの未来。楽しみです!!

2021.7.5 湘。





あとがき追加

伏線きたー(笑)
維薪主役のストーリー。懲りずに爆走!
とりま前書きで新キャラ紹介してます!
Over The Top よろしく!!

2021.7.14 湘





あとがき追加2

イラスト!!
Cさまよりいただきもの!許可が出たー!!!
折り目がごめん(汗)


やべえ、空月かわゆすぎ!維薪もやばい。
テンションあがりまくり!!!


ありがとうございまーす!!!


2021.7.20 湘




あとがき追加3

Cさまよりいただきもの!
桔平&宗尊

まじ、正月から死ねるんですけど!!
今日突然おくられてきた、イラスト!!
平ちゃんも尊ちゃんも素敵すぎます!!
ありがとー!!C様

2023.1.3 湘













第9話;Roots