「すいません、斗威先輩。助けられなくて。」
さっきのビルの上階。1Rの部屋がたくさん並んでる一室。
僕と斗威先輩は監禁された。
手を後ろで結わかれて、脚にも縄。背中も家具につながれている。
「ばかか。」
助けなんか。と、斗威先輩はぽつりと口にした。
さっきのスーツの男。父親だ。と、言った。
斗威先輩のお父さんは、さっきの地下格闘技場のオーナー。
アマチュア格闘家を闘わせて、賭け事をしている。という。
それは、違法だ。
斗威先輩は、こずかい稼ぎで参加したのが初めてだったという。
ファイティングマネー。でも、今ではただの殴られ屋。
絶対勝つな。手を出すな。と、言われているらしい。
斗威先輩がやられている姿を見て、嬌声を上げる大人たちの光景がよみがえった。
ひどい。そんなの。父親が子供にさせる事じゃない。
これは、一種の虐待だ。
でも、斗威先輩は小さいころから暴力なんて慣れている。と、いった。
そんなの、慣れる必要なんてないのに。慣れちゃダメなのに。
―――何か、理由があるのかもね。
扇帝くんの言葉。斗威先輩のフラストレーション。
僕は理解した。
もちろん、だからといって、真央人先輩をいじめたり、猫を蹴ったりするのはいけないけど。
でも、でも僕は斗威先輩を助けたかった。
「やっぱり、逃げましょう。……お父さん、捕まっちゃうけど、いいですよね?」
「……?」
ちゃんと反省して、更生して、そして戻ってきてもらいましょう。と、僕は言った。
後ろで結わかれた両手、くるりと前にまわす。
僕は、昔から関節がやわらかくて、両手をつないだまま前後に回すことができる。
だから、後ろ手で結わかれていても、そのまま両腕を前にもってこれるんだ。
歯で縄を切った。つながれている縄をほどく。
斗威先輩が目を丸くして、何、お前。と、呆れた顔をした。
部屋の隅に僕らのスマホが無造作に置かれていた。
見張りは、ドアの外。
僕はスマホを手にした。とりあえず、父ちゃんにLINE。
何て送ろうか。と、考えていたら、斗威先輩が、おい。と、声を張った。
誰か来る。
瞬時に僕は位置情報だけを送信。身構えた。
「Uber eatsでーす。」
その聞きなれた声は、僕らの部屋のドア外から聞こえた。
見張りの男だろう、頼んでない。との返答。そうですか。どうしようかな。などの会話。
窓の外。気配を感じて見てみる。
いっちゃん!!
僕は窓を開けに行った。
「詰んでんじゃねーよ、アホ空。」
だっせぇ。と、いつものいっちゃんの悪態。ひょいっと中に入る。
斗威先輩をちらりと見て、背中の縄をもっていたナイフで切る。
「……なんで。」
斗威先輩は驚いて、そして礼の代わりに顎を下げた。
いっちゃんは鼻を鳴らして斗威先輩の礼を一蹴。
「龍月の奴があいつら引き留めてる間に逃げんぞ。」
やっぱり。さっきのウ―バーはたっちゃん。でも何で。
僕が父ちゃんに送信したのは、さっきだし。どうして、たっちゃんといっちゃん……。
「海空だよ。」
いっちゃんが僕の疑問に答えてくれた。
そっか。さすが、姉ちゃん。ひとまず、良かった。
窓からベランダにでる。身をのりだすと、天ちゃんと姉ちゃんの姿。手を振る。
ここは、3階。2階まで長いはしごがかけられていた。
どうやらいっちゃんは、2階から3階のベランダへ登ってきたようだ。
「お前ら、何してる!!」
やばい。他の部屋の窓から男の人達が次々に顔を出した。
「斗威先輩、早く逃げてください!」
男たちがベランダ伝いにこっちに来る。
斗威先輩が2階のベランダに着地して、いっちゃんも倣った。
男たちが2階のベランダからも顔を出す。
いっちゃんがはしごに斗威先輩を促して、自分ははしごを背に立った。
得意の拳を鳴らす。うれしそうな顔。
じゃあ、引き上げます。とのたっちゃんの声。
僕は見張りが部屋に入ってくるのを後ろに見て、ベランダの柵を飛び越えた。
おい。と、部屋から声が聞こえたけど、当然ムシ。
隣のビルの配管に脚をかけてワンステップ。
もう一度このビルの壁。ツーステップ。
再度隣のビルの壁を蹴って、スリーステップ。
受け身をとって地面に着地した。
「天ちゃん、姉ちゃん、ありがとう。」
天ちゃんは、うん。それより。と、いって指をさした。
その先。大勢の大人たちが押し寄せてきていた。
僕たち3人は、はしごを下りてきた斗威先輩を守る態勢をとった。
「往生際が悪いなぁ、斗威。」
さっきのスーツの人。斗威先輩のお父さん。
相変わらず重圧感のある言い方で、逃げてどうする。行く場所なんてないぞ。と、凄む。
斗威先輩は、気圧されたような表情だ。
精神的に追い詰められていることが判る。
きっと、ずっとそうだったんだ。
「子供は、親の所有物じゃありません!!」
斗威先輩は貴方の物じゃない。と、声を張った僕に、斗威先輩のお父さんは眉根をひそめた。
子供が何を言っている。そんな、顔。
「おじさんは、間違っています!ちゃんと、反省して、更生してください!!」
そこにいた大人たちが一斉に笑い出した。にやついた嫌味な笑い方。
斗威先輩のお父さんが僕の前に立つ。
僕は目をそらさなかった。僕は、思い切り、睨む。
胸ぐらをつかまれて、苦しかったけど、目は反らさない。
僕は、絶対間違ってない。
空月。と、姉ちゃんの杞憂の声と、オヤジ。と、斗威先輩の焦燥に駆られた声がシンクロする。
「正義のヒーロー気取りかぁ?いつでも正義が勝つとは限らないんだぞ。」
甘ちゃんのガキが。
斗威先輩のお父さんが、僕の胸ぐらを押した。瞬間。
斗威先輩のお父さんが、僕のほうに倒れてきた。
2階からいっちゃんが、ジャンプして、ドロップキックを放ったのだ。
それは……痛い。
「正義がいつも勝つとは限らないって?」
いっちゃんがアニメ張りのヒーローのように仁王立ちしていった。
「俺が決めた事が正義で、それがいつも勝つ!!」
だから、お前は負けるんだ。と、タンカを切った。
でも斗威先輩のお父さんは地面を舐めていて聞こえていない。多分。
一瞬。その場が静まったが、当然。
「ナメてんな、ガキ!!」
「やっちまえ!!」
乱闘開始。
「斗威?はい、下がっとって。ケガ、してんねやろ。」
「……お、おい。」
姉ちゃんが斗威先輩の前に出て、ファイティングポーズを取った。
男が向かってくる。次の瞬間、姉ちゃんの目が輝いた。
その男が持っていた紙袋。何たらっていう有名タピオカ店。らしい。
まだ、開けてないやんな。と、姉ちゃんは独り言のように呟いて、ほなら頂戴。と、ソレを奪った。
ついでに男の股間に踵をお見舞いして。
サンダルのヒール、7センチはあったよなぁ。絶対……痛い。
男は悶絶してその場にしゃがみこんだ。
姉ちゃんはお構いなしに、紙袋を開いて中身を取り出す。
わぁ。ミルクティーやん。と、歓喜しながら、向かってきた次の男にも横蹴りをかます、姉ちゃん。
ジーンズのスカート。下着が見えそうなんだけど、全然気にしてない。
こっちが恥ずかしいよ。
でも、タピオカを美味しそうに飲みながら、向かってくる大男たちを次々にのしていく姉ちゃん。
さすがに斗威先輩も目を疑っているだろう。口が半開きだ。
余裕すぎる姉ちゃんの闘い。恐るべし。
「そこまでだな、ガキども。」
その場が一瞬で冷えた。皆が闘いの手を止めたのだ。空気が張り詰めた。
地下格闘家。まさにぴったりな代名詞。
アンダーグラウンドリングにいた、レスラーっぽい大男だった。
どうする。
斗威先輩だけでも逃がせないか。
僕は姉ちゃんに視線を送る。天ちゃん、いっちゃん。そして、たっちゃん。
たっちゃんは、倒した相手、倒れた相手を手すりやポールに固定していた手を止めた。
僕と目を合わせる。
瞬間。
「ワタシのシマ。これ以上荒らす。看過できないね。」
中国なまりの日本語だった。でも、どことなく不自然に感じた。
どこから現れたのか、その男はうっそうと立っていた。
一目で判った。強者。
斗威先輩のお父さんは、泥だらけの顔をあげて、驚愕した。
チャイニーズ、マフィア。そうつぶやいた。
逃げ出そうとして、両脚をじたばたさせる。
「さて、ここからは大人の役目ね。老大の息子。」
その中国人は、僕の肩をたたいた。
???
笑いかけたその顔。幼さの残る、優しい笑み。
アーモンド形の茶色の瞳。どことなく、チェシャ猫に似ている。
茶色のストレートの髪。高い鼻は中国人離れしていて、イケメンだ。
身長も高い。年はたぶん20代後半か30代。
知的なオーラと好青年なイメージは、なぜか父ちゃんを思わせた。
でも。斗威先輩のお父さんを見下す目。冷酷。
思わず生唾を飲み込んだ。
多分。普通の人が見たら、レスラーのほうが強く見えるだろう。
でも、ここにいる全ての人が、この人を、この人の強さ、恐ろしさを感じていた。
いっちゃんですら。たっちゃん、姉ちゃん……も?
「遅いわ。もっと、早う来んかい。」
えっ……?
姉ちゃんは、眉をひそめて、悪態づいた。中国人は破顔した。
何、何?僕の頭はクエスチョンマークの嵐。
「これでもワタシ、忙しいね。カンベン、空空。」
中国人は姉ちゃんに頭を下げた。イタズラな笑み。
どこからかまた、人がたくさんなだれ込んできた。
制服。警察官だ。
一人の警官が、中国人に敬礼した。
斗威先輩のお父さんやレスラーっぽい人、他の大人を次々と確保していく。
「じゃあ、さらに忙しくなるから、またね。老大哥にもよろしく。」
「わかった。シメとく。」
姉ちゃんと中国人の会話。意味不。
中国人の男は、僕をみて、意味ありげに笑った。でも、優しい笑みだ。
やっぱりチェシャ猫っぽい。
「斗威はしばらくうちに来ぃな。後のことは、まかしとき。」
あきらかに、この場の主導権は姉ちゃんにあった。
斗威先輩は、驚嘆の表情を隠さない。
いっちゃんは、悔しそうにしていて、天ちゃんはいつも通りほけっ。と、している。
たっちゃんは、わずかに口角をあげた。
僕はわからないことだらけで、困惑していたけど、斗威先輩を助けることができた。
それだけは、解っていた。
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中書き8
うわー。伏線、伏線、やばい。
勝手にいろいろでてくるな!って、、僕がパニックですわ。(笑)
まあ、キャラの自由意志で〜。と逃げる。
次回。最終回!にします。
たぶん(笑)
2021.7.1 湘