GW。青く、澄み渡った空。もう、夏が来たかのようだ。
桜は葉を青々と携えて、爽やかな風に揺れている。
「じゃあ、先に帰ってて。」
母ちゃんは、片手を振って雑踏の中へ入っていった。
横浜中華街。あでやかな赤や黄の装飾がまばゆい。
久しぶりに母ちゃんと姉ちゃんと3人で昼食。外食した。
残念ながら、父ちゃんは一緒じゃなかったけど、おいしい中華料理で満たされたおなか。
僕は大満足だった。
母ちゃんは、母ちゃんのお父さん―――おじいちゃんに用があると言って僕らと逆方向へ。
おじいちゃんはここから数メートル先の総合病院の会長だ。
僕と姉ちゃんは、みなとみらい線、元町・中華街駅へと中華街大通りを東へ歩く。
「やっぱデザート最高やったわぁ。」
姉ちゃんは、うっとりとした表情でデザートの余韻に浸っている。
中華街の老舗レストラン。
地下1階から3階まであって、レトロな雰囲気でオシャレなお店。
食べ放題のクオリティーも高いし、時間制限がないのも嬉しい。
メニューは100種類以上。デザートも豊富。
甘党の姉ちゃんは食事よりもデザートが大のお気に入り。
デザート全種3回戦くらいはいったと思う。カロリーやばそう。
姉ちゃんを見る。
小顔で肩にかかる黒髪ストレート。身長は160を超えている。手足が長い。
客観的に見ても、たぶん、かわいい。
二重の大きな目とか、笑うとへこむ両方のエクボは父ちゃんに似てる。
「何じろじろ見とんの。え?もしかして、おなかでとる?」
姉ちゃんが大げさに目を見開いて、自分のおなかに両手をあてた。
黒の肩出しシースルーのトップスに、ジーンズのボトムス。
シンプルだけど、似合ってる。夏サンダルをはいた素足が余計細く長く見える。
「ぜんぜん。よく太らないなぁって。」
僕の言葉に、努力しとんのよ。と、快活に笑った。
夕食は軽めにせんと。と、付け加えた姉ちゃんだったけど、太ったのなんて見たことない。
さっきも通りすがりの人が、姉ちゃんを見て、かわいい。と、声を上げていた。
姉ちゃんはスルーだったけど。
YouTubeとかにでたら人気でそう。と、僕は本気で思う。
「空月もけっこー食べはったなぁ。大きゅうなるで。」
上からポンポン。と、頭を軽く叩かれた。
だといいな。早く姉ちゃんぬかしたいなぁ。
「……あれ。」
大通りから見える、細い脇道。確かにあの後ろ姿は、斗威先輩だ。
黄色の長髪。ネイビーのプルシャツ。黒のイージーパンツ。
キャップ帽を目深にかぶっている。
直感。なんとなく、嫌な雰囲気。だ。
「姉ちゃん、ごめん。先帰ってて!」
背中で姉ちゃんの驚いた声が聞こえたけど、僕は構わず斗威先輩を追った。
中華街の裏路地。ずんずんと迷いなく進む斗威先輩。
あれから、斗威先輩は部活に一度も来ていない。
まあ、たっちゃんに勝手に書かされた入部届。本人の意志じゃないからカナ。
でも、たっちゃんは、大丈夫。と、いって、待ってればよい。と、笑う。
「斗威せんぱ……」
声をかけようとしたけど、斗威先輩は、建物の中に入っていってしまった。
古びたビル。地上4階。看板はない。何の建物だろう。
入口を見回して、中に入った。
薄暗い。すぐに上に行ける階段があって、見上げたけど、斗威先輩の姿は、ない。
下。かな。地下階があるみたいだ。階段が下へも伸びている。
ドアの開閉音が聞こえた。
ぽっかりあいた暗い穴のようで少し怖かったけど、僕は下りてみた。
斗威先輩が消えたと思われるドアをゆっくり開ける。
やっぱり暗い。通路があって奥に続いていた。
人気はない。なんだろう、ここは。
廃墟ってカンジじゃない。電気も通ってる。
でも普通の店ってカンジではないし、何かの事務所とかカナ。
何て、色々考えてたら、いきなり歓声のような、咆哮のような音。
びっくりしたぁ。何だ、何だ。
「……。」
声、音のする方へ。
僕の目に映ったのは、オレンジ色の照明にぼんやり浮かぶ木製のテーブル、イス。
左手にはカウンター。喫茶店のような室内。
その奥には人だかり。皆そっちに注目していて、僕はすんなり中に入ることができた。
決して広くはない、空間。
人だかりの向こう。ロープで囲まれた正方形の格闘場。
地下格闘技場―――アンダーグランド、リング。だ。
異様な熱気、汗の臭い。
数十人の大人たちが、総立ち。腕を挙げたり振ったり、歓声や奇声を上げている。
斗威先輩、なんでこんなところに?
「えっ……。」
熱狂の渦。そのまさに中央。斗威先輩が、上半身裸、格闘スタイルで立っていた。
えっ、え?
地下格闘技―――アマチュア総合格闘技の大会。
小さなライブハウスやバーなどでやってると聞いたことがある。
そういう店はよく地下にあるといったことから、アンダーグラウンド。
ネーミングはちょっと怖いけど、一応違法ではない。らしい。
でも、でも。
隙間と隙間から見える、死闘。
斗威先輩は、大人の、しかもレスラーみたいなガタイの良い男と闘っていた。
一方的な試合。
斗威先輩は何度も何度も殴られて、蹴られて、投げ飛ばされる。
その度の歓声。嬌声。
何、これ。こんなの、格闘技なの?
違う。これは、こんなの。ただの、弱い者イジメ。だ!!
「斗威先輩!!」
思わず声を上げた。
リングの端。うずくまって吐いていた斗威先輩がこっちを見た。
何でお前がいる?そんな、目。
リングに手を伸ばす。斗威先輩の腕をつかんだ。引きずり下ろす。
理由なんてわからない。衝動。
助けなきゃ。それしか頭になかった。
背景なんて、知らない。
何で斗威先輩がこんなことをしているのか。させられているのか。
ただ、目の前の死にそうな斗威先輩をほっとけなかった。
ただ、それだけだ。
「なんだお前、こら!」
店内は騒然とした。さっきの狂ったような歓声とは別の色の声。
構わず斗威先輩の肩を担ぐ。
「逃げましょう!斗威先輩!!」
逃げるんです!との僕の声に、斗威先輩は覚醒したかのように自分の足で立った。
ドアまで走る。大人たちが追ってくる。何か色々言ってるけど、ムシ。
通路にでた。前からも大人がむかってきた。
駆けだして、跳躍。向かってくる人の肩に右手をついて飛び側転で頭上を越える。
斗威先輩は一撃で大人を倒して僕に続いた。出口。
「逃げられると思うなよ。」
外とつながった階段の踊り場。
強面の男たちがどこからか集まってきた。
どうしよう。上しか逃げ場がない。
僕らは顔を見合わせて、上へ続く階段に足をかけた。
当然大人たちも追ってくる。階段での乱闘。
常に上段を死守しながら、僕らは上へ。上へ。
下からくる大人たちを次々と足止めして、屋上まで登った。
屋上の扉。開いてすぐに閉じる。
バリケードをつくれるようなものをさがして、手あたり次第にドアの前に置いた。
ドンドン。ガンガン。中から大人たちがドアを蹴ったりしている音がすぐに聞こえた。
時間はない。すぐにここから逃げなきゃ。
屋上の片隅。電気コードを見つけた。
僕は強度を確かめて、まとめて担ぐ。たぶん、長さは十分だ。
「……お前、何するつもりだよ。」
斗威先輩にちょっと待っててください。と、口にして、コードの端を屋上の柵に括り付ける。
隣のビルまで何メートルかはわからないけど、たぶん、いける。
僕はコードの束をもって柵を越えた。
おい、バカ。と、斗威先輩の声がしたけど、これしか方法がない。今は、これが最善。
僕は隣のビルの屋上まで、ジャンプ。
「綱渡りくらい、できますよね。」
「……。」
コードの逆端をこっちの屋上の柵に取り付ける。
斗威先輩が意を決したようにコードに手をのばした時、屋上のドアが破られた。
雪崩のように大人たちが屋上に押し寄せる。
その中の一人。スーツを着こなした、強面の男の人。
一重の目。きつい印象。
一歩前へ出た。
「斗威。」
有無をいわせない、声質だった。
その声に、斗威先輩は振り返る。
「……わるい。」
斗威先輩の目。諦め。放棄。絶望感が伝わった。
ダメだ、諦めちゃ。こんなの、間違ってる。
こっち側の屋上の扉もあいた。
大人たちに囲まれる。
万事休す―――……。
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中書き7
ただいま9話執筆中。
どーしよう!!終わらせるか続けるか続いちゃうか(笑)迷い中。
とりま。
空月すごいねー。パルクール的な感じ。できたら楽しそう。こえーけど。
ビル4階だったからね。隣の屋上まで何メートルかなぁ(汗)
次章も空月のすごい身体能力お披露目だよ!
そして、海空の闘いも。乞うご期待!!
2021.6.23 湘