―――俺が負けたら、真央人、貸したげてもいいよ。
たっちゃんの言葉に、真央人先輩が肩をいからせた。
黄色い長髪の先輩は、斜め下から訝しげにたっちゃんを見上げる。
たっちゃんは、ちょっとハンデつけないとかなぁ。
と、独り言のようにいってから、後ろにいる5人の先輩を順に指さした。
全員でかかってきていいよ。と。
「ただし、俺が勝ったら、真央人は貸さないし、そこの君は強制入部。どう?」
はぁ?と、声をそろえたのは当人の黄色い長髪の先輩といっちゃんだ。
僕はすぐにたっちゃんの意図を察した。
K学の自警団。
―――何か、理由があるのかもね。
昨日、境内での出来事や部活のことを父ちゃんと扇帝くんに話した時。
猫を痛めつけようとしていた黄色い長髪の先輩のことを、扇帝くんはそういった。
自分より小さいもの、弱い者を標的にする。
もちろん、いけないことだけど、そうすることで自分の価値を確認する。鬱憤をはらす。
寂しさの裏返し。認めてもらいたい本心。
それを発散できる場と仲間がいれば、変われるかもね。と。
そして、加えた。僕もそっち側の人間だった。と。
つまり、扇帝くんもいじめをした側だった。という。
すごく意外だった。
そして父ちゃんに救われた。と、いった。
父ちゃんは穏やかに笑って、龍月に任せておけば大丈夫や。と、口にした。
「余裕。ってわけですか。ナメられたもんですね。」
黄色い長髪の先輩は、靴を脱いで道場に上がった。
後ろの5人にも中へ入るようにと顎をしゃくる。
5人の先輩たちは、たっちゃんたち3人に視線をさまよわせながら、従った。
「あのっ……如樹先輩。えっと……斗威先輩は、K-1やってて。」
めっちゃ強くて……だから……。と、うろたえる真央人先輩。
「大丈夫。」
たっちゃんは真央人先輩の肩に優しく触れた。ゆるぎない力強い笑顔。
真央人先輩もその笑顔に自信を感じとったのか、口を閉じた。
平ちゃん先輩も尊ちゃん先輩もゆっくりと観覧席―――コート外。で腰を下ろす。
いっちゃんは、俺もやりてぇ!と、叫んだが、天ちゃんに腕を引かれて舌打ちした。
かくして、コートにはたっちゃんと中3生6人が向かい合う形。
「殺す以外なら何でも有りルールでいいっすか。」
平ちゃん先輩が淡々と怖いことをいう。たっちゃんは破顔。至極楽しそう。
僕も楽しみだ。たっちゃんの闘いを見れる。
黄色い長髪の先輩―――斗威先輩。は、K−1やってるのか。脚は相当だろう。
でも。たっちゃんは相変わらず笑顔だ。
闘気を感じさせないオーラは、逆にすごい。
5人の先輩たちは、斗威先輩に行け。と、命令されて、各々気が収斂したようだ。
一斉に構えた。互いに視線を交わし合う。
まず二人が同時に突っ込んできた。
たっちゃんは静止したまま、目線を軽く左右に動かした。
それだけで、その二人の動向を瞬時に見切っていた。
最小限の力で素早くさばく。
二人はたっちゃんの後ろに転がった。
すぐに次の3人が同時に向かってきた。正面と左右。
何のことはない。左右を鳩尾に右ストレート一発ずつで片づけ、腕を取った。
その二人を正面のひとりに落とす。3人雪だるまのように重なった。
ここまで、3分もない。
5人は戦意喪失。もうむかっては来なかった。
「さて。メイン・イベント。かな。」
斗威先輩はあからさまに舌打ちをして、軽くフットワークをした。
剣呑とした目。殺気にも似た闘気は、負の感情をまとっていた。
斗威先輩が動いた。うまい。
たっちゃんの右側―――長い前髪の死角。から攻めてきた。
小さい挙動で最大の威力のある蹴りが放たれた。
バランス、速さ。重心のしっかり乗った一撃。
たっちゃんは、右腕で受けた。
「おお、いい蹴りだ。さすがK-1。」
斗威先輩はにらんだ。
たっちゃんが、避けずにわざと受けたことに腹を立てている感じだ。
続けざまに右、左、左。蹴りを放つ。
でも、どれも受けられるかさばかれる。
たっちゃんの動体視力はハンパないんだ。
たっちゃんは身長は高いけど、尊ちゃん先輩みたく筋肉隆々ではない。
でも、鍛錬された身体と知る。
尊ちゃん先輩が信頼と尊敬をし、平ちゃん先輩も全く疑うことのない、たっちゃんの実力。
当然僕らも。
「どうした、ケリがぶれてきたよ。息、あがってない?」
はい、深呼吸して。と、たっちゃんは1ミリもブレない声であおる。
斗威先輩は、ますますいら立っていく。目に見えて攻撃が雑になってきた。
5人の先輩たちは、どうする。と、視線を交わし合う。
でも誰も動こうとはしなかった。
ケンカ慣れしているからこそ判る、たっちゃんのすごさ。
5人まとめて闘いを挑んだとしても、勝てない。
先輩たちもそう理解しているに違いなかった。
やはり、レベルが違いすぎる。
たっちゃんは、自衛隊総合格闘技の鍛錬をしていると聞いた。
自衛隊総合格闘技―――MMA(Mixed Martial Arts)
自衛隊の格闘、逮捕術。
相手を倒す格闘術と自分も相手もケガをすることなく、効果的に取り押さえる逮捕術。
当然、対象は訓練を受けた自衛官や外国軍人であることも想定されている。
だから、速攻性、威力に重点が置かれているんだ。
「くっそ。」
一瞬、斗威先輩が違和感のある動きをした。
おそらくたっちゃんも気が付いた。
斗威先輩の右手。袖に隠して握ったそれは、光り物だ。カッターナイフ。か。
ズボンのポケットから出したのだ。
「うん。まぁ、何でもありルールだから、仕方ないか。」
たっちゃんは予想していたかのように、あっさりそういった。
怖がるそぶりは微塵もない。
それどころか、自分から踏み込んだ。伸ばす右手。
僕が平ちゃん先輩にかけられた技。
でも、もっと速く、洗練された動き。
一瞬で斗威先輩が宙に舞い、カッターナイフがたっちゃんの左手に綺麗に落ちた。
そして、次の瞬間。
腕をひねり上げられたままの斗威先輩の背中に、たっちゃんが腰を下ろしていた。
余裕の脚組み。左手のカッターナイフの刃をしまう。
畳に突っ伏したまま動けない斗威先輩。抜け出そうにも無理とわかる。
「総合格闘技は武器ダメだからね。ウェルカム、黒我 斗威。」
本日最高の笑みでたっちゃんが笑った。
「……俺の技で上乗せとか。嫌味っすか。」
平ちゃん先輩が辛口でつぶやいた。尊ちゃん先輩が歓声をあげた。
たっちゃんはやっぱりすごい。全然かなわないや。
今ので3分の1くらいの力。おそらく。
息も切らさず、汗もかかず。ウォーミングアップにもなってないはず。
ノーモーションから出るスピードの速い技。
瞬きしてたら全く何が起こったかわからないくらいの速さだ。
「斗威。明日から放課後、待ってるよ。」
斗威先輩はたっちゃんをにらみつけ、真央人先輩には見向きもせずに背を向けた。
真央人先輩は胸をなでおろして、たっちゃんに礼をいう。
「やっぱり龍月さん、最強ですね。」
「……勝手にアテレコしないでください。ゆってません。」
たっちゃんがいつもの飄々とした感じで平ちゃん先輩の声マネをした。
そういう顔してたよん。と、たっちゃんが口角をあげる。
してません。と、平ちゃん先輩。
尊ちゃん先輩は、あからさまにかっこいいっす。と、ほめちぎる。
いっちゃんは悔しそうにしていた。
「龍月くん。斗威くんのことリサーチ済だったんだね。」
天ちゃんが、すごいな。と、いつもの抑揚のない平坦なトーンで的を得た。
僕もうなづく。
たっちゃんはおそらく初めから斗威先輩をこの部に入れようとしてたんだ。
仲間にするために。
たっちゃんはそういう人だ。
他人の気持ちを推し量ることのできる人。
時にふざけているように見えても、しっかりした信念をもって人を正しく導ける人。
だから、いっちゃんの赤髪も。入学式の時のことも。きっと想定内。
「でも、きますかね。仲間の前で恥かかされて。」
平ちゃん先輩が消えた斗威先輩の背中を見るようにいった。
「来るよ。」
たっちゃんは自信満々にいった。
とりあえず、一旦戻ってくる。と、口にして右手を挙げた。
スマホ。いつの間に。
皆がその斗威先輩のスマホを見つめたとき。着信。
はいはーい。と、陽気な声でたっちゃんが出た。おそらく本人。
入部届け書いたら返してあげる。と、たっちゃん。
えげつなっ!!恐るべし。
たっちゃんの思惑通り、スマホと引き換えに入部届けを書かされた斗威先輩。
スマホをひったくるようにして再び去った。
「大丈夫。斗威の目。闘気だ。俺に勝ちたい、勝ってやる。ってなね。」
たっちゃんは優しく笑った。
圧倒的に強い人が浮かべられる笑みだ。かっこいい。
僕も、もっと、もっと強くなりたい。
「さて。真央人。やろうか。」
たっちゃんが真央人先輩に向き直って、「お手並み拝見」の続きを促した。
ひえぇ!と、真央人先輩は嬌声を上げて後退る。
あれ、なんか俺、バケモノ扱い?と半分本気でたっちゃんが嘆く。
「取って食おうとか思ってないから。」
と、頭をかいて、必殺技。教えてあげるよ。
と、たっちゃんは真央人先輩を手招きした。
必殺技。なんだろう気になる。
「じゃあ子犬少年と銀猫少年は、俺とやろう!」
尊ちゃん先輩に声をかけられ、必殺技は見れないけど、鍛錬。鍛錬。
お願いします。と、天ちゃんと共に頭をさげた。
隣でいっちゃんがすごく嬉しそうに、でもどこか不遜な態度で狼先輩。と、言った。
平ちゃん先輩が、いっちゃんの意図を察して、本当に嫌そうな顔をした。
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中書き6
懐かしい!扇帝と海昊のエピソードはもう云十年も前の話。
舞台は同じK学。詳細はこちらw→BOY's LIFE T-School Festival-
さておき。
わけあり?斗威は龍月の策にはまったか。
龍月最強説の裏付け、自衛隊MMAの鍛錬。はて、誰の差し金でしょう。w
必殺技とは何だ。真央人は習得できるのだろうか!
次章。……まだ執筆中w
頑張りまーす。
2021.6.10 湘