T 海のうた

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Micheleミケーレは、欠伸をした。高く大きな鼻に皺が寄る。
退屈だ。
透き通った淡いブルーの瞳が左右に動いた。

多国籍企業。金融機関の経営者。政治家。メディア。
欧米諸国、中東、イスラエル。約130人。
政治経済や環境問題等。国際問題の討議。

Micheleは綺麗な金髪をかきあげるついでに頬杖をついた。
Micheleだけではない。
中には大きく伸びをする者。背もたれに寄りかかる者。多数。

アメリカ系の小太りの男が、軽く咳払いをした。
それが合図と言わんばかりに、皆が姿勢を正す。Michele以外。

 「ワンが死にました。」

 「どこのワンだ。」

フランス系の男が、溜息を吐くように言った。
アメリカ系の男は隣の、やはり太った男に目配せをして、資料を受け取った。

 「王龍偉ワンロンワイです。湖北省の……」

今度はドイツ系の男が、大きな手で遮った。
眉間に皺を寄せた。ただでさえ厳めしい顔が一層際立つ。
イギリス系の男が、ゆっくりとうなづいた。皆が目を合わせる。

 「これで、中国混乱は避けられないものとなった。しかし、準備は怠るな。」

自分が白人のトップだと言わんばかりの物言い。
世界勢力の縮図が、このハコの中にある。

会議の内容は、完全非公開。1954年から毎年1回行われている。
今年はここ、ベルギーのブリュッセル郊外。
Micheleは、もう一度欠伸をした。

6月のブリュッセルは過ごしやすい。
帰りにプラリネでも買おう。ギャラリー・サンチュベールの中にある、ノイハウス本店がいいか。
Micheleの口の中がチョコレートの芳醇な香りで満たされた。条件反射。
本場の味は、イタリア人の舌を唸らすことができるか。
Michekeは舌なめずりをした。

 「Michele。」

イギリス系の男が英語の発音で言った。
Micheleは、その男を見てウェーブのかかったブロンドを手で梳いた。
少し斜に構えたその姿に、イタリア系の男が小さく首を振る。
溜息をぐっとこらえて、次の言葉を待った。

 「今回、お前に大事な任務を与える。」

いちいち癇に障るイギリス英語。
舌打ちしたくなるが、やはりこらえる。

 「ワンの跡目や周りの動向を見張り、定期的に報告しろ。」

―――ーどこのワンだ。喉まででかかった。
イタリア人は表裏なく、思った事をすぐに口にする性格だが、ここでは例外だ。
NOは通じない。従わずはこの世との別れ。
限りなく自然に。暗殺。

怖いわけではない。たいした役目でもない。ここは、頷くのが賢明なのだ。
ただ。ゆっくりとチョコレートを味わう時間はなさそうだ。

アメリカ系の男から資料がまわってくる。受け取った。
王龍偉ワンロンワイの経歴たるものが書き連ねてある。
他人の人生に興味など全くないが、しかたない。
とりあえず頭に入れておく。

せっかくベルギーに来たのについていない。
Micheleは心の中で溜息をついた。










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