♥KとJの生き様
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如樹 龍月は、大きな南向きの窓に面したリビングのソファーに横たわり、夢と現実の狭間をいったりきたりしていた。
開け放たれた窓からの海風に揺れる白いカーテン。
8月に入ってからも連日猛暑日だったが、今日は台風5号のせい―――おかげでか。湿気はあるが、窓を開けていれば涼風が心地良い。
龍月は薄目を開けた。気怠く、しかし少し気持ちがいい。
揺れる白いカーテンの奥。
海へと続いているかのような芝生の庭が見える。
夏は、芝生の青々とした緑。海の碧。空の蒼。そのコントラストが美しい
今日は灰色の空にくすんだ青の海だが、それもまた自然美だ。
空へと腕を伸ばすように、桜の木が2本立っている。
龍月が小学校へ入学した年に1本。その3年後、妹の
紫月の入学時に1本。記念樹として植えられたものだ。
今では、毎年春にはお花見ができるほど見事な桜が咲く。
“龍月の桜の木”の幹には、変形して穴のように見えるくぼみがある。
丁度、そのくぼみ目掛けて何かが飛び込んだ。ように龍月には見えた。
白い……兎?
判然としない。俺は、まだ、眠っているのか?
龍月の住む神奈川県鎌倉市は、山奥ではない。しかも、自宅は、湘南海岸に近い、七里ガ浜の高台だ。野兎など、今まで見たことはない。
窓の外へでてみようと思い、身体を起こそうとしたが、上手くいかなかった。
声も出ない。やっぱり俺はまだ眠っている。金縛りか。
たしか、医学的には睡眠麻痺。だったかな。
白い兎が穴に飛び込む。知識をひけらかす。何か、“不思議の国のアリス”みたいで笑える。と、龍月は、11歳にしては大人びた事を思った。
そういえば、幼少。よく“不思議の国のアリス”“鏡の国のアリス”の本を読み聞かせしてもらった。桜の木の下で母さんに。休みの日には原文を父さんに。
へんてこな冒険のユーモアと好奇心。子供心をくすぐった。
いつか、この桜の木の幹に穴が本当に開くんじゃないか。白兎が来るんじゃないか。と、わくわくしたのを今でも覚えてる。
もう、そんなガキじゃないけど。と、龍月は、少し威張った。
誰も聞いてはいないが。
「……。」
唇に感触。
少し、冷たい。いや、温かい。柔らかい。いや、硬い。
やはりあやふやで不確実な思考。しかし、確かに珈琲の味。いや、匂い。かな。
五感が正常に働きだした。と、思ったのに。と、思った瞬間。
「……
零己くん?」
頬をなでられ、髪にさわられ、ようやく覚醒したようだった。
でも、目の前―――正確には真上。に、ある顔は、この世の人とは思えない程透明感がある青年のものだった。
色白で、銀に透けるストレートの髪。整った目鼻口。
綺羅 零己は、艶冶に笑った。どきりとさせられる。某アイドルグループにいてもおかしくはない、超絶なイケメンだ。
「お、起きたかい。」
半身を起こしてダイニングの方を見る。
こちらも、まだ夢か。と思わせる、チェシャ猫の笑みをした青年―――
神威 奏海。が、珈琲カップを掲げて言った。飲む?と。
龍月は、うん。と、返答をして、ソファーに座った。
零己は、コーヒーカップを片手に向かい側に腰下ろす。
そっか。ついさっきまでこの2人をチェスをしていた。全敗だったが。
はい。と、目の前のローテーブルに置かれた珈琲。礼を言って口付ける。
奏海は、アーモンド形の鳶色の瞳を細めた。猫口がさらに上がる。
「今夜は、Red Moonだ。しかも……」
あれ。
目の前が真っ白になっていく。何で?
奏海くんの声。遠のいてく……。
目を開けると、自室の天井が見えた。龍月は、ベッドに横たわっている。
ん?さっきのも、夢?いや、珈琲の味。覚えてる。でも、味覚の錯覚だったか。
夕べ?……チェスをしたのは、オンラインでだ。零己と奏海には、もう何年も会っていない。そうだ。そうだった。
龍月は、なんだか狐に……いや、
猫に。つままれたような気分で、自身の黒髪をかいた。
―――今夜は、Red Moonだ。
奏海くんは、夢の中でそういった。いや、多分、睡魔に襲われた状況で言われたのだろう。
―――しかも、Eclipse、月食だよ。
完璧な発音。鮮明に覚えている。
枕元の時計は午前2時を指していた。
Red Moon―――8月の満月。は、今日午前3時10分。
予測通りだ。と、龍月は思った。起き上がる。
これは、現実だよ。と、聞きなれたエンジン音が近づいてきた。
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