ルール
                        KとJの道理
                     ー Episode Of タマ ー


                              1


 「タマさん、サングラス。今日のもかっけぇっスね。」

仲間の一人から、スリーブが巻かれた紙コップを受け取る。
礼を言って、これ?と、テンプル部分に触れた。

今日は、abx POLICE。薄オレンジ色のスクエアデザインだ。
トレンドは2年くらい前だが、秋の季節は好んで身に着ける色眼鏡サングラス
100種類以上あるコレクションから、毎日気分で選ぶ。
色眼鏡とマッシュ金髪が、僕のトレードマークだ。

 「箔をつける為っスか?」

別の仲間が言った。
すぐに先の仲間が制して、僕にすんません。と、頭を下げた。
新入りなんで。と、弁解するように言うのを、僕は口元を緩めてコーヒーを啜った。

世田谷区の商業施設の屋上。
多摩川方面を一望できるベンチに腰かける。
少し、風が冷たくなってきた。

 「僕はさ、見た目まんま。体力ゴミで、ケンカも弱い。」

数十人の仲間の目が、僕を見つめた。
オレンジ色のレンズ―――フィルタを通しているので、僕は落ち着いていた。
好奇の目、冷視、空目、炯眼。悪意がないのは解っている。
その殆どは、単純、素朴な疑問だ。

何故、僕が東華とうかの幹部なのか。
東華―――東京華雅會とうきょうはなみやびかい。は、今や総勢700を超えるチーム。
東京のみならず、埼玉、千葉。関西までもが傘下だ。

そんなチームの、6人いる幹部の内の一人。東京23区西部と埼玉を任されているのだ。
この、僕が。

 「でもね。Teddyテディは言ってくれたんだ。」

―――お前は、弱くなんかないよ。
   それに、これからは僕が後ろに居るからね。

多摩川の河川敷を見つめた。
あの日も、秋だった。
僕が、東華の首領ドンことTeddy。と、No.2のLeeリーと出会ったのは、2年前。
僕が、中2の時だ。

僕は、不良という種類の人間なんて、全員漏れなく大嫌いだった。
弱いものいじめをする。強さを誇示するバカヤロウ共。
暴力でしか意思表示できないアホ共だ。

でも。
彼らは、違った。
彼らは、誰よりも強く、優しく、そして、信念のある格好良い不良。だった―――……。

 「うぉりゃ!!根性みせろや、カス!!」

腹にワンパン。背中にケリ。
今日も制服が泥だらけになるけど、もはや気にもならない。
僕は、腹を抱えてうずくまる。

あと、数十分か。耐えれば奴らは、つまらない。と、暴言を吐いていなくなる。
いつものことだ。

僕の名前は、千光寺せんこうじ 玉満たまみつ
いつからなんて覚えてないくらい、もう、ずっといじめられっ子だ。
幼稚園でも小学校でも。そして。中学になった今でも。

理由の一つは、名前だろう。幼いころほどからかわれた。
あとは、僕が人間がキライ―――特に目。
だから、人と目を合わせたくなくて、すぐに反らしてしまう。のも、原因だろう。
いじめっ子にとって腐るほど理由があるのだろう。

 「ちっ。つまんねー。帰るぞ。」

奴らは最後に一発僕を足蹴にして消えた。
ああ。やっと今日も終わった。
いつものように、僕は、のろのろと動き出す。
奴らの姿が完全に見えなくなったのを確認して、隠してあったカバンを掴む。

真っ暗なモニターには、ぼさぼさの黒髪。伏し目がちな奥二重の腫れぼったい目。
何もかもがさえない僕が映っていた。
ものすごく陰キャだ。わかっている。

PCを起動させる。心が落ち着いてきた。
まずは、メールのチェック。
最近、僕のプログラムに興味を持ったという人からのメールが来た。
送り主は、“A”。英語の文章だった。

必死に英語を勉強して、辞書を引きながらやり取りを数回。
今日はまだ来ていないか。

現実逃避。それもわかっている。
でも、今の僕には、これしかないんだ。これだけが、救い。

「なんで、やり返さない?」

突然、音もなく後ろに立たれ、声を掛けられた。びっくりして、PCを畳む。
振り向くと、その男は、射抜くような鋭い目で、僕を見ていた。
思わず反らす。

男は、中学生か、高校生か。黒髪ツーブロックに左耳に金のリングピアスをつけていた。
視線が合わないように顔を男の体に向ける。
斜面に立って僕を見下ろす男は、多分ビンテージ。のジーンズをオシャレに着こなしていた。

男は、もう一度、同じ質問をした。
いつも耐えてばかり、やられてばかりで何故やり返さないのか。と。
今日だけではないらしい。何回も見られていたのか。
僕は、勇気をふり絞って顔を上げた。

 「構わないでください。」

やっぱり、ダメだ。すぐに目を反らして、僕は呟くように言った。
弱い者いじめなんて、バカがすることです。と。
奴らは、憂さ晴らししたら。勝手に消える。それまで自分が耐えればいい。

ソレ・・。使わねぇの?」

はっ、として思わずPCを抱きしめる。
そんなコト・・・・・まで、見ていたのか。
やはり、男は、口数少なく、鋭く切れ長の一重の目で僕を見た。
僕は、唇を噛んだ。ちらり。と、見上げる先。防犯カメラ。

 「……そんなコトのための技術スキルじゃ、ない。」

僕は、自分がやられている姿をとらえている防犯カメラの映像をハッキングして、このPCにおさめていた。
男がいうのは、もっともだ。多分、これを上手く使えば、奴らを脅したり、嵌めたりできるのかもしれない。
実際、全く考えなかったワケじゃない。
でも。

僕は、立ち上がって、男に背を向けた。男は、追ってはこなかった。
しばらく歩いて、再びPCを開く。
仮想世界の僕が動き出した。
あと、数年もしないうちに、人々は仮想空間で買い物をしたり、遊んだりするのだろう。
もう、他人と現実世界で会う必要もなくなる。学校もいかなくて良くなるんだ。
好きな、自分でいられる。僕は、自由になるんだ。

 「おいっ!まだ歩けんのかよ。」

ヤバい、奴らだ。反射的に僕は、PCをカバンに隠し、草むらに置いた。
どうせ、逃げても無駄だ。逃げきれない。
逆へ向かえばよかった。運が悪い。
僕は、土手を降りて、河川敷に立った。

奴らはにやけた笑みを顔に貼り付けて、獲物を見つけた。と、いわんばかりに舌なめずりをして僕に近づいてきた。
太陽がかなり傾いていた。オレンジ色に多摩川が染まる。
川の向こうは、神奈川県だ。わかっている。
でも、僕には、多摩川が三途の川。向こう岸は、天国。のように思えた。
渡れば死ねる。……か?

―――何で、やり返さない?

さっきの男の声がこだました。
やり返したって勝てるわけがない。
わかってる。
耐え続けたって明日にはまたやられる。
ずっと耐え抜くなんてできない。いつか、僕に終わり・・・が来る。

 「何こいつ、こんなの隠してやがったぜぇ。」

奴らの一人が僕のPCを見つけて高々と掲げた。
ダメだ。それだけは。僕は、無我夢中だった。

 「うわぁぁっー!!」

叫びながら、全速力で走って、そしてPCを奪いに、初めて立ち向かった。

 「なっ。てめ、放せ!」

PCを持つ男の腰を掴んで、タックルをかます。
意表を着かれた男が、倒れこんだ。その隙にPCを両腕に抱えた。

おい。と、一番でかく、ごつい番格的な男がこちらに来た。
僕は、後退りをして、身構える。

 「なに、 虚勢張ってんだよ!!弱ぇくせに。死にてぇのか!!」

万事休す。終わりだ。死ぬ。
そう思った時。

 「虚勢張って何が悪い。」

強く瞑った目をゆっくり開くと、さっきの男が立っていた。
斜に構えた体勢。野性的で刃のような鋭い目つき。

 「虚勢も張れねぇで、逃げるほうがダセぇ。最も。自分より弱い奴をって喜んでる奴は、もっとダセぇけどな。」

その隣で、いつの間にか立っていた男……こ、ども?が、ふふっ。と、笑った。
ピンク色のウエーブ長髪をハーフアップした、小さいこども。だ。

 「はぁ?部外者は黙ってろ。殺されてぇのか、ああ?」

僕が棒立ちになっているところへ、あきらかにこの場には異質なピンク色の長髪が来た。
奴らを無視して。

 「譲れないモノの為に身体を張れるの。イイネ。」

は……?僕より背の低いその男は笑った。気に入ったよ。と。
その笑顔は、自信に満ちた、魅力のある笑みだ。
僕は、夕日を背負ったその男が、まるで映画のワンシーンのように、一番でかいボス格の男に向かうのを見ていた。

 「……?!!」

そして、その男は一瞬で敵を伸した。
何がどうなったのか、全く分からなかった。
黒髪ツーブロックの男も、残りの敵全員に地面をナメさせていた。

 「お前は、弱くなんかないよ。イジメに耐え抜いた。大事なモン、守った。……すげぇじゃん。」

―――すげぇじゃん。

何故だかわからない。抑えきれない感情が溢れ出てきて、僕は、号泣した。
差し伸べられた手。すごく、温かかった。

 「それに、もう負けない。これからは、僕が後ろに居るからね。」

最高最強の笑み。それが、Teddy―――江堂えどう 都華咲つかさ。中1。
これ、やるよ。と、ぶっきらぼうに、胸元にかけていたサングラスをくれた男。
それが、Lee―――浅我あさわ 俐士りひと。中1。だった。
僕をイジメていた奴らは、その後一切、僕をいじめなくなった―――……。

 「かっけぇ!!」

それで、東華ができたんスね。と、屋上庭園の一角“芝の広場”で子供を遊ばせていた親たちが振り向くほどでかい声。

 「うん。かっこいいよね。Leeは、僕が他人の目を気にしていること、見抜いてさ、これ、くれたんだよ。」

Leeは、父親の関係でアメリカにわたり、中1のその夏に帰国したばかりだった。
当時流行したabxのPOLICE。
その価値もわからず、もらい受けた僕だったが、それが僕が色眼鏡にはまるきっかけになった。
人と話すのが、怖くなくなる、一要因にもなったんだ。

 「大事な、サングラスっスね。」

仲間の一人が妙に感傷的に言って、タマさんは、強いっス。と、胸を張った。
てめぇらだって、こないだの抗争んとき、見たろ!と、口にする。

 「……ああ。酒が入った時は、少し。ね。」

僕は苦笑した。
それも、2年前が発端だった―――……。



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