ルール
♠KとJの道理♠
ー Episode Of タマ ー
2
「ようはさ、ここだよ。」
諸 紋冬は、いたずらな笑みでそういって自分の胸を指した。
そして、グラスを僕に押し付ける。
渋谷にある江堂くんの家―――と、いっても和風テイストの小洒落たマンションの一室。
何でも浅我くんのお父さんの持ち物らしい。
江堂くんは、ここで独りで暮らしている。
事情があるのだろう。特には訊かなかった。
独り暮らしではあるが、毎日江堂くんの仲間たちが集まっている。
何だかシェアハウスのようだ。
江堂くんは、僕を仲間に紹介してくれた。
その一人が、渋谷で超有名なチーム、Crazy Kids。の六代目頭、諸さん。
押し付けられたグラスは、ビールだった。
僕が極端に人の目を気にするのを緩和させるには、アルコールだ。と。
さすがに成人の諸さんはいいが、僕は未成年だし。と、やんわり断ろうとした。
「そうだな。肝がちっせんだよ、肝が!」
同じアパートに住んでいるという、江堂くんの幼馴染、八雲 慶蔵。
身体も声も態度も。何もかも、でかい。
八雲くんが僕を羽交い締めして、グラスをむりやり口に運ぼうとする。
「こらこら、やめろ。」
ローテーブルを挟んだ向かいで、穏やかな優しい口調で制してくれたのは、耘 なゆた。
Crazy Kidsのメンバーで、僕の2つ年上だ。
同じくメンバーの深恒 源剱は、何故か木刀で素振りをしながら、そうだぞ、無理強いは良くない。と、大真面目に言う。
「ふふふ。いんだよ、玉満は、そのままで。」
江堂くんはかわいく笑って僕を見た。
不思議と、僕は目をそらさない。すぐには。だが。
何と言うか、江堂くんは、彼の瞳は、吸い込まれそうになる。
魅了されてしまう。だから、僕はいつも数秒見とれて、そして我に返って視線を外すんだ。
色白の小さな顔。右耳にリングのピアス。
ピンク色―――正しくは、ピンクベージュ。と、いうらしい。の、長髪。
人形のようで、すごく、綺麗なんだ。
大きめの二重の瞳も、小さな鼻口も。何だが二次元のような人だ。
「それよりさ。」
その顔が、僕のすぐ隣にやってきた。
語尾にハートマークを付けるような楽しそうな言い方の江堂くん。
僕は、立たされ、風呂場につれていかれる。
何をされるのかと身構えていると、浅我くんが、縦長の箱を江堂くんに手渡した。
「……。」
僕の髪は整えられ、金色に変わった。
「いいじゃん。」
「お。イメチェン。」
皆が口々にいいね。と、言ってくれる。
かわいいよ。と、江堂くん。abx POLICEに合う。と、浅我くんがニヒルに笑った。
鏡の中の僕。金髪マッシュ。まるで別人だった。
「あ……ありがとうございます。その……江堂くんは、クマ。好きなの?」
唐突な質問だったと思う。
でも、江堂くんの髪色と、いつも持っている“夢の国のクマの女の子”ストラップの色が同じだと思ったんだ。
だから、好きなのかな。と、単純に訊いてしまった。
でも、次の瞬間僕は、皆の豹変した態度と空気に理由はわからなかったけど、凍り付いてしまった。
「……これは。妹の形見。なんだ。」
形……見。
ヤバいことをきいた。と、思った時には遅かった。
すぐに僕は謝った。知らなかったとはいえ、デリカシーに欠ける。だろう。
「……玉満は。……善人だね。」
儚い笑顔で江堂くんは言う。
善人……?
そして、振りかぶって、江堂くんは意を決したように言ったんだ。
「ごめん、モンちゃん。やっぱり、僕、りぃくんとチームを創る。」
江堂くんは諸さんに頭を下げた。
チーム?
何がどうなって、何の展開になっているのか全く分からない。
でも、僕以外の皆はわかっている様だ。
諸さんは、そうか。と、静かに言って、なゆたくんと源剱くんは、二人、目顔で頷いた。
八雲くんは腕組をして何度も頷いている。
「玉満。」
「は、はい。」
思わず姿勢を正してしまった。
江堂くんが何だか急に大人びた雰囲気で、僕を呼んだから。
江堂くんは笑った。僕は次の言葉を待つ。
「今の世の中は、幸福は不平等に、不幸は平等に訪れる。因果応報なんて、ウソだ。」
「……。」
「どんな悪いことをし続けても、ずる賢い悪人は生き延びるし、逆にどんな良い行いをし続けても善人は、死ぬ。」
江堂くんは、窓の外を見た。綺麗な銀杏並木が見渡せる。
澄んだ、青く高い空。江堂くんは、口元を緩めた。
「僕はね、運が悪かった。とかで片付けたくない。だから、ぶっ壊す!!」
江堂くんが僕を真っすぐ見た。
「玉満、お前も手伝え!!」
その瞬間。風が吹いた。僕の心臓は飛び跳ねた。
今まで感じたことのない、例えようのない、昂揚感に包まれた。
その、数日後。
いつものように江堂くんの家。皆は深刻な顔をしていた。
「やっぱり、避けられないですよね。」
なゆたくんが諸さんに言う。八雲くんは、関係ねぇだろ。と、吐き捨てた。
どうやら、Crazy Kidsの七代目を、諸さんや、他のメンバー、特に五代目頭は、浅我くんに継がせる予定だったようなのだ。
しかし、江堂くんは浅我くんと新しいチームを創る。と、言い、浅我くんも賛同している。
現メンバーのなゆたくんと源剱くんは、Crazy Kidsを脱退して新チームに加わると言っているんだ。
現トップ、六代目の諸さんは、本心は、浅我くんに継いでもらいたいと思っている様だが、寛容的。
しかし、五代目トップを始め、他のメンバーは反対しているらしい。
諸さんは、反対派を止められなくてすまない。と、呟いた。
つまり、抗争が起こる。
僕は、諸さんが溜息をついて、懐かしそうに眺めるスマホのロック画面をちらり、と覗いた。
Crazy Kidsの仲間の画のようだ。
皆、誇らしげに、楽しそうに笑っている。
「……あ、れ。」
僕は、その画をみせてもらえるよう諸さんに頼んだ。
どこかで見たことがある男が映っていたからだ。
どこだ。……あ。と、僕は気が付いて、カバンの中からPCを取り出した。
「……玉満。すげぇな。」
諸さんは、少し複雑な表情をして、でも僕を労った。
浅我くんは、僕の肩を叩いて、そして、どこかへ電話をした様だ。
それが、どんな意味をもつのか、僕にはわからなかった。
でも、皆は急に話題を変え出して、いつの間にか食べ物やら飲物やらがリビングに散乱した。
そして、いつの間にか僕の飲物は、アルコールになっていた。らしい。
「諸さんは、モンちゃんなんですよね。じゃ、江堂くんは、テディです。」
本当に断片的にしか覚えてないんだけど、皆のニックネームをつけたのは、僕らしい。
後でなゆたくんから聞いた。
皆に褒められて、受け入れてもらって、何かすごく気持ちがよくなって、僕は色々なことを色々喋った。
気がする。
「江堂くん―――エド。英名のエドワードの愛称はEdoってゆんですよ。それから、Teddy。ともゆうんですら。江堂くん、テディベアみたくかーいーからぁ。」
僕は江堂くんに抱き着いた。らしい。
でも、僕より年下で小さいのに、すごい強い。
どうしたらこの身体からあんなパワーがでるのだろう。
「こら、玉満。飲み過ぎだ。酔っ払いエロオヤジか。誰だ、酒盛ったの。」
なゆたくんは、呆れてたようだ。
「ウける、玉満。Teddyか。イイネ。じゃ、玉満は、タマだね。」
でも、江堂くんは、笑って僕にそう言い、喉元を撫でた。
そこは、何となく覚えている。タマ、と呼ばれ僕はふざけて、にゃん。と、猫のマネをした。
今までイジメの原因になっていた名前。大嫌いだった名前。
江堂くんがタマ。と呼んでくれただけで、好きになった瞬間だった。
江堂くん―――Teddyに撫でられて、僕はバカみたいにはしゃいだ。
「浅我くんは、かっけぇし、ジーンズ好きでしょ。だから、L・E・Eで、Lee。に決まり!ブルース・リーすら超えるかっこよされす!!」
調子に乗った僕は、浅我くんのニックネームもつけて、八雲くんを、ハチ。源剱くんをケンケン。と呼んだ。
今思うと、恐ろしい。
そして、なゆたくんには、Teddyがよく、にゃゆたん。と、かわいいく呼ぶのをきいて、ニャンタ。と、いったのは、覚えている。
穴があったら入りたい。
諸さんは、終始笑ってネコが2匹にイヌ2匹をひきいるクマか。おもしろい。と言っていたらしい。
そして、目が覚めたのは、次の日の昼だ。
ひどく頭が痛い。
「タマ、こら。昨夜のことTeddyに詫び入れろや。」
起き抜けに、八雲くんに胸座をつかまれてびっくりした。
思わず縮こまる。昨夜……タマ。Teddy。……?
僕は少しづつ思い出してきて、すみません!!と、土下座した。
断片的にしか覚えてないけど、すごくハメを外した。気がする。
正直にそういうと、江堂くん―――Teddyは、笑った。
「初めての酒。楽しかったよね。」
僕も楽しかった。久々に腹から笑ったよ。と、言ってくれた。
すみません。と、もう一度謝る僕。
「そもそも、ハチ。だろ。フザけて酒盛ったの。」
「はぁ?俺のせいか、ニャンタくん。」
八雲―――ハチ。と、なゆたくん―――ニャンタ。がにらみ合った。
え。え。僕のせいか?
「二人とも、うるさいぞ。座禅のジャマだ。」
「だまれ、ケンケンくん。」
「精神統一中に邪念が多いからだ。」
僕がおろおろしていると、今度は、奥のスペースでなぜか座禅をしていた源剱くん―――ケンケン。に流れ弾。
やばい。ケンカ勃発か。僕のせいで。
どうしよう。と、思っていたら、Teddyがいきなり、腹を抱えて大笑いしだした。
「やっぱ、ニックネームいいね。タマ、才能あるよ。」
Teddyは僕に言ってくれた。
Teddyの笑顔をみて、皆も一様に口元を緩めた。
皆、Teddyが大好きなんだ。
すごく、伝わってくる。皆の想い。
「あ、あの。チーム名ってもう、決まってるんですか。」
僕の質問に、Teddyは、飾り棚にある写真を見つめてうなづいた。
写真は、8年前、齢3才で亡くなったTeddyの妹、雅楽ちゃんだ。
七五三の着物を着ている。
「東京華雅會。それが、チーム名だ。」
「そして、道理は、Teddy。」
「Lee。もね。」
ダイニングで今まで我関せず。と、珈琲をのんでいた浅我くん―――Leeの言葉に、Teddyがウインクをする。
―――東京華雅會。
Teddyは、Crazy Kidsとの抗争に勝って、雅楽ちゃんの命日、11月15日に、東京華雅會―――東華を旗揚げする。と、言った。
「東華の道理。何か合言葉。にしたりするのって、どうでしょうか。ほら、気合というか、合図というか。」
僕の提案に、イイね。と、Teddy。
テンションあがんな。と、ハチ。
ニャンタくんもケンケンくんも賛同してくれた。
すごく、嬉しかった。
Leeが言うのを想像して考えたセリフ。絶対ハマるに違いない。
Teddyは、Leeに言ってみてよ。と、せがんだが、Leeは本番な。と、往なした。
本番―――それは、Crazy Kidsとの抗争日。
「タマ。お前は闘わなくていい。チーム一人一人には、役割があって、タマは、今回の抗争に既に充分貢献した。それでいんだよ。」
戦いを前に、ケンカの弱い僕を気遣ってニャンタくんは言ってくれた。
「後ろにすっこんでろ、タマ。俺が全て殺ってやる。」
男気溢れる態度でハチ。任せろ。とケンケンくん。
LeeもTeddyもうなづいてくれた。でも。
「僕は、Teddyの為なら死ねます。でも、それは、無駄死にするって意味じゃなくて、大切な人、仲間のためなら死ぬ気で頑張れるという意味です。僕も、東華の一員だから!!」
ケンカはキライだけど。怖いけど。
でも、今までも耐えてきた。
やられっぱなしだけど、非力だけど。
僕は、決心したんだ。
僕を助けてくれたLeeとTeddyの為に。受け入れてくれた皆の為に。
頑張るんだ!!
「よく言った、タマ。」
諸さんは、僕に何かを投げて寄越した。透明な瓶。黄緑色の文字。
僕は、意を決して飲み干した。
「皆で、殺るよ。」
Teddyが笑った。Leeがうなづいて、そして、言った。
「自由に称賛を。道理違反に制裁を。」
おぉぉっ!!!皆が吠えた。やっぱ、かっけぇ!!
Leeの低くて凄みのある声。やっぱり、ハマった。
僕は、何だかふらふらする頭で、Leeの言葉に、Teddyの笑顔に、酔っていた。
ボルテージは最高潮。何でもできる気がしていた。
―――……。
その後の事は、本当に覚えていない。
「あん時の酒。こないだの東西事変の時のスピリタス。まさか一気飲みするとは、紋冬くんも想定外だったと思うよ、きっと。」
屋上の風が思い出話の酔いを覚ました。
いつの間にか、ニャンタくんが来ていた。
今日もハイライトの入った長髪を後ろにお団子で結うスタイル。おしゃれで似合ってる。
「ええ。そうだと思いました。だから、その後からは記憶を失わない程度に抑えることにして。加減が解ってきた感じです。」
お疲れ様です。と、ニャンタくんに頭を下げて、僕は言った。
「いやいや、一気飲みしたでしょ。東西事変の時も。」
「必要だったんです。」
先の東西事変は、関西も絡んだ大きな抗争だった。
Teddyの因縁も絡んでいた。絶対負けられないものだった。
酔っぱらっていた僕は、相当敵に頭突きをかましていたらしかった。
「タマさんの頭突き、最強っス。」
僕とニャンタくんのやり取りに仲間は笑った。
「タマさん、かっけぇス。あの、タンカもニックネームも最高っス!」
皆も頷く。
「だって。タマ。嬉しいね。」
ニャンタくんが労ってくれる。素直に、はい。と、言葉にした。
こんな僕でもついてきてくれる仲間がいる。
「お。夜景。きれーだね。」
もちろん。この人たちが居たからだ。
この、仲間が居るからだ。
TeddyとLeeが現れた。ケンケンくんとハチもいる。
あの日。
Crazy Kidsとの戦いに勝って、僕たちは約束通り東華を立ち上げた。
2021年11月15日。今から2年前のことだ。
「皆、誇れ!!僕たちは、そんな東華の一員なんだ!」
Teddyたちが、何々?と、口々に言う中、僕は、笑顔で胸を張った。
「東京華雅會、最高っ!!」
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あとがき
読んでいただきありがとうございました。
♠KとJの道理♠。より、東華の幹部タマのエピソード。
ニックネームの謎wや、なぜタマが幹部になったのか。など。
本編で描けなかったので、書いてみました。
そしてそして、Aとは。Crazzy Kidsとの抗争の時のタマの貢献とは。
現在の東華でのタマの役割、その裏にいる誰かwも見え隠れする話でした。
では、また次回作でお会いしましょう!
2023.06.13 湘
