それでね、それでね。と、夕食前。
僕は、今日の出来事を母ちゃんと姉ちゃんに話したんだ。
「へぇ、維薪も龍月もつかみはばっちりやなぁ。」
姉ちゃん―――海空。
は、僕のとなりの椅子に座ってダイニングテーブルに頬杖をついて笑った。
たっちゃんと同じ高2。
姉ちゃんは、父ちゃんと同じ関西弁で話す。
「龍月、共学やったら黄色いウエーブ間違いなしやろ。」
「男子校でも皆さわいでたよ。かっこいーって。」
姉ちゃんは満足そうにうなづいて、いっちゃんのことを、猪突猛進、唯我独尊、唯一無二。
常に上昇志向やんなぁ。と、つぶやく。
そして、天羽は寝てたやろ。
と、天ちゃんの様子を見ていたように言った。
「お、やったあ、ハンバーグ!」
目の前に出された2人分の食事。
母ちゃんは先に食べて。と僕らを促した。
僕は、母屋から続く別棟―――父ちゃんの事務所。
を見つめて、父ちゃんにも話したかったなぁ。と、言葉がついてでた。
「大丈夫よ。後で稽古つけてくれるって。」
母ちゃんはゆったり笑う。
そっか。じゃあ早く食べて自主練しよう。
早くいっちゃんや天ちゃんに追いつきたい。
僕の家は、鎌倉市由比ガ浜海岸にほど近いところにある。
敷地の中に普段僕が生活している住まい―――母屋。と父ちゃんの事務所。
それから道場。が併設されている。
僕は、幼いころから武道―――空手、柔道、剣道。
などを父ちゃんや一緒に住む―――事務所棟にいる大人たち。や父ちゃんの友達。
いろいろな人に教えてもらっている。
体を動かすのは、好きだ。
特に体操的動き。僕は、体が柔らかいと自分でも思うし、ダンスみたいで楽しかったりもする。
だから、今朝、先輩に拳を寸止めしたように、直接打撃はあまり得意じゃない。
できればしたくないんだ。
反対にいっちゃんは文字通り猪突猛進。
相手を殴る蹴る事に、躊躇はいつもない。
僕は闘わなくてよいなら闘いたくない。
皆が痛い思いをしないのが最善だと思うんだけどなぁ。
いっちゃんには、いつもヘタレ。意気地なし。とか言われる。
でも父ちゃんは、防御は最大の攻撃や。と、笑ってくれるんだ。
父ちゃんはすごいんだ。
ほとんどすべての武術を習得している。圧倒的に強い。
でもいつも笑顔だからそんな風には見えない。
そんなところもすごい。
父ちゃんの周りの人は皆、父ちゃんをすごいと褒めてくれるけど、父ちゃんはそんな事はない。という。
皆のおかげや。と穏やかに笑うんだ。
僕の父ちゃん―――飛龍 海昊。
は、いわゆる極道とよばれる組織の頂だ。
日本一大きな組、飛龍組。全国に支部がある。
ここ、本部には、父ちゃんの側近や組員の何人かが衣食住を共にしている。
僕は生まれた時から皆と一緒に生活していたから、別に何の違和感もない。
だけど、いっちゃんは、フツ―じゃねぇ。と吐き捨てる。
悪い意味じゃないのはわかってる。
いっちゃんもほとんど毎日武道の指導を受けに来るし。
それに、皆の前では少し、すこーしだけど大人しいし、礼儀正しいんだよ。
もちろん、ここでもいっちゃんは一ミリもぶれない。
一番になる。と稽古に励んでいるんだ。
本当にすごいよ。僕は、いっちゃんは、一位のいっちゃんだね。とよく言う。
当然ガン無視だけど。
でも、僕は知ってる。
本当は、すごく優しいんだよ。
世間的に見たら僕は、やくざの子。いわれのない非難や勝手な畏怖。
そんな環境からいっちゃんは守ろうとしてくれる。
いつも一番前に立って牽制してくれるんだ。
そして、天ちゃんをも。
天ちゃんは、父ちゃんの妹―――冥旻ちゃん。の子供。
天ちゃんの父ちゃんは、中国とロシアのハーフ。
だから中国名もロシア名も持ってて、なんかかっこいい。
でも容姿―――特にオッドアイ。が周りには受け入れられない事らしいんだ。
かっこいいのに。ネコちゃんの目みたいで、かわいくもあるし。
天ちゃんは、天ちゃんの父ちゃんの故郷、中国の棒術や拳法とかできる。
棒をもった天ちゃんは、別人みたいで大人も皆一目置いている。
「っくっそー!ぜんぜん当ったんねー!!」
道場に入ろうとして、床にぶつかる大きな音といっちゃんの悔しそうな大声が聞こえた。
いっちゃん、もう稽古してる。
こっそりのぞくと、いっちゃんが大の字に床に寝そべっていた。
その横に竹刀を肩に担ぐ、剣道着姿の扇帝くん―――父ちゃんの側近。
扇帝くんは、飛龍組関東支部石嶺組の総統。
40代にはみえない、ヴィジュアル系イケメン。
両目の泣き黒子がチャーミング。
線が細いのに、剣術の腕は父ちゃんに並ぶかそれ以上といわれている。
「維薪は、やっぱり肉弾戦優位だね。」
個々に得意不得意はある。自分は肉弾戦は苦手だから剣術を磨いてるんだよ。と扇帝くんは言った。
いっちゃんは起き上がって、赤い頭を思い切りかき回した。
「全部だっ。すべての戦い方で一番になりてえ!!」
どんな相手でもどんな状況でも勝てるように。と、いっちゃんは胡坐をかいて扇帝くんを見上げた。
「相変わらずだなぁ。いいね、熱いの。嫌いじゃないよ。」
扇帝くんはにっこり笑った。じゃあ、努力あるのみ。鍛錬、鍛錬。と。
やっぱりいっちゃんはすごいなぁ。何にでも一生懸命。それでいつも結局成し遂げちゃうんだ。
「てめ、こそこそ見てんじゃねー、俺の相手しろ。アホ空、こら。」
「あ、ごめん。僕父ちゃんと……」
最後まで言い終える前に、いっちゃんの拳がすぐ目の前に迫ってきた。
思わずバック転で回避する。
それでも次の一手が来る。有無も言わせない。速い。それでいて正確で強い鉄拳。
掠っただけでも絶対どっか切れる。
僕はギリギリで避けながら下がる。
やばっ。壁が迫ってくる。もうあとがない。
思わず目を瞑った。
「……ストップ。」
「うわあ!!」
薄目を開ける。
すぐ近くに腕立て伏せをするような恰好のいっちゃんの姿。
その横に、いつの間にか扇帝くんがしゃがんでいっちゃんを見下ろしていた。
おそらく、僕に向かういっちゃんの前に竹刀を刺した。
いっちゃんに当たった音とかはしなかったから、あの速い鉄拳の間にだ。
しかもいっちゃんもそれを避けた。それすら予想した扇帝くんもいっちゃんもすごい。
また胡坐姿にもどったいっちゃんは、扇帝くんに唇をとがらせた。
「今日。学コで先輩相手にケリいれたんだって?」
ポンポン。扇帝くんは竹刀でいっちゃんの頭を軽く叩く。
いっちゃんはギロリ。僕をにらみつけたから、僕は首を横に振った。
「ちっ、じゃあ龍月のヤローか。」
「お。ご名答。」
またどこからか、ひょろりとたっちゃんが現れた。全然気配とかしなかった、すごいなぁ。
たっちゃんは扇帝くんに頭を下げて、前髪を無造作にかき上げた。
右側に向かって長い前髪は、アーモンド形の少しやんちゃそうな右瞳を隠す。おしゃれでかっこいい。
「維薪のケリで周りが諦めたらベストだったんだけどね。」
たっちゃんは今朝の僕らの状況説明を解説者の如く語った。
僕の差し出した手―――たっちゃんいわく、優しさに付け込んだゲス男。
の一手に僕が予想外の行動をとったことで、一斉に向かってきた先輩たち。
「全員のすのは簡単だけど、さすがに入学式どころじゃなくなっちまうもんなぁ。」
えらいえらい。と、たっちゃんはいっちゃんをほめた。
じゃあ、と僕が口を挟もうとして、たっちゃんの手に制止させられた。
「空月は悪くない。ゲス男は空月が寸止めした拳で空月がいかに強いか肌で感じてた。
だから、そのあとは、動かなかった。いや、動けなかったんだよ。」
ポンポン。労わるように僕の頭を叩いてくれるたっちゃん。温かい。ほわっ、とする。
うれしいな。たっちゃんの他人を思いやってくれるところ、すごく好きだ。
「で、おバカな中3生たちが、調子に乗ってきたから、天に竹ぼうきを投げた。ってわけ。」
ナイス判断でしょ。とお茶目にウインクする。
「あの状況下では、天の棒術が最強で最善だったと思うよ。」
ですよね。と、たっちゃんは扇帝くんに同意を求めた。
扇帝くんは、そうだな。と、うなづいて、竹刀の先をたっちゃんに向ける。
「最善の最善は、すべて見ていた龍月が未然に止めること。だ。」
扇帝くんの言葉にたっちゃんは、ははっ。と、乾いた笑いをして舌を出す。
生徒会なんだろう。と扇帝くん。全く。と、あきれて、いっちゃんに向き直る。
「空月や天羽に頼ることも必要。全て一人で背負わない。昔から言ってるだろ、な。」
「ですよね。お前らは、最強のトリオだよ。」
最強のトリオ。なんかいい。かっこいい響きだよ。
いっちゃんは舌打ちをしてそっぽを向いたけど、僕は認められたみたいですごく嬉しかった。
いっちゃんはまたすぐに立ち上がって扇帝くんに稽古をお願いした。
いっちゃんが棒術をマスターしたらそれこそ最強だ。
僕も頑張らなきゃ。いっちゃんにばっか頼ってられないもんね。
早く父ちゃん来ないかな。
「維薪!」
いっちゃんがやっぱり扇帝くんに完敗したところで、姉ちゃんが現れた。
姉ちゃんは満面の笑み。
いっちゃんの赤い頭を両手で豪快に撫でまわして、入学おめでとう。と口にした。
「ええやん、ええやん。ストロベリーレッドやんな。イチゴみたいでかわいいで。」
姉ちゃんはいっちゃんの髪の色をそういって、今度はいっちゃんの頬を両手で挟む。
おおきにな、空月と天羽を守ってくれたんやろ。と、礼を言う。
「天羽はどこいっても目立ってまうからなぁ。せやけど、その頭にはかすむやんか。」
ナイスアイデア!と姉ちゃんは大声で笑った。
いっちゃんは片眉をあげて姉ちゃんを見ているけど、反論はしない。
そっか、だからいっちゃんはハデな髪にパーカーで周りに布石を打ってくれたんだ。
僕らことを考えての行動。
「いっちゃん、ありが……」
「うるせえ。」
とう。までいわせてはくれなかった。
いっちゃんはそっぽを向いて吐き捨てた。
たっちゃんが失笑する。きっと、たっちゃんもわかってたんだ。
「いーな。維薪。海空お嬢にほめてもらって。」
扇帝くんが茶々をいれて、姉ちゃんが少し恥ずかしそうに、扇帝くんを見た。
何や、それ。と。
扇帝くんも姉ちゃんにほめてもらいたいのかな。
そうだよね。ほめられるのってすごく嬉しい。
元気が出るし、やる気も出るもんね。
姉ちゃんはわざとらしく咳をして、たっちゃんにもお礼を言った。
「いーえ、何もしてないよ。」
「全くな。」
たっちゃんの言葉にいっちゃんの突っ込み。
ひどっ、とたっちゃんは眉をひそめて笑った。
「兄貴はチャラすぎる。」
どうせその竹ぼうきも誰かに片づけさせたんだろ。
と、毒舌全開で現れたのは、しぃちゃん―――紫月ちゃん。
たっちゃんの妹で、僕のいっこ上、中2。
しぃちゃんは、男前でかっこいい。女の子なのに女の子扱いされるのをすごく嫌がる。
だから武道に関しても僕らに負けないように、こうして稽古に来る。
ここにいる5人と天ちゃんをいれた6人が幼馴染。
ほとんど毎日会っているんだ。
「お、名推理。さすが男前の妹。」
たっちゃんの打っても響かない性格に、しぃちゃんは切れ長の目で刺す。
扇帝くんに稽古を申し出た。
「見てろ、維薪。あたしのほうが強い。」
「吠えヅラかくなよ。」
いっちゃんは女の子たいしても言動ぶれない。
強いて言えば姉ちゃんくらいかな。
姉ちゃんがしぃちゃんに激励すると、ありがとう。みぃちゃん。と、笑顔のしぃちゃん。
しぃちゃんも姉ちゃんを一目置いている。姉ちゃんは見かけによらず実は相当強い。
でも、おそらく僕ら幼馴染で一番強いのは―――……。
「っと。ごめん、紫月。」
しぃちゃんがポニーテールの長い髪を面に収めたところで、扇帝くんが待ったをかけた。
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中書き2w。
よんでくれてありがとうございます!湘です。
執筆は、ただいま第4話。
まだまだ爆走中!
久々に手が……腱鞘炎やばい。
やっぱり考えた。
僕はこのみ?が変わった。
このコロナ自粛のあいだにか、成長かこれは、成長か?
プロット・イラスト2 やっぱりらくがきですが、どーぞ。
