「遅うなってすまんな。皆、揃っとうか。」
張ったわけではないのに、心胆に響く威厳ある、それでいてゆらぎのある穏やかで優しい声。
父ちゃんだ。
扇帝くんが頭を下げて、いっちゃんさえも皆、起立して同じく頭を下げた。
ヤクザの親分―――映画とかTVで見るような強面大柄、ドスの利いた声etc。
とは全くかけ離れた風体。
それでも、それなのに、それだからか。
父ちゃんは皆に慕われ、尊敬される。そのオーラたるや、言葉にできないほど、すごい。
僕の憧れであり、大好きな父ちゃん。
後ろになでつけた黒髪。目尻の下がる優しい目に笑うと左エクボがへこむ。
イケメンだと思う。自慢の父ちゃん。
「今日は、入学・進級祝いや。」
その声で次々と道場に入ってきた人たち―――あ。天ちゃんも来た。
天ちゃんのお母さんの冥旻ちゃん。空手着。
そして、いっちゃんの父ちゃん母ちゃん―――薪さんと真実さん。柔道着。
実はいっちゃんの両親は、警察官だ。これはたぶん、オフレコ。……だと思う。
「こら、維薪!!お前、勝手にそんな赤髪にして!!」
いっちゃんを見つけた真実さんがいっちゃんに向かって腕を振り上げた。
「まってまって、それは天羽を……。」
冥旻ちゃんが弁解する。が。
降り降ろされたゲンコツを、いっちゃんが避けて道場で追いかけっこが始まった。
きいてないし。と、冥旻ちゃん。
ね。そうなんでしょ。と、いっちゃんの赤髪の理由を僕に求めたから、大きくうなづいた。
きっと天ちゃんが伝えたんだ。
天ちゃんはゆっくりと僕のとなりに並んだ。笑顔。
冥旻ちゃんは、お母さんには見えないほどかわいい。
童顔で大きな二重の目。天ちゃんにそっくり。
それでいて空手の有段者。しゅっ、としててかっこいいんだ。
真実さんは厳しい。特にいっちゃんには容赦ない。ゲンコツ、ケリ、何でもありだ。
でも僕らには優しく柔道の指導をしてくれる。
「ほっとけ。始めるぞ。」
薪さんが淡、といった。
いっちゃんの父ちゃんは、一言でいうといかつい。
身体もすごく鍛え抜かれてて、接近戦はめっちゃ強すぎる。
あんまり笑わないし、冗談とか言わないけど、父ちゃんとは無二の親友なんだ。
見えない強い絆を感じる。
だから、ヤクザと警察―――おそらく世間的にはタブーな間柄。
だけど、そんなことなんて一瞬で凌駕してしまうほどの絆がこの二人にはある。
対等、同等、同列。そんな感じだ。
職業など、世間体など関係なく、人間としての、価値。
互いに認め合っている。
そして、扇帝くんも三人、K学の卒業生なんだ。
「おおきにな、維薪。龍月。皆も。」
さて。と、父ちゃんが手を叩いた。
その言動だけで皆が優しいオーラに包まれ、父ちゃんに向き直った。
入学祝い―――言わずもがな。
最強の指導者たちが各々の得意武道を教えてくれる。
先生たちがこんな一堂に会すことなんてめったにない。すごい!
父ちゃんは、誰に何回手合わせしてもよい。と、言った。
時間2分づつ。9時まで、15分。インターバル10秒。
真っ先に動いたのはいっちゃんだ。扇帝くんの前。
しぃちゃんとぶつかりそうになり、いっちゃんが競り勝った。
僕は当然。
「―――寸止め。したんやってな。」
父ちゃんは左エクボをへこませて笑った。今朝の話。
押忍。と、空手の挨拶を交わして、僕は父ちゃんとスパーリング―――手合わせをした。
「うん。さすがに……殴れなかったな。」
右ストレート。流される。左キック。下がられる。
やっぱり寸でのところでかわされる。僕は全く手を抜いていないのに。
右ボディ、来る。
僕は十字受け―――両腕を体の前にバッテンにして、父ちゃんの拳を受けた。
「それでええ。しっかり守って―――ほで、いざというときに一発。」
父ちゃんが胸を開いた。
僕は思い切り右ストレートを打ち込む。渾身。
当然父ちゃんはビクともしなかったけど、いい一撃だ。と、ほめてくれた。
そして、狙うならもう少し下だ。と、突く場所を訂正してくれる。
「大丈夫や、その一撃でたいていの人ならノックアウトやから。」
押忍。と、言ってスパーリング再開。
父ちゃんとの組手は好きだ。呼吸を読むように僕の状況に合わせて最適な指導をしてくれる。
心で会話をするかのような組手。得るものがたくさんある。
2分なんてあっという間だ。
指導者5人に生徒が6人。
一呼吸あけて次にいこうと思ったら、たっちゃんだけ見学してた。
うわっ、相変わらずだ。
「龍月。やる気あんのか。」
声を張ったのは、薪さんだ。こわい。いっちゃんいそっくりの鋭い一重の目。
たっちゃん、飄々と、ないっす。と、返答。うわ、うわ。
ってそもそもたっちゃんだけ学ラン……。皆、道着かトレーニングウェアなのに。
壁際。よりかかってスマホをいじっている。堂々と。
「えー、俺も頭数はいってたんすか。今日は報告のみ……。」
「入学・進級祝い。と海昊はいわなかったか。」
聞いてなかったのか。と、破壊力最強の視線。
目だけで人を殺せそうだよ。
そんな薪さんの足元には、早々に天井を仰いだ天ちゃんの姿。
たっちゃんは、まいったなぁ。と、いいつつ左手でスマホを操作している。すごっ。
でも、こんな機会、めったにないのにな。もったいない。
僕はそう思いつつ、次に冥旻ちゃんのところへ向かった。
「時間のムダなんで、兄貴なんてほっといてください。」
後ろのほうで薪さんに礼をするしぃちゃんの声がした。
いっちゃんは再度扇帝くんに挑戦するようだ。
備え付けの電子タイマーが鳴った。
「相変わらずね、龍月。」
冥旻ちゃんは、ため息とともに吐いて、僕と挨拶を交わした。
「空月、背、伸びたんじゃない?」
そうかな。と、返す。うれしいな。
とはいえ、160くらいの冥旻ちゃんにはまだ追いついていない。
もっとたくさん食べよう。
冥旻ちゃんの得意技は足だ。長くて良くしなる、柔らかく素早い攻撃。
接近戦でも遠隔戦でも有効。
僕は間合いを詰めた。小柄さを利用して相手の懐にはいり、左膝を上げた。
柔軟性をいかしてそのまま上段蹴り。
「お、いいね。今の。危うく当てられるところだったよ。」
すっ、と後ろに引かれてかすめただけだったけど、手ごたえあり。
冥旻ちゃんも、ちゃんと考えて技が出せてえらい。と、褒めてくれた。
やったね。
「見てたよ。接近の上段。私なら当てられてたかも。」
優しくウインクしてほめてくれたのは、3人目、真実さん。
やっぱり体型はすっとしてて、冥旻ちゃんより背が高い。
立ち方からして強いとわかる。
警官として鍛え抜かれた風体だ。
僕は、真実さんの言葉に素直に礼を言って、一呼吸。
さて。どう攻めようか。柔道。
僕の身長では、おそらく、体重を考慮しても、投げきれない。ならば、脚。
僕は真実さんと組んだ。相手の横への動きに合わせて脚を払う。
「いい判断ね。」
でも。と、真実さんは、僕に脚を払われた瞬間に腹ばいの体勢をとる。
なんて運動能力の高さ。しかもわざと払われた。
「こうなると、ポイントはとれないから、しっかりと引き手を取る。」
真実さんは、足払いの払い位置や、身体の動かし方などを丁寧にレクチャーしてくれた。
タイミングに合わせてスピードを上手く利用できれば、少しの力で投げられる。
今の空月くんには有効よ。
と、親指を立てて笑った。
よっしゃ!!
そして加えた。
「あのバカ維薪みたく、シロウトにかけちゃダメよ。
受け身をとれなかったら大変なケガになっちゃうから。」
入学早々先輩にケリ。龍月くんが先生たちに弁解してくれなかったら、いきなり退学だったかも。
と、真実さんは、冥旻ちゃんと組んでいるいっちゃんを横目でにらんだ。
そっか。たっちゃんが先手を打ってくれたんだ。
たしかに、先輩たちが被害を訴えたらやばかったよね。
先に手を出しのは先輩だといっても聞き入れてもらえなかったかも。
よかった。まだ1日しかいってないのに退学なんて絶対ヤだよ。
「お、来たね、空月。」
4人目、扇帝くんを前に僕は竹刀を握った。
さすがにインターバル10秒じゃ面などはつけられないので、剣道は特別ルール。
面なしライトスパー。それでも、いっちゃんは一本も取れなかった。僕は、竹刀を握る手に力を込めた。
警察剣道―――薪さんや真実さんも当然できる。は、足払いOKだけど、扇帝くんとの剣道は、なし。
2分一本先取。どこを狙おう。身長、体格、経験。全て劣っている。
そもそもいっちゃんでさえ当てられない身のこなしの扇帝くん。
オーラが、その領域につまさきさえ入るのを拒む。圧倒的だ。
考えても仕方ない。小手から胴。ダッシュして竹刀を振り上げた。
「うん。セオリー通り。」
うわっ!!思わず急ブレーキ。ストップ。
扇帝くんが僕のダッシュに合わせて、のど元突きを狙ってきた。
僕がびびった瞬間に素早く胴をとられ、完敗。
すごい。直進の速度が尋常じゃなかった。
もしもくらってたら、死。そのくらい殺気が収斂された、秀逸な突き。
実戦力。ヤクザの風格だった。
思わずつばを飲み込む。
「ごめん、怖がらせちゃったね。」
扇帝くんはいつもの笑顔で言った。
空月は素直だから、攻め方が伝わってくるんだよね。と。
「相手の心理をうまく利用できるように、技を組み立ててみたらどうかな。」
つまり、バレバレなんだ。
扇帝くんはやんわり言ってくれたけど、言葉の裏。
お遊びなら通じる。死闘は残酷だけど避けては通れない。と、言っているように聞こえた。
僕が、父ちゃんの子であるが故。
誰かが言っていた。
扇帝くんは、父ちゃんの側近として、関東支部のトップとして、時に人を殺める寸前まで追い込む。と。
その、綺麗な顔の裏。隠された非情さを垣間見たようで、少し怖かった。
「空月、やる前からビビるな。」
いや、でもやっぱり一番怖いのは、薪さんだ。
5人目。前に立った瞬間からそのパワーに気圧される。こっちも実戦中の実戦になれた人。
薪さんは公安のトップだ。いっちゃんがトップを目指す理由の一つだろう、指標の相手。
「来ないなら、行くぞ。」
言い終える前に向かってきてる。寸ででかわす。
乱取り。捕まれたら投げられる。
僕は身体を左右に振りながら後ろに下がる。横に回り込む。
繰り返すも、いっちゃんの時と同じ、背に壁が迫る。
さあ、どうする。考える間も与えてくれない。薪さんの腕が僕を掴みに来る。
「逃げるだけか、組みに来い。」
いやいや、組まれたら絶対負ける。っと、ヤバい。
最後の相手。スタミナが……。
脚がもつれそうになる僕に容赦など当然ない。
あっさりつかまれて投げられた。
思わずバック宙の要領で、掴まれた腕をひねり捌き、回転して着地してしまった。
「おいおい。逆に危ねーだろう。」
どんな身体能力だ。と薪さんは頭をかいてあきれた。
本来ならそのまま畳に投げられて受け身を取らなきゃいけなかった。
薪さんもしっかり僕の腕をつかんだまま落とすつもりだったのに。
僕は、その腕を反射的、強制的に離させてしまったのだ。
すみません。と、謝るも、薪さんは、実戦じゃ有効だ。と、鼻を鳴らす。
褒めてくれた……のかな。多分。
とはいえ、僕の負け。制限時間の9時まで、あと30秒。
ちらり、いっちゃんを見る。やっぱり扇帝くんと対戦。3度目の正直。
「あっ……。」
思わず声が出た。いっちゃんが扇帝くんの面に竹刀を下した。
「っと、危なっ。」
掠ったか、ギリか。扇帝くんは下がったけど、一本だね。と竹刀を置いた。
すごい。いっちゃんの勝ちだ。
「面なしルールだから、油断してた。といったら言い訳だね。」
「ちっ、掠ったくれーだろ。」
いっちゃんは納得いかないみたいだったけど、実戦を加味してくれての扇帝くんの言葉。
すごい、やっぱりいっちゃんは。
「じゃあー、おい!あと20秒!!」
竹刀を置いて扇帝くんに礼をしたいっちゃんは、突然猛ダッシュ。
僕を通り過ぎて向かったのは、相変わらず壁際でスマホをいじる、たっちゃんの前。
左足を浮かせた。右二段蹴り。たっちゃんのスマホめがけて放たれた。
うわっ!えげつない!!
「痛ってぇ!クソ龍月!」
でも、一瞬の間だった。いっちゃんが床に倒れた。
たっちゃんは、空から戻ってきたスマホを右手に、かがんでいっちゃんの頬をスマホで叩く。
「高いんだから、スマホ。やめてよねぇ。」
そこか。
たっちゃんは、いっちゃんのケリが当たる寸前。スマホを上へ投げた。
そしていっちゃんの脚を素早く払ったんだ。
すごい動体視力と身体能力。
スマホの落下地点まで瞬時に計算して放った一撃。ありえないよ。
「次はぜってぇぶっこわしてやる。」
あ、スマホなんだ。
いっちゃんはたっちゃんを指さして吐き捨てた。
そう。この6人で一番強いのは、たっちゃんなんだ。
飄々としてて、やる気がなさげでチャラい感じもするけど、一番本気で交えたくない相手。
いつかは超えたい相手。天性の才能。ぴか一の格闘家。
電子タイマーが終了のブザーを鳴らした。
「おわったかな。」
タイミングを見計らって、母ちゃんが大量のおにぎりをもってきてくれた。
わーい。夕食食べたけど、普通に食べれる。腹減った。
母ちゃんは、看護師だ。周りは、ナイチンゲールのような人。という。
ナイチンゲールはよくわからないけど、僕は母ちゃんの笑顔が好きだ。たまにちょっと怖いけど。
「おおきに。あ、冥旻、ちょっとええか。」
父ちゃんが母ちゃんに礼をいって、皆におにぎりを勧めた後、冥旻ちゃんを手招きした。
何だろ。天ちゃんのことみたいだ。冥旻ちゃんは、うなづいて、今朝は間に合わなかった。と口にした。
「はい、天羽。」
冥旻ちゃんがカバンから取り出したのは、メガネだった。
どうやら天ちゃんの右目の視力が悪いらしい。青いほうの瞳だ。
父ちゃんも稽古中に気が付いたのだろう。
きっと距離感つかみにくくなるよね。
天ちゃんは無造作にメガネをうけとってかけた。
うわ、めっちゃかっこいい。インテリ・イケメンだよ!天ちゃん!!
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中書き3
「空」から脱線して書き始めたストーリーですが、どんどんすすんでくー。
「空」も完結させなきゃ。と、いいつつ、こっちのアップに尽力W
だって楽しんだもん。
コロナ過で、空手自粛中の僕はストレスをここで発散。
はやくマジで闘いてー!緊急事態宣言まじうざい。
いいな。皆、戦闘力高くてW
龍月の実力はこのあと数話まってね!
次章は新しい仲間。乞うご期待!
Cさん。はやくお茶したいねー!
Kさん。会いたいよ。
2021.2.24 湘