そぼ降る桜雨の金曜日。放課後。

 「ねぇねぇ、部活、決めた?」

新しいクラス。新しい先生。新しい教科書。
少しづつ慣れてきた。
今月中に仮入部期間が終わるのを前に、僕は部活を決めかねていた。
てんちゃんは、空を見上げて、まだ。とつぶやいた。傘の隙間。
前を歩くいっちゃんからの返事はない。

K学には、もちろん空手部、柔道部、剣道部はある。
その他運動部では、卓球、陸上、野球、ラグビー、テニス、バスケ、バレー……。
運動部に決めてはいるけど、選択肢多っ。

迷うなぁ、迷うなぁ。
いっちゃんは柔道部かなぁ。天ちゃんは剣道部かなぁ。
やっぱりそしたら僕は空手部……?うーん。
考えながら、鎌倉駅までの道を歩いてた。

 「あ、ごめん。」

天ちゃんの背中にぶつかった。
どうしたの。と、天ちゃんの背後から天ちゃんの視線の先を覗き見る。
鶴岡八幡宮、拝殿へと続く側道。
赤い鳥居の向こう側。数人の人が集まっている。

天ちゃんが珍しくダッシュした。
僕は慌てて、天ちゃんの投げ捨てた傘を拾ってあとを追った。
天ちゃんは、でこぼこした砂利道のへこみに溜まった雨水を気にもせず踏み、走った。
遠目でも集まっていたのが同じK学の生徒だとわかった。

 「なぁ、できねーの?そんな弱い、ちっこい動物より下かよ。」

雨音とざらついた、聞き覚えのある声。混ざり合って不快だ。
囲まれている中央。一人の男の子が泥だらけで座っている。
この人……。
よく見ると、皆見たことのある人たちだ。

 「すみませんっ、すみませんっ。」

中央の人。入学式の時にいっちゃんを殴ろうとした、僕の手を引っ張った先輩。
そして、その前に仁王立ちして、その人を足蹴にしている人。
いっちゃんの容姿を指摘した、黄色い長髪。
他の人も。あのときにいた先輩たちだ。

 「でも、無理です。こんなっ……。」

中央の人は泣きながら何かを抱えていた。箱?
天ちゃんが臆することなくその中央に踏み入って、その箱を奪った。

 「……なっ、てめえ!」

黄色い長髪の人が、天ちゃんをにらんだ。
天ちゃんは何事もなかったかのように箱を抱えて背を向けた。
箱。僕は天ちゃんの腕。大事そうに抱えられた箱の中を見る。
にゃお。中には小さな子猫がいた。汚れちゃっているけど、もとは白い猫だ。
かわいい。

 「おい、何シカトしてんだよ。」

 「待てよ。ソレ、返せよ。」

一斉に先輩たちがこっちを向いた。
入学式の再来ってやつだ。
天ちゃんが振り返った。濡れた銀髪から雨のしずくが天ちゃんの白い頬を伝う。
その隙間。眼鏡の奥のオッドアイ。人を射抜くような光を放っていた。

 「ねこ。蹴ろうとしたよね。」

一瞬、天ちゃんから発っせられたのか。と、疑う程低く殺気立った声。
天ちゃんが本気で怒っている証拠。
先輩たちもその風体だけで察した。
本能。僕もぞわっ。と、したよ。

 「……はぁ?メガネ、かけてっからわかんなかったけど、ああ、あん時のガイジンさんかぁ。」

黄色い長髪の人。斜め下から天ちゃんを見上げた。

 「日本語、しゃべれんだぁ。なにその目、オシャレかぁ?」

周りも一斉に笑った。
このっ、ねちねちとした口調。言い方。ひどい。
しかも、ねこを蹴ろうとした。中央の人にも強制してる風だった。
ありえないよ。

 「おい、真央人まおと。取り返して来いよ。お前の獲物・・。」

中央にいた人が肩をいからせた。
ウェーブの髪が額に張り付いて、雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔。
いや、それだけじゃない。
傷跡。学ランにも不自然に汚れた跡。どうみても仲間なんかじゃない。

 「……えっ、あっ……。」

僕は真央人って人の腕を引っ張って駆けだした。
真央人って人は一瞬面食らったけど、立ち上がった。
拝殿のほうに行けば人がいる。いくら何でもケンカなんてできない。
天ちゃんも僕の意図に気が付いて、ついてきてくれた。

 「逃げんのか。こら!」

うしろで大声がしたけどムシムシ。逃げるが勝ちだもん。

 「そんなヘタレ、ほっとけよ。先輩。」

あ。
思わず停止。
側道から鳥居をくぐってこっちに来たのは、先に帰っちゃったと思っていた、いっちゃんだ。

 「……なっ、てめえ。」

いっちゃん、嬉しそうに不敵な笑みを浮かべて、拳をボキボキってした。
いやいやダメでしょ。まだ入学一週間ちょっとだよ。退学はダメ。
どう見てもやる気満々だ。どうしよう。

 「こらぁ。神聖な境内だぞ。」

うわあ!でかい。
いっちゃんの後ろからぬっ、と現れた大男。190はあるかも。
坊主頭に袈裟。住職さん?
いっちゃんは、斜め上に見上げて舌打ち。
先輩たちも転がるように逃げていった。よかったぁ。

 「あ、ありがとうございました。」

僕が頭を下げると、いつの間にか住職さんの隣にもう一人。
K学の学ランだ。
ひょろりと背の高く、つんつんとしたカラスのような髪。長い襟足。
つり目の一重だけど、口元の黒子がいい感じに表情を優しくしている。
スマホをいじっていた手を止める。

 「銀パツくんに、チビちゃん。そして赤髪。」

トリオ、ね。その人は淡といってうなづいた。
チビちゃん―――僕のことか。確かにこの人も180はある。でかい。

 「何。こいつらか。」

住職さんが反応して、まあ、とりあえず。と、雨のあたらない所に促してくれた。
真央人って人も一緒に。
いっちゃんは納得いかない顔をしたけど、住職さんに来なさい。と、言われて従った。

 「お前、入学式んとき、俺を殴ったゲス男だろ。」

いっちゃんが真央人って人を睨みつけた。
真央人って人は、殴ってない。君が蹴ったじゃん。と、いった。
そして、断れなかったのだ。と、涙目で訴えた。
後で何されるかわからないし。と、胸の内を話してくれて、僕らに素直に謝ってくれた。
さっきの黄色い長髪の人は先輩だといった。

 「同い年だったの?」

 「中2だよ。」

真央人って人にいったら、即行で突っ込まれた。
すみません。と、謝る。
猫を痛めつけるように言われて、守ってたんですよね。と、尋ねるとうなづいた。
唇をかみしめている。
天ちゃんに拭かれて綺麗になった白猫ちゃん。
よく見ると、天ちゃんと同じオッドアイだ。そっくりでかわいい。

真央人先輩は猫を撫でた。
よかったケガしてないよね。と、口にした真央人先輩は、とても優しい目をしていた。
その様子を見て、ワシワシと住職さんが真央人先輩の頭を撫でて、称えた。
弱い者を守った君は、強い。と。
そういわれて、真央人先輩は声をあげて泣いた。
優しい人なんだ。

 「遅いですよ。」

黒髪の人が平坦な声を発した。目線を追いかける。
現れたのは、見慣れた人―――たっちゃん。だ。

 「お、悪い悪い。よく見つけたねぇ。さっすがへいちゃん。」

たっちゃんは、相変わらず飄々とした風体で、よっ。と、僕らに笑った。

 「こんな特徴的なトリオ、他にいませんから。」

誰でもわかります。と、平ちゃんと呼ばれた黒髪の人は、辛口で一蹴した。
住職さんは、うんうんとうなづいている。何でだろう。

 「そっかそっか。たけちゃんもありがとね。」

 「うっす。龍月たつき先輩の頼みっすから。」

たっちゃんが住職さんの肩をたたいた。住職さんはたっちゃんに頭を下げる。
え?僕はちょっと混乱していた。
そんな僕を横目で見た平ちゃんって人は、住職さんを指さして冷静に口にした。
こいつは俺と同じ高1だ。と。

 「はぁ?坊主だろう、どう見ても。」

うわっ、いっちゃん。めっちゃ失礼。確かに住職さんにしか見えなかったけど。
K学の先輩だったなんて。高校生になんて全然見えない。
たっちゃんが爆笑した。

 「見た目は立派だけどね。いや、でも本当に将来のお坊さんだよ。」

たっちゃんは勢いよくお坊さん―――尊ちゃんって人を叩いた。
実家が、K学の隣にあるお寺なんだって。何か、すごい。
尊ちゃんって人は、光栄っス。と、直立不動の姿勢をとった。礼儀正しい。

尊ちゃん―――大道寺 宗尊だいどうじ むねたけ先輩。平ちゃん―――新極 桔平しんごく きっぺい先輩。
たっちゃんが紹介してくれて、皆揃ったね。と、少し不敵に笑った。

 「では、いざ!総合格闘技部、始動!」

……ん?
たっちゃん、何かの紙をぴらぴらっとして、僕らの目の前に仁王立ち。
よく見ると、部活の許可証?そして、メンバー名。
尊ちゃん先輩を筆頭に、平ちゃん先輩、たっちゃん。
そして、僕ら3人の名前があった。

 「……龍月さん。いざ、鎌倉へ。的なのやめてください。」

それより。と、平ちゃん先輩が僕らの顔をうかがって続けた。

 「まさかとは思いましたが、承諾なしってやつですか。」

うん。少し状況が飲み込めた。
僕はたっちゃんの不敵な笑みに察した。
天ちゃんも。当然いっちゃんも。

 「てめぇ、何勝手にヒトの部活決めてんだよ。」

そう。
たっちゃんは、総合格闘技部なる新しい部活を立ち上げて、僕らを入部させたんだ。
いっちゃんのタンカに満面の笑みのたっちゃん。

 「だって、維薪いしん。俺より弱いじゃん。勝ちたいでしょ、俺に。」

俺と闘いたいでしょ。と、いっちゃんをあおるたっちゃん。
総合格闘技部かぁ。なんか、いいな。
空手も柔道も。格闘技なら何でもOK。みたいな、お得的な感じ。楽しそう。

 「はぁ?ざけんな。今ここで勝ってやるよ。」

いっちゃんがたっちゃんをにらみつけると、平ちゃん先輩が間に入った。
その風体。止めるとかではなく、挑発。

 「その言葉、俺に勝ってから、言え。」

刺すような鋭い目つき。180オーバーの威圧。こわい。
いっちゃんも物おじせずに睨み返す。

 「こら。ここは境内だといったろ。」

やめなさい。と、尊ちゃん先輩が止めてくれた。
平ちゃん先輩といっちゃんの首根っこをつかんだ。こっちも、こわい。

 「いいね、熱いね。続きは部活で。」

と、たっちゃんは嬉しそうに笑った。
真央人先輩を見て、お友達も入部ね。と、口にする。
いや、今逃げようとしていた真央人先輩を目で制止させたのだ。

 「いや、イミわからないんですけど、俺、友達じゃないんで。」

真央人先輩は大きく首を振って、拒否。

 「つーか、こんな怖い人たちの中で、まじ無理ですから。」

いっちゃんと平ちゃん先輩、尊ちゃん先輩が一斉に真央人先輩を囲った。
誰が怖いって?と。

 「こわいと思う。」

天ちゃんの素の突っ込み。僕もうなづいた。
でも。真央人先輩、強くなりたくないのかな。
また、いじめられないように。強くなりたいんじゃないのかな。

 「入りましょうよ。」

僕の言葉に、はぁ?と真央人先輩は眉をゆがめた。
白猫ちゃんを守った真央人先輩は強いと思います。と、僕は口にした。
だって、怖いし、痛いし。あんな中3の先輩たちに囲まれたら逃げたくなるよ。
でも、真央人先輩は逃げなかった。猫ちゃんを守り抜いた。
それって、すごいと思う。優しいだけじゃできない。
本当は強い人だと、僕は思う。

 「おい、ゲス男。ナメられたままでいーのかよ。」

いっちゃんが真央人先輩に吐き捨てて、ゲス男って何だよ。と、真央人先輩。
先輩だぞ。との真央人先輩の言葉は、当然無視して、俺はいやだね。と、いった。
トップになる。いつものいっちゃんのタンカ。

 「……何、それ。トップって。ケンカで?」

やっぱイミわかんない。と、真央人先輩は、しゃがんで顔を伏せた。

 「俺は、君たちみたく強くないし、闘って勝つなんてできないよ。」

そんな真央人先輩に、たっちゃんはかがんで目線をあわせた。
守るための鍛錬だよ。と。
真央人先輩が顔を上げる。

 「勝つためじゃなくて良い。最低限、自分の手の届く範囲の守りたいものを守る。」

その為の鍛錬だ。と。
猫を守り抜いた君は、素質があると思うな。
たっちゃんは優しい笑顔でいった。
真央人先輩は、鼻をすすってうなづいた。
たっちゃんの魔法のような言葉。皆、許容してしまう。
すごいな。たっちゃんは。

 「交渉成立。だね。改めて総合格闘技部、始動!!」

いいな!楽しそうだな!!
いっちゃんが眉をひそめて、天ちゃんはちょっと首をかしげる。
平ちゃん先輩はため息をついた。
尊ちゃん先輩は、どこまででもついていきます!とたっちゃんに頭を下げた。



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中書き4

K学総合格闘技部 部員データw

実直な空月。
素の突っ込み辛口な天羽。
いつでも向上心MAX維薪。

少しひねくれ者の桔平。
礼儀正しく純朴な宗尊。

ネガティブ泣き虫真央人。

最強説?含みのある笑顔。笑顔で刺す龍月。

あとは……?乞うご期待。


天羽、良い子でしょ。空月、かわゆすでしょ。維薪も実はいー奴でしょ。w
真央人は今はダメダメだけど、優しい子なのよ。

つんつん平ちゃんかわいい。ザ体育会系尊ちゃんもスキよ。
そして、天とは違うイミで何考えているか読めない、策士?の龍月。心理が気になるね。

楽しくなりそうな予感です。

と、相変わららず親目線の湘でした。


2021.3.7 湘



中書き追加

えー、平ちゃん尊ちゃんの画像わすれてた(汗)
いつもながらのらくがきですが。


2021.7.15 湘






第4話;Starting