か ぶ き ち ょ う
      歌舞伎町


    ※この物語はR18です。対象の方はご注意下さい。



新宿、歌舞伎町。


日本一の歓楽街。昼より夜が明るい街。

ネオンが一番光る。裏は一番暗い街。

何でも受け入れ、望めば何でも手に入る。


流されたら落ちる。黙ってたらカモられる。

金が自由に無限に流れる。命さえ。

金も命もテキトーにやってれば、いい。



「3千円って……ねぇ、わかってんの?」

 き ら     れいき
綺羅 零己は綺麗に整った眉根をひそめる。


「これじゃあ、エスも買えないよ。」


ボロ雑巾を踏みつけるように、脚に力をいれた。


「うっ……すいまっ……」


ボロ雑巾はうめき声をあげ謝るが、最後まで言えない。

サビついた、ヒビわれた、カスれた声。


「すいませんじゃねーよ。テメーが俺に何したかわかってんのかよ。えー?」


ガッ、零己の隣の男がボロ雑巾を蹴り飛ばす。


「番号は?」


零己はサイフを投げつけ、銀行のキャッシュカードをかざす。


「暗証番号。ないと下ろせないでしょ。まさか、何も入ってないことはないよね。もしそうなら殺っちゃうよ?」


鋭い瞳。冷めた獣の、瞳。


「ぜっ……03……08……」


零己は溜息をつく。深々と。ばかにするように。


「あのねぇ。誕生日なんて今、はやらないよ。カモられなくったって、とられるよ。」


運転免許証を見せる。男のサイフから抜いたやつ。


「それとも冗談?だったら刺すからね。」


慣れた手つきでぺティナイフを抜く。


「ひっ。」


男の顔が一瞬にして強張った。


「本気だよ。サイキンの子供は恐いよ。カモったら痛い目に合うからね。」


あ、もう合ってるか。ニヒルに笑った。

つられて零己の周りにいた3人の男も笑う。

じゃあ。友達に軽く挨拶するように片手を振る。

零己の後を男たちが追う。



「サンキュウ、零己。」


男を蹴り飛ばした短髪。下手に頭を下げる。


「あんなのにやられちゃうなんて、ダサイよ。」


子供を叱る母親のようなイイ方。トゲはない。


「けどさっ……独りだったし……」


バツの悪そうにいう。


「いいよ別に。それよりさ、これでエス買ってきなよ。」


零己はキャッシュカードを短髪に手渡す。


「もし入ってなかったらどーする?」


手渡された東三のカード。まじまじと眺める。

 
「殺る。」


一言。飯を食べる、というような軽い口調。


「レイキ、本気でやっちゃいそうだからコエーよ。」


金髪の男が足元の缶を蹴飛ばす。

空っぽの、乾いた音。街の喧騒に加勢する。


「やるよ。マジで。ねぇ、もしはいってなかったら家までいけばいいよ。住所わかるし。ね。」



薄い唇の端をはねあげる。虚無的、嘲笑的、笑い。

4人は風林会館前の交差点、区役所通りを歩く。

だらだらと、やる気なく。気だるい足取り。


周りは忙しい。数え切れないほどの人間。老若男女。

国際色豊かなその波。ホスト、ホステス、キャバ嬢、風俗嬢。

オナベにニューハーフ。リーマン。

呼び込みにキャッチ。

ヤクザ。


そして、売人。


「よう、まだ生きてんのか。」


裏の汚い路地。生ゴミの腐った臭い。

壁にもたれた影。散らばったゴミと同化する。


「まだ死なないよ。シュウさんこそ。」


零己はアゴをしゃくる。男たちが影に近づく。

                  ガ キ
「まぁな。今は、シャブなんて小学生でも手に入る。俺ら売人はくすぶるしかないってワケよ。」


にこりともしない。低い声。


「だから貢献してあげてるんじゃん。でもシュウさん。頭悪くないんだから、売人だけってのはやめたらいーじゃん。」


男たちにエス――覚醒剤を買わせる。


「お前もやるか?」


八重歯がのぞく。黄色い。


「ヤだよ。カスリもってかれるでしょ。独りのが楽。」


「ハデにやんなよ。上も黙ってねーゾ。」


声が一音階下がる。押し殺す声。

      ・  ・  ・
「それにあっちのほうもバレてるかもしれねーゾ。手広くやんのもいいけど、ホドホドにしとけ。」


「別に隠すつもりないし。いんだよ。楽しければ。」


髪をかきあげる。銀色がかったキレイな髪。


「親におまんまくわしてもらってるうちはな。」


鼻息を吐く。



「そう、僕まだ子供だから。」


男たちがエスを受け取ったのを見て、歩き出す。



「すげーよ。10パケも買えちゃった。あいつ、金もってたな。」


長髪のメッシュがポケットからエスを出す。

通りに出る、少し手前。


「ストップ。そこから先、映るよ。」


長髪の足が止まる。硬直。

防犯カメラ。ここに50台ある。そのうちのひとつ。

3年前にセットされた。歌舞伎町の24時間を見ている。


「だめだっていつもいってるじゃん。パクられたいの?」


「ごめん……うかれてて……」


長髪、申し訳なさそうに頭を下げる。髪が重くゆれる。


「でもレイキ。全部のカメラの場所なんて覚えてらんねーよ。」


金髪が長髪をかばうようにいう。

周りを見渡す。カメラがどこにあるかわからない。


「だから一緒にいってあげるんじゃん。」


「そうだよな。零己がいればコワイもんなんてないよ。」


短髪が胸をなでおろす。

零己は嘲る。本当にバカにした笑い。

歌舞伎町はいつでも受け入れる。何でも。

すべて呑み込む。



「俺、もう行くから。ちゃんと売っといてね。」


零己のGショックは午後6時半をさしている。


「10時ごろにはいつものトコいくから。そんときもらう。」


右手の親指と人差し指でマルをつくる。金。

駅近くの雑居ビル。零己の通う私塾。

合格必勝の文字がガラスに張られている。

塾にはいく。学校にも行く。無遅刻無欠席。

2時間程、塾で時間を消費し、家へ帰る

新宿の一つ隣、西新宿。零己の家がある。

大きくもない、小さくもない、フツーの家。


「おかえり。ご飯できてるわよ。」


玄関をあけると、カレーライスの匂い。体にまとわりつく。


「ありがとう。」


父親、リーマン。毎日残業で夜、遅い。

母親、主婦。フツーの両親。金持ちでも貧しくもない。


「父さん今日も遅いんだ。寂しいね。」


零己は優しい笑みを母親に向ける。


「大丈夫。零己がいてくれるから。」


母親は少し涙ぐむようにいった。

息子のためにカレーに火をいれる。丁寧に。息子をいとおしむように。


愛されて育った。十分に。十分すぎるほどに。

零己――己を零に。原点にもどって自ら白紙に色をつけろ。

ゼロ、勝るものはない。一番強い。この世で一番。


そして虚無。ゼロの自分。


「父さん待ってないで早く寝なよ。俺、勉強するから。」


ウソ、考えなくてもつける。小さいときから。

ありがとう、つぶやく母親を背に部屋へ行く。

鍵を内側からかける。窓から出る。

颯爽と歩き出す。仲間が待つ歌舞伎町へ。

仲間――友達ではない。



「遅かったジャン。待ったよ。」

な ほ か
菜仄香はマックでバニラシェイクを片手に頬を膨らませた。

白い化粧っけのない頬。艶やかでふっくらとしている。


「塾出たの遅かったから。」


短髪、金髪、長髪もそこにいる。

午後10時40分。


「ほんっと、まじめなのかわかんないよね。」


菜仄香は耳にぶらさがる大き目のリングピアスをいじる。


「俺、バカはきらいだから。」


短髪にコーラを買いにいかせ、菜仄香の隣に座る。


「政治家やヤクザ、世の中シキッてんの、バカいないじゃん。マジメもいない。」


中途半端はなおさらキライ。


菜仄香のパールルージュをひいた唇が笑う。

笑うとさらに幼くなる。

何気にバレッタで留めてある髪に手をやる。

瞬間。


「ナホカ、誰が髪切っていーつった?」


零己の瞳が冷めた。氷のように。


「えっ……あ、ちょっと伸びたから揃えてっていったんだよ。そしたらけっこー切られた。」


ストレートな黒髪に触る。前より15センチ近く短い。


「どこ。だれ。」


殺す。

射るような瞳。一重の切れ長の。


「俺、ロングでストレート、黒髪じゃなきゃダメ。」


「……ごめん。もう、切らない。」


「イイよ。場所は?」


執拗に食い下がる。許さない。


「本当、ごめんなさい。」


半泣き。マスカラがとれてつぶらな二重の目の下、黒い。

あわてて金髪が、


「今日の売り上げ15万こした。ほら。」


テーブルの下を叩く。封筒に入った現金。


「あ、こっちは27万6千円。」


涙をぬぐって菜仄香は隣のポケットに封筒をねじ込む。


「ふーん。」


でも許さないからね。零己は金を受け取る。


「俺たちいつも通り1パケずつもらったから。」


「女の子たちにはちゃんと払ったから。」


長髪と菜仄香。

1パケ2万以上でサバく。3人に3パケ、残り7パケ。

14万以上でフツー。

女の子たち、援交させて4割もらう。

1回3万以上。1日1人2人以上。今日23人。

69万の4割。27万6千円。

零己は席を立ってトイレへ行った。金を移す。


「マジ、レーキこえーよ。」


長髪が溜息をつく。


「街でなんていわれてっか知ってる?」



キラー、綺羅 零己。誰も逆らえない。


「でもそのうち上。でてくると思うんだけど・・・」


上、ヤクザ。歌舞伎町にはヤクザが必要不可欠。


「なんかそれでも逆にかわいがられちゃいそう。零己、頭いいし。」



歌舞伎町には100組以上のヤクザが、200以上の事務所をもつ。

その1ヶ月のシノギは1億以上になるという。

金が一晩にして右から左へ流れる。命も同じ。


「おつかれ。」


零己が戻ってきた。相変わらずクールな表情。

4人に素早く金をわたす。1人5万。カメラは見てない。


「まじ?いいの。」


皆、色めき立つ。


「何で。がんばったじゃん。当然だよ。」


にっこり笑う。小悪魔のように。


「ありがとう!零己って優しいよね。女の子たちいつも満足してるよ。だって6割バックだもん。」


菜仄香は零己に抱きついた。柑橘系の匂い。


「がんばってるのは女の子たちだからね。」


出会い系。

携帯からいつどこでもやりとりできる。

女の子を送る。ヤらせる。金もらう。

金のトラブルは、ない。

歌舞伎町には金が落ちてる。無限に。

何でも手にはいる。

マックをでた。午後11時。歌舞伎町はこれからが明るい。

真新しい銅像にツバを吐く。タンのからまった、黄色いツバ。

昨日建ったばかりのフレディー・マーキュリー。

イギリスのロックバンド、クイーンのボーカル。故。

コマ劇場の前に3メートル。

サイキンのニュース。中国反日デモ。

教科書や歴史、領土の問題。そして安保理。


「ここって異空間だよね。中国ではさ、日本人やられまくってんのに。ここでは仲良くしてる。」


日本人も中国人も。韓国人もマレーシア人もイラン人も。

共存共栄。

零己の言葉に菜仄香たちは、わからない、顔をしかめる。


「中国大使館も何かされたらしいじゃん。」


そんな風潮、歌舞伎町にはカンケーない。

ここと似ている街、知っている。

カナダ、バンクーバー、ダウンタウン。

零己が唯一いったことのある海外。

唯一だから比べられない。

だから思い出した。

表は華やかで国際色豊かなダウンタウン。

裏に入れば売人がいる。

銃の音、パトカーのサイレン、クラッシュ。日常茶飯事。

反日デモ。カンケーない。いろんな人種。共存してる。

金の流れ、命。知らない。

ただ、似ていると思った。

でも、歌舞伎町は世界でも類を見ない街。



「君たち中学生じゃないの?」


交番の前、おまわりが声かける。零己以外の4人、硬くなる。


「はい。お姉ちゃんとはぐれちゃってぇ。」


零己は素早く回りを見渡して、幼声で訴えた。

4人は黙って零己にまかせている。


「あ、お姉ちゃん!!」


おまわりのうしろから来る女。

タイトの黒スカート。ジーンズのジャケット。


零己は大きく手を振って駆け寄った。


「お姉さんかい?」


おまわりが尋ねる前、零己は女に目配せをする。

話をあわせて。

女はやわらかく微笑む。零己の身体を眺め見る。


「そうなんですよ。はぐれちゃって、探してたんです。」


零己の髪に手を触れる。サラリとして気持ちいい。

身体を寄せる。女の金髪がかったウェーブが揺れる。


「気をつけるように。中学生なんか、すぐだまされてしまうからね。」


騙される。それは自分。


「はぁい。」


おまわりは交番に戻った。

職質、されたら逃げない。ごまかす。

バレなきゃいい。何をやっても。


「お姉さん、ありがとう。」


満面の笑み。

女は真っ赤なルージュを艶かしく動かす。


「お礼に何してもらおうかな。」


ヴィトンのバッグ、肩にかけなおす。ピンヒールの奏でる音。


「私の家、すぐ近くなんだけど、寄ってく?」


耳元で囁く。甘ったるい声。


「先帰っていーよ。」


零己は4人に合図する。右手の親指と小指を立てる。

電話する。その辺にいとけ。

菜仄香と3人の男はうなづいて別れる。

女はさも嬉しそうに零己に身体をさらに寄せる。

腕を組む。豊満な胸が零己の腕に当たる。

身長、高く細いピンヒールのせいで女が高い。

駅から5分と離れないアパート。1K。

ひしめくように並んでる。


「さて、中学生。あんなところで何してたの?」


女は家にあがり、上着を脱ぐ。白のノースリーブ。


「零己。別に。」


名前を名乗る。その辺に座る。


「ふぅん。かわいいね。」


女は零己の前にかがんで胸を強調する。

匂う。発情のメス。

女は零己の身体を舐めるように見る。顔。好みだ。


「ねぇ、零己くん。お姉さんが教えてあげよっか。」


しなやかな白い指。零己のうなじにかかる。

右手は零己のチノパンにさしかかった。


「何っ?」


女の声、上ずる。喉に冷たい感触。


「俺さぁ、悪いけど、お姉さん好みじゃないんだ。」


口元をはねあげる。


「……わかった。しないから……ナイフ、どけて……」


懇願する。眉間に皺がよる。


「イヤだ。脱いで。」


「え?」


ナイフを突きつけながら、淡々と言う。


「脱がされたいの?早く脱ぎなよ。」


「イヤ……」


ナイフの刃、冷たい輝き。


「何がイヤなの。自分が誘ったんじゃない。」


零己の顔。マジだ。恐怖。本気で刺される。

女は震える手で服を脱ぎ始めた。


「いい子だね。」


女が裸になるまで、零己はじっと見ていた。

感情が一切表れない瞳。

女の裸。どうも思わない。獣。


「何するの!!」


女は抗ったが強くない。パイプベッドに縛り付ける。

女の脱いだパンストで。


「ちょっと待っててね。」


にこやかに零己はいって、ケータイを取り出す。

慣れた手つき。滑らかに指が動く。


「俺。皆いる?場所わかる?OK。」


ケータイをしまう。


「何するの?」


「そればっかだね。お姉さんがしたいこと。もうちょっと待ちなよ。」


零己はため息をもらしてベッドに腰掛けた。

縛られた裸の女。ブザマだった。

2、3分で奴らはやってきた。



「待ってたよ。」


短髪、金髪、長髪はそれぞれ息を荒くしていた。

ヤレる。

菜仄香はふくれっつらをして後ろについてきた。


「ヤったの?」


「ヤらないよ。好みじゃないもん。」


零己は即答する。

菜仄香は頬に笑みを浮かべる。


「笑っちゃうよね。オバさんのくせに。零己としたいなんて。」


横目で女を睨む。侮蔑。

    マ ワ
「早く輪姦しちゃいなよ。」


3人の男にアゴをしゃくる。女の目、驚愕する。


「その前にさ。エス。もってるでしょ。やんなよ。気持ちいーよ。」


零己は男たちに促す。


「ああ、そっか。」


軽い口調。男たちはズボンにかけた手、止める。


「女にもいれてあげるといいよ。」


台所の棚や引き出しを開ける。

アルミフォイル、ライター。そしてストロー。


「あんたたち、そんなの持ってるの!」


女は声を荒げる。


「買う気がしれない、とかゆーの?」


パケから白い結晶、取り出してアルミの上にのせる。


「死ぬのも生きるのも勝手でしょう。俺思うんだよね。人って生まされた自体、暴力じゃん。」


人は自分の意思で生まれない。

生まされる。I was born。いつも受身。


「選べないんだからさ。生きてるうちは、選びたいじゃん。」


エスをやるのもやらないのも自分の勝手。

やめたければできる。

やりたいからやる。それだけ。


「注射針って、すごく細いんだ。ハズしたければハズせるんだよ。静脈。」


注射を打つマネ。零己は笑う。


「ほら、できたよ。」


アルミの下からライターで焙る。白い煙。

男たちはストローで鼻から吸う。そして女を犯す。


「ねぇ、あたしも。」


奥の部屋での淫行を、キッチンで見守る零己と菜仄香。

菜仄香は潤んだ瞳で訴えた。


「ダメだよ。ナホカ、したくなるでしょ。」


子供をあやすように頭を撫でる。


「いつでもしたいよ。零己となら。零己はちがうの?」


「しょうがないなぁ。」


2人、白い煙を吸う。

強い衝撃はない。

でも何かが変わる。内で。


菜仄香の瞳孔が開く。呼吸が荒くなる。高揚感。

零己はゆっくりチノパンを下げた。

菜仄香が零己の腰にしがみつく。きつく。

素足の膝がフローリングに接する。床が軋む。揺れる髪。

コトが済んだ後。脱力感。

エスの効果がキレる。気だるさ。倦怠感。


「誰にもいうなよ。また犯してやるからなっ。」


金髪が女の上に馬乗りになって、頬を叩く。

女、イカレてる。瞳に生気がない。


「大丈夫。言えないよ。自分で誘ったヤツにヤられちゃうなんて。ハズかしいよね、お姉さん。」


笑う。狡賢い、頭の回転が速いヤツだけが浮かべる笑い。


「それに僕たちまだ中学生だから。」


また遊びにくるね。零己は女の家を後にした。



午前0時半。

まだまだ明るい歌舞伎町。


菜仄香が欠伸をする。


あたし、帰るね。駅へ向かう。

残業を終えたリーマン、OLと混ざる。


「ねぇ。まだヤれる?好みなお姉さん、見つけちゃった。」


零己は男たちに尋ねて、歩みを速めた。

獲物を見つけた虎の目。


雑踏の中、するりと身体を滑らせる。女の後ろを追う。

女、きちんと着こなした大人し目の紺スーツ。黒パンプス。

髪、ストレートロング。少し茶色がかる。細い線。

瞳、二重で少し小さめ。厚めの唇に控えめのルージュ。

終電に乗り遅れないように急ぎ足。

ふと、速度が遅くなる。零己と目が合う。

我に返ったように時計を見る。速度を元に戻す。

零己は追う。

また瞳が合う。反らす。また振り向く。


「どうしたの?何でついてくるの?」


女が話しかけた。隣に並ぶ。


「方向が同じだけじゃない?駅いくんでしょう。」


「ああ、……そう。」


それよりも急がなきゃ、女はまた速度をはやめた。

零己も並ぶ。


「……何?……何なの?」


止まる。急いでるのに、女の目がいう。


「お姉さん、僕の好みなんだよねぇ。髪、いいよ。真っ黒で重たいよりは。そのくらいがいいよね。」


ぺティナイフ、横っ腹に突きつける。

女の顔、引きつった。


「大声だすわよ。」


「いいよ。刺すよ。本気だよ。わかるよね。」


「……何が目的なの。お金なら……少し……」


女がバッグを開けようとする。手で制する。


「ゆったでしょ。お姉さん、好みなの。」


ナイフを突きつけたまま、器用にケータイを操る。

女を注視しながらメールを打つ。ケータイは見ない。

少し歩いてアパートがひしめく一角。

終電はもう間に合わない。帰れない。

女は強張ったまま従った。



「またサラってきたの。」


男がドアを開けた。サビついたアパートの2階。

くしゃくしゃの赤い頭にくしゃくしゃのTシャツ。トランクス。

零己は微笑み、中へ入る。女を入れる。


「あいつらにコールしといてよ。はぐれちゃったみたい。」


男に短髪、金髪、長髪のことを頼んで奥へいく。


「いつも……こんなコトするの?」


女は部屋の隅に押し込められ、呟く。何で?


「いつもじゃないよ。好みだから。」


「好みだとするの?」


「気分。」


零己が女に近づく。女はさらに隅へ身体を縮ませ。


「ムダだよ。」


ナイフが近づく。光る。


「お姉さんみたいに純そうな人、好きなんだ。大人し目で、細くて、壊れそうな人。」


壊したくなる。

零己はナイフを振るう。女の白のYシャツのボタンが飛ぶ。


「ひっ。」


「髪は長くてストレート。そのくらいの色はいいよ。」


髪に触れる。さらり、流れる。

唇を吸う。震えている。


「怖くないよ。抵抗しなきゃ、刺さない。」


女は諦めた。人形になった。羞恥心を捨てた。

叫べば殴られる。抵抗すればナイフ。



「終わった?俺もいんだろ。」


キッチンで男と短髪たち3人。


「もちろん。部屋代。エスもあるよ。」


「豪華じゃん。零己の連れてくる女、いいよな。何回もヤりたくなる。」


並びのいい歯が笑う。


「でしょ。俺の好み。初恋の人。」


「へぇ。」


男はエスのセッティングをする。手際よく。慣れている。


「ストレートロングの髪。従順そうな顔。」



壊したくない――壊したい。


「この手の女、零己ぜったい自分でヤってからだもんね。」


短髪がそれでもいい、目を細める。


「ソフトクリーム。彼女が俺の舐めかけの、舐めた。すげぇ、性的。わかるかなぁ。」


男が笑い押し殺す。

白の結晶、輝く。炎、揺らめく。


「どこのだれ?探さないのか?それとももうヤっちまった?」


鼻穴片方を指で塞ぐ。吸引。


「いや。思い出はキレイなままで。でしょ。」


笑う。ニヒルに。


「ちがいねぇ。でももし偶然会ったらどーするよ。」


男がTシャツを脱ぐ。筋肉が盛り上がっている。


「そうだなぁ。」


零己は舌なめずりをした。


――壊しちゃう、かな。やっぱ。



午前1時半。

高級物のスーツ。金髪のやさ男。

若ホストから取って代わる。

風俗、キャバ嬢、ホステスが客になる。

まだまだ、まだ明るい。

善と悪。光と影。

合法と非合法。

すべて共存共栄。

すべて受け入れ、呑み込む。

新宿、歌舞伎町。

日本一の歓楽街――……。



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            あとがき


 「お前CANADAでなにしてんだよ!!」ってな作品ですよねぇ……。こんにちは、湘です。

 現在。CANADAにいます。住んでます。

 いいですね。CANADA。広くて、自然がたくさんあって。
 街と自然が調和しています。
 英語はもちろん。日本語、中国語、韓国語にフランス語。
 ドイツ、スペイン、etc。
 世界中の言葉が氾濫しています。

 華やかなダウンタウンの裏。
 日本人はとっておきのカモです。
 皆さん。自分の身は自分で守ろう!


 ……ゴタクはさておき。
 この作品。CROSS ROADsの最中に脱線してしまい、かきあげました。

 日本のニュース、TVとかネットとかで見ながら、「今」を書いてみました。(UPのときはもうカコでしょうが。)

 これを書いた日。2005年4月18日。
 この物語も4月18日。
 初めて新宿を書いたり、黒をかきましたので、皆様の目にはどう映っているのでしょう……こわいな。


 外から日本を見るのもなかなかよいです。
 しか〜し!恐ろしいほど漢字を忘れます(泣)
 英語ってホント合理的で楽な言語ですよ。
 だって。アルファベットしかないんだぞ。

 ってなことで。
 この黒作品もきままに増やしていきますんで、よろしく!


            湘より

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※2006.1.1にUFJ銀行と統合。三菱東京UFJ銀行となる。