Promise

                 
/ / 3 / / あとがき




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「……北海道か。」

8月も終わりに近づいて、入道雲が遠のいた青空の下。


「はい。ですから11月の半ばには向こうへ越して、受験の準備をしたいと思ってます。」


みやつ
浩は、進路最終決定の報告を、母親と担任の三者面談でした。
北海道唯一の国立大学。
H大学を受けることにした。
法学、経済ともにあるので、そのどちらかに進むことにした。

「浩、本当にいいの?お友達とも別れなきゃならないのよ。」

「いんだよ、母さん。俺にはどんなに遠く離れてても、何処にいても想ってくれる友人がたくさんいる。……想える友人がたくさんいるんだ。永久の別れじゃないんだよ。強い絆が、あるんだ。」


強い絆が、あるんだ――……。


「浩さん、俺たちのこと忘れないでくださいよーっ。」

夜の江ノ島。
海を背に、防波堤のコンクリート階段に総勢数十名。

「かなしーっすよ。」

「浩さぁんっっ。」

皆、浩のかけがえのない友人たちだ。
ひさめ          バッド

氷雨を総統とした“BAD”。
俗にいう湘南暴走族。
でも皆単車が好きで、そして集まってきた奴らばかりだ。

「ありがとう。」

心を込めて、皆の前に立った。
             とひろ
浩の引越しをきいて、氷雨や斗尋、皆驚いて淋しがったが、力強く励ましてくれた。
優しく見守ってくれた。
そして、わざわざこうして集まってくれた。

「俺は皆に感謝してる。皆ありがとう。」

頭を下げた。

「俺は単車が好きで、皆みたいなバイクが好きな仲間に出会えてすげぇ幸せだ。短い間だったけど、一生で一番の、俺の中に残るいい思い出になると思う。」

夜遅くまで、いろいろなことを語り合った。
けんかもした。
多くのことを経験した。
大切なこと、学んだ。

「最後に。ハンパはするな!!皆、後悔だけはしないようにしようぜ。」
  るいみ
……涙巳をあのまま結婚させてたら、俺は絶対後悔した。

――約束だよ。

気がついたら、頭の片隅に、いつも涙巳がいたのかもしれない。


「浩の大学合格を願ってカンパイといこうぜ!!」


「カンパ――イッッ!!」


ビール缶が重なり合う。

遠い約束、涙巳はもう忘れてるだろう。
でも、俺は……。

「浩さん、お元気で。」
    みたか
「ああ、紊駕もな。」
      きさらぎ みたか
4つ年下の如樹 紊賀と握手を交わした
紊駕の手は優しくて、力強くて、俺に勇気を与えてくれた。
そして、俺は旅立った――……。

 みなき
「皆城 浩くんだ。こんな時期ではあるが、仲良くな。」

「皆城 浩です。」


北海道立U高校。
数少ない公立高校で、クラスも1学年3クラスしかない、小規模な学校である。


「浩〜?」

「浩って皆城かぁ?」


「うっそ、浩くん?」


ざわっ、一瞬にして教室が騒がしくなった。


「……有名人だったのか、お前は?」


目を丸くした担任に苦笑して――、


「いえ、地元なもんで。」

席まで歩く。


「久しぶり。皆、よろしく。」


よく見れば幼い頃に遊んだ友人ばかりだ。

それもそのはず、雨龍町にはこの高校しか公立校がない。
造の通っていた小学校、中学校の持ち上がりみたいなものなのだ。


「俺、俺のことおぼえてるか?」


細面の男。

瞳は優しく些かたれ気味で、薄い唇。
            くりま  うきあ
「もちろん。羽喜朝だろ。栗馬 羽喜朝。」

小学校のころ仲がよかった人物だ。

「そうそう、うれしーな。小6だから――、6年ぶりか、6年。」

本当にうれしそうに話す。

「ねー、私覚えてる?」

「俺は俺は?」

皆、気さくで昔と変わらない。
なんだか、小学校に戻ったみたいだ。
いごこちも良い。

「やー懐かしい。引っ越したきり連絡とりあってなかったもんな。」

「そうだな。最初のときだけ、な。」


すでに雪景色に変わった農道を羽喜朝と歩む。

昔と変わらない光景だった。


「でも嬉しいよ。お前が戻ってきてくれて。」


屈託のない笑顔で家へと招いてくれ――、
                       うきや
「あらぁ、浩くん?久しぶりねぇ、大きくなって。羽喜夜、ちょっと来なさいな!!」


羽喜朝の母親も驚いて、しかし懐かしそうに迎えてくれた。


「浩……さん?嘘っ。」


一瞬ためらって羽喜夜は兄の隣の人物を眺め見る。


「久しぶり、羽喜夜。成長したな。」


羽喜朝の5つ下の弟、羽喜夜。
昔はよく3人で遊んだものだ。

やんちゃで悪戯っ子の羽喜夜をいつも羽喜朝はしかって、でもいろんな悪戯もしたっけか。

「浩さん、どーして?……旅行、じゃないですよね。」


少し昔の面影を残した、まだあどけない瞳を見開く。


「うん。戻ってきた。これからはずっとここで生活する。」


「本当?ですか。」


使い慣れない浩への丁寧語を喋りながらも、満悦する羽喜夜。


「さぁさ、立ち話は寒いでしょ、中に入りなさい。」


些か古くはなったが、昔と変わらない母屋。


「じゃあ、浩くん今後はどうするの?」


「ええ、H大を受験しようと……。」


「本当か?じゃ受かればまた一緒だな。」


どうやら羽喜朝も受けるらしい。


「ああ。」


「俺はサッカー選手になるんだ!」


そこで羽喜夜は、小さな胸を思いっきり大きく張った。
羽喜朝はため息をついて――、


「浩もいってくれよ。現実をみろってさ。」


「……なんで、そんなことないよ。ずごいな、羽喜夜。それ、幼い頃からの夢だもんな。」


まだ失わずに、抱いていたのか。


「ほーら、ほら。浩さんは俺の味方だよね。俺は絶対、あの人みたくなるんだ。」


天井を仰ぐ。

……まだ、心に残っているのか。

「口癖なんだよな。本当、変わらない奴。」

羽喜朝は少し呆れたように言って――、

「でも本当、俺もまだ脳裏に残ってる。不思議だよ。」                   

                                             
「忘れられるもんか!!中学1年で、最年少でジュニアユース優勝!!10番エースストライカー!!」


  かみじょう たつる
――龍条 立。


浩はその言葉にゆっくり、瞳を閉じた。

蘇る、記憶。


「でも、あれから全く見なくなっちゃったよな。やっぱこっちまでは情報こないのかな。」


「すごい悔しいよ。だから俺、高校いったら全国でるんだ。そしてあの人に会いに行く!その頃でもあの人はまだプロ現役だろうし。」


龍条 立のその後の想像を淡々と語る。

でも……。

「え、本当か?」


羽喜夜がサッカーの練習に行った後、浩はゆっくり話し出した。浩と羽喜朝が小4、羽喜夜がまだ4、5歳。

あの頃ブラウン管を賑わせた少年、龍条 立は、高校3年の夏に肺ガンで亡くなった、と。


「俺が、神奈川に越して中1。龍条さんは高1で。同じ付属学校の先輩だった。」


優しく、頼れる、尊敬できる先輩。


「でも既にサッカーはやめてたんだ。……龍条さんは体、悪くてね。本当に悔しかったと思う。大好きなサッカーをやめなきゃならないなんて、本当に……。」


過去の辛さ、表に出さない人だったけど、サッカーボールを見る、サッカー試合を見る、あの人の顔。

寂しそうで、辛そうで。


「……そうだったのか。」


「羽喜夜には今は言わないほうがいいのかもしれない。」


「ああ、時期がきたら、な。」


やはり、家計の厳しい栗馬家。
都心のようにクラブチームになど、入る金も所もない。
そうなれば、学校のクラブ活動で北海道一になり、全国へ。
それが、羽喜夜の幼い頃からの夢。
サッカーボールも買えない少年は、子供の頃買ってもらった小さなビニルボールで、一生懸命練習をしていた。
学校にいけばサッカーボールが使えると、毎日休まず学校に通い、古ぼけたボールを蹴っていた。
それほどまでに、龍条 立が羽喜夜に及ぼした影響は甚大なものだった。
わずか13歳で、全国のエースストライカー、頂点に立った男。
浩にとってもかけがえのない存在だった――……。





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