

1 「こらぁーっ、待て!!」 小ぢんまりとした商店から頭の薄いオヤジが飛び出してきた。 喉が枯れそうな大声。 ばーか。 誰が逃げるか。 「今ポケットに入れたもの、見せなさい。」 オヤジのやせ細った腕が俺を捕まえる。 ジーンズのポケットから顔をのぞかせた江ノ島を模ったキーホルダー。 オヤジの手が触れる寸前に店の中に投げ入れた。 「こっちに来なさい。」 あからさまに不機嫌な顔をしたオヤジに連れてかれた。 たいして怖くもない眼力。 俺は、強かに睨み返した。 「中学生か?警察には連絡しないであげるから、もうするんじゃないぞ。いいか。本当は、いいこだろ。」 思いっきりそこにあった机を蹴とばした。 足裏にかすかな痛みがあったが無視。 気持ちがいいほど転がった机を見て――、 「連絡すれば。名前は流蓍 薪。茅ヶ崎D中、1年7組。他に聞きたいことは?」 オヤジが薄い唇を真一文字にして、眉間にしわを寄せた。 「んなもん、欲しくねんだよ。」 吐き捨てて店を飛び出した。 オヤジは追ってこなかった。 「薪!!!」 家に帰って大層ご丁寧に迎えくれたのは、じじぃの拳だった。 さすがに避けきれずにまともにくらったけど、だんだん老いてきている。 「警察から連絡があったぞ。また悪さしやがって、このっ!!」 数回殴って満足したのか、奥の部屋に消えた。 俺は自分の部屋へと階段を上った。 「薪っ。」 後ろから、高3の姉貴が俺を抱きしめた。 眉をへの字にした可哀想な顔。 「痛てーよ。」 「あ、ごめん。今手当してあげるから。」 ――両親の顔、俺は知らない。 家に写真もない。 俺が生まれてすぐに2人とも死んだ。 結婚に反対されて駆け落ちしたって聞いた。 良く言うやつなんてひとりもいない。 とりわけ、父親の方の両親が俺らを一番嫌ってる。 そんな奴らと俺と姉貴は一緒に住んでる。 ――万引きで何度もケーサツに捕まった。 うっぷん晴らし。 気晴らし。 憂さ晴らし。 今日も学コ途中から顔を出す。 皆が注目する中、無言で椅子に座る。 「な、流蓍。遅刻してきたら理由を言いに前まで来なさい。」 声のうわずったセンコー。 睨みつけたら口をつぐんだ。 窓の外。 薄い青。 掠れた雲。 ぼーっとしてる。 つまんねー。 何もかも、おもしろくねー。 人生なんてクソ喰らえだ。 「……あ、あの……静かにしてください。」 ざわついたHR。 消え入りそうなか細い声。 「……お願いします……あの……」 誰も聞いちゃいねーよ。 もっとでかい声だせよ。 うぜー奴。 ったく。 「うるせーよ!!!」 でかい声で怒鳴ったら、クラス中が静まり返った。 奴らを睨みつけて、そのまま教室を後にした。 もいない屋上。 風の音だけが耳を通り過ぎてく。 この空間。 悪くない。 「あ、あの!」 振り返ったら、さっき教室でか細い声をだしてた女の姿。 「さっきは、ありがとう。」 「は?意味わかんね。」 何を勘違いしたのか、頭をさげる女。 もう一度礼をいう。 ばかじゃねーのか。 礼言うくれーなら自分でなんとかしやがれ。 つーか、オメーを助けたわけじゃねーし。 無言でいる俺に――、 「すげー高飛車。」 後から来た知らねー女。 「正義の味方きどりなわけ?」 訳のわからねーことをほざく。 何、この女。 「時雨。」 「萌は黙ってて。お前、何様のつもりなわけ?ヒトがせっかく礼ゆってあげてんのに、何よその態度。」 「は?礼ゆえなんていってねーだろ。」 「自信過剰なんじゃないの?」 短い髪のその女は俺に睨みを利かす。 意味わかんねー、めんどくせー。 シカトして帰ろうとしたら、 「シカトすんなよ。」 何なんだよ、この女。 「てめぇ誰だよ。しらねー奴にとやかく言われる筋合いねーな。」 「滄 時雨。あんたと同じクラスよ。流蓍 薪!」 滄 時雨。 ちょームカツク、腹立つ、わけわかんねー女――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |