NOT ALONE
前編
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  「っ痛ぇーな!!」

 久々に朝から学コ。
 後ろからの衝撃に振り返る。

  「へへーんだ。不良〜!」

 あの、滄 時雨あおい しぐれって女がカバンを振り回しながら追い抜いて行った。

  「こっの。てめぇーだって髪染めてんじゃねーか!」

  「髪染めたら不良なんだ。知らなかったな〜!」

 この女ぁ。
 ムシ、ムシ。
 いちいち腹立つ。

  「こらぁ、滄!」

 滄 時雨は目の前で生徒指導のセンコーに捕まって、髪のことを言われた。
 
 へ、ざまぁみろ。
 
 しおらしく染めてないことを告げる。
 見え透いた嘘。

  「時雨……本当に自分の髪の毛なの。それなのにいつも先生にいわれちゃって……」

 うしろからか細い声の女。

 俺の知ったことか。
 
 時計を見上げる。
 8時10分。

 俺は、学コを出た。

  「その財布、こっちによこせよ。」

 校門のすぐそばの団地の裏。
 男たちが群がってる。

  「おとなしく渡せっつってんだよ。」

  「……だ。……誰が渡すかっ。」

 その中央に地面を舐めた痩せた男の姿。
 きつく握った手の中の財布。

  「んだと。てめぇ、なめてんのか!」

 カツアゲ。
 3人がかりでバッカじゃねーの。
 ぼこぼこに殴られてるその男も。
 死ぬぞ。

  「お前らに……やる金なんて……ないっ…」

 意識もうろうとしてる中。
 握った手だけは開こうとしない。

  「……。」

 必死で守ってる。
 ボロ雑巾みたいな顔。

  「だっせーカツアゲかましてんなよ。」
 
  「誰だてめぇ!」

 一斉に3人の男が俺に振り向いた。
 
 ちょうどいい。
 俺は向かってくるそいつらをめったくそにしてやった。
 気晴らし。

 殴る、蹴る。
 蹴る、殴る。
 手ごたえなしの男たち。
 一瞬で地面に落ちる。
 
 俺にかなうわけがねーだろが。
 てめーらとは違うんだよ。
 金がほしいなら万引きでもしてこい。
 できねーくせにいきがってんじゃねー。

  「お、覚えとけよ!」

 3人は逃げ腰になって消えた。
 いちいち覚えてられるか。

  「……あ、ありがとうございました。あの……」

 下に這いつくばってる男。
 まだ財布を握り締めてる。

 俺は見下した。

  「何でテメーはそんなに弱ぇーんだよ!男だったらやり返すことぐらいしろよ!弱ぇーなら弱ぇーなりに素直に金渡しゃいーんだよ!ぼこぼこにやられてバカじゃねーの、信じらんねー!!」

 何意地張ってんだよ。
 死ぬぞ。
 
 テメーもあの女と同じ。
 礼をゆうくれーなら自分で何とかしろよ。

 ポケットにあったハンカチ、投げ捨てて、俺は悪態づいた。
 
 ああゆうやつ、何考えてんだか、ほんと、わかんねー。
 テメーが殴られて死にそうになってまで、大事なのかよ。
 そんなの、意味あんのかよ。

  「こら、学生じゃないのか。こんな所で何してるんだ。」

 目の前には湘南海岸。
 道路を渡る直前で声をかけられた。
 おまわり。

 ちっ、ついてねー。

  「るせーな。見りゃわかんだろ。サボりだよ、サボり。」

  「……ちょっと来なさい。」

 めんどくせー。

 おまわりは俺の腕をつかんだまま、歩いた。
 交番。
 
  「ほら、泣かないで。何処で落としたかわかるかな?」

 交番の前、別のおまわりが、ガキをなだめてた。
 ぴーぴー泣くガキ。
 うるせー。

  「名前は?」

  「流蓍 薪なしき たきぎ。」

 おまわりが、俺の顔を見る。
 またこいつか。
 顔に書いてある。

  「学校は?」

  「D中。」

  「何年何組?」

  「1年7組。」

 おまわりは事務的に質問し、記録した。
 ったく。
 いっぺんにききやがれ。
 つーか知ってて聞いてんだろ。
 おまわりを睨む。

  「自分が悪いことしてるってわかってるのか?」

 おまわりは眉間に皺をよせた。反省しているのか?と、問う。
 してないだろ。顔に書いてある。

 反省。
 んなもんしてねーし、するつもりもねー。

  「よかったねぇ〜!」

 おまわりのゆがんだ顔が、外の声で和らいだ。
 腰を少し浮かす。

  「見つかったのか。」

 椅子の背もたれに体重をかけて外を見る。
 さっきまで泣きじゃくってたガキが笑顔を見せてた。
 隣には、さっきの男。
 殴られても、蹴られても、決して渡そうとしなかった財布。
 男はガキに笑顔で手渡した。

  「ちゃんとせんえん入ってる〜。」

 ガキはさらに笑顔になった。

 1000円。

 ……。
 バッカみてぇ。


  「君、中学生だろう。どうしてこんな時間に?その傷は……」

  「え、えっと……」

 男は頭を掻い言葉を濁した。
 
 言えばいーだろが。
 この1000円のおかげで殴られたって。
 何黙ってんだ、こいつ。

  「さぼそうかな〜なんて……」

 ……。
 それ拾ったがために遅刻したんだろ。
 
  「あ。」

 男が俺に気がついた。
 口がUの字になる。

  「知り合いか?」

  「しらねーよ。」

 机を蹴飛ばした。
 睨みつけたらおまわりはあからさまに不機嫌な顔をして、ななめった机を直す。

  「流蓍くんだよね。僕、同じクラスの……・」

 バカか、こいつ。
 俺は、男の腕を取って交番を飛び出した。
 おまわりの制止の声を振り切る。
 ここまでくりゃ大丈夫だろ。

 「バカか、何でめぇの名前、おまわりに言おうとしてんだよ!」

 「流蓍くんだよね。」

 「は?」

 俺が怒鳴ったら、男は、でっかい口をUの字にして、笑った。

 「流蓍 薪くん。僕、同じクラスの天漓 青紫てんり せいむだよ。」

 ……。
 一瞬あっけにとられた。

 「んなこたぁ、聞ぃーてねーよ!」

 俺はさらに怒鳴った。
 だが、青紫は、ありがとう。と、笑顔で言った。
 こいつ……。

 「……てめぇな。何で言わねんだよ。あの財布。あれ拾って奴らに絡まれて、んで、遅れたんだろ。言えばいーじゃねーか。」

 「今日、家でるの少し遅かったから。」

 青紫はおっとりとした口調で言った。傷だらけの顔。

 「……んな、たかが1000円ぐれーで殴られてんなよ。」

 「たかがじゃないよ。1000円稼ぐのは大変なんだよ?だから、交番に届けようと思った。でもあの人たちに見つかっちゃって。運悪かったな。」

 ……だからって。自分が傷ついてまであんなことできんのかよ。
 拾った財布。1000円。誰が交番にもってくんだよ。
 どこのどいつが、そんなのの為に身体張んだよ。

 「……弱ぇくせに、かっこつけてんじゃねー!!」

 「ほんと。かっこ悪いよね。流蓍くんはケンカ強くていいな。うらやましい。」

 ……。
 天漓 青紫。
 ちょーバカヤローの正直者――……。



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