NOT ALONE
前編
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 俺と青紫せいむが学校に着いた時には、3時間目が始まっていた。
 当然センコーに職員室に呼ばれた。
 交番から連絡がいったのだろう。

  「……もう一人ってまさか、天漓てんりなのか。」

 センコーは青紫の顔の傷を見て、俺を見た。

  「財布を拾って届けていて遅くなったのか?でも、その傷……」

 それに何で流蓍なしきといるんだ。
 そんなセンコーの顔。
 何も答えない青紫。
 また何黙ってんだよ、こいつ。

  「財布拾って、で、途中でカツアゲされそうになったんだよ。そんでもこいつは交番に届けに行ったんだよ。」

 だから遅刻したんだよ。
 俺は吐き捨てた。
 何故かはわからない。
 俺はこいつを擁護するような言い方をした。

  「何でお前がそんなこと知ってるんだ。まさか……」

 センコーの次の言葉。俺は察した。

  「……そうだよ。俺がカツアゲしよーとしたんだよ。」

  「流蓍くん!」

  「黙れよ。こいつ、たかが1000円も渡さねーからよ。」

 俺は、青紫を制した。
 わかんねーよ。
 わかんねーけど。
 口が勝手に言ったんだ。
 別にこいつの為なんかじゃねー。

  「じゃあ、天漓の傷もお前がやったんだな。」

  「ああ、そうだよ。」

  「違います!」

 青紫は、身体全体で否定した。

  「流蓍くんは、助けてくれたんです!」

 そして、 数十分もかけて青紫は俺の正当性を訴え、センコーは終始俺に脅させてるんじゃないか。というような訝しい顔つきをしながらも結局最後は折れた。

 放課後。
 屋上に青紫を呼び出した。

  「何めんどくせぇことしてんだよ。かばってんじゃねーよ。」

 俺がカツアゲした本人って言えばすぐに授業にもどれただろが。
 バカなのか。こいつ。
 いちいちめんどーな説明しやがって。

 くすっ。
 青紫は、笑った。
 ……。

  「どっちがだよ。」

 ……。

  「僕のこと、かばったのは流蓍くんのほうじゃないか。」

 青紫は笑った。ありがとう。と。
 全てを許容する優しく穏やかな笑み。
 大きな口がUの字に広がった。

  「この間。HRの時、うるせーよ。って怒鳴ったでしょ。すっごい迫力。あーゆー風に言えるのってすごいな。って思ったんだ。」

  「……。」

 何か、調子狂う。
 こんな風に学校の奴と話すことなんてなかった。
 皆俺のことを避けていたし、俺も独りでよかった。
 ずっと独りだったし、全然ヘーキだった。
 むしろ、他人がうっとうしかった。
 でも、青紫は、自然に俺の隣に座って、昔からの馴染みのように笑いかける。
 
 俺は戸惑っていた。
 でも、嫌じゃなかった。

  「……さっきの。カツアゲ……あれ、うちの先輩だぞ。お前、独りでうろつくなよ。」

 チクったと思われたら絶対報復がある。
 青紫は、そっか、だからか。と、うなづいてやっぱり礼を言った。
 次の瞬間破顔した。

  「大丈夫。流蓍くんと一緒にいるから。」

 ……。

 それから、青紫は本当に俺の後をついてくるようになった。
 俺がサボろうとしたときも。
 こいつは、一緒にサボると言い張った。
 
 周りは俺が青紫を恐怖で従わせていると思っている。
 センコーも。
 そりゃ当然だ。こんな真面目な奴が、俺と一緒にいるなんて、不釣り合いだ。

  「……ついてくんな。」

 俺は、青紫を振り切って学コをでた。
 青紫は、待ってよ。と声を出したが、無視した。

 いい加減、思い知らせてやらねーと。
 俺と一緒にいたらロクなことなんてない。

 学コの敷地をでても、青紫はついてきた。
 海岸へと続く通りの個人店。店前にでていた回転ラックにかかっていたキーホルダー。
 俺は後ろの青紫を一瞥して、ポケットに突っ込んだ。

  「こら!!」

 予想通り店のオヤジがでてきた。

  「今、お前、店のモンとってポケットに入れたな!!」

 オヤジが俺の胸座を掴んだ。
 青紫が血相を変えて俺の隣に走り寄る。

  「警察につきだしてやる!名前は?」

 俺は胸座を捕まれて、つま先立ちになったままオヤジを睨み返した。

  「待ってください!」

 青紫がオヤジの腕を引き離そうとする。
 ……。

  「言いがかりです!ちゃんと見てください!」

 青紫は俺の制服のポケットを見ろとオヤジに言って、オヤジが何言ってんだ。という顔をする。
 しかし、次の瞬間。目を丸くした。
 それは俺も。

  「何も入ってないでしょ。見間違いです。」

 青紫の言葉と、俺のポケットを交互に見て、オヤジは不思議そうな納得のいかない顔をしたが、店の中へ消えた。
 ……こいつ。
 俺が万引きした物を、オヤジの目を盗んで元に戻しやがった。

  「だめじゃないか!」

 海岸にでて、青紫は俺を真っすぐ見て怒鳴った。
 ……。

  「人のものを取るなんて最低の人がやることだ。あれを作るのに、どれだけの人とお金がかかってると思ってるの!!欲しいわけでもないのに、いけないよ!!」

 同じ言葉を、他人にいわれたら、俺はきっと逆切れしていた。
 または、無視していた。
 でも、何故かこいつの言葉は、心にしみた。

 マジで怒ってる。
 俺のために、真剣に怒っていた。

  「……悪い。」

  「あ。僕こそ怒鳴ったりして、ごめん。」

 ……。
 二人、防波堤に腰を下した。
 俺と青紫の頭上をトンビが優雅に飛んでいた。
 水平線。左に江ノ島が見えた。
 穏やかに打ち寄せる波。
 無言。潮騒だけが響いていた。
 心も穏やかになるのを俺は否定できなかった。
 こんな気持ち、初めてだ。
 何か、変な気分だ。言葉にできないけど、やっぱり、嫌ではなかった。

  「ね、たきぎ!」

 その夜。
 姉貴が妙に上機嫌で、俺の部屋に入ってきた。

  「同じクラスに、天漓 青紫くん、いるでしょ!」

  「は?」

 俺が頷く前に姉貴はやっぱり?と、大きく頷いて満面の笑み。
 いや、不敵。何だよ。気持ち悪。

  「前に話したじゃない、白紫しさき!私の親友。その弟なのよ!」

 ―――白紫に同じ年の弟がいるから、友達になれば?

 そういえばそんなこと言われたっけ。もちろんその時は当然無視した。
 姉貴の親友の弟。だからって何だ。

  「あんた、そのコ助けたんだって?白紫がお礼に電話くれて。すっごい、偶然だねぇ!」

 姉貴のテンションマックス。何がそんなに嬉しいのか。
 でも。

  「別に助けたわけじゃねぇ。」

 俺は姉貴から顔を背けた。
 姉貴は相変わらず笑っている。
 でも。
 嫌じゃなかった―――……。



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