

3 俺と青紫が学校に着いた時には、3時間目が始まっていた。 当然センコーに職員室に呼ばれた。 交番から連絡がいったのだろう。 「……もう一人ってまさか、天漓なのか。」 センコーは青紫の顔の傷を見て、俺を見た。 「財布を拾って届けていて遅くなったのか?でも、その傷……」 それに何で流蓍といるんだ。 そんなセンコーの顔。 何も答えない青紫。 また何黙ってんだよ、こいつ。 「財布拾って、で、途中でカツアゲされそうになったんだよ。そんでもこいつは交番に届けに行ったんだよ。」 だから遅刻したんだよ。 俺は吐き捨てた。 何故かはわからない。 俺はこいつを擁護するような言い方をした。 「何でお前がそんなこと知ってるんだ。まさか……」 センコーの次の言葉。俺は察した。 「……そうだよ。俺がカツアゲしよーとしたんだよ。」 「流蓍くん!」 「黙れよ。こいつ、たかが1000円も渡さねーからよ。」 俺は、青紫を制した。 わかんねーよ。 わかんねーけど。 口が勝手に言ったんだ。 別にこいつの為なんかじゃねー。 「じゃあ、天漓の傷もお前がやったんだな。」 「ああ、そうだよ。」 「違います!」 青紫は、身体全体で否定した。 「流蓍くんは、助けてくれたんです!」 そして、 数十分もかけて青紫は俺の正当性を訴え、センコーは終始俺に脅させてるんじゃないか。というような訝しい顔つきをしながらも結局最後は折れた。 放課後。 屋上に青紫を呼び出した。 「何めんどくせぇことしてんだよ。かばってんじゃねーよ。」 俺がカツアゲした本人って言えばすぐに授業にもどれただろが。 バカなのか。こいつ。 いちいちめんどーな説明しやがって。 くすっ。 青紫は、笑った。 ……。 「どっちがだよ。」 ……。 「僕のこと、かばったのは流蓍くんのほうじゃないか。」 青紫は笑った。ありがとう。と。 全てを許容する優しく穏やかな笑み。 大きな口がUの字に広がった。 「この間。HRの時、うるせーよ。って怒鳴ったでしょ。すっごい迫力。あーゆー風に言えるのってすごいな。って思ったんだ。」 「……。」 何か、調子狂う。 こんな風に学校の奴と話すことなんてなかった。 皆俺のことを避けていたし、俺も独りでよかった。 ずっと独りだったし、全然ヘーキだった。 むしろ、他人がうっとうしかった。 でも、青紫は、自然に俺の隣に座って、昔からの馴染みのように笑いかける。 俺は戸惑っていた。 でも、嫌じゃなかった。 「……さっきの。カツアゲ……あれ、うちの先輩だぞ。お前、独りでうろつくなよ。」 チクったと思われたら絶対報復がある。 青紫は、そっか、だからか。と、うなづいてやっぱり礼を言った。 次の瞬間破顔した。 「大丈夫。流蓍くんと一緒にいるから。」 ……。 それから、青紫は本当に俺の後をついてくるようになった。 俺がサボろうとしたときも。 こいつは、一緒にサボると言い張った。 周りは俺が青紫を恐怖で従わせていると思っている。 センコーも。 そりゃ当然だ。こんな真面目な奴が、俺と一緒にいるなんて、不釣り合いだ。 「……ついてくんな。」 俺は、青紫を振り切って学コをでた。 青紫は、待ってよ。と声を出したが、無視した。 いい加減、思い知らせてやらねーと。 俺と一緒にいたらロクなことなんてない。 学コの敷地をでても、青紫はついてきた。 海岸へと続く通りの個人店。店前にでていた回転ラックにかかっていたキーホルダー。 俺は後ろの青紫を一瞥して、ポケットに突っ込んだ。 「こら!!」 予想通り店のオヤジがでてきた。 「今、お前、店のモンとってポケットに入れたな!!」 オヤジが俺の胸座を掴んだ。 青紫が血相を変えて俺の隣に走り寄る。 「警察につきだしてやる!名前は?」 俺は胸座を捕まれて、つま先立ちになったままオヤジを睨み返した。 「待ってください!」 青紫がオヤジの腕を引き離そうとする。 ……。 「言いがかりです!ちゃんと見てください!」 青紫は俺の制服のポケットを見ろとオヤジに言って、オヤジが何言ってんだ。という顔をする。 しかし、次の瞬間。目を丸くした。 それは俺も。 「何も入ってないでしょ。見間違いです。」 青紫の言葉と、俺のポケットを交互に見て、オヤジは不思議そうな納得のいかない顔をしたが、店の中へ消えた。 ……こいつ。 俺が万引きした物を、オヤジの目を盗んで元に戻しやがった。 「だめじゃないか!」 海岸にでて、青紫は俺を真っすぐ見て怒鳴った。 ……。 「人のものを取るなんて最低の人がやることだ。あれを作るのに、どれだけの人とお金がかかってると思ってるの!!欲しいわけでもないのに、いけないよ!!」 同じ言葉を、他人にいわれたら、俺はきっと逆切れしていた。 または、無視していた。 でも、何故かこいつの言葉は、心にしみた。 マジで怒ってる。 俺のために、真剣に怒っていた。 「……悪い。」 「あ。僕こそ怒鳴ったりして、ごめん。」 ……。 二人、防波堤に腰を下した。 俺と青紫の頭上をトンビが優雅に飛んでいた。 水平線。左に江ノ島が見えた。 穏やかに打ち寄せる波。 無言。潮騒だけが響いていた。 心も穏やかになるのを俺は否定できなかった。 こんな気持ち、初めてだ。 何か、変な気分だ。言葉にできないけど、やっぱり、嫌ではなかった。 「ね、薪!」 その夜。 姉貴が妙に上機嫌で、俺の部屋に入ってきた。 「同じクラスに、天漓 青紫くん、いるでしょ!」 「は?」 俺が頷く前に姉貴はやっぱり?と、大きく頷いて満面の笑み。 いや、不敵。何だよ。気持ち悪。 「前に話したじゃない、白紫!私の親友。その弟なのよ!」 ―――白紫に同じ年の弟がいるから、友達になれば? そういえばそんなこと言われたっけ。もちろんその時は当然無視した。 姉貴の親友の弟。だからって何だ。 「あんた、そのコ助けたんだって?白紫がお礼に電話くれて。すっごい、偶然だねぇ!」 姉貴のテンションマックス。何がそんなに嬉しいのか。 でも。 「別に助けたわけじゃねぇ。」 俺は姉貴から顔を背けた。 姉貴は相変わらず笑っている。 でも。 嫌じゃなかった―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |