NOT ALONE
前編
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   「おはよう!流蓍なしきくん。」

   「……おっス。」

 クラスメイトからの挨拶なんて、慣れてない。
 俺は、毎朝おはようと声をかけてくる青紫せいむの笑顔にどう返答していいか迷っていた。
 
  「あ、そうだ。これ。」

 そういって青紫はノートを手渡した。
 ページをめくる。
 ……。

  「ほら。もうすぐテストだから。」

 俺がサボっていた授業のノート。

  「……誰が頼んだよ。」

 俺は凄んだ。
 そんな俺に臆することもなく、青紫は自分が勝手にやりたかったから。と抜かす。
 呆れたお人良しだ。
 ……おちおち授業もサボれねーじゃねーか。
 そして、昼食時。

  「流蓍くん、今日はいい天気だね。お昼、屋上行こうよ。」

  「……。」

 青紫は必ず昼食に俺を誘う。
 毎日がこのペース。

  「あ、そうだ。聞いた?流蓍くんのお姉さんと僕のお姉ちゃん、中学の時から友達だったんだって。僕たち、本当はもっと早く出会えてたかもしれないね。」

 嬉しそうに弁当を頬張る青紫。
 俺が何も返答しなくても、しても。
 全てを当たり前、ありのままに受け入れてくれる。

  「でね。お姉ちゃんたち、湘南暴走族“BADバッド”の人たちと知り合いなんだって。」

 ただの不良だろ。
 俺が睨んでも、青紫は紅潮した白い頬をふくらませて、BADは違うんだ。と言った。
 湘南暴走族。江ノ島の東浜周辺をヤサとする族。
 ここ最近ですごく有名になった。
 
  「BADは、バイクが好きで、走るのが好きな集まりなんだって。皆、良い人ばっかなんだって。」

 会ってみたいな。憧れのまなざしで青紫は言った。大空を見上げて。
 俺も空を見上げる。
 穏やかな風だった。
  
  「こら!屋上は立ち入り禁止だぞ!」

 そんな穏やかな雰囲気をこわす、センコーの声。
 俺と青紫を見て、俺を睨みつけた。

  「流蓍……お前か。お前、最近天漓てんりを引っ張りまわして……」

 当然センコーの矛先は俺に向く。

  「先生違います!」

  「天漓は黙ってなさい。この間だって……。天漓、お前は流蓍が怖くて従ってるだけだろ?」

 センコーが青紫の肩に触れる。
 真面目なお前が。と、憂う顔。

  「……ちがう。」

 青紫はセンコーの手を払った。

  「違う!僕が流蓍くんをお昼に誘って、僕が勝手に流蓍くんと一緒にいたいだけです!流蓍くんは悪くありません!! 」

 青紫は身体を震わせていた。その目はセンコーを睨みつけていた。
 ……。

  「天漓。こんな奴かばう必要はないんだぞ。」

  「先生!!」

 青紫は怒っていた。耳まで真っ赤にして、怒っていた。
 俺を侮辱するな。と。俺の為にセンコーに歯向かった。
 ……。

  「いこ。流蓍くん!」

  「お、おい。」

 青紫は俺の腕をぐいぐい引いて、呆然とするセンコーから遠ざける。

  「おい!」

  「……ごめん、僕のせいで嫌な思いさせちゃって。」

 ……。
 別に。そんなの慣れていた。
 俺をかばうやつなんて誰もいなかった。かばってほしいとも思ってない。

  「……やめろよ。」

  「え?」

 俺は青紫に言ってやった。

  「俺にかまうの、やめろ。」

 やっぱり不釣り合いだ。
 こんな真面目なやつと俺なんかとは。
 こいつは、違う。俺とは、違う。

  「俺にかまうなっつってんだよ!!うざってーんだよ!違ぇーんだよ、てめぇーと俺とじゃ!!」

  「僕はそうは思わない!!」

 ……。
 青紫はやっぱり耳まで真っ赤にして叫んだ。

  「僕は、流蓍くんと一緒にいたい!!僕たち、何も変わらない!!」

 ……。
 肩で大きく息をして、唇を噛みしめて、青紫は俺を真っすぐ見た。
 その目は、一点の曇りもなくて、俺は何も言い返せなかった。

  「……これ。ありがとう。」

 青紫は、あの時のハンカチを差し出した。
 洗濯済みの綺麗にアイロンがかかった俺のハンカチ。
 ……。

 僕たち、何も変わらない。か。

 俺は例えようのない気持ちを抱えたまま、午後の授業を聞くともなく受けた。
 窓の外。澄み渡った青い空が広がっている。
 
  「……え?なんで。」

  「わかんない、何か因縁つけられてるみたいだったよ。」

 クラスの奴らの会話が耳に入ってきた。
 授業が終わり、HRまでの間。

  「何で、天漓くんが?」

 !!?

  「おい!」

 俺は、誰の話だ。とそいつらに声を張った。
 クラスの女たち。ぎょっとして、そして、おずおずと言った。

 ―――天漓くんが、先輩たちに裏庭に呼び出されてた。

 俺は、翻した。全速力。
 あの、バカヤロー!!何、のこのこ付いていってんだ。
 何で俺に……。

  「おい!!」

 裏庭の校舎の壁。青紫は背中を預けていた。
 ぼこぼこにされた顔で、青紫は俺を認めて笑った。

  「流蓍……くん。」

  「バカヤロ、てめぇ!!」

 独りでうろつくなって言っただろうが。
 何で……。

 ―――ごめん。僕のせいで、……。

 青紫の言葉を思い出した。

 ……。
 バカヤロウ。
 青紫は、意識も朦朧としている中、何かを言った。
 抱き起こして耳を近づける。

  「……一発。……僕、殴りかえしてやった……よ。」

  「……。」

 俺は、青紫を保健室に連れて行った。

  「ありがと。」

  「ちょっと待ってろ。……便所いってくるわ。」

 俺は、青紫を残して、2年の教室へ足早に向かった。
 本当に、大バカヤローだ。ったく。

  「探したぜ、センパイ。ちょっと、顔かせよ。」

 そいつらは誰だ。と口を揃えていったけど、にやついた笑みを浮かべて裏庭についてきた。
 総勢5人。

  「千円。もらえたかよ。」

  「あ?」

 あの時、青紫をカツアゲして、さっき青紫をぼこった奴ら。

  「また、カツアゲ失敗したのか?」

 俺の言葉に奴らの顔色が変わった。あのガキの仲間か。と。
 
  「千円。もらえなかったんだろ。お前らの負けだな。」

  「あー?てめぇ、チビ、このやっ……ぐっ!!はっ!!」

 俺は、躊躇なしに向かってきた男の顔面を殴った。
 それを皮切りに4人が一斉に向かってきた。
 ずうたいがでかきゃいーっつーもんじゃねーんだよ。
 弱ぇ、弱ぇ。5人でこれかよ。ワケねーな。
 瞬殺。

  「弱かったか?」

 俺はボス格の男の頭を踏みつけた。
 地面を舐めている他の4人を睨みつける。
 
  「弱かったか?さっき、てめぇらがリンチした奴。弱かったって聞いてんだよ。」

  「……。」

 うめき声さえ出せない5人に俺は声を張った。

  「てめぇーらの方が弱ぇよなぁ?千円もらえなかったんだもんなぁ?今後一切あいつに手ぇだすな。次はこんくれーじゃ済まさねぇーからな。解ったかよ!!!」

 俺のタンカ。5人は無言で頷いた。

  「流蓍くん。」

 保健室に戻ったら、青紫は半身をおこして、俺に礼を言った。
 ……。
 全て解った顔をして、優しい笑顔でもう一度、ありがとう。と、言った。

  「僕、流蓍くんみたいに強くなりたい。どうしたら強くなれる?」

  「……じゃあまず、その言葉遣いを何とかしろ。俺って言え、俺って。」

 俺は、ベッドの端に腰下した。
 青紫は天井を見上げて、俺、俺。と連呼する。
 その言い方が笑えて、思わず噴き出した。

  「おれ、おれ。俺。何か、かっこいいね。」

  「くっだんねぇ。」

 お互い笑いあった。
 本当に変な奴だ。でも、心地よい。
 青紫と居ると、心が落ち着く。
 初めてだ。こんな気持ち。
 戸惑いつつも、俺は、少しずつ受け入れ始めていた―――……。



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