NOT ALONE
前編
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   「は?」

 7月に入って突然、姉貴が突拍子もないことを言った。
 何故か不敵な笑みを浮かべて、仁王立ち。

  「だ・か・ら。引っ越しだってば。」

 青紫せいむのマンションの一室。空き部屋がでたからそこに引っ越す。と言い張った。
 さすがに中坊の俺でも姉貴が独りでそんなことできるわけないってわかる。
 誰かの後ろ盾があるのだろう。
 当然祖父母ではない。

  「でてくのよ。こんな家。」

 居間にいる祖父母に聞こえるように姉貴は声を張った。
 あの人たちも喜ぶでしょ。私たちがいなくなったら。と、姉貴。
 あの人たち―――祖父母のことだ。

 姉貴は祖父母のことを嫌っていた。
 中坊の時、グレていて学コもあまり行ってなかった。
 髪を染めたり、あからさまな校則違反を多々していた。
 そんな姉貴に祖父母はいつもどなり散らしていた。

  「卒業なんて、もう待てない。」

 姉貴は独り言のように吐き捨てた。
 姉貴は、結構頑固だ。こうと決めたらやる。
 俺は、荷物をまとめとけ。と言った姉貴にわかったとうなづいた。
 引っ越し。か。
 俺は別にしてもしなくても構わない。姉貴がいいならすればいい。

 その後、後ろ盾のおかげか、引っ越し準備は着々と進んだ。
 そして、隣―――青紫の家。への挨拶へ行った。

  「いらっしゃい。」

 気の良さそうな青紫の両親。満面の笑みで迎えてくれた。

  「いらっしゃい、流蓍なしきくん。今日からお隣さんだね!!」

 青紫が口をUの字にして笑った。
 白紫しさきさんも、1つ下の弟の黒紫くろむも。皆、同じ口元。
 同じ優しく穏やかな笑顔で俺たちを招き入れた。

  「困ったことがあったら何でもいってね。」

 青紫の両親は、心底心配した顔で俺たちに言った。
 きっと、俺たちの事情を知っているのだろう。後ろ盾。かもしれなかった。
 しおらしく、すみません。と頭を下げる姉貴に、今日は泊まっていきなさい。と言った。

 7人で食卓を囲んだ。
 天漓家は、笑顔の絶えない家族だった。
 俺は、初めて家族団らんっつーやつを、少し味わった。
 悪い気はしなかった。
 隣に青紫の笑顔があったから。

  「ねぇ、ぼっ……俺。のことさぁ。」

 青紫の部屋で布団を3つ敷いてもらった。そこに男3人寝転んだ。
 青紫がまだ慣れない口調で俺に話しかける。

  「俺のこと、青紫。って呼んでよ。……ね、たきぎ。」

 ……。
 
  「青紫。」

  「うん。」

 何か恥ずかったけど、青紫とまた少し距離が縮まった気がした。
 弟の黒紫も俺も、俺も。と騒いで3人で笑いあった。

 それからほぼ毎日。青紫が俺の家に来たり、俺が行ったり。
 姉貴たちも同様、どちらも自分の家のようにして過ごしていた。

  「そんな事いわれたんだ……あさざ。」

 俺の家に白紫さんが来ている時だった。
 リビングで神妙な声の白紫さんに大きな溜息を吐く姉貴。

  「あったまきて、大げんかしてきた。」

 今度は白紫さんが溜息をついた。
 姉貴はどうやら彼氏とケンカしたらしい。
 別に聞く気も、興味もなかったけど、俺の部屋まで丸聞こえだった。

  「だって、あいつ私のこと全然わかってくれないんだもん。そりゃあ、先生のこと好きだった……けど。」

  「けど?」

 白紫さんの返答に姉貴が言葉を詰まらせた。
 俺は唐突に、姉貴が泣いていたことを思い出した。姉貴が中3の夏。
 男に振られたらしかった。
 相手は担任のセンコーだった。
 涙枯れるほど泣いて、目ぇ真っ赤に腫らして、飯も食わずに引きこもってた。
 でも、高校になってちょっと落ち着いた。
 将来はセンコー目指しているらしい。

  「あさざ。迷ってるの?……でも冷静になって考えて。氷雨ひさめだってあさざのこと、本当に想ってるからそういうこと言うのよ。」

 白紫さんは、姉貴を宥めていた。

  「後悔したくなかったら早く仲直りしな。……って。実は、私も言われたのよ。」

  「紊駕みたかに?」

 白紫さんは頷いたようだった。

  「そう。ずっと傍にいてくれてね。」

 紊駕―――姉貴たちからよく聞く名前だ。
 青紫からも聞いた。
 如樹きさらぎ 紊駕に飛龍 海昊ひりゅう かいう。二人ともBADバッドの特隊らしい。
 そして、姉貴の彼氏はBADの頭。

 3人でBLUESブルースという族をマクったという。
 BLUESはここらじゃ悪いウワサしかない、不良の集まりの族だ。
 姉貴も白紫さんも族には絶対にかかわるなという。
 だが、青紫はとりわけ紊駕って奴に憧れていて、いつも会いたいと言っていた。
 BADは不良というよりバイク好きが集まる族だと耳がタコになるくらい青紫からきかされていた。

  「げっ、姉貴。」

 青紫と学コの途中からフけて遊びに行こうとした日。
 カバンを置いて用を足してから青紫の待つマンション下へ向かった。
 玄関先で運悪く姉貴と鉢合わせた。

  「げ、じゃないわよ。薪、また学コさぼったわね!」

 姉貴の剣幕。鉄拳が振ってくる前に俺は姉貴をすり抜けた。
 姉貴の制服からタバコの臭いがした。

  「ヒトのこといえんのかよ!」

 振り返ってあかんべー。と舌を出してやる。
 だが、次の瞬間。

  「ってーな。」

 何かに当たった。

  「あさざさんの弟かぁ。へぇ。」

 黒髪長髪。派手なバンダナ男。
 頭に触れられた手を払って睨みつけてやる。

  「んだよ、てめぇ。」

  「お姉さんの男。」

 男はにやりと笑った。
 こいつが、BADの頭?いけ好かねぇヤロー。

  「……早く行きなさい。青紫待ってるんでしょ。」

 姉貴が吐き捨てた。
 
  「姉貴、趣味わりんじゃね。」

 俺も吐き捨てて階段を降りた。
 別に。興味ねーし。どーでもいい。
 俺は一瞥して青紫と合流した。

  「……あ。」

 海へと続く道。
 商店街の一角で、青紫が声をだして、突然駆け出した。
 目線の先。

  「あおいっ!浅我あさわ!」

 クラスメイトの女――滄 時雨しぐれと浅我 めみ。に青紫は小声で返せ。と、言ったようだ。
 俺はゆっくりと青紫を追った。

  「……天漓てんり。」

 滄 時雨は、びっくりして振り返る。

  「わかってるだろ。いけないことだって。」

  「かんけーねーだろ!てめぇーにわ!」

 滄 時雨は青紫にガン飛ばすが、青紫は掴んだその腕を離さない。
 手には万引きしたものが握られていた。

  「口悪ぃオンナ。」

  「……流蓍 薪。」

 俺は滄 時雨に近づいて、言ってやる。

  「聞こえなかったのかよ。青紫が返せっていったら、返せよ。」

 俺の言葉に滄 時雨は、やはり俺を睨みつけて、手の中の物を元にあった場所に投げ返す。
 そして一言。

  「てめぇだって常習犯のくせに何いい子ぶってんだよ。」

  「うるせーよ。」

 俺は一蹴したが、薪はもうそんなことしないよ。と、青紫はむきになって言い返した。
 
 滄 時雨は鼻をならして背を向ける。
 待って。と、おずおずと浅我 萌が後を追う。

  「浅我はしおらしいじゃねーか。どーせてめぇが唆したんだろ。かわいそ。」

 その背に言ってやると、滄 時雨は、振り向いて、お前こそ。と吐き捨てる。

  「天漓を巻き込むなよなぁ。かっわいそー。いつも天漓は薪のおもり役で。」

  「ああ?なれなれしく呼び捨てしてんじゃねーぞ。」

  「何よ。チビ!!」

 滄 時雨は後ろ向きに歩きながら、俺に舌をだした。
 んだ、こいつ。ムカつく。

  「うるせぇ、ブタ!!」

  「ブタとはなによ!!」

 今度は、こっちに向かってくる。

  「もう、やめろって二人とも。」

 俺は、青紫に。滄 時雨は浅我 萌に止められてにらみ合った。
 超腹立つ、この女。

  「いくぞ、青紫。こんな奴に付き合ってられっか。」

  「こっちこそお断りだよ!」

 滄 時雨の姿がようやく見えなくなって、青紫が思い出したように噴き出した。
 何だよ。と睨むと、何かと滄、薪に突っかかって来るなって。といってまた笑った。
 ほっんと、ムカつく。

 青紫の家に帰ると、黒紫の友達の篠吾ささあが居た。

  「ね、ね。今日夜、いくんでしょ?」

  「篠吾。声大きい!」

 黒紫が小声で叱咤して、人差し指を唇にあてた。
 篠吾が両手で自分の口をふさぐ。ごめん。と、頭を下げた。
 篠吾も黒紫の影響でBADに憧れている。
 今日4人で夜の海に行く約束をした。

  「……薪!夜に海岸沿い、あんまうろつくんじゃないわよ!」

 奥の部屋から姉貴が声を張った。
 俺かよ。
 青紫は従順にはーい。と、言った。そして、黒紫と同じように内緒。のポーズ。
 青紫と黒紫は相変わらず紊駕ってやつに会いたいと口をそろえて言っている。

 再三言われている、族には関わるな。という姉貴の言葉が俺らの耳を通り過ぎた。
 自分らも一員のようなもんのくせに。勝手な言いぐさだ。
 
 姉貴と白紫さんは、特にBLUESには絶対に関わるな。と言う。
 何やら俺らのガッコにもBLUESの奴らがいるらしいとか。
 ま、そんなの俺にはカンケ―ねぇけど。

 湘南の族。
 乱闘とかそうゆーのがあると、どこからか話題になる。
 いつの間にか巷では、BADは善、BLUESは悪。みたくなってた―――……。



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