1
「元気してたか?」
はおか
放送が終わったあと、少し時間をもらった。と、いって葉丘たちは俺たちの前に現れた。
「うん、まあね。葉丘たちも元気そうだね。」
俺の言葉に3人とも、充実した笑顔を見せる。
「すごいよな、ベスト4なんて。テレビで見てるよ。」
「ありがとう。葉丘たちもすごいじゃん。」
メジャーデビューを果たして、ますます人気が出ていた。
東京ではかなりの有名人たちだ。
いおる
気のせいか、尉折のやつ、あまり喋りたがらなかった。
なんとなく、ぎこちない会話を交わして、俺たちは別れた。
あすか
「飛鳥ー!!サインもらってきた?」
宿舎に帰ると、上機嫌な先輩たちに囲まれた。
ティーエイチツー
どうやら、TH
2のサインをもらってきたか、と聞いているらしい。
結構ミーハーなんだな、これが。
知り合いなんて、何で黙ってるんだ。と、非難轟々。
「今度、コネでTVださせろ!」
んなことできるわけないでしょ。
「どうしたんですか、尉折先輩。」
や し き
夜司輝が俺に耳内ちをした。
やはり、気のせいではなく夜司輝の目にも尉折が平素ではないように移ったらしい。
俺は首をかしげた。
「飛鳥、ちょっといいか。」
練習時間まで、あと3時間くらい間があった。
俺は尉折に誘われて、外へ出る。
少し、沈黙があって――、
「俺、責任もてなくなってきた。」
うつむいて、ぽつりとつぶやく尉折。
……。
「自分の気持ちに、責任がもてなくなってきたんだ。」
「尉折、それって……。」
「しょーがねーだろ!久しぶりに会って。そんで……。」
俺の言葉を遮って勢い良く口にして、語尾を弱める。
尉折……。
今から4ヶ月くらい前。
いぶき
まだ尉折が檜と付き合ってないころ。
はおか ひろた
TH
2のモアこと、葉丘 模淡に思いを寄せていた。
「わかんねんだよ。」
尉折は檜に告白されて、今まで付き合っていた。
もちろん、今まで檜のこと好きだったはず。
いや、好きだよ。
そりゃ、いろんな女の子ナンパしたり、誤解されるような言動はしてたけど。
でも、葉丘のこと、忘れられないでいたのか?
尉折はずっとうつむいていた。
自分の気持ちと葛藤しているようだった。
「檜のこと好きだったんじゃないのかよ!」
「好きだったさ!」
俺の言葉にかぶせた。
「好きだよ、今でも。大切に思ってる。」
「だったら……。」
尉折が振りかぶった。
――模淡のこと、忘れられない。
尉折……。
唇をかみ締めた。
何で、俺の前に現れるんだ。と、フェンスに怒りをぶつける。
痛いほど、伝わってきた。
ごめん。尉折はそういい残して、一人にしてくれ。と、姿を消した。
……。
少し、潤んだ尉折の瞳。
自分の気持ちに戸惑う表情。
「待てよ!!」
「いや!放して!!」
宿舎から少し離れて歩いていた俺の後ろから突然の声。
意表をついて腕をとられた。
「あたし、飛鳥くんが好きなの!!!」
え……。
ちょ。
っちょっとまって、何?
いきなりの衝動に焦りまくり。
だって、突然見ず知らずの――、
あ。
尉折が明治神宮でナンパしたコ。
「……あーそうかよ。かってにろ。」
くりま う き や
栗馬 羽喜夜。
黒と白のジャージ。
ズボンに両腕をつっこんで、背をそらして、蔑むような鋭い目を向けた。
「俺は、オンナのケツなんておっかけねーかんな!!!」
吐き捨てて踵を返した。
「……あの。」
「ご、ごめんなさい!」
彼女は頭を下げた。
ストレートな栗色の髪が勢い良く振られた。
「……いえ、あ……。温かいものでも、飲みますか?」
近くの自販機でホットティーを買った。
彼女に手渡す。
「すみません。」
成り行きで、ベンチに腰掛けた。
どうしたの。何て、立ち入ったこときくの失礼だよな。
赤く腫れた両まぶた。
泣き腫らした顔。
「……大丈夫ですか。えっと、あんまがまんとかしてるとよくないし。涙とか……そういうの。えっといいたいこといっちゃえばすっきりすると思うし……」
あー、何いってんのかわからなくなってきたぞ。
「あ、だから……。」
そんな俺の言葉に失笑した彼女。
「ありがとう。」
「いや。何いってんだか。すみません。」
ゆっくり栗色の髪を横に振った。
彼女は口を開いた。
「あたしの彼、今の人。2つ年下なの。年の差とか身長差とか、お互いを気にして、好きなのに、思ってもないこといっちゃたり。羽喜夜には……あ、彼の名前ね。」
俺は相槌をうつ。
「あたしよりふさわしい人がいるんじゃないかって。あいつ、もてるから。わざわざ年上のあたしなんか、って自信なくなってきちゃって……あいつの気持ちわからくなってきちゃって……」
既に涙声だった。
唇をかみ締めて、顔をゆがめた。
「ごめんね、こんな話。大事なときだってわかってるのに。やきもちやいたり反対の態度とっちゃったり……本当、やんなっちゃう。」
皆、苦しんでいる。
女の子も男の子も。
女だから、男だから。
相手の気持ちがわからなくて、どうしたいいかわからなくて。
身長とか年の差とか。
そんなのお互い好きって気持ちがあれば関係ないはずなのに。
いらないところでコンプレックスを感じる。
「でも。恋愛ってそういうものですよ。俺も語れる立場じゃないですけど。恋愛ってそういうの、つきものだと思いますよ。大切なのは、2人の気持ちじゃないですか?あなたの気持ちじゃないですか。」
好きだっていう気持ちがはっきりしていれば、大丈夫なはずです。
素直になれるはずですよ。
彼女は顔を上げて、笑みを見せた。
「ありがとう。そんな簡単なことなのに。そうだよね。……何か、元気でてきた!飛鳥くん、だよね。神奈川のエースストライカー。」
「はい。」
「あなたなら、きっとすばらしい恋愛ができるんだろうね。それとも現在進行中かな?」
表情豊かに彼女。
「あたり。です……でもまだまだですよ。やっぱり、恋愛はむずかしいです。」
彼女は俺の背中を叩いて――、
「あなたがそんなんでどーするの?あたし、また自信なくしちゃう。お互い、頑張りましょう!」
あ、自己紹介忘れちゃったね。と、彼女は小さな舌を覗かせた。
けすず れゆ
北海道のマネージャー、3年、華涼 麗夕。
少し、間の抜けた自己紹介。
「明日、国立で当たりますね。」
「うん。」
「正々堂々と勝負したいので、早く仲直りしてくださいね。」
そういった俺に、麗夕さんは笑顔でもう一度礼を言って、駆け出した。
少しでも、気が楽になってくれたかな。
……はあ。
溜息。
俺は尉折を思った。
あいつの場合は気持ちがしっかりしてない。
でも、一時的なものであってほしいよ。
檜が悲しむの、見たくない。
それから、練習のためにグラウンドに向かった。
尉折を見る。
やっぱり、プレーにキレがない。
大丈夫かよ。
でも、俺は何にもしてやれないよ。
ごめん。
言葉が見つからないんだ。
ただ、檜がこのことにきづかないでほしい。と、願うだけ。
念願の国立。
皆、最高のコンディションで臨みたい。
その夜、俺は眠れずに布団から出た。
飲み物でも飲もうと、1階のロビーに下りる。
ま あ ほ
「茉亜歩さん。」
俺は見逃さなかった。
素早く、目頭をぬぐった細い指。
「隣、いいですか。」
頷きを確認して、並べられているソファーの一角に腰下ろす。
そういえば、茉亜歩さんもあれ以来、元気ないよな。
「どうしたの、眠れないの?あ、緊張してるな?」
照れ隠しにか、トーンがいつもより高い。
「少し……それに悩み事があって。……茉亜歩さんも、あんまり悩まないほうがいいですよ。」
「知ってたの。」
俺の言葉に驚いて、目を丸くした。
るも
「ごめんなさい。流雲と話しをしているのを……」
そう、と小さく呟いて――、
「夜司輝に告白されたとき。とっても嬉しかったの。でも、すぐに恐くなった……。」
「恐く、ですか?」
茉亜歩さんは頷いた。
あおぎり
「去年卒業した梧先輩、おぼえてる?」
もちろんです。と、口にする。
あおぎり かむろ
梧 神祖先輩、俺の憧れの先輩。
10番、MF、キャプテンだった人。
今、静岡の大学にいっているって聞いてる。
大学でもサッカーを続けているって。
すごく、尊敬できる人で、皆から信頼されている。
入学当初からすごくよくしてもらった。
プレーはもちろんピカ一で、いろいろなところから注目されていた。
それでも、高校でのサッカーをやめなかった人。
弱くても楽しいサッカーがしたい。
そんな気持ちを持っていた人。
「私。先輩のことが好きで、夏に告白したの。」
茉亜歩さんはうつむきながら、話す。
「今は、サッカーしか頭にないから、きっと君を悲しませちゃうから。先輩はそういった。」
「……。」
「怖いの。」
茉亜歩さん。
もう一度、怖い、と呟いて――、
「夜司輝がどんどんサッカーが巧くなって、サッカーのこと好きになって、私なんか見えなくなっちゃうほど、サッカーが好きになるの。すごく怖い。」
……。
皆、臆病なんだ。
本当に本当にささないなことで、不安になる。
女の子ってそうな風に思うものなのか。
「私。サッカーの代わりになんて、なれない。」
彼氏の気持ちがわからなくなって、反対の態度をとってしまう、麗夕さん。
彼氏の気持ちが変わってしまうのを恐れる、茉亜歩さん。
「茉亜歩さん。そういうの、誰でも持っている気持ちだと思うんです。両思いで付き合っていたって、相手の気持ちがわからなくなったりしちゃうし。でも、それを恐れていたら人を好きになんて、なれませんよ。」
それに、夜司輝は、茉亜歩さんを悲しませることなんてしません。
ムリしてサッカーの代わりになろうなんて、考える必要ないんです。
無言で聞いてくれる、茉亜歩さん。
「そりゃ、俺だってサッカー誰より好きって自信あります。でも、好きなコのためなら、試合すっぽかしますよ。……なんて。」
失笑で、茉亜歩さんのボブヘアが揺れた。
「あ、こーゆー発言はいけませんね。」
し な ほ
「ありがとう。でも、いくら紫南帆ちゃんのためでも明日の試合はすっぽかさないでね。」
「あ、たはは……はい。」
頭を掻いた。
「自信がなんかったの。なんで私なんか……って。でも私、夜司輝が好きなの。」
はっきり口にした。
もう、大丈夫ですよね。
よかったな、夜司輝。
じゅみ
「もしかして、飛鳥くんの悩みって尉折くんと樹緑ちゃんのこと?」
しばらく間があって、茉亜歩さんが考えるそぶりをみせ、上目遣いで俺を見た。
ずばり当てられてしまったので、相談することにした。
「そっか。樹緑ちゃんもなんとなく、元気なかったし。」
「檜、気がついてるってことですか?」
首をかしげて、わからないと意思表示。
「でも、これは当人同士の問題っていうか。」
「はい。尉折の気持ちがはっきりしてないですから。」
悩んでも一向に解決しない、と俺たちはしかたなく憂いながらも床につくことにした。
茉亜歩さんは、自分の悩みは解決してくれたのに、ごめん。と言い残した。
はあ。
尉折の奴、大丈夫だろうか。
「せんぱい。」
「……流雲。」
いつの間にか、流雲の姿。
一礼をして――、
「ありがとうございました。夜司輝、よろこびます。」
聞いていたことを謝り、もう一度礼をした。
「え。俺なんもしてないよ。」
「やっぱ、修行不足っすねー。女の子ナンパするのは先輩よりうまいんですけどね。」
とウインク。
はいはい。
流雲ははにかんで、俺の隣に腰掛けた。
「去年の夏。俺たち初めて茉亜歩さんに会ったんです。あんとき悲しそうな顔してました。梧せんぱいでしたっけ、言われた後だったのかもしれません。」
天井を仰いで――、
「でも、やーっと夜司輝の思いが通じた!1年と4ヶ月!」
自分のことのように喜ぶ。
……流雲。
さらに俺に礼をいって、人さし指を掲げた。
「でも、尉折せんぱい。あれでしょ、モアさん。」
「え。何で?」
切り替え早く、しかもずばりと言い当てた流雲は、得意げな顔。
「わっかりますよ。俺、感いいですからぁ。」
声高々という。
「でも、やっぱ本気じゃないなら樹緑先輩と別れたほうがいいですよ。」
「え……。」
「だって、かわいそうじゃないですか。樹緑せんぱい。彼氏が他の女の子に興味もってるなんて。」
意外とまじめに口にした。
檜は自分だけを見てほしいタイプだから。と、付け加える。
うん、的を得てると思う。
でも、別れてほしくはない。
「酷ですけど、尉折先輩の問題ですから。それで僕たちがナーバースになってたらだめですよね。明日は、試合。目の前のこと、ですよね。」
「そうだよな。」
わかってる。
俺たちが口を挟める問題ではない。
尉折、まずは明日の試合一緒に頑張ろうな。
布団にうずくまって、寝ているのか寝ていないのか。
そんな尉折の背に、心の中で呟いた――……。
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