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てだか
「おい豊違ぁ――!!」
夕食も終わった宿舎に、大きな声が響いた。
「シケた顔してんじゃねーぞ!てめぇ、そんなんで優勝なんか狙えると思ってんのかぁ!!なめてんじゃねーぞ!!」
突然の大声と罵声に皆が振りかぶった。
わしは れつか
鹿児島の鷲派 烈火。
いおる
俺たちの前に仁王立ちで現れ、尉折を目指して、上がりこんできた。
「どんだけチームに迷惑かけてると思ってんだ!たかがそんくれーで揺れてる奴に負けたなんてなぁ、鷲派 烈火様の名が廃るじゃねーかよ!!あ――?聞いてんのかぁ?」
罵詈雑言吐く鷲派だが、心に込められた優しさは伝わってきた。
尉折は立ち上がって――、
「たかがだと?お前に俺の気持ち、わかんのかよ!!」
胸座をつかみ上げる尉折。
「んだよ、元気あんじゃねーか。何で悩んでるかなんて知らねーよ。てめーの気持ちなんぞわかるかぁ!!だけどなあ――!!!」
――優勝は、てめぇのためだけに、あるんじゃねーんだからな!!!
鷲派……。
尉折が腕を緩めた。
「尉折。皆で、皆で優勝しようよ。悔いのない試合をしよう。」
な、尉折。
しらき
「俺、白木に告白する。」
ちがや
茅さんが口火を切った。
「ずっと、側にいてくれたから、俺は今まで辛くても耐えてこれた。白木の笑顔がすげー元気をくれたんだ。白木がいなかったら、今の俺はここにいない。」
マジメな面持ちの茅さんに、皆、黙って聞いていた。
かささぎ
「俺も、鵲にいうよ。」
えだち
徭さんも茅さんに触発されるように呟いた。
「振られてもいい。正直にいうよ。こんなモヤモヤした気持ち抱いてるより、きっぱり振られたほうがいい。」
茅さん、徭さん。
皆の前で告白した2人。
いぶき
「な、尉折。前向きに行こうよ。檜に自分の正直な気持ちをちゃんと伝えなよ。」
一時的な感情かもしれない。
前に思いを寄せていた人があわられて、気持ちが揺れてしまっただけかもしれない。
いつも側にいたのは檜だろ。
いつも、ずっと近い位置で尉折を支えてくれたのは、檜じゃないか。
俺は、尉折の手に檜が投げたリングを握らせた。
焦らなくてもいいよ、ゆっくり。
前に進もう。
「ごめんなさい。……ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした。」
深く、深く頭を下げた尉折。
皆も笑顔で迎えてくれた。
「……俺ぁ、こんなことゆーためにきたわけじゃねんだよ。」
鷲派の声に後ろから振り上げられた拳。
「いつまでもでかい態度とってるな。……すみません。急に。」
――皆でおせっかいやきにきたんです。
のぶし
延施さんの声に、なんと。
けおと ほのか
華音さん、ねいろさん、仄さん。
にのみち おもね
二導さん、阿さん。
とうみ つ ぎ ら ひらね
そして、北海道の凍未さん、津吉良さん、片根さん。
くりま
栗馬までもが集結。
「静岡のビデオを持ってきたんです。お役に立てたらと思いまして。」
……すごいや。
俺たちのために、こんなにいっぱいの戦友が脚を運んでくれた。
そして、皆を招きいれ、大部屋でミーティングが始まった。
「静岡には秘密兵器がある。」
そういって凍未さん。
秘密兵器……。
ビデオ再生までの数秒、俺たちは固唾を呑んだ。
ここに集まってくれた戦友。
北海道の凍未さん、津吉良さん、片根さん。
そして愛知の華音さん。
徳島の二導さん、阿さん。
この6人は、実際に静岡と戦ったことのある人たち。
肌で静岡の強さを感じた人たちだ。
そんな人たちのアドバイスが、俺たちのプラスにならないわけがない。
「静岡は、攻撃はもちろん守備にも隙がないチームだ。勝算があっても決して手を緩めない。」
「そこが嫌味で、ヤなとこだな。」
凍未さんの言葉に、片根さん。
「そして――、秘密兵器。」
秘密兵器、何なんだそれは。
皆、ビデオに注目。
う き や
「奴らの一種のショーみたいなもんだよ。去年の冬、うちにはまだ羽喜夜がいなくて4-3-3システムをとってたときのだ。……ベスト8まではいったんだけどね。」
津吉良さんが苦笑い。
ビデオでは、1年前の北海道対静岡の模様。
「これが、静岡の秘密兵器、鉄壁の守備。」
――!!!
「こ、これは……。」
「エイトバックシステム――!!!」
エイトバックシステム。
文字通り、8人のバックスのシステムだ。
はくあ きずつ するが すみなり
「そう、前線の2人は穿和 創と駿牙 速晴。2年にもかかわらず、既にチームの要だ。そして、この2人がいるからこそ、こんな大胆なシステムがとれる。」
準決勝は途中で俺たち退散した。
そのあとの追加点。
そして、今までの高得点。
すべて、この秘密兵器が……?
唾を飲み込んだ。
普通、バックスに8人も置いたら、前線の2人で得点をとれるはずないんだ。
けれど、この2人にはそれが、できる……。
「高校レベルなんて、とっくに超えてるからな、この2人は。」
……勝ち目が、このチームに死角があるのだろうか。
かつおぎ えにし
「キーパーの喝荻 縁を中心にV字に並ぶバックス。中央突破はまずムリだ。」
「ボールを中へ入れようとすればするほど、からまわりする。簡単に中へは入れさせてくれない。」
「そして、むやみに突っ込むとインターセプト。そして、カウンター。」
凍未さんたち、6人が淡々と経験を語ってくれる。
皆、沈黙。
「俺たち、5対0で負けてたってのに、エイトバックシステムに切り替えて8対0。完敗だったよ。1点もとれなかったんだ。」
北海道の人たちが頷いた。
1点。
とても大きな得点に思えた。
「これをお前らに克服してもらわねーと、困んだよ!俺様が静岡より弱ぇーってことになっちまうからな!!」
鷲派の言葉にすかさず、延施さんが頭を殴る。
……。
そうだよな……これを破らないと勝ち目はない。
「今まで静岡って負けたことないんですかあ?」
るも
溜息まじりで流雲がいって、破る方法教えてください。と、華音さんに甘える。
「そうはいっても。俺の知ってる限りでは、無失点、無得点だよ。」
困った顔で流雲の頭を撫でる、華音さん。
「でも、このビデオと今のメンバーって替わってますよね。」
夜司輝が神妙な顔つきで食い入るようにビデオを見た。
もちろん、穿和さんと駿牙さん、喝荻さんはのぞいて。と、細い顎に手を添える。
「でも、どんなシステムにも必ず、穴はある。」
――破る方法はあるハズだ。
ねいろさんの力強い言葉。
そして、戦友の温かい気持ちを胸に、俺たちは練習に励む。
「おら――!!気合いれろ!!時間は待っちゃくれねーぞ!」
試合当日。
朝からの激しい練習。
皆、汗を流しっぱなしで、ひたすらボールを追いかける。
でも。
でも、不安がよぎる。
普通の練習をしていていいのか?
あの、エイトバックシステムを、破れるのだろうか。
一体どうしたら……。
あすか
「飛鳥いったぞ!」
「あ、すみません。」
転がっていくボールを追いかけて、グラウンドの入り口。
「気持ち負けしてどーすんだよ。」
ボールをつかんで、見上げる。
「栗馬……。」
だぼだぼのハーフパンツにパーカを着た、栗馬の姿。
「おはよ。」
凍未さんに津吉良さん、そして片根さん。
私服の4人。
「遅れちゃったかな。おはよう。」
「華音さんたちも……どうして……。」
昨日、宿舎に集まってくれた戦友たちが、再び集結。
「やっぱ、俺様の力が必要だろ、ハーハッハッハ!!!おう!豊違、生き返ったかよ!!」
「人をゾンビみたいにいうな!」
鷲派の言葉にいつもの尉折。
そして、津吉良さんが耳打ち。
「いうなっていわれてたんだけど、昨日も今日も、言い出したのは羽喜夜なんだぜ。」
……栗馬。
そっぽをむいて背をそらす、栗馬。
なんだか、熱いものがこみ上げてきた。
ありがとう。
二導さんも阿さんも皆、笑顔。
11人もの戦友が、俺たちの為に――、
「さー試合やんぞ!!かかってきやがれ!!」
鷲派のでかい声でキック・オフ。
「えーこのチームでやんのぉ――!!」
流雲の素っ頓狂な声に、これでも足りないくらいだ。と、華音さん。
そして、練習試合、開始。
「最初からエイトバックシステム――!!」
GKの仄さん。
ツートップの二導さん、阿さん。
そして、仄さんを中心に、V字型のバックス。
Rの凍未さん、Lの栗馬。
片根さん、津吉良さん。
延施さん、鷲派。
ねいろさんに華音さん。
綺麗なエイトバックシステムを奏でる。
俺たちのために。
いや、皆のために。
全国高校サッカー選手権大会、優勝を目指して。
1月8日、午後2時。
皆の熱い思いを胸に、俺たちは決勝戦、静岡との戦いに挑む――……。
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