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<満員の国立競技場。全国高校サッカー選手権大会、決勝戦。今日、その頂点を極めるチームが決定します。応援にも熱が入っています――!!>
学校の友人たちも皆、駆けつけてくれた。
声援を送ってくれる。
し な ほ みたか
もちろん、紫南帆と紊駕も。
両親たちも。
はくあ
「穿和さん……。」
試合前の数分。
俺は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「僕のこと、知っていたのですか?」
初めて、俺は穿和さんと会ったとき。
優勝旗を掲げていた穿和さん。
あすか きさし
――飛鳥 葵矩。
俺を知っている風だった。
穿和さんは、さわやかな笑みを見せて――、
「知ってたよ。きっと、大物になるって言ってた。その通りだと、俺も思った。」
……?
・ ・ ・ ・ きずつ
「そろそろ種明かししてやれよ、創。」
するが
うしろから駿牙さんが、穿和さんに寄りかかるようにして、腕を肩にのせていたずらな笑みをみせる。
穿和さんはもう一度、柔らかく微笑む。
あおぎり かむろ
「梧 神祖さん。俺の兄の友人なんだ。」
……。
駿牙さんが、そういうこと。と、俺に目配せをする。
「すごく、ほめてたよ。俺によく飛鳥の話をしてくれた。」
そういえば、梧先輩、静岡の大学にいるって……。
穿和さんは相変わらず、紳士的な笑みと洗練された言葉で、俺のことを褒めてくれた。
絶対に全国にでる奴だ。そう梧先輩が言っていたという。
すごく、嬉しい言葉だった。
俺を認めてくれる言葉。
「正々堂々、勝負しような。」
「はい。」
俺は、穿和さんと握手を交わした。
そして、俺たち、満員の国立競技場へ。
冬空を駆け出した。
決勝。
さあ、決勝戦だ――!!
<選手の皆、グラウンドへでてきました、すごい声援です。さあ、これからアップに入るところ。では、今までの成績と、そして、スターティングメンバーの紹介をしましょう。>
歓声が耳元をつんざく。
太陽の日差しが力強く俺たちを包む。
とうとうここまできた。
最終戦。
頑張るぞ!!
<前回、前々回そのまた前回。去年は夏冬の大会を制覇。そして、今年も狙っています、静岡県代表、S高校。圧倒的な強さで勝ち進んできた、今大会。>
静岡県代表S高校。
第1回戦、対東京A代表T高校、7対0。
第2回戦、対大阪府代表H高校、11対0。
第3回戦、対山梨県代表T高校、10対0。
そして、第4回戦、対山形県代表N高校、9対0。
<高得点、無失点で勝ち続けています。通算37得点、これは大会新記録。その21点を叩き出したのがサッカーの申し子、穿和 創。キャプテン、ミッドフィルダー、エースナンバーをつけています。>
はくあ きずつ
穿和 創さん。
あの競争率の高い静岡S高校で1年からレギュラー。
既に要の役目。
この人が来てからの静岡S高は、敗北の2文字はない。
するが すみなり
右腕の駿牙 速晴さん。
センターフォワード。
スマートで俊敏な動き。
穿和さんとのコンビネーションは右に出るものはいない。
かつおぎ えにし
そして、ゴールキーパーの喝荻 縁さん。
今まで無失点。
柔軟さはもちろん俊敏さもかねそろえた、大型ディフェンス。
「飛鳥――!!俺たちとの練習試合、思い出せよ!」
「ガンバレー!」
「ファイト!」
華音さんたち、戦友も皆、駆けつけてくれた。
俺たちの持っている全ての力。
出し切るときがきたんだ。
決勝戦――!!
<今、運命のホイッスルが青空の下、鳴り響きました――!!>
風をきって走る。
ひたすらボールを追う。
今まで、ずっと苦しい練習に耐えてきた。
辛いこともあった。
<では、続いて神奈川県代表S高校の解説に移ります。>
でも、それ以上に楽しいこと、嬉しいことがたくさんあった。
いつの間にか、サッカーなしじゃ俺の生きてきたこの17年間、語れなくなっていた。
サッカーを通して、色々なことを感じ、そして学んだ。
「飛鳥!」
仲間との信頼関係や戦友との出会い。
俺は今、サッカーの喜びを体いっぱい感じている。
あすか きさし
<初出場の神奈川S高校。エースストライカーの飛鳥 葵矩のハットトリックで徳島県代表T高校を下します。全国初でのハットトリック、将来が楽しみな選手です。なんといっても、元気溢れるガッツポーズが印象的でこちらまでわくわくしてきます。そして、愛知県代表、H高校を2対1で破り、鹿児島県代表、K高校との試合、1対0でベスト4。さらに、快勝続けの北海道U高校を2対1で破り、決勝進出を果たしています。>
<荒削りなチームではありますが、何かをしてくれる期待感といますか、見ていてとても楽しい試合をしてくれますね。>
えだち みま
<では、スターティングメンバーの紹介です。3年、キャプテンキーパーの徭 神馬。 背番号1番。チームをまとめるにはもってこいの逸材。的確な指示はもちろん、1対1に強い男です。
ねむら ほせ
いなはら ちがや
DFのL根群 輔世。2番、3年生。194センチと大柄。パワー溢れるDF。DFのLC、稲原 茅。4番、3年生。細い体からは想像できぬパワーとガッツを持ち合わせています。
も ま り ねや くるせ ぬえと
DFのRC、最万里 閨。3番、3年生。キープ力、カット力は最強です。DFのR、来瀬 鵺渡。5番、3年生。シュートコースシャット・アウトはピカ一。
ちたか よみす たしな もりあ
オフェンス陣、両ウィングをつとめるのは、8番、Lに知鷹 嘉と9番、Rに窘 壮鴉。2人とも100メートル11秒フラットという俊足。愛知との試合でも承認済みの3年名コンビ。
ふかざ るも ほしな や し き
中盤はなんと、1年生コンビ。LLに7番、吹風 流雲とRLに6番、星等 夜司輝。2人とも日は浅いが、将来性はたっぷり内に秘めています。小柄ながら、ボールコントロールはなかなかのもの。
てだか いおる
そして、トップ、2年生Lの11番、豊違 尉折。センタリングコントロールはずば抜けています。そして、神奈川のセンターフォワード、エースストライカーは、もちろんこの人、2年生、飛鳥 葵矩。ガッツ溢れる豪快なシュートと笑顔が印象的なムードメーカー。豊違とのアイコンタクトは抜群です。
さあ、静岡相手にどういった試合をみせてくれるのか――!!>
前半15分。
0対0。
まだ、俺たちは1点も入れていない。
でも、それは静岡も同じ。
「尉折!」
俺たちの攻撃。
伊達に何度も優勝していない。
今まで闘ったどのチームよりも隙がなく、なかなかチャンスを奪えない。
速いチェック、巧みなフェイント。
広い視野。
穿和さんだけじゃなく、全員のレベルが高い。
俺たちは、必死で闘っていた。
そして――、
<前半終了のホイッスルだ――!0対0均衡を保ったままハーフタイムを迎えます。>
既に、俺たちの息は上がっていた。
頭から顔、首筋へ止め処なく流れる汗。
「よく、守ってる。この調子でいこう。前半1点も許していないなんて、表彰ものだ!」
徭さんの激励。
先生も笑顔で労ってくれる。
でも、勝ちたい。
守ってるだけじゃ、勝てないんだ。
ここまできたんだ。
俺には、穿和さんたちが全力で戦っているとは思えない。
余力を残している風にしか、思えない。
<さ、後半開始。静岡、少し勢いがないようにも思えるが、……あ――、あーっと。出ました!!>
静岡が一斉にポジションチェンジ。
でた。
<エイトバックシステムですね!>
「俺たちに1点も入れさせないってワケか。」
ゴール前に8人。
俺たちはにらめっこ状態。
周りを伺い、パスを出す。
でも、中へは入れない。
「時間がないのは向こうも同じ。何を考えてやがる。」
決勝に同点は、ない。
<さー、神奈川。静岡の鉄壁の守りにたじろうばかり。この守備は今だ破られていない。おっとカウンターだ!ポジションチェンジ!FWツートップの穿和にボールがわたった!!駿牙のフォロー。ものすごい勢い。先制なるか――!!神奈川ゴール一直線――!!>
後半17分。
1対0。
……重たい、1点。
エイトバックシステムの今、この1点は重い。
……俺たち、このまま負けるのか。
ここまできて、1点もとれずに、負けるのか?
同じ高校生なのに。
何も、違わないはずなのに。
日差しが暑い。
息が切れる。
もう、だめなのか――……。
ツラ
「葵矩!情けねぇ顔してんな!」
最前列。
紫南帆と紊駕。
みやつ う き あ
造さんに羽喜朝さん。
くりま とうみ つ ぎ ら ひらね
栗馬、凍未さん、津吉良さん、片根さん。
けおと ほのか
華音さん、ねいろさん、仄さん。
にのみち おもね
そして、二導さん、阿さん。
わしは のぶし
鷲派、延施さん……。
皆、最前列まで来てくれて、大きく手を振る。
大声で声援を送ってくれる。
「あきらめんなー!」
「がんばれー!」
「飛鳥!!」
こんなに、こんなにたくさんの人たちが。
俺たちのために。
俺のために。
そうだよ。
俺が負けを確信してたんじゃ、何もならないじゃないか。
はなからあきらめてちゃ……。
まだ、1点なんだ。
まだ、1点なんだ!!
「飛鳥先輩!わかりました、エイトバックシステムの弱点が――!!」
<神奈川、タイムをとるようです。点は動きませんが、内容の濃い試合。>
<ここは、しっかり態勢を整えてから、臨みたいところですね。>
「本当なのか、夜司輝!」
皆、ベンチで夜司輝を囲んだ。
「はい、あまり時間がないんで、手短に話します。」
夜司輝は、そういいながらも解りやすく丁寧に、説明した。
エイトバックシステムと通常の4-3-3システムのメンバー構成の違い。
エイトバックシステムの時のメンバーは、巧みなパス、カット、そしてコントロール、身のこなし。
全てをかねそろえたプレイヤー。
それが、8人。
「そして、その8人はキーパーを除いて、皆、身長が低い。」
皆、夜司輝の言葉に、顔を見合わせた。
「夜司輝よくやった!!」
「よっしゃ!」
――ポジション・チェンジだ!!
<おっと、どうしたことか、神奈川ポジションチェンジだ。ウィングの知鷹と窘をトップへあげ、飛鳥を下げます。>
背の低いプレイヤー。
自分もそうだから、よくわかるんです。
――空中で揺さぶられたら、負けです。
夜司輝の言葉。
なんて、頭がいいんだろう。
俺たちは、あのバックスを揺さぶるために、高さで押し込む作戦を取った。
トップに長身の嘉さんと壮鴉さん。
そしてウィングに俺と尉折。
LLとLRには流雲と夜司輝とチェンジした、輔世さん、鵺渡さん。
総入れ替え。
「まさか。速晴っ!戻れ!」
<神奈川、ダイレクト、ヘディングでパスを通してきます。静岡、神奈川の高さに勝てない!崩れていく、エイトバックシステム!!!>
無失点記録、止めさせてもらいます。
ゴール、割ってみせます!!
「飛鳥――!!」
<空中戦から急落下のセンタリング、むかえるのは、やはり飛鳥!シュート体勢!!>
低いボール、落下点を予想して――、
「いっけ――!!!」
<……――き、決まったぁ!!!静岡S高校の無失点記録、見事な飛鳥のシュートによって破られました!鉄壁の壁といわれたエイトバックシステムが、まさに、今。1対1。同点です――!!!>
「やったあぁぁぁ!!飛鳥!!」
「あすかせんぱい!!」
やったぞ!これで、振り出しだ!!
<ここで、後半終了のホイッスルだ――!延長戦に突入します!!>
<決勝だけは例外で、Vゴール方式をとります。>
決勝戦だけの
※特別ルール、15分Vゴール方式の延長戦。
※1994年現在
先に点を入れたほうが、優勝。
「よくやってるよ、俺たち。あの静岡に同点だぜ。ここまできたら勝とう!」
「勝とうぜ!皆!!」
「おー!!」
<かつてない盛り上がり、さ、いよいよ延長戦が始まります、大詰めです、キック・オフ!>
<先に点をいれなければ勝てません。焦らずしかし急がなくてはならない。>
気がつけば、誰もが手に汗を握っていた。
選手も観客も、空も風も、太陽も、皆一つになるのを感じていた。
フィールドを泥にまみれ、汗にまみれ走る。
ボールを追って、ゴールを目指す。
そんな皆は、見えない絆で結ばれているような気がした。
一緒に感動して、涙を流して。
喜んで、笑って。
苦しいときも、楽しいときも。
悲しいときも、嬉しいときも。
一人じゃないから乗り越えてこれた。
見えない絆で結ばれて、人間は生きてる。
皆にささえられて、人間は生きている。
一人をささえて、人間は生きている。
<穿和 創、ゴールへ向かいます!>
紫南帆がいるから、紊駕がいるから、俺は頑張れる。
尉折だってそうだろ。
いぶき
檜がいるから。
夜司輝だってそうだろ。
ま あ ほ
茉亜歩さんがいるから。
栗馬だってそうだろ。
れゆ
麗夕さんがいるから。
茅さんだって、徭さんだって。
皆、人間は誰かがいるから頑張れるんだ。
精一杯の力を出せる。
結果じゃなくて、過程が大事だっていえる。
<試合終了――!!1対1。Vゴールの末に優勝、静岡県代表S高校!!>
「ありがとうございました――!!」
――……俺たちの、冬が終わった。
長いようで短かった9日間。
短いようで長かった9日間。
いろいろなことがあった。
忘れられない、9日間が、今、幕を閉じた。
「飛鳥ちゃん。」
紫南帆も紊駕も。
皆、近くまで来てくれた。
「葵矩っ。泣いてんじゃねーよ。」
気がゆるんだのか、涙がこぼれてきた。
俺は、紊駕の力強い腕に引かれて、肩をかりて、泣いた。
<今大会も静岡が制しました。しかし、静岡をここまでよく苦しめた神奈川。栄誉を称えたいと思います。そして、全てのチームに。いい試合をありがとう。>
国立競技場を、歓声とすすり泣き、激励が包む。
「ほら、並んでこい。」
「うん。」
紊駕が俺の背中を優しく押した。
表彰式、閉会式。
俺たちの胸に銀メダル煌いた。
「高校生活、最後の大会。最高の試合でした。まだまだ強いチームはたくさんあります。もっともっと練習して、巧くなりたいと思います。ありがとうございました。」
穿和さんの言葉に大きな拍手。
「まだ、来年がある。卒業してからでも遅くない。」
「はい。何度でもチャレンジします。そのときは……覚悟しておいてくださいね、穿和さん。」
堅い握手を交わす。
負けてしまったけど、悔いはない。
すごく、いい試合だった。
なんだか、とても気分がいい。
「あすかせんぱぁーい。」
「流雲、もう泣くな。」
皆、涙目を隠せず、目頭をぬぐっていた。
先輩たちも、いい試合だった。と、笑顔。
マネージャーたちも、俺たちを笑顔で労ってくれた。
「感動をありがとう。」
観客席は拍手が鳴り止まない。
皆、一緒に闘ったんだ。
<今大会の優秀選手30人選出に移ります。合宿をへて上位20名が日本高校選抜としてドイツで行われる国際ユース大会に出場が決まっています。>
負けても、いい試合だったといえる。
結果じゃないから。
どれだけ自分は頑張れたか、俺はそれを評価したい。
「いい試合だったよ。」
「また何度でもやればいい。」
華音さんたち。
「後輩たちに望みをたくそう。」
「だな。」
凍未さんたち。
「飛鳥、忘れるなよ。」
「そうだぜ、今度はプロでもう一度。」
闘おう。
二導さんに阿さん。
「烈火、来年も頑張れよ!」
「あったりまえっすよ。豊違、次は負けねーからな!」
「おう!」
延施さんに鷲派。
戦友たちも皆、笑顔。
いろいろなこと、経験した、この9日間。
絶対忘れない。
たくさんの戦友との出会い。
皆の熱い思い。
絶対――……。
<FW、神奈川県代表S高校、2年、飛鳥 葵矩。>
「あすかせんぱーい!!」
「やったじゃんか、ドイツだぜー!!」
「おめでとう!!」
今日より明日。
明日がずっといい日でありますように!!
前向きにいこう。
俺は、少し強くなった気がしていた。
この大会を経て、学んだことの全てを、明日へ――……。
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