TOMORROW
Stage 5 ―Tomorrow―
1/2////あとがき

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  <1月7日、冬晴れに恵まれた、ここ国立競技場。全国高校サッカー選手権大会、決勝進出をかけた戦いが幕を開けようとしています。>

憧れだった、国立。
抜けるような青空の下。
俺たちはついにこの舞台に立った。

  「すげー人だらけ。」

  「立ち見までいる。やばい、緊張してきた。」

  「さっすが国立。」

皆、口々に言って、観客席に腰下ろした。

  <第1試合、今選手がフィールドへあがってきました。割れんばかりの歓声!!>

俺たちは、第2試合目。
静岡と山形のこの試合を少し見学して、北海道との試合に臨む。
はくあ          するが        かつおぎ
穿和さん、駿牙さん、喝荻さんの動きをこの目に焼き付けておこう。
強豪静岡、高校サッカーの頂点を極めたチーム。
そして、間違いなくその原動力になった3人。

ホイッスルが鳴り響いた。

  <ゴ、ゴール!!静岡、得意の速攻。前半始まって、な、なんと30秒!!おそらく前代未聞の先制点でしょう。1対0。早くも山形リードを許しました。>

  「すっげー。」

  「見たかよ、今の。完全にキーパーの動きをよみとってたぜ。」

すごい。
これまでのハイスコアがうなずける。
機敏で無駄のない動き。
目が全身についているかのような、広い視野。
一人一人が高校生レベルではない。

  「静岡は県ぐるみでサッカーやってるようなもんだもんな。」
よみす
嘉さんがしみじみと呟いた。

  「ああ、小学校でほとんど基礎を教え込まれるっていうからな。」

サッカー王国、静岡。
そのすごさを俺は目の当たりにした。
                   はくあ    きずつ
  <前半20分。キャプテンMF穿和 創のハットトリック!!!この大会の得点王、通算16得点その他アシストが7得点。大会新記録です。おそらく高校一のミッドフィルダー、穿和 創!!>

さわやかな穿和さんのガッツポーズ。
すごい人だ、やっぱり。

前半で6対0。
準決勝だっていうのに。
山形の攻撃のチャンスが全くない。
静岡のエリアに一度も入れてないんだ。

  「さ、練習だ。」
えだち
徭さんが立ち上がった。
皆もそれに倣った。
もう、山形に勝算はない。

いくら先がわからないサッカーの試合でも。
後半で6点を返すのは、今までの経験からしても無理だ。
山形ももうあきらめ気味。
やっぱり静岡は、強い。
           し な ほ     みたか
スタンドを出ると、紫南帆と紊駕の姿。
ここまで、来てくれたんだ。
紫南帆は、テレビを見た、といって、恥ずかしがった俺を激励してくれた。
少しの間、話しをして――、
   あすか   きさし
  「飛鳥 葵矩――!!」

あきらかに、敵意のこもった声だった。
   くりま
  「栗馬。」

ゆっくり俺に歩み寄ってきて、強かに怒った口調で、ガン飛ばした。
       れゆ
  「お前、麗夕によけーなコトゆってんなよ。」

無言の俺に、シカトすんなよ。と、もう一度にらみなおす。
皆いるスタンドの入り口。
   う き や
  「羽喜夜、何やってんだよ!」

北海道のチームと鉢合わせ。
う き あ           みやつ
羽喜朝さんと造さんも一緒だ。
そんな皆の前でも、その態度は崩さずに――、

  「黙ってろよ。こいつ、知ったかこいて、えらそーな口たたいてんじゃねーよ!おい!何か言ってみろよ!」

栗馬は俺の胸座をつかみ上げた。

  「やめろ!羽喜夜!」

  「るせーな!ムカツクんだよ、てめーヒトの恋愛にぐだぐだいってんなよ!!」

  「っだったら。……だったら自分でちゃんとケリつけろよ!」

俺は胸座をつかんでいる栗馬の腕をつかんだ。
少し、頭に血が上ってたかもしれない。

  「彼女、悲しませるようなことするなよ。いい加減な態度とってないで、ちゃんと意思表示してあげろよ!」

  「んだと、てめー!!」

  「羽喜夜!やめろっていってんのが聞こえないのか!!!」

殴りかけた栗馬の腕を凍未さんが取った。
その凍未さんを思いっきりにらんで、こいつの味方をするのか。と、俺をにらむ。

  「そうじゃない。麗夕の気持ちも考えてやれってことだ。」

  「羽喜夜、麗夕のやつ、苦しんでるよ。」
つ ぎ ら
津吉良さんが静かに言った。

  「お前だって、本当は好きなんだろ。」

  「るせーよ!んなトコでゆってんじゃねーよ!」
ひらね
片根さんの言葉を遮る。
そして、こんな公衆の面前で――、

  「あいつはなーそんな女じゃねーんだよ。逆ナンはするし、苦しんでるって?そんなのにこだわる女じゃねーよ!!」

その言葉にガマンがならなかった。
腹が立った。

  「一番こだわってるのは、君じゃないか!!」

俺は大声を張り上げた。
皆、注視する。

  「一番こだわってるの、君なんじゃないの?年の差とか、身長差とか、全部。彼女、麗夕さんは、君が思ってるほど強い女の子じゃないよ!そんなの、わかってるはずじゃないか!どうして、虚勢張るみたいに、そんな言い方するんだよ。そんなんじゃ、麗夕さん、君の気持ちわからなくなるの、当たり前だよ!!」

許せなかった。
虚勢張るのはわからなくもない。
恥ずかしさからでたものなら。
でも違う。
あきらかに、栗馬のは、麗夕さんを悲しませている、傷つけてる。
それじゃ、いつまでたってもすれ違いだよ。
2人の気持ち、通じないよ。

  「羽喜夜、お前、麗夕のこと好きじゃないのか?」

静かに凍未さんが言ったところで、奥から麗夕さんが現れた。
この状況にたじろうような感じで立ち止まった。

  「……だったら?俺が、麗夕のことなんとも思ってないっつったら何なんだよ。」

栗馬……。
麗夕さんが、自分のことが話題にされていることに気付く。

  「俺が幸せにする。」

……。
凍未さん、きっぱりと口にした。

――俺が、麗夕を幸せにする。
              ろうと
  「……な、何だよ。浪冬、麗夕のこと、すきなわけ?」

うわついた、すこしからかう口調の栗馬。

  「好きだよ。ずっと、俺は麗夕のことが好きだ。」

真剣な顔つきに、栗馬は言葉を詰まらせた。

  「だよね、羽喜夜がその程度の気持ちじゃ、浮かばれないよな、浪冬。」
   このえ
  「此衣、黙って。」

津吉良さんが、片根さんを止めて――、

  「素直になれよ、羽喜夜。」

  「俺ができるのなら麗夕を幸せにしたい。でもできない。わかるだろ。お前にしかできないんだ。」

凍未さんがせつない瞳で、栗馬を貫いた。
栗馬は唇を強かにかみ締めて、うつむいた。
少しの沈黙があって、凍未さんが俺たちに頭を下げた。
静かに、退散する。

  「おせっかいだな。」

紊駕が隣で呟いた。

  「紊駕でもそうしたと思うけど。」

やりかたは違うだろうけどね。
紊駕は口元を跳ね上げて笑った。
そして、俺たちは、再び練習に向かった――……。


  <準決勝、第2試合、いよいよキック・オフ。明日の決勝戦で静岡と戦うのは快勝し続けている北海道か、初出場の神奈川か!>

穿和さんたち、静岡は、あの後3点追加点、9対0で決勝進出。
肺いっぱいに空気を吸った。
北海道はベストコンディション。
   いおる
  「尉折、今は試合のことを考えよう。それからゆっくり考えようよ。」

  「……悪い。うん、わかってる。」

尉折の背中を叩く。
そしてキック・オフ。
あと1つで決勝なんだ、負けたくない!!!

  <決勝進出をかけた、第2試合。満員の国立競技場で今キック・オフ。>

見ててくれ、紫南帆、紊駕。
絶対勝ってみせる!

  <既に決勝進出を決めた、静岡も観戦にきていますね。>

観客席、青のジャージの穿和さんたち。
静岡と交えたい。
やっとここまできたんだ。


北海道の攻撃が中央から来た。
凍未さんのワントップ。
そして、サイドに津吉良さんと片根さん。
スイーパーに栗馬。
5-4-1システム。
Jリーグマリノスと同じシステム。
俗に西欧スタイルと称されている。
長い縦パスを多用する、西欧スタイル。
守りを固め、カウンターで一気に攻める。

確かに、兵庫との試合、速攻が多かったように思える。
でも、問題はディフェンスだ。
あの試合では、ディフェンスの攻撃は見られなかった。
栗馬が気になる。
いっちゃなんだけど、背の低い栗馬がスイーパーなんて。
スイーパーはいわゆる最終の最終ライン。
ディフェンスの4人が抜かれても、スイーパーがいる。
スルーパスをシャットアウトするポジションでもある。
あ、スルーパスっていうのは、敵のバック・ラインの後ろに出すパス。
スイーパーがいると、スルーパスを出しにくい。

でも、どんなシステムにも穴はあって、方法を誤るとスルーパスを出して、オフサイドなし。
相手に有利な態勢にもしかねない。
それを防ぐことが、あいつにできる……ってことか。
身長差で空中戦は劣るだろう。
リーチの差だって。
どうしてあいつがスイーパーなんだ。

  「飛鳥!くるぞ。」

  「はい」

凍未さん、は、速い!!
フェイントの速さに翻弄される。
                                                 とうみ   ろうと
  <北海道、速攻鮮やかなフェイント、ドリブル、見せます、キャプテン11番!凍未 浪冬!>

そうだ。
凍未さんは、11番。
10番、エースナンバーは、栗馬なんだ。
ディフェンスの栗馬が10番。
何かある。

  「飛鳥、さっきはありがとう。」

俺の前でスピードを止めて、凍未さん。

  「いえ……。」

  「でも――」

語尾を伸ばして、

  「試合は別もん、だよな。」

言い終える前にペースアップ。
やばい、抜かれる。
速い、本当に、ぐんぐんはなされていく。
でも、このスピードに誰が追いつけるって……。

  「なっ。」

守りに下がった俺の目に映ったのは、
くりま     う き や
栗馬 羽喜夜っ……?!

い、いつのまに、オーバーラップ?
あ、オーバーラップってのはバックのプレイヤーが前線に出て攻撃すること。

  <早いオーバーラップですね。>

  <ゴール!!見事なオーバーラップ、栗馬 羽喜夜、なんと1年生です。1年で北海道のエースナンバーを背負っています!!>

気付かなかった。
いつ上がってきたんだ?
ずっと、ディフェンスラインを守ってたと思っていたのに。
俺たちは意表をつかれて、前半25分、1点を許してしまう。
1対0。

  「くっそ、いつ上がってきたあいつ。」

  「サイドがいやに下がってると思った。凍未一人じゃ何もできないって。裏をつかれた。」

先輩たち。
それにしても巧い。
尋常な速さじゃない。
俺だって気にかけていたのに、一瞬目を離したすきに……って感じだ。
涼しい顔をして栗馬はもとの位置に戻った。

  「ぼっとするな!いくぞ!」

徭さんからのロング・パス。

  「栗馬のオーバーラップ、要注意だ!」

でも、俺たちは――、

  <前半終了!1対0。北海道リードでハーフタイムを迎えます。>


  「どーなってんだ、いったい。5-4-1システム?笑えるぜ。あの栗馬とかゆースイーパー。好き勝手動きやがって!」

オーバーラップをしてくる栗馬を誰も止められなかった。
ゴール前混戦がしきりに続いて、守りに徹する他なく、からくも1対0で逃れたという感じ。

  「いちいちマークしてたら、こっちのフォーメーションが崩れる。」

縦パスを多用して栗馬にボールを集めていた。

  「何であのチビ、とめられないんだ。」

  「だいだい、スイーパーがFWに長居していいのかよ。」

FWに……。
ずっと考えていた。
何で、栗馬がスイーパーなのか。

  「そうだ、そうですよ徭さん!」

俺の言葉に皆が一斉に注目した。

  「あいつ、栗馬はスイーパーとは違う。FWのリベロなんですよ!」

おかしいと思ってた。
どうしてあんなに速いオーバーラップができるのか。

  「……リベロ?」

そう、バックスのリベロとしてオーバーラップしているのではなく、攻撃の軸になってるんだ。
それが栗馬。
だから10番、エースナンバー。

  「ってことは栗馬ってやつ、FWってことですよね、あすかせんぱい!」

  「たぶん。」

  「でも、あいつにあんなスタミナがあるってのか。縦横無尽に走り回る体力が、あの体に。」

確かに、リベロは並大抵のスタミナじゃつとまらない。
ディフェンスとオフェンスを駆け回るんだから。

  「じゃあ、どうしたら勝てるか。」

  「ゾーンディフェンスに切り替えるしかねーだろ。」

  「でも、いつあがってくるかわからない栗馬を、ずっと注意してたら他が手薄になりますよ。」

夜司輝の言葉に、流雲が人差し指を上げた。

  「じゃ、こっちからワナでもしかけちゃう?」

はめるんですよ、あの栗馬がオーバーラップするのを。と、いたずらな笑み。

――おとり作戦。

  「でも、それは賭けだよ。栗馬が前に上がってきて、フェイントも巧みで抜かれたら後がない。」

慎重派の夜司輝。
確かに。

  「じゃ、何か作戦ある?」

徭さんは、少し考えて顎に手を当てる。
                                      ちたか
  「夜司輝の意見も一理あるけど、一か八かやるしかないな。知鷹、栗馬が上がってきたら徹底マークたのむ。真っ向勝負ならお前の得意技だろ。」

  「O・K。」

嘉さんがうなづく。

  「それから、飛鳥。ひょっとしたら北海道は1点を守りに来るかもしれない。ロングでもなんでもいい。チャンスがあったらシュートしろ!」

――栗馬を引っ張り出せ。

  「はい。」
   ちがや
  「茅、ゆっくりでいい。前へ上がっていけ、敵をおびき寄せるんだ。」

  「おう。」

おとり作戦。
巧くいくだろうか――……。


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