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 1995年、秋。
 乾いた甲高い破裂音が、こじんまりとしたアパートの一室に響いた。
          じゅみ
  「おめでとう、樹緑。」
          いおる
  「おめでとう、尉折。」

 今日、9月1日。
    てだか   いおる
 俺、豊違 尉折。
            いぶき  じゅみ
 と、隣にいる彼女、檜 樹緑。
 の18歳の誕生日。
           ・  ・
 正確に言うと、仮の誕生日、だ。

  「じゃーん、樹緑ちゃん特製のバースデイケーキ。」

 口元をほころばせて、樹緑は台所からケーキを運んできた。
 生クリームたっぷりの丸いショートケーキ。
 イチゴもたくさんのっている。

  「すげぇーおいしそう!」

 手を出したら、まだダメだと、軽く叩かれる。
 樹緑は、そのケーキにそっとロウソクを立て始めた。
 太い1本を10歳と見立て、細いのを8本。
 そして、オレンジ色の火を灯す。

  「電気消すね。」

 声と共に、辺りが暗くなった。
 ロウソクの明かりでかろうじて見れる、かわいい樹緑の顔。

  「せーの。」

 二人で唇をロウソクに近づけ、息を吹きかけた。
 煙が風の向きを知らせ、辺りが再び暗くなる。
 みかねて――、

  「や、っちょ……尉折。」

 樹緑の少し戸惑ったかわいい声を、俺は抱きしめた。
 吐息が耳元で漏れる。

  「もう。こーゆーシチュエーションになると、すーぐ、本能だすんだから。」

 照れ隠しのように、語尾を強めて、優しく俺を自分から離す。
 そして、電気をつけた。

  「いーじゃん、今日くらいー。」

 わざとふくれっつら。

  「だーめ。」

 唇を尖らす俺に、イタズラな笑みを見せる樹緑。

 俺ら、1年前からこうして一緒にいる。
 家は、小さなアパートの一角。
 ここが樹緑の家で、隣が俺の家。

 仮の誕生日。
 18年前の今日。
 俺たち2人は、神奈川県鎌倉市にあるK保育園の前に捨てられた。
 だから、仮の誕生日。
 俺たちは、本当の誕生日を知らない。

  「食べよ。」

 樹緑がケーキを丁寧に切り分けた。
 形のよいケーキが皿の上にのって、目の前に差し出される。
 たくさんのフルーツがスポンジの間に挟まっていて彩りを添えていた。

  「樹緑。」

 俺は、ポケットから手のひらサイズの箱を取り出して、樹緑に手渡す。
 樹緑は、開けても良いか、と無言で尋ね、俺の頷きを確認してから、ソレを開けた。
 そして、俺の顔とソレを交互に見る。

  「樹緑、結婚しよう。」

 樹緑を見つめる。
 ソレ――プラチナの指輪。
 俺が今できる、最高の贈り物、結婚指輪。
 言葉が出ない様子の樹緑に、左手を差し出して樹緑の左手をとった。
 細く、長い綺麗な薬指に、そっと通す。
 樹緑を見る。

  「……。」

 とられた左手をそのままに、視線は薬指。
 薄い唇かみしめて、柳眉を寄せる。
 切れ長の瞳が潤んできた。

  「愛してる。」

 囁く。
 俺は樹緑を抱きしめた。

  「……ありがとう。私も……」

 愛してる。

 樹緑の耳元で囁く、甘い声。
 口付けを交わした。

  「尉折も、手出して。」

 照れた表情のまま、早口で言って、樹緑は俺の左手をとった。
 2人のイニシャルが入った、シンプルな揃いのリング。
 今度は樹緑が俺の指に通そうとして――、

  「あ、部活のときはダメね。」

 じゃあ、と独り言を呟くようにいって、樹緑は自分のつけているネックレスを取り外して、それにリングを通した。
 俺の首へ。

  「ありがとう。」

  「こっちこそ。高かったでしょ……すごく、嬉しいよ。私のプレゼントはね……」

 といって立ち上がろうとした、樹緑の腕を優しく引いて、

  「何もいらない、樹緑だけが、欲しい。」

 俺の胸に戻した。
 もう一度、抱きしめる。
 柔らかく、良い匂いがする。

  「尉折ったら。」

 今度は抗わなかった。
 樹緑はそのままの体勢で――、

  「うわきしないって誓う?」

  「誓う。」

  「他の女の子と、あまり仲良くしないでよ。」

  「しない。」

 樹緑の注文の嵐。

  「ナンパもなしよ。」

  「なし。――あとは?」

 樹緑と視線を合わせる。
 細い腰に手を回して、首を上げる。
 斜め上に、樹緑のはにかんだ、顔。

  「――幸せになろうね。」

 再び、破られることの無い、永遠に長くて、甘いキスを交わした――……。


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