4

   じゅみ
  「樹緑……。」

 母さんが、去った後。
 俺は、うつむく樹緑にもう一度声をかけた。
 どうする?
             いおる
  「会いたい?……尉折は会いたいの?」

 俺の意図を理解した樹緑が、振りかぶって責め立てるような口調で言った。

 会いたいの?

 その問いに、すぐに答えることはできなかった。
 樹緑は、続けた。

  「私たち、双子かもしれないのよ?」

 言葉にされたとたん、それは大きなうねりとなって押し寄せた。
 今まで、ずっと胸のどこかにあった小さなつかえ。
 樹緑と付き合い始めてから、ずっと。
 ずっと恐れていたこと。
 
 俺たちは、一緒に捨てられていた。
 母さんから受け取った一通の手紙。

 ――尉折、樹緑。

  「そんなのイヤ。イヤよ、尉折!」

 樹緑が俺の胸にしがみついた。
 俺には、その華奢な体を抱きしめる。
 それしかできなかった。
 何て言えばいい?
 ただ、俺は、天架が前にいっていたことを思い出していた。

 ――きょうだいが恋愛感情を抱くハズがない。

 俺は、樹緑を愛してる。
 樹緑も俺のことを愛してくれている。

 会わないほうが、いいのか。
 このまま、会わないほうがいんだろうか。

 俺は葛藤した。
 部活に戻ってからも、頭からそれが消えることはなかった。

 「やっぱ、バレてた?悪い。」

 何かあったのか。
 部活が終わった後、飛鳥は俺に尋ねた。
 やっぱり気にかけていてくれたらしい。

 皆は帰り支度を終え、帰宅している中、俺たちはジャージ姿のままでフェンスに寄りかかった。
 スパイクで土を蹴りながら、本当の母親から手紙が来たことを伝えた。
 飛鳥は黙っていた。

 「まいったよ。樹緑、泣き出しそうになってさ。何よ、今更って。」

 フェンスづたいに背を滑らせて――、

 「俺も。正直いって迷ってる。……会って……どーすんのかな、って。会ったって、顔も知らねーし。やっぱ……今サラって。」

 正直な気持ちを伝えた。
 恐い。
 
 俺が立ち上がって、

 「わりー、こんな話して。でも、すっきりしたよ。」

 伸びをすると――、
 飛鳥が静かに口にした。

  「……あんまりえらそうなこと言えないけど。会ったほうがいいと思う。」

 きっぱり言い切った。
 俺の目を見る。
 
  「尉折。すっきりしてないよ。まだ、もやもやしてる。……ごめん、知ったようなこといって。でも。このままでいるのはよくないと思う。」

 はっきりさせて、それから後のことを考えても遅くない。
 飛鳥の真摯な瞳。
 いつでも真剣に俺のことを考えてくれる。

  「俺、二人の気持ち全然わかんなくて、無神経なこといて本当ごめん。でも。もし二人が……その、双子だとしても。」

 真っ直ぐ俺を見た。

  「二人の気持ちって本物だろう。だったら平気だと思う。二人の気持ちがしっかりしてれば、強いよ。そういうの。」

  「……。」

 もう一度謝った飛鳥に、俺は笑った。
 何だか、一気に体の力が抜けていく。

  「さんきゅう。」

  「……偉そうなこといっっちゃったね。」

 飛鳥はそういって、最後に優しく付け加えた。
 子供を想わない親なんていないよ、尉折。
 
 太陽のような笑顔。
 優しくて強くて、正しい。
 心が鎮まっていくのを感じた。
 俺は、決心した。
 
  「樹緑。……母さんに、会いに行こう。」

 帰り道。
 樹緑の肩を抱いて、もう一度はっきり言った。

  「会いにいこう、母さんに。」

  「尉折……。」

 樹緑が立ち止まる。
 瞳に戸惑いが見て取れた。
 唇がへの字になる。

  「会って、どうするの?……何っていうの?」

  「わからない。けど……」

 はっきりさせよう。
 しっかり樹緑の目をみた。
 
 正直わからない。
 何を言えばいいのかなんて。
 何て言ったらいいのかなんて。
 でも、はっきりさせなきゃいけない気がする。
 はっきりさせたほうがいい。

  「もしも……もしも私たち……」

 その後の言葉を続けられないでいる樹緑。
 唇をかみ締めてうつむいた。

  「大丈夫。」

 樹緑を抱きしめた。

  「俺は、樹緑を愛してる。樹緑も俺を愛してる。俺たち、戸籍上はイトコなんだぜ?結婚しちまえばへーキだって。」

  「ばか。」

 そういう問題じゃないでしょ。はにかむ樹緑の顔。
 小さくありがとう。と呟いた。

  「……双子だとしてもいーよ。俺は、樹緑が欲しい。結婚しちゃおうよ。」

  「ばか。」

  「もー一回ゆって。」

  「……ばかっ。」

 樹緑を抱きしめる。

  「俺、樹緑のソレ好きだぜ。」

  「……ばか。……大好き。」

 夜道。
 俺たちはお互いの気持ちを確かめ合うかのように、抱き合った。

 物心ついた頃から、樹緑とは一緒だったけど。
 俺は本当の樹緑を見ていなかった。
 気が強くて、気丈で、俺の悪口ばかりいう。
 裏返しの感情に気付きもせず。

 他人の気持ちを理解しようとしなかった、昔の俺。
 誰かに不満をぶつけなければ生きていけなかった、昔の俺。
 誰かを傷つけてでも、自分の幸せをつかもうとしていた、昔の俺。

 今は違う。
 飛鳥に出会えてからの1年。
 俺は変われたと思ってる。
 本当は傷つきやすくて、繊細で、優しい樹緑。
 俺のことをずっと想っていてくれた、愛しい樹緑。
 
  「好きだよ、樹緑。」

 態度だけじゃ本当の気持ちはわからないけど。
 ださなきゃいけないときがある。
 言葉だけじゃ本当の気持ちはわからないけど。
 いわなきゃいけないときがある。

 そういう区別、難しいけど。
 少しずつ理解してきた気がするんだ――……。


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