2 じゅみ 「あー!樹緑先輩、リングしてるぅ〜!」 9月2日、土曜日。 授業の後、即部活。 俺は神奈川県立S高校のサッカー部。 樹緑はマネージャー。 いなはら つばな 目ざとい2年のマネージャー稲原 茅花が樹緑の手を見て、俺たちのいるところから少し離れたとこで叫んだ。 いおる 「そーいえば。昨日、尉折せんぱいたちの誕生日でしたよねぇー。」 ふかざ るも その声を聞いて一コ下の後輩、吹風 流雲が愛嬌のある口元を緩ませて、俺の顔を覗きこむ。 「たのしみましたぁー?」 「まぁね。」 にっこり、笑顔を返してみせる。 「いーないーな!」 「いっ、尉折。あんまそーゆーことゆーなよ、な……」 あすか きさし 顔を仄かに染めて、同い年、同じクラスの飛鳥 葵矩は、俺の側に近寄る。 「そーゆーことってどーゆーことかなぁ、葵矩くぅーん。」 俺の言葉にすぐさま顔が反応した。 おもしれーやつ。 すげー純な奴なんだ。 だからすーぐからかいたくなる。 「練習始めるゾ!」 照れ隠しに大声を上げる飛鳥をみて、思わずふきだしちまう。 「はいよ、キャプテン。」 でも、すげー言い奴で、俺はこいつが大好きだ。 あ、もち、樹緑が一番ね。 「樹緑せんぱいにリングあげたんですかぁ?」 間延びした流雲の声に、頷く代わりに、昨日樹緑がつけてくれたネックレスをTシャツの首元から取り出し、リングを見せた。 「イニシャル入り。やるぅ!しかもおそろ?」 「かっくいー!」 「いーなぁ!」 はしえ そのう りとう のりと いつの間にか、2年の橋江 弁、利塔 祝も集まってきて、俺ののリングを見てる。 「樹緑せんぱいから何もらったんですかぁ?」 「もっちろん、樹緑!」 俺の即答に、後ろにいた飛鳥が微妙に反応した。 おっかし。 「そーゆーことぬけぬけとぉ〜!この、幸せモン!!」 ほしな やしき 流雲が俺をつつき、その行動を制するように2年の、星等 夜司輝が目で叱った。 流雲はそんなのおかまいなしに――、 「尉折せんぱい。僕からのバースデープレゼント受け取ってくれますぅ?」 そういって、 「もらってください!」 流雲は俺に抱きついた。 周りは爆笑。 「いただけないなぁ。俺は樹緑一筋だっしー!」 飛鳥はこっそり溜息をついているようだ。 部活はこんな感じで和気あいあい。 すげー楽しい。 「ほら。いい加減始めるぞ!」 飛鳥の声に、皆が返事をする。 グラウンドに散った。 フォーメーション。 とりあえず、公式戦まではポジションは決まってないんだけど、俺は一応フォワードレフト。 飛鳥は俺の隣のライト。 ツートップ。 飛鳥――、本当にすごい奴。 シュートは抜群に巧いし、天性の点取り屋。 おまけに指導力もあるし、後輩にも先輩にも、もちろん同級生にも大もてで信頼も厚い。 一目置かれる存在。 でも、すげー謙遜するやつで、純粋で。 とにかく気持ちが優しい。 温かい。 だから。 俺と樹緑は、「太陽」みたいな奴だって思ってる。 純真で、人のタメに熱くなれて、親身になって考えてくれる。 バカ正直でさぁー。 「な、何だよ。」 なーんて、飛鳥の顔をまじまじと見てたら、変な顔を向けられたから――、 「いやぁー、葵矩くんってかわいーなーと思ってぇ。」 「男にいうセリフか!何考えてんだよっ!」 まともに返答してくんだもんなぁ。 楽しいやつ。 「あー、尉折せんぱいウワキしてるぅー!」 「樹緑にはナイショね。」 流雲と俺との会話にも、 「何言ってんだよ!!」 溜息交じりの声で怒鳴る。 ほっんと、熱い奴。 喉で笑いを押し込める俺。 「尉折ー。」 おっと。 愛しの樹緑ちゃんだ。 向こうで手招き。 飛鳥を見ると、頷いてくれたから、 「さんきゅう。愛してるよ葵矩くん。」 投げキッスをしてやる。 案の定、飛鳥は呆れ顔。 そんな飛鳥を尻目に、俺は小走りに樹緑に駆け寄った。 「尉折。」 少し声のトーンを落として樹緑。 樹緑の視線を追った。 「母さん……。」 その先には、ほっそりとした体型の女性。 てだか あさは 豊違 朝葉。 俺の母親――、正確に言えば育ての親。養母だ。 どうしたんだ。と問うと、元気そうね。と一言言って話しがあると神妙な顔つきをした。 俺は、首を傾げつつ、飛鳥に了承を取ろうと、飛鳥を呼んで――、 「母さん。」 「あ、初めまして、飛鳥 葵矩です。」 手短に挨拶を交わして、ちょっと練習をぬける旨を伝えた。 そして、俺と樹緑、母さんはグラウンドを離れた。 「話って?」 母さんはためらって、しかし、俺の顔をしっかり見た。 その口がゆっくり開く。 ・ ・ ・ 「……手紙がきたの。本当のお母様から。」 「……。」 俺と樹緑は顔を見合わせた。 樹緑の顔。 あきらかに強張っていた。 俺は、恐る恐る差し出された手紙を母さんから受け取った。 辺りは夏の終わりというより、春のような日差しで、緑々した木々が揺らいでた。 太陽も、海からくる風も、優しい。 そんな9月のことだった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |