3 いおる じゅみ ――尉折、樹緑。 怒っているでしょうね、母さんのこと。 でも、信じて。 私は、片時もあなたたちのこと、忘れたことなんてなかったわ。 今更、何を言い訳しても、遅いかもしれないけど。 会いたい。 会って、話がしたいの。 「……。」 か細い字で、それは書かれてた。 ところどころに、涙の跡なのか、黄色の染みができている手紙。 「正直、迷ったわ。」 母さんは、そういってうつむいた。 この手紙を俺たちに見せるかどうかということだろう。 ゆうは 樹緑の養母で、母さんの妹でもある夕葉おばさんとも相談した。と言って、俺たちを見た。 「……何よ、今更。」 樹緑がつぶやいた。 かみ締められた唇。 瞳は潤んでいた。 「今更……私。顔も見たことない。声も聞いたこともない。そんな人、そんな人母さんだなんて呼べる?」 柳眉を逆立てて、樹緑は一気に思いを吐き出した。 母さんにくってかかるような態度。 こんなに感情を顕わにした樹緑は、希だった。 「樹緑……。」 俺が肩を抱くと、その細い肩は震えていた。 俺は母さんと顔を見合わせる。 ――18年前の昨日。 今日みたいに太陽の優しく見守る、春のような日差しだったって、母さんは言ってた。 神奈川県鎌倉市。 湘南海岸に程近く、御成トンネルを抜けたすぐ先にK保育園はある。 家庭の事情で親と一緒に住めない子供とか。 片親の子、両親がいない子。 そういった子供たちを、温かく優しく、そして力強く育ててくれる保育園。 そんなK保育園の門の前に、俺たちは、置き捨てられていた。 母さんと妹の夕葉おばさんは、今でもそうだけど、この保育園で働いていて。 そして、俺たちを養子にしてくれた。 あさは 俺は、朝葉母さん、樹緑は、夕葉おばさんの子として、あたりまえのように優しく温かい家庭で育った。 何の疑問も抱かなかった。 でも。 あれは、俺たちが高校1年のときだった――……。 ひらが 「俺、永架のことが好きだ。」 突然の告白に、俺は特に動揺はしなかった。 目の前には、うつむいた青年。 はおか たかつ 葉丘 天架。 はおか そうよう 母さんの兄である、葉丘 草葉の子供。 つまりは、俺のイトコ――実際は違ったのだが。 が、そのままの姿勢で、おかしいと思わないのか。と言葉を続けた。 はおか ひらが 永架とは、葉丘 永架――天架とは双生児で性別は男。 もちろん、そんなことはわかっていた。 「……変だろ。おかしいよな。性別はともかく、兄弟なんだぜ。」 性別も問題ある。と、思ったが黙っていた。 兄弟が恋愛感情をもつこと。 天架には不思議でならなかった。 天架はいきおいよく顔をあげて、俺を見た。 「実は、メイドたちが話しているのをきいたんだ。」 母さんの兄、草葉おじさんはかなりの資産家で、いくつもの別荘を持っていた。 その一つである大島での出来事。 ――天架と尉折、樹緑は葉丘家の者ではない。 メイド曰く、樹緑の母親、夕葉おばさんは、もともと子供が生めない体だったらしい。 母さんにいたっては、妊娠中の状態を誰も見ていない。という。 そして、天架も――、 「やっぱ、メイドがいってたことは本当なのかも。」 俺にも思い当たる節がなかったわけではない。 はおか ひろた 当時、俺が好きだった相手、葉丘 模淡。 天架と永架とは三つ子の兄弟妹――と、されていた。は、天架のことが好きなのではないかと思っていた。 そう、兄妹なのに。 俺たち5人は、何の疑いもなくそれまであたりまえのように、兄弟、イトコとして育ってきた。 けど、自分の感情、勘がそれを否定する。 「なあ。調べようぜ。」 樹緑も誘って、俺たちは役所に足を運んだ。 「……。」 真実を目の当たりにした瞬間。 しばらくは、目の前が真っ白になった。 そして、例えようのない感情がこみ上げてきた。 樹緑も俺と同じ表情をしていた。 ただ、天架は内心ほっ、としていたようにも思えた。 大好きな永架と血の繋がりがなかったという喜び。 「尉折。お前、模淡のこと好きなんだろ。」 胸のつかえがとれたあと、天架は言った。 俺は、嘘をつく理由がなかったから、首を縦に振った。 「協力、してくれないか。」 天架は知っていた。 模淡が自分に好意をもっていることを。 だから余計に自分の感情に自信をもっていたのかもしれない。 そして、ある計画を立てたんだ。 幸せになりたい。 その理由のためだけに――……。 てだか いおる 「豊違 尉折です。」 俺は、今まで通っていたF高校からS高校へ転校することになった。 湘南海岸に沿って建つ学校。 波の音と潮の匂いが、今までの自分を忘れろと命令する。 怒りと憎しみ、そして欲望がとって変わって自分を支配する。 あすか きさし 「飛鳥 葵矩です。よろしく。」 それは、偶然だった。 小さい頃から好きだったサッカー。 迷わずS高校でもサッカー部に入部した。 目の前に現れた青年。 太陽のような笑顔だった。 飛鳥 葵矩――俺が転校をした目的。 「永架は今でもあいつのことが忘れられないんだ。小学校の同級生。」 それが、飛鳥だった。 天架も永架も同性愛者。 そんな2人を、俺は咎めはしなかった。 むしろ、同じ境遇の天架の恋を応援したかった。 もちろん、天架の恋が実れば、模淡が俺のほうを向いてくれるかもしれないという、打算もあった。 でも。 飛鳥の笑顔に、俺の気持ちは正直萎えかけた。 純粋で、誰に対しても優しくて。 永架が好きになるのが、一瞬にしてわかったような気がした。 俺は、自分でも驚くほどS高サッカー部に溶け込んだ。 目的を忘れるほどに。 そう。 あの日までは――、 いぶき じゅみ 「檜 樹緑です。」 樹緑が突然、S高に転入してきた。 そしてサッカー部のマネージャーとして入部。 永架に違いない。 そのときの樹緑の気持ちなど、これっぽっちも考えていなかった俺は、当然樹緑とぶつかった。 「ふざけんな!どーゆーつもりなんだよ!」 「うるさいわね!あんただって!」 俺たちは必死だった。 自分たちの幸せ。 その理由のために。 俺は永架と飛鳥をくっつけさせまいと、樹緑は永架と飛鳥をくっつけようと。 あらゆる手段を使った。 そうみ しなほ きさらぎ みたか 飛鳥の大切な幼馴染、蒼海 紫南帆ちゃんと、如樹 紊駕さえ巻き込んで――、 「ごめん、飛鳥。」 去年の9月8日。 飛鳥たち3人を大島の別荘に呼び出して、永架はムリヤリ飛鳥を襲った。 ――もう。許してもらえないと思った。 「うそ……だろ、尉折。」 飛鳥のあの顔。 一生忘れられない。 「誰だって、エゴイストなんだよ!自分さえよければいんだ。」 永架が叫んだ。 「尉折や樹緑、天架を捨てた親だってそうだろう。育てられないからだろ、全て、自分のためエゴじゃないか!!」 響き渡る悲嘆な叫びに、 「勝手だよ、永架くん。天架くんも皆。人の感情をおもちゃにして!」 紫南帆ちゃんは、厳しい目つきをして言った。 人は皆、エゴイストな部分がある。 でも、俺たちを捨てた親がどういう気持ちだったかなんて、理解できるのか。と。 真実もわからないのに、エゴイストだ、なんてそっちのほうがひどい。と。 そう。 俺は、両親のことを何も知らない。 何故俺は捨てられたのか。 両親がどんな気持ちだったのか。 ただ、憎んだ。 怒った。 飛鳥は、そんな俺に優しく手を差し伸べてくれた。 責めたりしなかった。 変わらぬ、優しい笑顔。 「俺、永架の気持ちは受け入れられないけど、人を好きになって、エゴイストになってしまうほど好きになる気持ち。わかるつもりだよ。」 飛鳥の言葉に永架が瞳に涙をためた。 毅然と傲慢に振舞っていた永架。 すまなかった。と、謝った。 「私も……もっと早く、尉折に告白すればよかった。」 樹緑の突然の告白。 俺は目を見張った。 何故、樹緑が永架の計画に賛同したのか。 S高に転校したのか。 そんなことさえ気付いていなかった。 いつも毅然としていて、凛としている樹緑が、切ない顔で俺をみた。 胸を何かで貫かれた衝動だった。 今までの俺。 何をしていたんだろう。 「人の感情は誰にも左右できないよ。たとえエゴイストになってでさえ。」 そう。 思い知った。 そして反省した。 あれから、丁度1年が経った――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |