第一章:один:壱

                        



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  「ヤポンスカヤ・オドノラゾヴァヤ・フルカ……?」

 天羽てんうのアパートの庭先。
 NikolaiニコライIlyichイリイチVolkovヴォルコフは、恐る恐るソレを手にして呟いた。
 その隣で、LevレフAleksandrovichアレクサンドロヴィチKotovコトフは、グレーの瞳を細める。

 雪は、未だ降っていたが、だんだんと弱まっていた。
 祖国と比べれば、雪。などとはいわないレベルだった。寒さも同様。
 Levは、天羽が先程まで居たベランダを見上げて、舌打ちをした。

 ヤポンスカヤ・オドノラゾヴァヤ・フルカ―――日本製使い捨て保温具。
を手に、温かい。などと頬を緩めているNikolaiを睨みつける。
 
  「いい奴じゃん。」

  「フザケルナ。敵だぞ。」

 お気楽なNikolaiに強い叱責で返したLevは、飛龍 天羽―――KilluaキルアKirovichキーロヴィチMoskvinモスクヴィーン。め。
と、吐き捨てた。
 銀髪に青と茶のオッド・アイ。どう見ても日本人には見えない。
 身長も173pと、12才にしては、大きい。
 その容姿もLevを苛立たせるに充分だった。

  「敵。って決まったわけじゃないじゃん。もしかしたら将来俺らの……」

 Nikolaiの言葉はそこで途切れた。
 Levが銃口を向けたからだ。Nikolaiは両手を頭の後ろに組んだ。
 しかし、その口元は緩んでいる。
 はい、はい。と、Levを往なして、撤収。しようぜ。と、やはりグレーの瞳を細めた。

  「お。助かりますねぇ。」

 突然のその言葉に、LevとNikolaiはすぐさま戦闘態勢に入った。
 お互いの背を預け合い、声の主を探す。
 綺麗な英語だった。何者か。と、Levは慎重に周囲を見回した。

  「……なっ。……ガキ?」

 意外にも先程Nikolaiが示した同じポーズで無抵抗を表したのは、10代半ばか後半くらいの男だった。
 木の陰から身を晒したその姿。
 身長は180p程ありそうだが、自分と同じくらいの年端だ。と、Levは観た。

 右瞳を隠す長い前髪は、黒。瞳も茶色に近いが、黒色。
 日本人だった。
 白のコートに黒のテーパードパンツ。スタイリッシュにまとまっている。
 
 しかし、何者だ。
 LevがNikolaiにしたように銃を向けても、その男は怖がる素振りも見せなかった。
 それどころかこちらに歩み寄ってくる。
 
  「貴様、止まれ。撃つぞ!!」

 日本での発砲は目立つし始末が面倒だが、構うものか。
 Levはセイフティーを解除した。
 Nikolaiが慌てて、おい。と、抑制する。

  「それは……やめておいたほうがいい。」

 男は、不遜な態度ではなく、本当に憂慮した表情で言った。
 Levはその言葉の意を察した。

 雪は止み、晴れ間がのぞく周囲。
 キラリ、キラリ、と光る自然光。と、人工光?
 ……―――!!
 何人いる?全く気が付かなかった。

  「……銃をしまえLev。既に俺らは包囲されている。」

 Nikolaiに言われなくとも判っている。
 Levは銃にセイフティーを掛けた。
 心中で舌打ち。まさか、軍事レベルの劣る日本でこんな失態をするとは。
 ナメていたか。Levは自分の慢心を呪った。

  「ありがとう。」

 破顔したその男の表情は、至極幼いものとなった。
 男は言った。Levたちを捕まえたり拘束したり、まして殺す気はない。と。
 さらに、天羽の偵察、監視は続けて構わない。と。

  「……何が目的だ。」

 Levは訝し気に男に訊いた。
 失敗は死を意味する。祖国では常識だ。
 敵を追い詰めておいて何もしないなど、ありえない。
 この男の目的は何なのだ。
 Levは周囲を伺うように視線を動かす。動いたら撃たれる。と、細心の注意を払った。

  「えっと……そうですね。ひとまず、天羽を拐ったり、傷つけたり……実力行使はやめてください。それを約束してくれるのなら、貴方たちを放任します。」

  「……はっ?」

 Levは、目を見開いたが、Nikolaiは、オッケーオッケー。と声を上げる。
 Levの抑止の言葉に、どうせ任務は監視だけだろ。と、ロシア語で言った。
 この状況を見てみろ。と、髭の生えた顎で周りを示す。

 確かに四面楚歌。失態を祖国に報告すれば、死。
 だが、Levは両拳に力を込めた。
 約束……など。と、Levは、男を真っすぐ見据える。

  「命が下れば、俺は殺る。」

 Nikolaiはその瞬間、身構えた。撃たれる。と、思ったのだろう。当然Levもだ。
 男は周囲を見て、そして口元を緩めた。

  「忠誠心が強いのは、わかりました。Lev・Kotov。そして、協調性あり、要領良しのNikolai・Volkov。」

 一音ずつゆっくりと、男は言った。
 表情は、柔らかいのにオーラは先とは全く別者になっていく。
 背筋が寒くなった。既に太陽がでてきているというのに。
 男は、自分たちの素性も知り得ていた。本当に何者なのだ。

  「そんな命令は、下らない。絶対。」

 させない。という自信の表れか。強い口調の英語で男は続けた。
 だから約束してください。と。
 ここは、頷くのが賢明だろ。と、Nikolaiのずる賢い瞳がいっていた。

 わかっている。こいつは、強者だ。
 腕も相当立つのだろう。
 若いくせに、このオーラ。完全に気配をコントロールしている。

 そして、仲間たち。
 周りに高い建物などないここで、俺たちを射線に入れるとなると、数キロ先からの銃撃できる腕を持つものが数人。
 昨年の夏、ドローンを撃った奴も、仲間かもしれない。

  「わかった。」

 Levの頷きに、男はやはり謙虚に礼を言った。
 畏怖のオーラは失せた。
 目の前にいるのは、ただの学生のような、男だ。
 じゃ、プレゼント。と、男は笑ってビニル袋をその場に置いていった。

 日本の冬も侮らないで下さいね。と。
 ビニル袋の中身は、大量のヤポンスカヤ・オドノラゾヴァヤ・フルカ。だった。



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