第二章:Два:貳
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完全防音の部屋で、天羽は鍵盤に指を滑らせていた。
すぐ隣で空月が目を閉じて幸せそうな顔をしているのを見て、天羽の口元に笑みが浮かんだ。
神奈川の自宅には、ピアノはない。
飛龍家本家と、ここ大阪の祖父母の家に天羽のためだけのグランドピアノがあった。
ピアノは、父親に教わった。
天羽には、絶対音感があるらしく、楽譜がなくとも父親が弾いた音や聞いた音をすぐに再現できた。
ピアノの音は好きだ。落ち着く。
大阪に来るときは必ず弾く。
それから祖母、飛龍 汐旻と華を活けるのも好きだ。
正月の花。今年は定番の松に紅白の葉牡丹や千両などと用意してくれていたので、自由に活けた。
「相変わらずプロ並みやなぁ。」
ノックもなしに、入ってきていたのはわかっていた。
一応曲の切れ目を待ってか、声を掛けてきたのは、飛龍組系舞雀組総統の次男、舞雀 士道だ。
「わからんくせに、ジャマすなや。なぁ、天ちゃん、カンニンやでぇ。」
その後ろから士道の妹、舞雀 心薙が顔を出した。
もう、皆来たの。と、空月が挨拶をして、天羽に行こう。と、促した。
昨日の夜、大阪に到着して大宴会をしたというのに、今日は朝から飛龍組系列の組の連中が集まる。
つまり、毎年3回の宴をする。という事だ。
「わざわざ顔合わせなくても、オンラインとかでいいじゃん。」
天羽は空月に手を引かれながら、うんざりした声を出す。
それな。と、奥から同種の声。
「うわ。年に数回しか会わへんのに冷たいなぁ。」
飛龍組系吠虎組総統の長男、吠虎 一快がおっとりとした口調で言った。
先程天羽に同意したイトコの盤良 匠世をワレもやで。と、軽く窘める。
久しゅう。と、爽やかで和み系イケメンの一快は笑顔を見せる。
「快くんだって、彼女と予定あるから面倒ってゆってたよね。」
匠世は辛口に指摘したが、そやったか。と、一蹴。
左の二つの泣き黒子と優しく甘いマスクの一快は、嫌味なく、会えて嬉しいで。と、匠世に言う。
匠世は、溜息をついて、和み系イケメンは、何でも許される。と、僻みっぽく口にした。
「イケメンて、そんなん言われたことないわぁ。天羽ちゃんのが増々男前やんかぁ。」
「ホンマやなぁ。また背伸びたんちゃう?あっちゃん、相変わらずかわいいなぁ!」
一快がさらりと匠世の毒舌をかわし、心薙が天羽の身長を測るまねをした後、空月を抱きしめた。
心薙は女の子にしては長身の167センチ。裏表のない明るく元気なお姉さん的存在だ。今年、24才になる。
「は!まだまだワイには敵わなんなぁ!」
嫌味っぽくはないが、自慢げに言う、士道は筋肉隆々の180センチ。26才。
バカだけどね。と、ぼそりと呟いた匠世に、聞こえたで。と、士道は、匠世を羽交い締めした。
「バカはダメだよ、匠世くん。そこはアホじゃない?」
しれっと天羽は、口にする。
大阪でバカは、東京や神奈川と異なりキツイ言葉だ。
匠世は、中国生まれ、日本では東京で育っている。今は都内中学に通う2年生だ。
天羽の言葉に納得して、アホ。と言い直した。
「2人ともちゃうわ、アホ!」
士道は匠世と天羽の頭を叩くマネをして、心薙が大笑いした。
一快は変わらんなぁ。と、口にして空月が皆元気で良かった。と笑った。
宴会が行われる大広間まで続く渡り廊下。
中庭の日本庭園には雪が数センチ積もっていた。大阪では今朝がたまで降っていたようだ。
「お。海空ちゃん、またべっぴんになったなぁ。」
大広間の前で食事の準備を手伝っていた海空に、一快が声をかけて、持つで。と、お盆を受け取った。海空は、あっけらかんと、色男。変わらんなぁ。と、口にしてよろしゅうとお盆を預ける。
「心薙ちゃん会いたかったわぁ。」
「みぁちゃん。ウチもや!」
海空と心薙は、抱き合って挨拶をして、士道たちとも言葉を交わす。
海空は天真爛漫。誰に対しても優しく、竹を割ったような性で、華がある。
父親や組の大人たちの影響が大きく、神奈川に居て、なお大阪弁ではなす。
天羽と同級生の弟の空月はずっと関東弁だ。
「天羽。玄関の生け花。今年もようけできたなぁ。皆、褒めとったで。」
ぽんぽんと自分より高い背の天羽の頭を、海空は軽く叩いて労った。
父親そっくりの両エクボが凹んだ。
「すごいよね、天ちゃん。ピアノもすっごく上手。」
すごい。は、空月の口癖だ。他人の良い所を見つけて褒めるのが得意だ。
素直で実直で、エゴも計算も打算もない。
「もう、始まるで、早う入り。子供らはこっちな。」
大広間で仕切っていたのは、舞雀組長男、舞雀 刀義だ。“子供ら”の中で一番年上の27才。頼れる好青年で世話好きな兄的存在。
200畳程もある大広間の一角に、“子供ら”の席は用意されていた。
座卓に様々な料理が並んでいる。
既に席について、つまみ食いをしていたのは、最年少の桐堂 唯喜丸だ。
舞雀三人兄弟妹のイトコにあたる。
「あつくん、天くん!久しいなぁ。からあげ。おいしいで。」
空月と天羽をみとめ、両手を振る。空月が同じ動作で応じる。
心薙につまみ食いを叱られて、舌を出した。
「徳臣くん、何でそんな隅にいるの。」
ひっそりと、ジャマにならないようにか、気配を消して直立していたのは、流水 徳臣だ。
天羽の言葉に、自分はここで。と、恐縮した。
飛龍組系第一次団体、流水組総統、流水 斐勢の孫にあたる徳臣は、生真面目で謙虚な性格だ。
「相変わらず堅いなぁ。徳臣ちゃん。リラックスしぃな。」
同じ高校の2コ上先輩の一快がフォロー。徳臣は一礼する。
見た目は、士道ほど筋肉隆々ではないが、183センチもある巨体。
立っているだけで威圧感を与えることができる、強面の顔。外見と内面のギャップが激しい青年だ。
飛龍組は、二代目までは東の飛龍組、西の吠虎。南の舞雀組に北は這武組。と、四家対等の頂として大阪、関西を仕切っていた。
三代目になって飛龍組の総統、海昊がその体制を変えた。
というより、元を正せば圧倒的優位優勢の飛龍組を時には汚い手を使って他、三家は均衡を保つよう仕向け、二代目から政略結婚という一つの形をとり、その体制を続けてきたのだ。
それを、海昊は、無血で元に戻した。その後、今に至る。
流水組は、二代目から飛龍組の側近として支えてきた組で、実質今は、三家と対等の位置だ。
だから、徳臣の立場は、一快、刀義、士道、心薙と同位にあたる。
がしかし、教育か性格か、徳臣は特に三家に対しへりくだり、飛龍家に対しては強固な忠誠心を示している。
天羽は、そんな徳臣を時に重たい。と、一蹴しては、徳臣に謝罪される。といった無限ループなるものを繰り返していた。
「いえ、なれ合いはいけません。こういったヒエラルキーは、組織には重要です。」
一快の言葉に徳臣はいった。なれあい。ね。と、一快は少し困った表情をして、なんやねんヒエラル?と、士道が顔をゆがめた。
ヒエラルキー。上下関係。従属。権利構造。いわんとすることは理解できる。と、天羽は思ったが、正直どうでもいい。むしろ、煩わしい。と感じていた。
「ふーん。じゃ、俺も快くんや士道くんに敬語とか使わなきゃだ。うぇ。」
匠世が嫌味っぽくわざといって吐くマネをした。
徳臣は相変わらず真面目に大慌てして、自分事ですから。と、匠世に謝罪する。
匠世は、吠虎組総統、霧呂の妹、稀七の息子だ。だから直系ではない故の言動だった。
士道は、それ、ええな。と、悪乗りをして、匠世に敬語使え。と、迫った。
「ごちゃごちゃゆうてへんで座りぃ。ほら、徳臣。皆仲間やねんから、ええねんそれで。」
海空が強引に徳臣を座らせて、皆席についた。
徳臣くんは、本当に人格者ですごいねぇ。と、空月が満面の笑みで、皆に飲物を注いでいたのを、自分がやります。と、制する徳臣。
刀義は、毎度のこと。と、穏やかに見守って、宴会の始まりを示唆した。
「足元悪い中、今年も集まってくれて、おおきに。」
海昊が正面に立つと皆が図ったように静まった。
背後には、四神の掛け軸が飾ってある。白虎、朱雀、そして玄武は、青龍を崇めていた。ここの縮図だ。と、天羽は思った。
上座に飛龍組。長方形の長い方へ向かって四列に座卓が並び、奥から流水組、吠虎組、舞雀組、そして這武組が座っている。
つまり、八列の人の並び。それを見渡せる後方に“子供ら”のスペースがあり、天羽たち10人が陣取っていた。
昨日の朝の宴会は、飛龍組のみ。晩は、それに大阪の飛龍組の面々を足したもの。そして、今日が一番人数も多く、天羽が最も嫌な会。だった。
名前も知らない大人たちの無遠慮な視線が天羽を刺す。
特に下っ端―――といってもここに呼ばれている時点で、その組の中では上層部なのだろうが。の連中だ。
理由は判然としている。
天羽が、日本人離れし過ぎているから。だ。 銀色の髪。そして茶と蒼のオッドアイ。
物心ついたときから、周りが自分を奇異な目で見ていることはわかった。
でも、面と向かって口にするやつはいない。決まって陰でこそこそとする。
とはいえ、天羽にとって嫌。は、煩わしい。という意味が強く、自分を誰がどう見て、何を思うかなどに興味はなかった。天羽は、あまり他人に興味がない。いや、自分にさえ。
だから、幼少、陰口をいったり露骨なイジメをする奴らに対し、空月が身を呈して自分を守ることに違和感を覚え、理解できなかった。
何故、自分を犠牲にしてまで他人を守ろうとするのか。
―――だって、天ちゃんは、僕の友達だから。
空月は、何で。と、きいた天羽にそう答えた。
―――天羽は、大事な私の息子だから。
母親は、そういって天羽を守った。
そういうものか。と、理解しただけだ。おそらく、自身の内側からでる感情ではなかったが、家族、友達、自分を気にかけてくれる人。または、その人が気にかける人。には、極力最善を尽くそう。と考えた。
だから自身の体術も磨いた。
そもそも自分が強ければ守られる必要はない。
飛龍組は、おあつらえ向きに道場も師範も揃っていた。空手、柔道、剣道。海空や空月とともに、腕を磨いた。
思いの外身体を動かすのはキライではなかった。汗をかいたり息切れしたりするのは嫌だったが。
加えて筋が良かった。
今では、剣道は初段、空手は1級。柔道は苦手だが、2級をもっている。
ただ、がむしゃらに努力をして級や段をあげようとしたことはない。教えてもらった事を覚えて練習して使う。その繰り返しをしているだけだ。
それを周りは素質、才能。と、褒めた。でも、天羽にとっては有頂天になるようなことではなく、ただの結果。現状。と静かに受け止めている。
例えば、試合やケンカに負けたとしても、悔しい。という感情はわいてこない。
例えば命の危険が迫っても、自分の力が及ばなければそのまま死ぬのだろう。と、ある種客観視していて、そこに恐れ。という感情は、至極薄かった。
僕は、何かが欠落している。または、どこか、おかしいのだ。
そう考えている最中でも、だからって何をどうしたい。どうしてほしい。などという欲求はないんだけど。と、客観的に自身を分析していた。
だから、自分は何者で、どこに向かうのか。という答えのない問いを自分に投げかけ続けている。
天羽は今日も窓から見える蒼空を見つめていた。
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