1/2/3/4/5/6/Atogaki


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    「……はい。」

    「箜騎ぃ―!?」

   ……。
   一瞬、受話器を落としそうになった。

    「何?どうしたのよ、箜騎。」

    「……俚束、さん?」

   相手は異様に声高の声質の俚束さんだったから……。
 
    「ね、暇してる?ちょっと、出ない?」

    「……えっ?」

    「今山下公園にいるの。」

    「……行きます。すぐ、行きますから。」

   すぐさま受話器を置くと、バイクのカギをつかんだ。
   久しぶりの夏風を身体に受けて、青のYAMAHA TRXを飛ばした。
   ……俚束さん。
   俚束さんは港に身体を向け、風に煽られてた。
   時折、順風に舞う、緩やかなソバージュを白い手で耳にかけなおし、立ってた。
   垣間見れる綺麗な横顔は、声もかけられない程、俺を魅せた。
   やがて、

    「箜騎っ!!」

   俚束さんは俺に気がつき、大きく手をふって駆け寄る。

    「俚束さん…。」

   俚束さんに腕をとられ――、

    「ね、元町いこ、元町。」

   元町とはいわゆるファッションタウン。
   異国の薫り漂うメインストリートだ。
   俺は腕をとられるままに歩いた。
   洋服、アクセサリー、靴,かばん。
   手当たりしだい店に立ち寄っては、再び歩く。
   その間、俚束さんはしゃべりっぱなしだった。

    「ねえね、すごいかわいいー、これいい!」

   歓声をあげて、俺の腕を離さない。

    「あーこれこれ、これほしかったんだ。でも高いなーもっと安いの、ないかな。」

   きゃっきゃっ、騒ぐ。
   そんな俚束さんを、俺はただ、黙って見てた。

    「ね、中華街もいこうよ!」

   石川町まで歩き、元町通りを過ぎ、俺の学校、M中とM高の間の細い道を歩いた。

    「さっすが、人いっぱいいるね。」

   赤と黄色をベースとした、建物の並ぶ中華街。
   170店舗を超える中華料理店が軒を並べる、エリアだ。
   細々とした服屋、民族系店など、いくつかある中、やはり、手当たりしだい入っては眺めてた。
   やがて。
   陽が落ちた。
   いつしか口数少なく、俺達は一周回って戻ってきた山下公園と平行に歩いてた。
   右手に赤のマリンタワーが映る。
   ふと、立ち寄った。

    「……。」

   港の光を放っている、ガラス越しに一息ついて、お茶をした。
   気がつくと、目の前で俚束さんのコーヒーカップをもつ、細い手が震えて、乾いた音を奏でてた。
   うつむいて、髪がゆっくり耳にかかる。

    「ごめん……ね。箜騎。ごめんっ……ね。」

   小さくか細い声で、俚束さんは呟いた。

    「……俚束さん。」

    「……さみしかったの。……誰かに……側にいてほしくて。」

   顔をあげず、言った。

    「俚束さん……。」

    「ごめん、箜騎っ……ごめん……。」

   何度も、何度も、俺に謝った。
   わざと明るく振舞って、わざと元気を装って、俚束さんは、悲しみを紛らわそうとしてた。
   立さんが隣にいた頃を思い出して……俚束さんは歩いてた。
   ぽっかり空いた心の中をうめるように……俚束さんは笑ってた。
   そして……、

    「ごめん……ね、箜騎……。」

   俚束さんは、泣いた――……。


    「……もう三週間。忘れろとはいわない。でも、いつものお前に戻れよ。」

   夏も終ろうとしていた、午後。
   矜さんを含め、造、斗尋、修、そして保角の5人が俺の家に来た。
   港にも顔を出さず、誰とも会わずにいた俺に、そう、言った。

    「皆、つらい。お前だけじゃない。」

   わかってる。
   わかってるけど……全てまだ、虚無のままだった。
 
    「俚束も明るく振舞ってるけど、元気ないよ。……しょうがないことかもしれない。…でも。」

   矜さん、俺を見た。

    「立はそんなお前らを喜ぶか?」

   ……。

    「あいつはいつだって他人の幸せを願ってた。そうだろ?いつまでもそんなんじゃ、立に嫌われちま
   うぜ。」

   ……立さん。

    「俚束さんは……、俚束さんに会いました。……すごく明るくて、はしゃいでて……そして俺に何度
   も、何度も謝って……涙を流しました。」

   俺はうつむいて――、

    「いけないことだってわかってる。……すげー嫌な奴だって……でも。俺……俚束さんが好きです。
   ずっと……立さんと付き合ってた頃から。」

   顔を上げられなかった。
   皆がどんな軽蔑の視線を俺に注ぐか、怖かった。
   奪おうとは思わなかったんだ。
   綺麗事といわれればそれまでだけど、立さんと俚束さん、2人がすごく好きだったから。
   でも。
   許されないことに、立さんが亡くなってから俺は……。
   軽く肩を叩かれて――、

    「箜騎、俚束さんに伝えなよ。ちゃんと。箜騎の気持ち。」

    「……。」

   顔を上げた俺に、造は優しい笑みを漏らした。

    「どうして……言えないよ。……言えるわけ、ないだろっ。」

   俺には……、
   俺には……、

    「立さんを裏切ることなんてできない。」

    「……裏切り?そうかな、俺はそうは思わない。」

   まっすぐ、造が俺を貫いた。

    「それじゃあ箜騎は、俚束さんはずっと独りじゃなきゃいけないっていうのか?それとも龍条さんの
   こと知らない人と一緒にならなきゃいけないって、決め付けるのか?」

   ……。

    「そうじゃないだろ?」

   些か厳しく言い放った後、造は優しい余韻を残して――、

    「龍条さん、わかってるよ。箜騎のそんな気持ちも全部。背をむけるのはよくない。箜騎らしくない。」

    「俺も、造に賛成だな。」

   矜さんが足をくずす。

    「俚束な、立が死ぬ前に、立が俚束に言ったことを俺に話してくれた。」

   テーブルの上の麦茶の入ったグラスを、円を描くようにゆっくりまわして、氷の音をたたせた。

    「“幸せになってくれ。”立は俚束にそう、言った。」

   ……。

   斗尋も修も保角も黙ってた。
   矜さんは続ける。

    「“俺の面影引きずって生きていくのはよしてくれ。”って、そういったんだってよ?“生きている以上
   精一杯幸せにするから、俚束も一生幸せでいてくれ”って。立、箜騎がいてくれたから、そう言えたん
   じゃないか?」

   ……立さん。

   情けないけど、涙腺が緩んできた。

    「こら、箜騎。そんなんじゃ俺の俚束はまかせられないぞ!って、立さん言ってるぜ。」

    「そうそう、ほら、見てみろよ。あの青空。」

    「ほらほら。」

   保角、斗尋、そして修。
   皆、俺の肩を優しく叩いた。
   青空――立さんが優しく笑っているような気がした――……。


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