1/2/3/4/5/6/Atogaki


                                    6


   次の日。
   青の空に、薄っすら雲が浮かんでた。
   もう、季節は知らぬ間にどんどん秋に近づいてた。
   生ぬるい乾いた風は、相変わらず俺の額に触れて、カーテンを揺らしたけど、俺の心には変化がお
   とずれてた。
   ゆっくりベッドからその身を起こす。
   コルクボードの写真を見つめた。

   立さん。
   許してくださいとは、いいません。
   ごめんなさいとも、いいません。
   俺は……。

   すっ、写真に一礼して、そして。
   TRXで風を切った。
   アクセルをおもいきり吹かして、フルスロット。
   いつもの見慣れた町並みを走りぬけ、鎌倉へ向かった。

   甲高いチャイムが響いて、彼女が現れた。
   俺は無言で彼女の腕を引き、外へ連れ出した。
   そして、再びTRXに息を吹き込んだ。

    「箜騎……?」

   あの日とは逆で、腕をつかんでるのは俺で、無言でマリンタワーに先に上るのも、俺。
   窓辺に腰を下ろした。
   不思議そうにしている彼女を前に――、

    「……立さんと俚束さん。ずっと、付き合いはじめた頃からずっと見てきました。俚束さんにとって立
   さんがどんなに大切な人で、立さんにとって俚束さんがどれほど大切な人か、俺は、わかってたつも
   りです。」

   彼女の表情が、少し強張った。

    「……ご法度だってことも判ってました。でも俺……」

   彼女をまっすぐ見る。

    「俚束さんに惹かれる自分を抑えることが、できませんでした。」

    「……。」

    「そして、許されないことに、立さんが亡くなって俺は、俚束さんの隣に空席ができたって思ってし
   まった。……軽蔑してくれてもいいです。周りから、卑怯だって言われてもいい。神様に背いてでも、
   それでも。俺は、嘘はつきません。自分の心に、嘘はつきません。」

   立さん。
   俺……、

    「俚束さんが好きです。」

   静かに時間が流れた。

    「俚束さんにしてみれば、5つも年下の俺なんてただのガキでしかないけど、4年。あと4年待ってく
   ださい。」

   左指4本を挙げた俺を、黙って見る彼女。

    「その4年の間に俚束さんを幸せにできる男が現れて、俺よりも俚束さんを幸せにできると悟った
   ら、……その時は潔く諦めます。でも。万が一でも俺がもっと成長して、俚束さんを守れるくらい強く
   なって、高校もちゃんと卒業して、そしたら、……、」

   息を吸った。

    「そしたら、もう一度、言わせてください。」

   そんな俺を見て――、

    「……4年もたったら、私、もうおばさんだよ?」

    「そんなことないです。」

    「4年も経ったら箜騎、他にいい人見つかっちゃうよ。」

    「絶対、そんなこと、ありません。」

    「4年も経ったら……」

   彼女は口を、細く白い手で覆った。

    「……じゃあ待っててくれなくてもいいです。でも、4年後、必ず俺、俚束さんを守れるほど大きくなっ
   て、もう一度、言います。」

   俺は、目を反らさない。
   あなたが好きだから。
   4年経っても。
   何十年経っても。
   ずっと。
   ずっとかわらない。
   あなただけを愛しているから。

   立さんの代わりになろうなんて思わない。
   もちろん、なれるはずもない。
   だから。
   だからこそ、俺は、俺らしくあなたを愛します。
   一生涯。
   愛し続けます。

   たとえあなたが振り向いてくれなくても。
   たとえあなたがまだ、立さんのことを想っていても。
   俺の気持ちは変わらない。
   絶対、ずっと変わらないから。

    「……信じちゃうよ……」

   頬に涙を伝わらせた。

    「本当に、本当に……信じちゃうからね、箜騎。」

    「信じてください。」

   あなたを愛する人間にふさわしく、きっと、なりますから。
   その涙をぬぐえる男に。
   その心を温められる男に。
   きっと。

    「……ありがとう。」

   彼女は優しい笑顔で俺を見た。
   そんな俺たちを空が、蒼のあの空が、優しく見守っていた――……。


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