3
「ポジションはいつも通り。落ち着いて、気合入れて行こう。」
控え室。
試合前、最後のミーティング。
えだち みま
キャプテンの徭 神馬さんが、落ち着いたトーンで、しかし興奮を隠し切れない様子で言った。
全国を目前とした大会。
緊張していないといったらウソになる。
でも。
俺はワクワク感というか、高揚感で体が疼いていた。
早く、試合がしたい。
「向こうはきっと、4-3-3でくるだろう。」
黒板に向かって、戦略を説明する。
4-3-3とは、ポジション構成のこと。
フルバック、DF(デフェンス)が4人。
ハーフバック、MF(ミッドフィルダー)が3人。
そして、トップ、FW(フォワード)が3人。
というシステムのこと。
全員攻撃、全員守備が基本的な狙いのシステム。
対して、俺たち、S高は、4-4-2システムをとっている。
レフト ほせ
DF(L)に3年の輔世さん。
センターレフト ちがや
DF(CL)に3年茅さん。
センターライト ねや
DF(CR)に3年の閨さん。
ライト ぬえと
DF(R)に3年の鵺渡さん。
の4人。
そして、ハーフバック。
よみす
MF(L)、3年嘉さん。
もりあ
MF(R)、3年壮鴉さん。
レフトリンクマン るも
LLに1年の流雲。
ライトリンクマン や し き
RLに1年の夜司輝。
の4人。
いおる
で、最後、FW(R)に俺、FW(L)に尉折のツートップ。
そして、徭さんがGK、ゴールキーパー兼キャプテン。
このシステムは、守備に重点をおいたシステムってわけじゃなくて、最前線のオープン・スペースを意識的につくり、ハーフバックやフルバックのせり上がりを狙いにしてる。
あ、オープン・スペースっていうのは、敵の選手のいないあいた地域のことをいうんだ。
あすか
「飛鳥、いくぞ。」
「はい。」
ってことで、また後で、サッカーについて色々説明するね。
グラウンドにでた。
大歓声が俺たちを包み込む。
快晴。
「飛鳥ちゃん!」
し な ほ
観客席に紫南帆の笑顔を見つけて大きく手を振った。
みたか
紊駕も母親たちも皆、応援に来てくれている。
負けられない。
「お願いしま――っす。」
冬の青空に大きく響く声。
「勝つぞ!何がなんでも。勝って全国の切符を手に入れるんだ!!」
「おっ――!!!」
掛け声をかけて、ポジションにつく。
甲高いホイッスル。
キック・オフ。
始まった。
緊張感も最高潮に達する。
高校サッカー。
40分ハーフの10分休憩。
プラス、ロスタイム。
同点の場合はサドンデス方式をとって、P、K(ペナルティーキック)戦。
Jリーグ、プロでやるVゴール方式はとらない。
ただし、決勝だけ例外。
※1994年現在
Vゴールってのは、延長戦のことで、15分ハーフでどちらかが1点決めれば終了となる方式。
それでも決まらない場合は、サドンデス。
各チーム、5人を有して、ペナルティーエリアからシュートを打つ。
もちろん、相手キーパーと一対一。
ま、殆どの場合、Vゴールで決着がつくけどね。
「嘉さん!」
俺はインサイド・キックでMF(L)の嘉さんにミドルパス。
インサイド・キックとは、ゲーム作りの基本となるキック。
足の内側全体の広い部分をボールに当てる。
正確さならこのキックが一番とされているんだ。
すかさず、俺は前線に走った。
風がとても気持ち良い。
体がすごく軽い。
紫南帆も紊駕もここにいる。
これからも、ずっと――……。
「飛鳥!!」
壮鴉さんの絶妙なセンタリング。
俺はノートラップで受けて、そのまま――、
あすか きさし
<前半20分、S高校エースストライカー飛鳥 葵矩。きっちり決めてきました!!>
よし!!
「ナイスシュー!!飛鳥!」
尉折の白い歯がこぼれる。
笑顔を返す。
最高に気持ち良い瞬間。
1対0。
俺たちは1点リードでハーフを迎えた。
「飛鳥、ナイスシュートだったぞ。皆もその調子で。1点を守ろうなんて考えるな、チャンスがあればどんどん攻撃しろ!いいな。」
キャプテンの力強い声。
S高には監督がいない。
顧問の先生はいるけど、普段から寡黙で、でも俺たちを信頼してくれている。
キャプテンに全信用をおいている。
10分の休憩。
「飛鳥先輩!」
ベンチに腰下ろしてすぐに、声をかけられた。
甲高い、鼻にかかる舌足らずな声。
いなはら
「稲原。」
いなはら つばな
茅さんの妹で、1年の稲原 茅花。
「飛鳥くん。」
「飛鳥せんぱい!」
しらき いなみ
ポニーテールをしゃん、とさせた同級生の白木 伊波。
かささぎ おうな
肩までのボブヘアー、1年の鵲 殃奈。
3人ともマネージャー。
が、俺の前で、
「タオル、使ってください。」
声を揃えた。
「あ、ありがとう……。」
俺は3つのタオルに困惑する。
「伊波せんぱいずるいですよ!この間も飛鳥せんぱいにタオル渡したぁー!!」
「こら、1年のくせにナマイキ。」
鵲が白木のタオルを奪って、白木がそれをまた奪い返した。
「あー、伊波せんぱい、ひどーい。」
そんな、やりとりに、
「はい、飛鳥先輩。」
稲原は、微笑して、俺の隣に座ってタオルを渡す。
「ありがと……。」
「あの二人がああだから、私、役得。」
小さな舌をだす。
//////……。
ストレートな物言いに俺は赤面。
多分。
「あー、茅花、ずるい!」
そういって鵲は反対側の俺の隣に腰下ろして――、
「はい、ポカリ!」
「こら、飛鳥くんに近寄るな!」
はあ。
俺って……からかわれてんのかなぁ。
「いつももてるよなー飛鳥。」
「本当うらやましい。伊波ちゃん、俺にしない?」
「いや、俺にしなよ。」
3年の閨さん、茅さんに輔世さんが、次々と口にする。
「お兄ちゃんだめですよーだ。飛鳥先輩とお兄ちゃんなんて、月とすっぽんだもん。」
「ちぇ。」
稲原の言葉に、茅さんがあからさまにいじけた風を装った。
こういうときって、何ていっていいのかいつも困ってしまう。
居心地の悪さったらないよ。
本当。
S高のマネージャーは全員で5人。
……多い、だろ。
いぶき
白木たち3人と檜。
ゆはず ま あ ほ
そして、3年の由蓮 茉亜歩さん。
まあ、定員はないんだけど、大抵2、3人かな。
でも、先輩たちが多いほうがいい。っていうもんだから5人になったらしい。
好意をもってくれてんだか、からかってんだか、わからないけど、俺いつもこんななんだ。
「ごめん。」
さりげなく、ベンチから立ち上がった。
溜息。
だめなんだよね、ああゆうの。
なんか、うまくかわせないっていうか。
どうして俺にああゆう風に接してくれるんだろう。
「相変わらず、おモテになるコト。」
綺麗なアルトヴォイス。
檜だ。
「からかわないでくれよ。」
「ごめんごめん。ナイスシュートだったよ!さっすが。」
「ありがと。」
檜とはフツーに話せるんだけど、な。
尉折の彼女ってこともあるし。
「こら、浮気すんな。」
奥から尉折の声。
「う、浮気じゃないだろ。」
「そーよ。飛鳥くんには、誰かさんがいるもん、ねー。」
ぐ。
どーして、そーなる。
尉折も相変わらずイタズラな笑みで俺を見た。
「冗談。あと、ハーフ。頑張ろうぜ。」
「おう。」
そうそう。
休憩時間は気を抜いていても、忘れてはいけない。
あと40分。
休憩時間とはうって変わって、皆の顔が引き締まる。
リードしているからといって、油断は禁物。
「飛鳥せんぱい!」
流雲からのショートパス。
「夜司輝。」
「はい。壮鴉さん。」
俊足の持ち主、壮鴉さんが前線に上がって来て、尉折にサイドチェンジ。
これは、かなりのテクニックを有する。
サイドチェンジ。
サイドから逆サイドに横断する長いパスをだし、守備網の手薄な地域をついたり、攻撃の偏りを修正する戦術だ。
長いパスだけに、相手に気づかれやすく、インターセプトされる危険がある。
インターセプトとは横取りのこと。
だから、パスを出すほうも受けるほうも、敵に気づかれないように、息を合わせることが必要なんだ。
みごと、壮鴉さんは尉折にサイドチェンジを成功させた。
守備側が大きくポジション移動を強いられ、大きな穴ができた。
――今だ、飛鳥。
尉折とのアイコンタクト。
ばっちり合って、絶妙のセンタリング。
<おーっと、これまた飛鳥の華麗なシュート!決まった――!!>
響く、ホイッスル。
よっしゃ!!
「ナイス!」
尉折と肩を組む。
歓声が耳をつんざいた。
最終的に、このシュートが決勝点となった。
スコア、2対0。
<S高校、全国大会出場決定――!!>
割れんばかりの歓声、歓声、歓声。
勝った。
俺たち。
「飛鳥!」
「飛鳥先輩!!」
「あすかせんぱい――!」
尉折が、先輩が俺の肩や頭、背中を叩く。
流雲が、後輩が飛び掛って、乗っかってくる。
「やったな。」
「ナイスシュート!」
痛い。
痛いって。
でも、すげー嬉しい。
全国にいけるんだ。
空を仰いだ。
真っ青な空。
目頭が熱くなる。
「ありがとうございました――!!」
俺は嬉しくて、一目散に観客席の紫南帆の元へ走った。
観客席のほうが高いために、大きく背伸びした。
「紫南帆!!紊駕!!」
「やったやった!おめでとう!!」
紫南帆も目の前まできて、策に身を乗り出して、手を差し伸べてくれる。
紊駕もその隣で――、
「泣いてんじゃねーよ。」
「っ泣いてないよ。」
鼻をすすった。
涙がこぼれない様に、唇をかみ締めた。
全国大会。
ついに。
先輩たちも、一様に感極まっていた。
「もー飛鳥のお陰だよ、本当!ありがとな。」
「何いってんですか。みんなで勝ち取ったんですよ!」
守り、攻め、センタリング、アシスト。
どれを欠いても勝てなかっただろう。
マネージャーももちろん、全員が一丸となって優勝できたのだから。
「よーし!今日はパーっと打ち上げ行くぞ――!!」
「おー!!」
皆、控え室でも大騒ぎ。
浮き足立っていた。
もちろん、これからが厳しい全国大会だけど。
名声の無い俺たちがここまでこれたんだ。
今日くらい、浸ってもいいよな。
「飛鳥先輩!おめでとうございます。」
「かっこよかったです――!」
マネジャーも皆、目頭を熱くしていた。
「ありがと、ありがとう。」
ありがとう。
その言葉しかでてこないよ――……。
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