TOMORROW
Stage 1 ―X'mas Present―

                       1


午前6時。
辺りはまだ暗い。
俺は、目覚まし時計を止めて、大きく伸びをした。
   あすか  きさし
俺、飛鳥 葵矩。
神奈川県立S高校の2年。

今日は、12月25日、クリスマス。
と、忘れてはならない、大事な試合がある。
全国高校サッカー選手権大会、神奈川県大会予選の最終戦。
Y高校との試合。

  「おし!」

自分に喝を入れるためのガッツポーズをとって、ベッドから起き上がる。
着替えを済ませ、リビングに続く階段を下りた。
パンの焼ける香ばしい匂いと、

  「おはよう、飛鳥ちゃん。」

純白のエプロンをまとった、響きの良いソプラノヴォイスの少女。
         し な ほ
  「おはよ、紫南帆。」
      そう み  し な ほ
幼馴染の蒼海 紫南帆、同じ学校の同級生。
何で同じ家にいるのか、って?
どっ同棲?
ちっちがう、ちがう。
……でも、同じことかなぁ。

今からコトの始まりは、3年前になるんだけどさ。
両親たちが学生の頃から仲が良くて、結婚して、もともと隣り合っていた家を1軒
にしちゃったんだよ、これが。
全く、異常っていうか、なんていうか。
そんなわけで、飛鳥家と、蒼海家、そして、

  「オッス。」
        みたか
  「おはよ、紊駕。」
                                     きさらぎ    みたか
染髪の長い前髪をかきあげて、自室から階段を下りてきた、如樹 紊駕。
やっぱり、同じ学校の同級生。
の、三家族同居ってわけ。

  「めっずらし。紊駕ちゃんが、こんなに早いなんて。」

語尾にアクセントをつけて紫南帆は白い頬をゆるませる。

  「うるせーの。」

紊駕は嫌味なく、一笑に付して洗面所に長い足を向かせた。
そんな後姿をみて、紫南帆はほっ、と胸を撫で下ろす。

昨夜。
紊駕を取り巻く仲間関係で、事件があった。
話すと長くなるので、ちょっとだけ触れることにするよ。
詳しく知りたい方は、Planet Love Event 第四章 Bad Boys 恋愛事情を参考に。

あいつ、紊駕は、幼い頃から大人びていて、冷静沈着なクールな奴。
物怖じはしないし、中学の頃から族に入ってて、族仲間もたくさんいる。
学校はサボるし、夜遊びは絶えない。

でも、この状況なる少し前、紊駕は生活を一新させた。
学校もまともにいくようになって、夜遊びも止まった。
一緒に住むようになって、あいつは変わった。
いや、変わったんじゃなくて、変えた。

それから、3年。
昔のいさこざが起因して、新たな事件が起こった。
紊駕はその事件の前触れに、俺たちを冷たく突き放した。
あいつは、不器用で、俺たちを事件に巻き込むまいと、わざと冷たい態度をとった。
紫南帆のコトに関しても、本当は好意をもっているくせに。
大切に想っているくせに。
冷たい態度をとってみせた。

もう一つ、理由に、俺が紫南帆の好意をもっていることを知っているから。
自分の気持ちを抑え込んででも、他人を気遣う。
自分を傷つけてでも、他人を守る。
自分が悪者になってでも……。
他人を尊重するんだ、紊駕は。
態度では全く逆のくせに。

でも、昨夜。
初めてといってもいいと思う。
紊駕の素直な気持ちを、紊駕の口から聞いたんだ。

――大事なんだ、放してくれ。俺にとってそいつらは、大切なんだ。

月が煌々と輝いた、クリスマス・イブ。
真夜中の江ノ島。
藤沢市の観光名所でもある、湘南海岸。
紊駕は俺たちのことを、そう言った。
思い出すと何だか照れるっているか、なんていうか。
事実、あの時、俺は自分のほっぺたをつまもうかと思ったくらいだ。
紫南帆だって、同じ気持ちだったと思う。

  「何にやついてんだ。」

頬の筋肉を緩ませてたら、紊駕の毒舌。
うるさい。と、一言答える。
でも、悪気は全然なくて、いつもと同じで心地良いとさえ感じる。

  「紊駕、ケガ、大丈夫か?」

俺の言葉に、額に触れて、問題ないと一蹴。
端整に整った顔にいくつもの傷跡。
昨日の事件のせいで、強かにケガをした、紊駕。
痛い、などと決して弱音は吐かないが、服の下も、傷や打撲があるはず。

  「ヘーキだって、ゆってるだろ。」

そんな俺の気持ちを気遣って、肩を優しく叩いた。
ダイニングキッチンのテーブルに腰を下ろす。
紫南帆は見かねて、俺たちに淹れ立てのブルーマウンテンを置いた。
コクのある、香ばしい香り。
そして、トーストにサラダ。
礼をいってコーヒーを一口。
おいしい。
ほっとする。

ここ最近は、こんな和やかで温かい雰囲気ではなかった。
やっと、元に戻った。
やっぱり、俺たちはこのままがいんだ。

――ストレート勝負をする。

昨日の事件が起こる前、俺が紫南帆に言ったセリフ。
今日の試合に勝って、全国へいけたら、紫南帆に思いを伝えようと考えていた。
だけど。
やめた。
俺たちはこのままでいい。
俺たちはこのままがいい。

  「じゃ、いってくる。」

  「うん、後で行くからね。ファイト!!」

かわいい紫南帆のガッツポーズ。
玄関先で、紫南帆がささやいた。

――最高のクリスマス・プレゼントよろしくね。

全国大会への切符。

  「まかせとけって!」

俺もガッツポーズ。
紊駕も優しい笑顔で、せいぜい頑張れよ。と、薄い唇を跳ね上げた。
もちろん嫌味はない。

  「おう。」

拳をあわせた。
俺は、紫南帆と紊駕、そして遅く起きてきた両親たちに見送られて家を出た。
ようやく顔を出した太陽と一緒に――……。


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1//////あとがき