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「はあー、疲れたー!」
「なー、10年分の体力つかった感じ。」
「本当、開会式だけだっつーのに。」
俺たちは、開会式が終わった後、宿舎で寛いでいる。
というより、開会式を終えただけなのに、ぐったりしていた。
明日からが本番だというのに。
さすがに慣れない所だと気を遣うというか、緊張するって言うか……。
「本番は明日からなんだぞ、ダラダラしてんな!」
えだち
徭さんの叱責。
いおる
畳の上にうつぶせになっていた尉折の背中を叩く。
「はあーい。」
みま
「神馬、テープもってきたんだろ。見せろよ。」
ちがや
そういって茅さんは、徭さんからビデオテープを受け取った。
「初戦にあたる徳島県代表、T高のビデオ。」
T高校は、全国大会に5回連続出場している常連校。
去年の戦いを撮ったビデオテープらしい。
それをきいたとたん、全員が姿勢を整えてテレビの前に集まった。
「ここ数年はベスト4には入ってないけど、一回戦には申し分ない。」
にのみち おもね
「ああ。相手は4-4-2。去年2年だったFWの要、二導、阿。今年もこいつらツートップのはず。」
TVでは、丁度T高校が攻めているところ。
もりあ
壮鴉さんは、顎に手を添えて――、
「確か、ここDFの要がやめたって話しだよな。詳しくは知らないけど。」
「そーだったな。でも、あなどれないぜ、こいつ――。」
よみす
嘉さん、壮鴉さんの言葉にうなづいて、TVに近づいた。
TVの二導さんを指す。
「みてみ、すげー長身だ。こいつの足の長さは脅威だよ。」
敵と一対一の二導さん。
相手に巧みなフェイントを仕掛けてる。
上手い。
足の先でボールをコントロールして、宙に浮かせ、相手を振り切った。
「足の長さの差だな。」
ねや
閨さんか呟く。
「阿さんのほうは、結構背、低いですね。」
や し き
夜司輝の言葉に皆、うなずく。
2人が並ぶのその差は歴然。
「でも、こいつのサイド突破力は尋常じゃない。何たって100メートル10秒台だっていうからな。」
「ま、うちには11秒フラットつー2人組がいるけどな。」
えだち ほせ
徭さんの後に、輔世さんが壮鴉さんと嘉さんを見る。
そう、うちのサイド、両ウィングは俊足の持ち主なんだ。
「でも、小柄な分アイツのほうが動きはいいかもな。」
嘉さんが謙遜したが、テレビを見た感じでは、引けをとっていない。
長身の2人、嘉さんと壮鴉さん。
動きは鋭敏でテクニックも兼ね揃えている。
「ま、勝てない相手じゃないよ。」
ぬえと
鵺渡さんが自信たっぷりにいう。
はくあ きずつ
「なんたって、うちには、あの穿和 創に注目される男がいんだから。」
え。
皆が俺を見る。
「いや……あれは……。」
俺が言葉を濁してると――、
「本当、何だったんでしょうね。」
そのう
と、弁。
「初出場の俺たちに注目してんだよ。」
「お前がえばってどーする。でもすごいですよね!」
いつく のりと
慈の言葉に祝。
初出場。
でも、俺たちだけじゃないし。
あすか
「じゃあ、何でキャプテンじゃなくて飛鳥なんだ?」
皆、首をかしげる。
そりゃそーだ。
「気に入られてんじゃね?あ・す・かくん。」
尉折が耳元で意味深な言い方をする。
あのねぇ。
尉折を睨む。
「じょーくだよ。」
乾いた笑い。
何が言いたいんだよ。
ったく。
「ま、誰がきても、どこと当たっても全力でやるのみ!」
「そうだな。」
徭はビデオを止め――、
「自由にしていいぞ。ゆっくり体休ませておけ。」
「わーい。神馬さん、だいすき。」
るも
流雲がいの一番に徭さんに飛びついた。
こら。と、流雲を軽くしかって、微笑。
「トランプやろ、トランプ。」
わいわい、がやがや、まるで、修学旅行みたくなってる。
俺は、部屋を出た。
宿舎は結構広くて、俺たちの他にも5チームくらいが泊まってると聞いた。
掃除も行き届いている。
真っ白な壁伝いに廊下を歩いて、窓辺に向かった。
日差しが強く、太陽が煌々と輝いていた。
今年も明日で終わりか。
「飛鳥。」
背中を叩かれて、振り向く。
尉折だ。
「なーにたそがれてんの?」
「そんなんじゃないけどさ……。」
ま、いーや。と、尉折は口元を緩めて――、
「さっきさ。風呂見てきたんだ。すっげー広いぞ。あとでいこーな。」
尉折の言葉に頷くと、尉折の顔がさらに緩んだ。
女子風呂。と、付け加える。
「何いってんだよ、お前!」
それって、覗きっつーんだぞ。
「いーじゃん、息抜き息抜き。」
アホか。
息抜きじゃなく、ただの変態だっ!
軽蔑の目で見た俺を全く気にせず、笑みを浮かべてる。
いぶき
「お前なぁ。檜のこともちゃんと考えてやれよ。」
「だって、しゃーないじゃん。俺、男だもん。」
何だソレ。
答えになってねーよ。
ったく。
「な、な。たまにはお前もストレス発散しろよ!」
お前のストレスの解消法は、覗きなのか!
「ほかのチームのマネージャーもいるだろうなぁ。」
「おまえ……変態だぞ。」
俺の言葉に、振りかぶって――、
「なーにいっちゃってんの。俺にはお前のほうが変態にみえるぞ。健全な男子高校生が、女の子に全く興味ないなんて!」
興味ないなんて、いってないだろう。
「僕もそう思いますね!」
いつの間にか、流雲。
神出鬼没だ。
「少しは、本能というのもを出してもいんじゃないですか!!」
あのねぇ。
お前も行く気なのか。
「いきましょう、いきましょう。」
俺の腕を引っ張る、流雲。
おいおい、今からいくつもり?
やだよ、俺は。
「誰も入ってないよ。」
後ろからのクリアヴォイスに、流雲と尉折に引きずられる格好から、体を反らした。
「は、穿和さんっ!」
サッカーボールを片手に掲げた、穿和 創さんの姿。
栗色の柔らかそうな髪をかきあげて、にっこり笑った。
俺は姿勢を整えて、
「こ、こんにちは。……同じ宿舎だったんですね。」
頭を下げる。
少し、どもってしまう。
何ていうか、すごく手の届かなそうな人が。
あの全国で、1年からレギュラーで、3年連続優勝している静岡のチームの人が。
俺のすぐ目の前にいて。
あんときはそんな余裕なかったけど、それはすごく、すごいことで。
ブラウン管の中の人が、今ここにいる気持ち……。
「珍しいものを見るような目で、見ないでくれよ。」
呆然とする俺に、洗練された言葉遣いで紳士的な笑みを返した。
「初戦、徳島だったね。」
窓辺に寄りかかる、穿和さん。
髪が日に透けて無色になる。
「は、はい。」
一瞬遅れて返答。
尉折も流雲も、呆然としてる。
いかにも、紳士的で優しく、人望が厚そうな、その風貌に見とれてしまう。
まるで、太陽の光華が、オーラのように穿和さんを輝かせている。
「まあ、勝てない相手ではないね。」
俺の肩に手を置いて――、
「君の持ち前の突破力とシュート力。期待してるよ。」
「え……。」
「創――!」
遠くからの声に、決勝で必ず、会おう。と、言い残して翻した。
……。
「キザなヤローだな。自分たちのことは何も心配してやがらない。決勝まで行けると思ってやがる。あーゆーやつこそ、初戦敗退だっつーの。」
尉折は吐き捨てるように、穿和さんの消えた廊下に言った。
穿和さん、どうして……。
「でも、どーしてあの人お風呂に誰もいないって知ってたんでしょうか。」
実は見に行ったんでしょ。と、流雲が見当違いなことをいう。
あのねぇ。
清掃中の札とかあったんじゃないの。
見に行くわけないでしょ。
でも。
何で、俺のこと知ってんだろ。
――君の持ち前の突破力とシュート力。期待してるよ。
なんか、王者静岡の貫禄みたいなの、見た気がした。
俺も頑張らなきゃ。
「よぉ。何一人で考えてんだ。そーか。」
尉折は俺の顔を覗きこんで、そして、再び口元をゆるめて――、
「今夜、覗きにいく事を心に決めたか!よし、よし。」
「ちっがーう!!」
何考えてんだ、こいつは。
尉折は一人でうなづいて、俺の頭をかき回すように撫でる。
「っだぁ、やめろって!」
「なぁ。」
そんな俺の気持ちをよそに、尉折が手を止めて、
「お前。まじで、穿和 創に気に入られてんじゃね?」
耳打ち。
は?
・ ・ ・
「だーかーら。アイツがこっちってこと。」
尉折、右手の甲を頬にくっつけた。
な……
「何いってんだよ!」
「だーってよ。尋常じゃねーよ。お前を見る目。」
流雲に目配せ。
「僕もそう思います。何かねー。」
あのなぁ。
んなワケないだろが。
・ ・ ・
「お前、男にももてるからなぁ。」
ぐさっ。俺の頭に矢が刺さった。
ような気がした。
「あすかせんぱいって、かわいーですからね。」
ぐさぐさ。
かわいーだって?
男にいう言葉かよ。
「僕。あすかせんぱいだったら付き合ってもいいですよ!本当に。」
ぐさ、ぐさ、ぐさ。
流雲の満面の笑顔。
俺って一体……。
「んなワケないだろ!どーしてそーゆー方向に考えんだよ!!」
「もしかしてせんぱいも……。」
流雲の大きな瞳がさらに大きくなる。
見かねて。
「ちがう!!」
俺は、ノーマルだ!!
怒るぞ。
「だってぇ。せんぱい、女の子にキョーミないんですもん。隠さなくてもいいですよ。軽蔑しませんから。なんなら僕、お付き合いさせていただきます。」
……あのね。
だから、興味ないとか言ってないし。
流雲は泣きまねをして、そしてジョークフェイス。
「ま。ジョークだとしてもだ。」
尉折が腕を組んで、何で、飛鳥に注目してるのか、ってことだ。と、自分にうなづく。
そうなんだよ。
もちろん、会ったことすらない。
「俺なんか、別に目立ってないし。第一、穿和さんの前でプレーしたことない。S高が注目されるなんて、おかしいよ、うん。」
「あすかせんぱいは目立ってますよ!予選、決勝のときだって、何点いれたことか。」
尉折が首をかしげて――、
「見に来てたとか……。」
俺たちの試合を?
「あすかせんぱいを?」
ちがうだろ……。
流雲を一瞥。
「試合を?」
俺の言葉に尉折――、
「多分。で。」
飛鳥にホレたんだ。
俺はコケるリアクション。
何で、そうなる。
「あーなるほど。結局アノ人が、あすかせんぱいを好きってことでカタがつくんですね!なーんだそうか。僕のあすかせんぱいを、許せないですね。」
あのね、流雲。
全然カタつかないって。
しかも、いつから俺は流雲のモノなんだ。
結局、穿和さんのイメージ悪くしちゃうじゃないか。
すみません。
俺は空を見つめて、穿和さんに謝罪。
そんな、こんなで、東京での1日目が終わった。
明日の元旦は休日。
1月2日に俺たちの初試合はキック・オフ。
がんばるぞ――!!
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