TOMORROW
Stage 3 ―Older And Younger―
1///4//あとがき

                           4


  「せんぱい、年上の彼女ってどう思います?」
                    るも
星空の下、ゆっくりと歩きながら流雲が尋ねた。
夜風が少し冷たい。

  「……どうって言われても、なあ。」
                    そうみ
  「そうですよね。せんぱいは、蒼海せんぱい一筋ですもんね。」

曖昧な俺の返事に、茶化す風ではなく、溜息交じりの口調。
やっぱり、いつもと違うな、流雲。

  「2つも年下って、相手にしてもらえないっすかね。」

……好きなコがいるのか。
いおる
尉折とナンパだ何だってしてるけど、本当はいたりするんだ。
気になるコが。
思わず笑いが漏れてしまった。

  「なーに、笑ってんすか。僕悩んでんですよぉ。」

  「ごめんごめん。何か。悪気はないよ、全然。……2つっていうと高3か。」

  「彼氏はいないっていってたんですけどね。どーかなぁ。」

以外にさばさばと、少し他人事のように言った。
告白、か。
少し、うらやましいな。

  「女の子って、告白された後、顔とかってみれないもんなんすかね。」

  「うーん。状況にもよるよね。2人の関係とか。」

  「でも、あれは、露骨だったなぁ。」

空を仰いだ流雲。
……流雲がね、高3か。
                                               
  「でも、何で俺に相談なんか。自分の恋愛すらまともにできてないのに。尉折とかのほうが、よかったんじゃないの。」

  「そんなことないですよ。あすかせんぱいなら真剣にきいてくれると思ったし、いおるせんぱいだとバラされそーですからね。」

確かに……。
そして流雲は少し眉間に皺を寄せて――、

  「それに、助けてあげたんだからお礼の一つくらいゆってくださいよ。あの場にいたら大変なことになってましたよ。」

意味深な言葉。
俺が首を傾げると、思いっきり呆れた表情を見せて、

  「まっさか、気づいてないんですか?」

声高々と言った。
……?
   ちがや             えだち
  「茅せんぱいと徭せんぱいの好きなコ、あすか先輩のこと好きなんですよ!」

え……。
俺って、やっぱ鈍感なんだろうか。
うん。と、またどこかから声が聞こえたが気のせいだろう。
                    しらき                                        かささぎ
流雲いわく、茅さんの好きなコは白木のことで、徭さんの好きなコは鵲のこと、らしい。

  「ま、そこがせんぱいのいいトコでもあるんですけど。」
いぶき
檜にも言われたな、それ。

――私……あきらめられませんよ。
           いなはら
クリスマスの夜の稲原を思い出した。
っていわれても、な。
俺は……。

  「せんぱい!」

突然の流雲の言葉に驚いて、視線を同じくする。
にやり、流雲が口元を緩めた。

  「いやーやっぱ、夜の公園っているんすね。」

宿舎からすぐ近くの小さな公園。
流雲の視線は奥のベンチに注がれていた。
2人の男女。
ここからじゃ顔は見えない。

  「あの雰囲気だときっといきますよ。」

すばやく身をかくす流雲に腕を引っ張られてしゃがむ。
のぞきにきたんじゃないだろ。
さっきのしおらしい流雲はまぼろしか!

そんな、俺の気持ちも裏腹に興味津々で覗きこむ。

  「せんぱい!見物っすよ。」

あのね……//////。
俺は、背を向けた。

  「行け!もう少し!」

小声でささやく流雲。
もう。

  「流雲!」

かすれ声で叱責を発して流雲の袖をひっぱった瞬間。

  「……やっ!」

乾いた音が響いた。

  「……どうして、……きらい。」

女の人はベンチから立ち上がって、涙声で言った。
はっきりは聞こえない、途切れ途切れの声。
男は座ったまま俺たちに背を向けている。

  「あすかせんぱい。あの人。明治神宮で尉折せんぱいが……」

  「え?」

すらっとした背丈。
長い栗色の髪がわずかな街灯の光に光っている。

尉折がナンパしたコだ。
       う き や
  「よー、羽喜夜終わった?」

突然の声に思わず肩が怒ってしまう。
成り行きで……決して覗き見する気はない!
逆に音もたてれないし、俺たちはその場にいるしかなかった。

  「やろうとして、舌出したら叩かれた。」

っ……//////。
羽喜夜って人は恥ずかしげもなく、あとからきた男の人たちにいった。

  「ばーか。焦んなよ、お前。」

  「だってよー、あのオンナ、3年だろ。俺よりも2つも上なのに、処女だろぜってー。」

そーゆうことを、平気で、しかも大声で話している。
夜の公園。
人気はないとはいえ、その言葉は卑猥で乱雑だった。

  「お前、本気で考えてやれよ。」

仲間の一人が低く落ち着いた静かな声で、いうと、羽喜夜って人はおもむろにベンチを蹴飛ばした。
         ろうと
  「るせーよ、浪冬!!」

振り向いたその目は、すごく鋭くて敵意がむき出しだった。
小柄なその男は、どうみても年上そうな浪冬って人を一瞥したあと、背を向けた。

  「おこらすなよ、浪冬。あとに響く。」

  「だな、情緒不安定で3回戦負けなんて、シャレになんねーぞ。」
       このえ    なつく
  「だまれ此衣、懐!!んなことで響くわけねーだろ!」

3回戦、負け……?
サッカー部の人たちなのか……?

  「ね、せんぱい。今の2人、どう思いました?」

流雲がトーンを落として尋ねる。
静かに踵を返したのを、俺も後を追って――、

  「やっぱ。身長差って厳しいですか、ね。」

……。
流雲を見る。
さっきの羽喜夜って人とあの女の子を思い出す。

好きなコ、自分より背が高いの、か。
流雲は自分の中で反芻するように、宿舎までずっと無言。
……情緒不安定。
流雲は大丈夫かな。


その夜。
大部屋で皆で寝ていた中、流雲がそっと抜け出したのを偶然見た。
その面持ちが、何だか神妙で、違和感を感じた。

  「……。」

俺は、思わずその後を追ってしまう。

  「……さい。」

1階のロビー。
非常用の明かりのみが灯る、薄暗い広間で、流雲は誰かと話しをしていた。
階段を下りて、顔を覗かせる。

  「考える時間は、十分あったと思いますよ。返事、下さい。」

いつのもジョークフェイスからは逸脱した、流雲の真剣な面持ち。
目の前には、うつむいて、髪を何度もかきあげたり弄んでいる、女性。
             ま あ ほ
3年、マネージャーの茉亜歩さん、だ。

  「生殺しにしないで下さい。……ショックでしたよ、打ち上げのとき帰っちゃうなんて。」

――女の子って、告白された後、顔とかってみれないもんなんすかね。

そういえば、茉亜歩さん、25日の打ち上げ来なかったっけ。

  「年下だからですか?それとも、顔も見たくないほど嫌いですか?」

少し責めるような口調の流雲に、茉亜歩さんは震える小さな声で、違う。と、かろうじて口にした。
そんな茉亜歩さんを見上げて――、

  「身長が低いと嫌ですか?」

  「……ちがう。そんなんじゃなくて……」

  「本気ですよ。……もちろん。試合にはそんなこと持ち込まないようにしてますけど。」

でも、かなりこたえてます。
最後の流雲の言葉は、茉亜歩さんの涙腺をゆるませた。
そんな茉亜歩さんを目の前にしても、少し厳しい目つきをして黙って見ている流雲。

茉亜歩さんは彼女なりに答えを見つけようとしているようだった。
今は大事な時期であるし。
そんな気持ちを理解しているだろうに、流雲は溜息をついて――、

  「すみません。少し厳しすぎましたね。おやすみなさい。」

俺は、いきなり踵を返した流雲から体を隠す余裕がなかった。

  「あすかせんぱい。」

少し驚いて、俺の顔をみる。
聞いてしまってごめん。と、謝った俺にいつもの顔で、

  「べっつにーきにしてませんよ。」

にっこり笑った。

  「流雲……茉亜歩さんのことだったんだ。……流雲の好きなコって。」

階段を上り、部屋に戻る途中、いいにくそうに口に出した俺に、流雲は振りかぶって、

  「は?」

眉間に皺を寄せた。

え?
あれ。

  「せんぱーい。何か勘違いしてません?」

  「え?違うの。2つ上の好きな人って、茉亜歩さんなんだろ?」

おもむろに溜息をついた。
そして、2階の廊下のソファーに腰掛けた。

  「いつ、僕っていいました?ちがいますよ。茉亜歩さんのこと好きなの。僕じゃありませんよ。」

確かに、自分だ、とは言わなかったかもしれないけど。
自分じゃないともいってないぞ!
じゃあ……。

流雲の隣に腰掛けて、顔を垣間見る。
上目使いで俺を見てから――、
   や し き
  「夜司輝なんです。茉亜歩さんのこと、好きなの。」

自分のことのように真剣な顔だった。
流雲の奴……。

  「僕はまだ一人には縛られたくないですからぁ〜。」

……このヤロ。

冗談ぽく言って見せたが、夜司輝を想っていることが、強く伝わった。

  「でも。ちょっと厳しすぎたんじゃないか。茉亜歩さん、泣いてたろ。」

  「夜司輝だって、苦しんでるんですよ。2つも年下だし、背も低いし。やっとのことで告白したのに、茉亜歩さん、露骨に夜司輝から逃げるように、打ち上げこないし。」

唇を少し尖らせて、不満そうな表情をする。

もちろん、何とかしてあげたいって気持ちはわかる。
でも、当人同士の問題だし、今のこの大事な時期だからこそ、茉亜歩さんは返事に二の足を踏んでいるんじゃないか。

  「焦らなくても、いんじゃないのか。」

そういった俺に、

  「わかってるんですよ。よけーなおせっかいだって。別に頼まれたわけでもないのに。」

唇をかんだ。

  「夜司輝って無口で思ったこととかあんま口に出せなくて、そんなあいつが思い切ってコクったのに。告白なんて、しなきゃよかったってゆうんですよ。……茉亜歩さん見てたら、何か少しハラたって……生殺しでしかも、シカト状態で――」

うつむき加減の体勢から、顔を上げた。

  「飛鳥せんぱいは、いつも他人のことを正しく優しい目で見れるんですね。確かに、茉亜歩さんの気持ち考えてなかった。好きだ嫌いだの前に、今、気持ちが他に向いたら優勝なんてできないっすよね。」

流雲の嬉しい言葉に、俺は首を振って、そして少し頬の筋肉を緩めた。

そういってもらえると嬉しいけど、そんな立派なもんじゃないよ。
感情的にもすぐなるし。
他人のこと考えられないときだって、もちろんたくさんあるさ。
俺は、言った。

  「そんなときは。自分が今、何をすべきか。何ができるかってことを考えるようにしてるんだ。」

今、俺たちが考えることは、全国制覇。
このトーナメントの頂上だ。

考えなきゃいけないことはたくさんあるけど、いっぺんに考えたって解決できない。
だから今、一番考えなければいけないこと。
それをまず、解決して、そして次へ進もう。
一歩一歩、ゆっくりでも、確実に前進していこう。

俺の言葉に、流雲は満面の明るい笑みで、

  「はい!ありがとうございます!」

返事をしてくれた――……。


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