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――オフサイド・トラップの司令塔、もしかしたら、4番じゃないかもしれません。
あすか
「どーゆうことだよ、飛鳥。」
けおと
「確信はもてません。でも、愛知の10番、華音さんは、徳島にいたときDFの4番だったんですよね。なのに、愛知ではどうしてMFなんでしょうか。」
皆、俺の言葉に眉根をひそめた。
「根本的なことはかわらないんじゃないでしょうか。」
もしかしたら、そんな俺のひらめき。
皆は一様に考えてから――、
ゆいま
「じゃあ、ディフェンスの要は4番じゃなく、MFの結真だってのか。」
おそらく。
そうだと思います。
「俺も、飛鳥先輩と同じ意見です。」
や し き
夜司輝が静かに口を開いた。
神妙な面持ちで――、
「11番、ねいろさんを俺たちが囲んでいたとき、華音さんが何処にいたか見ていた人いますか?」
皆が首を振るのを見かねて、夜司輝は続けた。
「俺たちは、ねいろさんを数で止めようとしていました。ディフェンスの先輩たちは、相手の4人にマンツーでおされられていた。相手のディフェンスは常に直線。」
その間、華音さんは、中盤でフリーだった……。
そうだ。
「これは推測ですが、あのポジションでねいろさん、あるいはディフェンス4人に指令をだせるのは、華音さんしかいないはずです。」
6人に攻められたねいろさんに、ディフェンスを見るチャンスはなかったはず。
けれど、華音さんなら?
ディフェンスを上がらせて、ねいろさんにチップ・キックをださせる。
……可能だ。
「なるほどな。」
「俺にもいわせてくれ。」
ねや
閨さんが立ち上がった。
「オフェンスの軸はきっと11番だ。先制点を入れにきたとき、俺たちはやはりマンツーで抑えられてた。あの、華音ってやつ、ドリブルをしながらしっかりを周りを見ていた。」
そう。
その視線に惑わされたんだ。
いなはら
「でも、ねいろってやつにはゴール前では一度もパスを出さない。そうだったよな、稲原。」
「ああ。でもいつも10番は11番をとらえていた。」
ということは、ディフェンスでは華音さんの指示を受けて、ねいろさんが。
オフェンスでは、ねいろさんの指示をうけて、華音さんが、チャンスをつくっていたというのか。
そして、オフェンス4人、ディフェンス4人はこの2人の指示に動いていた。
確かに、柔軟性に富む華音さんをディフェンスにしては、せっかくの技能を無駄にしかねない。
ミッドフィルダーにしてもだ。
その実力を巧く発揮させる、いまのポジションは華音さんを十分に活かせるポジショニングだ。
「そうか。どっちにしてもあの2人が鍵を握っているというわけだ。フリーにさせないよう注意が必要だな。」
1対0。
あと2点いれなきゃ、勝てない。
俺たちは、気合を入れなおして後半戦に臨んだ。
<さー、愛知1点リードで後半戦開始です。>
試合早々、やっぱり愛知は直線攻撃を崩さない。
そして、ねいろさんがボールをキープ。
華音さんは……。
あれ、いない。
俺たちからみて、左にいるはずの華音さんの姿がなかった。
「ポジションチェンジだ、飛鳥。」
尉折の声にうなづく。
きっと、ねいろさんはオープンスペースにボールを出すはず。
華音さんがバックスを見た。
そして、ねいろさんを――、
「今だ!」
その瞬間、俺たちはボールを持っているねいろさんから、一斉にはなれた。
ねいろさんの表情が一瞬変化する。
よし!
「オーライ!」
ねいろさんからはなれたボールは、レフトサイド。
よみす
しっかり嘉さんに渡った。
「行け!!嘉!」
もりあ ・ ・ ・
壮鴉さんの声に、パスをださずに疾走。
ねいろさん。
チップ・キックは誤れば命取りです。
相手のチャンスボールになりかねませんもん。
俺も前線を走る。
ちたか よみす
<おーっと、オフサイドなし!神奈川8番、チームで一、二を争う俊足の持ち主、知鷹 嘉が全力疾走!!>
バックスがいくら浅くても、抜かれたんじゃ、おしまいです。
オフサイドにはなりません。
たしな もりあ
<浅くなりすぎていた、愛知。ピンチか。知鷹、そして9番、こちらも俊足、窘 壮鴉。2人の疾走に誰も追いつけません!ぐんぐん伸びていきます。前にキーパーのみ!さー、同点ゴールなるかぁ――?>
<100メートル11秒フラットの2人ですからね。ちょっと追いつくのは難しい。>
2人に敵うわけがない。
相手はキーパーのみ。
ジャマは誰もいない。
コーナー右隅、見定めてシュート。
……!!
めぶき ほのか
<――すごい!すばらしい、ゴールキーパー芽吹 仄。なんと柔らかい体でしょうか!窘のシュート、いいコースをついていたはず!しかし、反応が早かった芽吹!しっかりキープ。そう。この人こそ、今までの試合を無失点で抑えてきたすばらしいゴールキーパー!神奈川同点ならず!!>
<そうですね。柔軟性に富んだすばらしい選手です。>
忘れていた。
愛知にはもう一人いたことを。
ゴールキーパーの仄さん。
ずっと、今までの試合を無失点でおさえてたんだ。
華音さん、ねいろさんだけではない。
この人、仄さんがいたからこそ、愛知は勝ち進んでこれたんだ。
「コースは良かった。壮鴉。でも、あのキーパーはただもんじゃない。壮鴉のフェイントに一瞬振られたはずなのに、柔軟さでカバーしてきたんだ。」
「俺たちのシュートじゃ通用しないかもしれない。飛鳥。お前のシュート力が必要だ。」
俊足の壮鴉さんと嘉さん。
……あのディフェンスをオフライド・トラップにかからずに抜け出す。
俺の脚がもっと早かったら……。
でも、やるしかない。
「飛鳥!!」
――だめだ。
ディフェンスの前でボールをもったら、4人に囲まれる。
抜け出せない。
ここで、パスを出したら、オフサイド。
くそ。
いおる
「尉折!」
後ろに出すしかない。
くっそ、どうすれば……。
<飛鳥、ボールを戻します。後半25分、1対0のまま!!>
時間がない。
あと2点。
「あすか、せんぱい。」
るも
「流雲。」
「いきましょう。皆で、国立に。」
真剣な、まなざし。
尉折も、うなづく。
そうだ、国立。
……こんなところで負けていられない!!!
あと一つで国立なんだ。
「うん、行こう。」
俺たちは、――負けない!!!
「飛鳥、走れ!!」
全力疾走!
<飛鳥にボールが渡ったぁ――!神奈川チャーンス!!>
目の前に2人のディフェンダー。
追いつかれたら抜く。
抜けなかったら、
「いっけ――!!!」
そのままシュートだ!!
<30メートルゆうにある飛鳥のロングシュート!!ディフェンダー2人をボールが追い越していく!!速い、力強いボール、芽吹のかまえるゴールへ!!>
「はいれ――!!」
<芽吹、しっかりキャッチ!またしても同点ならずか――……お、おっとなんと、ボールの勢いは衰えていません!!芽吹の手の中でもがいて、あー!跳ね返った!!>
よし!
入る!!
あすか きさし
<……入ったぁ!!入りました!!飛鳥 葵矩のロングシュート!!!>
「よっしゃ!!」
「ナイスシュート!!」
「あすかせんぱい!!」
「飛鳥!!」
<なんとすごい威力!一旦止めた芽吹の手の中からもがくように零れ落ちました。そしてゴール!!同点!!飛鳥大きく、ガッツポーズ!!!>
やったあ、同点だ!!!
「俺たちも負けてられないな。」
「ああ、飛鳥にいい格好ばっかさせられないもんな。」
嘉さんと壮鴉さん、いたずらな笑みをみせて――、
<――抜いた!!俊足コンビ、ウィングの知鷹、窘。あざやかに愛知のディフェンスを抜き去りました。愛知、ついてこれない、追いつけない!またしても2人の全力疾走!!今度は止められるか、芽吹――!!>
「壮鴉。」
「おう。嘉、行くぜ。」
2人のアイコンタクト。
<ワンツーリターン!!綺麗に通った!飛鳥のロングシュートから火がついたか、神奈川、猛攻撃です。窘、シュート体勢、しかし芽吹も反応しています!!お?なんと、窘じゃない!!>
壮鴉さんが巧みに仄さんをひきよせ、嘉さんにパス。
2人の息が合うが故の技だ。
<ゴール!!まさかのおとり作戦。絶妙のタイミングで、窘が知鷹にパス。きっちりきめてきました、ボレシュート!神奈川、逆転です!!2対1――!!!>
<いいですね。勢いがついてきました。神奈川。>
すごい!!
2人ともすごいです!
残り時間は?
ロスタイムのみ。
<残り時間は――?ロスタイム、あーっと、審判が時計を見た。>
甲高く長い笛が響いた。
<ここで試合終了――!!2対1。神奈川S高校、4回戦進出――!!>
やった――!!
勝った!!
ベスト8だぁ――!!!
「飛鳥!」
「尉折!」
「やったな!!」
「うん、うん!」
勝ったんだ。
俺たち。
皆で抱き合った。
し な ほ みたか
勝ったよ、ベスト8だよ、紫南帆、紊駕!
あと一つで、国立。
あと一つで国立にいけるんだ。
「飛鳥。」
「……華音さん。」
あいさつを終えた俺たちの前に、華音さんたち。
「勝って、国立に行ってくださいね。いい試合を、ありがとう。」
「はい。ありがとうございました!」
ねいろさんも、仄さんも、激励してくれた。
晴れ渡った大空に、大歓声が響いた。
また一歩、俺たちは夢へと前進した――……。
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