TOMORROW
Stage 4 ―Meet Again―
1///4///あとがき

                           4


  「お前さぁ、ケンカ弱ぇーんだから、そーゆー口叩くなよ。」
   みたか
  「紊駕!」

  「紊駕ちゃん。」

両手を黒のロングコートのポケットに突っ込んで、少し背を反らした紊駕の姿。
もう、どこいってたんだよ。
とはいうものの、俺は心底ほっとしていた。

  「何だよ、兄ちゃん。やんのか?」

男の下卑た口調に、
   ・  ・  ・  ・
  「やんのは、女だけにしときな。」

いつもの嘲る表情。
端整な口元を跳ね上げた。
     し な ほ
そして、紫南帆の腕をとって、
        ・  ・  ・
  「もっと。いい女をさ。」

長く赤い前髪をかきあげる。
一瞬の間をおいて――、

  「ふざけんな、このやろう!」
        ・  ・  ・  ・  ・  ・
  「何だよ、やってほしいわけ?」

振り上げられた腕を、なんなくつかんで、振りおろす。

  「悪いね。俺、女しかキョーミないから。」

ってあのね……。
その口調に男たちは奮起して一斉に構えた。
一触即発。

  「なめんなよ!!!」

  「しつけーぞ!」

その瞬間、周りが一斉に静まった。
先ほどの紊駕の表情が一変して、刺す様な鋭い目が、突き刺さる。

  「――消えろ。」

男たちの唾を飲む音が、こっちまで聞こえた。
先頭にいた、頭らしき男が、一歩下がって――、

  「お、覚えてろよ、てめーら!」

男たちが去った、公園。

  「ありがとう、紊駕。」

やっぱり、紊駕ってすごい。
男ながらにかっこいいとか思ってしまう。
情けないな……俺って。

  「かっこいかったじゃん、紊駕。」
                       みやつ
すぐ側のベンチに腰を下ろしていた、造さんが立ち上がって、俺たちに頭を下げた。
紊駕を連れまわしてごめん、と。
俺たちは首を横に振る。

   「それより、さっきの言葉。」

紫南帆が隣でかわいく頬を膨らませて、紊駕を軽くにらんだ。

――もっといい女をさ。

そんな光景に造さんが失笑して――、

  「相変わらず、ケンカ強いな。安心して見てられるよ。」

  「造さんも変わってないですよ。」

  「ぐ。じゃなにか。俺は18のままか。」

普段学校では見れない紊駕の顔。
紊駕の新たな一面を見た感じがした。
造さんは、まだ数日こちらにいる旨を伝えて、軽く後ろ手を振って、冬の空に消えた。

  「紊駕、ごめん。いつも頼ってばっかで――俺、一人じゃ紫南帆、守れなかった。」

俺の言葉に、優しい笑みを見せて、頭を叩く。
                     ・  ・  ・  ・  ・  ・
――今はよけーなこと考えるな。借りはその時でいい。

ありがとう、紊駕。

  「明日、三ツ沢だよね。応援に行くからね。」

改札口、紫南帆が笑顔で言った。

  「ファイトだぞ!」

  「うん。」

構内に吸い込まれる前、紫南帆が耳元でささやいた。

――さっきは、ありがとう。

満面の笑みで小さな手を振る。
今日来てくれたことに礼を言って、そして、別れた。

あと、優勝まで、3つ。
もう一度、気合を入れなおさなきゃ。

   あすか
  「飛鳥ぁ。もう上がろうぜぇ。」

それから練習に加わって、夕日が傾くのも気にせず――、

  「もう少し。先上がってていいよ。」

  「あすかぁ――。」
いおる
尉折が疲れ果てた声を出して、

  「尉折。」

しかし、次の瞬間、攻撃を仕掛けてきた。

  「お前ばっか、うまくならせてたまるか!」

尉折……。
他の部員はもうとっくに上がってしまった中、俺たちは汗まみれで走り、ボールを追ってた。
時間なんて、すっかり忘れて。

  「こら、お前ら!」

軽い叱責に、動きを止める。
えだち
徭さんだ。

  「熱心なのはいい、でも今何時だと思ってんだ。」

気がつくと、グラウンドのライトは煌々としていた。
徭さんは、呆れた顔をして、でも、優しい口調で、体壊すなよ。といってくれた。
何か。
じっとしていられなかった。
ずっとボールを追っていたかった。

  「すみません。」

  「もう上がって体休ませておけ。――大事なフォワードなんだから。」

俺と尉折は礼をした――……。


宿舎に戻って、一息つく。
窓辺で空を見上げた。
キラキラと光るネオンがまぶしくて、思わず目を細める。
やっぱり星は見えない。
高いビルが立ち並んでいて、せわしなく動く人や車。
空さえも見えるか怪しい。
東京の街は、眠らない。

やっぱり、俺はシリウスの見えるあの家がいい。
目の前には、青々とした海原が見えて、緑々した山に囲まれている家。
そして、紫南帆と紊駕がいる。

   あすか   きさし
  「飛鳥 葵矩。」

突然の、聞きなれない声に振り返える。

  「だろ。神奈川のエースストライカー。」
                   するが
  「え……あ、はい。あ、……駿牙、さん?」

俺の言葉に、当たり。と、相好を崩した。
      するが   すみなり
私服姿の駿牙 速晴さん。
わからないハズがない。
       はくあ
この人は、穿和さんと肩を並べるほど、すごい人。
あの、静岡のエースストライカー。

厚めの長袖、黒のトレーナーにズボン。
長めのストレートな前髪をかきあげた。

  「こ、こんにちは。えっと。……ベスト8おめでとうございます。」

間の抜けた、数秒経ってからの俺の挨拶。
駿牙さんは失笑して――、

  「何か。いいやつだな、お前ぇ――!」

ぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でる。
??
俺は、何だか意味がわからなくて、しばし呆然。
そんな俺を見て、ごめん、ごめん。と、口にする。

  「なんか、きいた通りの奴だな、って思って。」

……?
あの、まだ意味がわからないんですけど。
   きずつ
  「創が気に入るの、わかるよ。」

え……。

  「なんか。わかりやすいもんな。性格がにじみ出てるつーか。」

それって、褒められてんのかな。
淡々と歯切れ良い口調の駿牙さん。
テンポも速く、言葉を挟む間がない。
でも、なんかいい人なんだな、ってのは伝わってくる感じ。

  「あー、ごめん。勝手にべらべらしゃべって。」

  「え。いえ、別に……。」

俺より10センチ近く高い背を見上げる。
尖った顎と、余分な脂肪がついていない精悍な顔立ちは、口調と同じくシャープな印象を与える。

  「あと、2つだな。」

  「え?」

  「あと、2つ、勝ったら、神奈川と当たる。」

……。
駿牙さん、真剣な眼差しをした。
                 君 たち
  「創がいってた。決勝は神奈川と当たる、ってね。」

あいつの感は当たるんだ。
語尾を和らげる。

  「俺も、そう思う。」

っ――……。
言葉がでなかった。
すごく、それは感動的な言葉で。
すごく、それは感激なことで。
なんていうのかな、俺たちS高が高く評価されたっていう……。

  「おっと、いけね。ミーティングの時間だ。」

じゃ。と、語尾短く言って、駿牙さんは軽く手を振った。
はくあ    きずつ
穿和 創さん。
するが    すみなり
駿牙 速晴さん。

あんなに、遠く、手の届かなかった人たちが、近づいてきているのを感じた。
少しずつ。
一歩ずつ。
試合を勝ち進んで度に、同じ位置に――……。


  「すごいですね。」
   や し き
  「夜司輝。」

夜司輝が俺の隣に駆け寄った。
もう一度、すごいです。と、言って――、

  「あの穿和さんや駿牙さんに、高く評価させるなんて。」

  「俺じゃないよ。俺たち、皆。」

俺の言葉に、そうですね。と、笑みを浮かべた。
笑うとさらに幼くなる夜司輝の顔。
どことなく、かげりが見えた。
瞳の奥が少し、悲しそう。

  「……元気、だせよ。」

その言葉に、うつむいていた夜司輝が振りかぶった。

  「ごめん。流雲から、聞いたよ。」

  「そ……ですか……。」

言わないほうが、よかったかな。
ごめん、夜司輝。
俺って本当、鈍感かも……人の気持ち、わかんないし。
夜司輝の気持ち考えたら言うべきじゃなかったのかも。
                                       ま あ ほ
  「今はさ。試合のことを考えようよ。その後ゆっくり、考えよう。茉亜歩さんもそう思ってるよ。だから……な、夜司輝。」

告白して生殺しのまま、どんなにつらいか、俺だってわかるつもりだ。
答えを聞きたいけど、きけない。

結局、俺は、紫南帆の答えから、逃げたんだ。
――ストレート勝負する。
そういった言葉。
でも。
このままでいい。
もう少し、まだ少し。
このままでも、いいよな……。

綺麗事だと、言われれば、それまでだけど。
臆病なだけだと、言われてしまえば、それまでなんだけど。
でも俺は、今はこれでいいと思ってる。
少なくても間違ってなかったって、思ってる。

紫南帆の答えを聞けなかったのは事実だし。
3人の関係が崩れるのも恐れてる。
それも、事実。

でも一番側で紫南帆を支える男になりたい。
それは、恋人としてじゃなくても、いい。
これも、俺の本当の気持ち。
紫南帆の笑顔を、守りたい。

  「やっぱり、すごいです。飛鳥先輩。そういうふうに言えるのって。」

俺の考えに、夜司輝はそういってくれた。

  「いや。えらそうなことばっかいって……ごめんな。」

夜司輝は首を横に振って――、

  「何か。元気でました。俺も、前向きに行こうと思います、飛鳥先輩みたいに。」

笑顔を見せてくれる。
少し、晴れ晴れとしたような顔。
少しでも元気になってくれたのなら、嬉しい。

  「流雲も心配してたよ。」

  「はい。……あいつ、なんか、ちゃらんぽらんやってる感じですけど、すごくいい奴ですよ。」

  「うん。知ってるよ。」

友達のために、あんなに心配して、怒って。
うん。
流雲は、優しくてすごくいい奴だ。
                                            ・  ・  ・  ・
  「幼い頃からそうなんですよ。人のことすごく気遣うし、そりゃ、ちょっと問題有りですけど。」

かわいく舌を出す。
きっと、カモフラージュなんだよな、流雲のそーゆーの。
心はすごく純粋で、友人をとても大切に想ってる。
芯が強いんだ。

  「おわっ!」

突然の衝動に思わず、よろける。

  「なーにやってんですかぁ、2人でぇ。怪しいですよぉ!」

  「流雲。」

俺に体当たりして、隣に陣取る。

  「ちょっと、夜司輝くん。僕の飛鳥先輩、誘惑しないでくれます?」

唇をかわいく尖らせて、夜司輝に言った。
夜司輝は微笑んで、すみませんね。と、語尾にアクセント。
何いってんだか。
俺は失笑する。

  「風ひいちゃいますよぉ。」

  「そうだね、部屋もどろう。」

3人、部屋に戻って、床に就く。


明日、鹿児島代表K高校との試合。
そして、全国高校サッカーベスト4が決まる――……。


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