Over The Top
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蹴破られたドアから入ってきたのは、鉄パイプを担いだ巨漢。
と、後ろから数人の男たち。おそらく外にもまだいる。
泰盛たいせい。と、誰かが叫んだ。
兄ちゃん。と、泰則やすのりが絶望的な表情で言った。
こいつが、2代目総長。か。

 「よう、氷風ひかぜ。12年だ。長かったぜ。」

泰盛はまっすぐに氷風の元に向かった。
氷風は見上げる。その目に恐れはない。強いて言えば憐憫。
2代目副総長を殺し、実刑。刑期を終えてリベンジってワケか。腐ってんな。

 「おうおう、荒れてんなぁ、B×B。」

カウンターの奥、厨房から出てきたのだろう。板前姿の男。
刺身包丁を片手に、店のモンに手ぇ出すなよ。と、啖呵を切った。
堂に入っている。
氷風は真面目な顔で謝って、泰盛にアゴをしゃくった。外に出ろ。と。

 「あんたたち!看過できないと判断したら警察呼ぶからね!」

一般人らしからぬ夕摘ゆづみさんの物言い。泰盛の仲間が睨みつけた。
夕摘さんに手を出そうとした、その時。

 「母さんには指一本触れさせねぇ。出てけ。」

いつから居たのか。ちっせぇガキ。いや、中坊か?
男の腕を掴んだ。驚いたことに、男は腕を上げられないでいる。
フードを目深にかぶった姿。下から睨みつけられて、男は固まった。

母さん。確かにそう言った。俺は、朔弥さくや先輩を見る。
朔弥先輩は、そいつの事を詩弦しづる。と、呼んだ。
大丈夫。と、いつもの穏やかな声で言って、いおりたち皆を外へ向けさせた。

 「維薪いしんしゅうたちも、帰ったほうがいい。」

朔弥先輩は真剣に諭すように言って、後ろ手で制した。
今ならまだお前たちは、B×Bとは無関係。とでもいうべく、裏口を指ししめす。

 「巳嵜みざきたち関壱會を傘下にしなかったコト、後悔しても遅ぇよ。」

泰盛の声。俺と麟大郎りんたろう、同時に店の外へ出る。駐車場。あきらの姿があった。
麟大郎が後退る。何で。と、顔面蒼白。
金か。まさか、執行猶予がついたか。
不明だが、これは、無関係というワケにはいかねぇな。
当然、逃げる気なんてハナからねぇけど。

 「……集結、させますかっ?元関壱會も乗り込んでくるなら……」

誰かの提案を未来空みらくが叱咤した。
H3抗争、2代目副総長の件。二の舞をするな。と。
氷風に従え。と、いった。

よく見まわすと、泰盛側についた2番隊。
他隊より人数が多い。計画的。
氷風側。1番隊、3番隊から5番隊。柊たちを入れても10数人。
これは、加勢せざるを得ないだろ。いや、おそらく必須。

 「B×B 2代目復活祭。楽しみです、泰盛くん。」

相変わらず思想犯的雰囲気を醸し出す麒。一瞬こちらを見た。不敵。
もう、やめてくれよ。と、嘆いたのは夢到むい
兄貴の死をムダにしないでくれ。と、泰盛の前で頼む。と、頭をさげた。

 「BLUESブルース2代目の過ちを犯さない為、ずっと引き継いできた意思。抗争は、二度と起こさない。氷風が守ってきたB×B。もう、いいだろ。12年前、決着はついたじゃないか!」

顔を上げた夢到は、唇を強く噛みしめていた。

 「ヤスでも旺亮おうすけでも2番隊全員つれて消えてくれよ!もう、B×Bにかかわんないでくっ……!!」

夢到の想いは、泰盛に足蹴にされた。
トゥキック。サッカーボールでも蹴るかの如く。無慈悲に蹴とばされた夢到。
氷風は支え、泰盛を睨みつけた。殺気。観たことがない。

 「マジでやばい。死人がでる。氷風がマジで怒った。」

ちかしが言って、庵と目を合わせた。

 「タイマンなら受ける。けど、俺の仲間にこれ以上手ぇ出したら、許さねぇ。」

 「ダメだ。リンチ。俺ら全員で氷風おまえを殺す。」

は?何だ、こいつ。
……成程。こいつの目的は、B×Bのトップ
だけど、結局全面戦争必至じゃねぇか。不毛だ。
B×Bの連中からもふざけんな。と、怒号が飛び交う。
氷風だけが冷静に分った。と、言った。

いや、いくらなんでもリンチ―――しかも武器あり。は、無謀だろ。
……氷風の決意。そこまでしてもB×Bを守りたい。そういうことか。
仲間みんなの居場所。か。

 「いい度胸だ。力と金。だろ。世の中。トップった奴がトップ。どんな事しても、なぁ!!」

泰盛が振りかぶった。戦闘開始。ゴング。一斉に氷風に向かう敵。
B×B連中が戦おうとしたのを止めたのは、未来空。
氷風の想いムダにすんな。と。
任せとけ、総長に。と、言った未来空の背中には、苦痛が観えた。

皆、歯を食いしばって、拳を握って耐えていた。
自分たちの為に身体を張る、氷風トップの姿。
空手の昇段試験でも20人はねぇわ。しかも、20以上 VS 1のリンチ。
でも、負けてねぇ。氷風のガチゲンカ。ダテに頭張ってねぇってことが分る。
タイマンなら絶対負けてなかっただろう。
数十分。さすがに足腰限界か。あと3分の1。そして、未だ高みの見物の泰盛。

 「見てらんねぇ、行かせろよ、未来空。」

1番隊副隊長の義也よしなり。1番隊のメンツ、皆頷いた。
未来空は唇を噛んだ。息を吸った。頃合いか。

 「……維薪っ…なっ……!」

氷風が倒れる寸前。間に合った。
俺は未来空が、自分が行く。と、言う前に一歩踏み出したのだ。
氷風の身体を肩で支える。

 「いっ…し…ん?」

氷風が肩でうめき声と共に呟いた。鉄パイプでの殴打。複数の骨折。多分。
意識もギリギリだったろう。B×Bも痺れを切らす。限界。
氷風の望まない、全面戦争。ならば。

 「30にもなる大人が、中坊に肩あずける気分は、どうよ。」

 「っ……だから、まだ……26。だっ…」

大丈夫スね。と、氷風に声を掛けて、未来空に託す。
なぁ、おっさん。と、泰盛を見上げた。
おそらく坊主先輩くれぇか。190。体格は、年食ってる分太め。苦笑。

 「おっさん、いったよな。トップをった奴がトップって。」

泰盛が太い眉を上げた。俺は嘲笑。揚げ足を取ってやる。
氷風を事実上伸した泰盛を殺れば、俺が、トップ。

 「俺は、B×Bとはカンケ―ねぇけど、お前ったら、俺がトップ。……だよな!!」

一瞬で間合いを詰める。周りに有無を言わせねぇ。残党3分の1。秒殺。
泰盛が虚を突かれている間に、顔面パンチ。上段蹴り。渾身。
よっしゃ!泰盛が倒れた。先手必勝!

 「……すげぇ。何だ今の。」

周りがざわついた。泰盛が立ち上がる。
こっからが本番。俺は拳を鳴らす。
タイマン。やろうぜ。坊主先輩とどっちが強ぇかな。

 「維薪くんかっけぇ!!」

とさかの叫び。ムシ。泰盛が唇の血をぬぐって、何モンだ。と、吐いた。
麒が俺の名前を口にする。

 「てめぇ、芯まで腐ってんのな。教祖の女と同類。いっぺんあの世に召されてこいよ。」

麒に中指を立てる。妹、弟、狛路はくろもお前にはやんねぇよ。と、悪態づく。
麒は、眼鏡をかけなおした。一瞬また飛び道具でも出すかと思いきや、違った。
さすがに銃はねぇか。
麒は嬉々として、やっぱり欲しい。と、吐いた。きもいわ。
泰盛は俺を見て、久々に良いの食らったわ。と、不敵に笑う。
こいつ……。

次の瞬間。恐ろしい速さで泰盛が、俺の懐に入ってきた。やべぇ。
コンマ一秒反応が遅れた。右ストレートがかすっただけで左頬が切れた。
坊主先輩より速ぇ。

 「避ける。か。いいな、お前。」

泰盛の目。強さを極めんとする、格闘家のソレだ。
ファイティングポーズ。どうやらタイマン張ってくれるらしい。
つーか、氷風と俺にられて、泰盛側は麒しかいねぇけど。

 「塀の中。知ってっか。弱肉強食。身体、鍛え放題。」

 「そりゃ、楽しそうだな。」

俺の返答。嬉しそうに笑って、殺人的蹴りを繰り出す。
まともに受けたら一発で折れる。流す。次いで速ぇパンチ。連続。
ジャブはわざと受ける。相手のキメのパンチに合わせて、カウンター。

泰盛が息を詰まらせた。鳩尾。完璧に入った。
間を開けずに蹴り。顔面。試合じゃねぇガチのケンカ。楽しすぎた。
拳が血に染まる。自分のモンだか、相手のモンだか判らねぇ。
泰盛の息が切れてきて、あきらかに動きが鈍りだした。

 「維薪、やべぇ。強すぎ。泰盛が押されてる。」

俺のスタミナ、なめんなよ。ダテに鍛錬してねぇんだよ。
クソ龍月たつきに勝つために。トップになる為に。
そして、俺を鍛えてくれた皆に報いる為に、磨き上げた数々の技。
俺は、一呼吸の内。コンビネーション技を繰り出す。
掌底、水面蹴り。そして、朔弥先輩に教えてもらったシラット―――肘。

泰盛の歯。だろう。数本抜け飛んだ。
おそらく意識は、そうはっきりしてねぇはずだ。
でも、泰盛は笑った。不敵。ではなく、悦。
こいつ、戦いを心から楽しんでやがる。

その証拠に、旺亮が鉄パイプを使え。と、地面に這ったまま叫ぶ声を無視した。
周りが見えていないだけか?いや、やはりこいつは楽しんでる。
自分でも止められないのだ、戦うことを。

もしかしたら、歩夢あゆむって奴を殺しちまったのも、殺意なんかではなく、衝動。
ボケてんが一線を超えてしまった時の結末。だったのかもしれない。
唐突に理解した。

 「泰盛。お前、止まれねんだな。」

ぴくり。もうほとんど朦朧とした表情が、一瞬覚醒したかのよう。肯定。
だったら。俺は短く息を吐いて、ダッシュ。
泰盛の袖を左手で握り、右手で襟を掴んだ。
体幹に肘を引き付けて胆を練る。
泰盛の身体が浮く。ここまで数秒。

 「俺が、止めてやんよ!!」

渾身、背負い投げ。とさかの時のような緩手は、なし。
地面は土砂利だ。コンクリートならば脊椎損傷もありえるが、大丈夫。多分。
うぉぉっ。と、周りの歓声。ムシ。
受け身を取れず、叩きつけられた泰盛。
その頭側から身体を下に入れ、右足を泰盛の右手脇から差し込み、左手で締める。
左足は、泰盛の左腕を押さえつける。柔道の後ろ三角締め。

柔術、ブラジリアン柔術などでも使う。狼先輩の得意分野だ。
手足の長い狼先輩なら、相手の脚を取ってさらに固めるだろう。
が、泰盛はでかい。20センチ差はリスクだ。
投げた後なら足腰動かせねぇだろ。このまま、落とす。
泰盛はうめいた。俺は、さらに締める。
坊主先輩を締めたときよりも強く。だが、殺さねぇ。
5、4、3……カウントを心中で唱える。

 「ゼロ。……眠れ、泰盛。」

泰盛の身体から力が抜けた。完落ち。心臓は動いている。大丈夫。
うわぁぁっ!!!と、耳をつんざく歓声。うるせぇわ。とくにとさか。苦笑。

 「……ふざけんなよ。泰盛くんっ……何、やってんだ……」

旺亮が麒に元関壱會の奴らはどうしたんだよ!と、叫んだ。
麒がスマホを確認する。着信音。麒のじゃない。氷風のだった。
氷風が応答して、スマホをこちらに向けた。スピーカーにしたのだろう。

 「やっほー。み・ざ・きくん。聞いてるぅ?」

お気楽でチャラい声。Teddyテディだ。次いで、地を這う低く凄む声。

 「お前の元仲間。神奈川まで行けねぇってよ。」

Leeリー。何かを蹴る音。うめき声。
はぁ?と、旺亮。麒はふっ。と、笑った。

 「やっぱり、TeddyくんとLeeくん。最強ですね。いや、龍月くんかな。」

麒は俺を見た。ちっ。こいつも食えねぇな。
おそらくそうだ。クソ龍月が先手を打った。

 「てめぇ、マジで何してぇんだよ。麒。」

 「天下統一トップ。ですよ。」

六本木事件の時同様、高揚した表情。相変わらず狂ってんな。
関壱會を失い、世界多幸教せかいたこうきょうの後ろ盾もなくなった。
それでもこいつは、泰盛や旺亮を使い意志を貫く。か。
マジ、蛇みてぇにしつけぇな。

 「兄貴っ……ふざけんなよ!いい加減、目ぇ覚ませよ!」

麟大郎が叫んだ。
―――兄弟なら互いが間違ってたなら、正し合うんだよ。
とさかの言葉。麟大郎の心に響いていたのだろう。一歩、前へ出た。
この人たちは、俺を救ってくれたんだ。利用するな。許さない。と。

 「B×Bは、俺の新たな居場所だ。俺を受け入れてくれた。絶対利用させない!!」

柊たち、平塚連合の奴らも麟大郎に並んだ。加勢。

 「巳嵜!!ゆったよな。東京に手ぇ出したら殺す。って。」

氷風のスマホからTeddyの豹変した声音。
すぐそばにいるのではないか。と、思わせる。心胆を震わせた。
思わず周りを見回す。
東京に手ぇ出したら―――つまり、関壱會残党はすでにまとめ上げている。
さっきのうめき声。フェイクか。やるじゃねぇか。

 「……今日の所は引き上げます。」

麒は両手を挙げて、戦う意志なし。と、伝えた。
当然B×Bはっちまおうぜ!と叫んだが、氷風が止めた。
もう、終わりだ。と。



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あとがき

最終話まであと3話!
維薪、強ぇーなぁかっけぇ!と、独りで叫ぶ僕。
最近、「誰かを思い切り殴りたい衝動」に駆られています。
空手の組み手も楽しいし、ミット打ちも好きだけど、実戦したい!
でも、やっぱ実際そんな機会があったら怖いのかなぁ(笑)

執筆は「空」最終章がんばってます!
ただ、頁が足らん!もう一冊確定ですわ。(汗)


2022.4.22 湘