27
蹴破られたドアから入ってきたのは、鉄パイプを担いだ巨漢。
と、後ろから数人の男たち。おそらく外にもまだいる。
泰盛。と、誰かが叫んだ。
兄ちゃん。と、
泰則が絶望的な表情で言った。
こいつが、2代目総長。か。
「よう、
氷風。12年だ。長かったぜ。」
泰盛はまっすぐに氷風の元に向かった。
氷風は見上げる。その目に恐れはない。強いて言えば憐憫。
2代目副総長を殺し、実刑。刑期を終えてリベンジってワケか。腐ってんな。
「おうおう、荒れてんなぁ、B×B。」
カウンターの奥、厨房から出てきたのだろう。板前姿の男。
刺身包丁を片手に、店のモンに手ぇ出すなよ。と、啖呵を切った。
堂に入っている。
氷風は真面目な顔で謝って、泰盛にアゴをしゃくった。外に出ろ。と。
「あんたたち!看過できないと判断したら警察呼ぶからね!」
一般人らしからぬ
夕摘さんの物言い。泰盛の仲間が睨みつけた。
夕摘さんに手を出そうとした、その時。
「母さんには指一本触れさせねぇ。出てけ。」
いつから居たのか。ちっせぇガキ。いや、中坊か?
男の腕を掴んだ。驚いたことに、男は腕を上げられないでいる。
フードを目深にかぶった姿。下から睨みつけられて、男は固まった。
母さん。確かにそう言った。俺は、
朔弥先輩を見る。
朔弥先輩は、そいつの事を
詩弦。と、呼んだ。
大丈夫。と、いつもの穏やかな声で言って、
庵たち皆を外へ向けさせた。
「
維薪。
柊たちも、帰ったほうがいい。」
朔弥先輩は真剣に諭すように言って、後ろ手で制した。
今ならまだお前たちは、B×Bとは無関係。とでもいうべく、裏口を指ししめす。
「
巳嵜たち関壱會を傘下にしなかったコト、後悔しても遅ぇよ。」
泰盛の声。俺と
麟大郎、同時に店の外へ出る。駐車場。
麒の姿があった。
麟大郎が後退る。何で。と、顔面蒼白。
金か。まさか、執行猶予がついたか。
不明だが、これは、無関係というワケにはいかねぇな。
当然、逃げる気なんてハナからねぇけど。
「……集結、させますかっ?元関壱會も乗り込んでくるなら……」
誰かの提案を
未来空が叱咤した。
H3抗争、2代目副総長の件。二の舞をするな。と。
氷風に従え。と、いった。
よく見まわすと、泰盛側についた2番隊。
他隊より人数が多い。計画的。
氷風側。1番隊、3番隊から5番隊。柊たちを入れても10数人。
これは、加勢せざるを得ないだろ。いや、おそらく必須。
「B×B 2代目復活祭。楽しみです、泰盛くん。」
相変わらず思想犯的雰囲気を醸し出す麒。一瞬こちらを見た。不敵。
もう、やめてくれよ。と、嘆いたのは
夢到。
兄貴の死をムダにしないでくれ。と、泰盛の前で頼む。と、頭をさげた。
「
BLUES2代目の過ちを犯さない為、ずっと引き継いできた意思。抗争は、二度と起こさない。氷風が守ってきたB×B。もう、いいだろ。12年前、決着はついたじゃないか!」
顔を上げた夢到は、唇を強く噛みしめていた。
「ヤスでも
旺亮でも2番隊全員つれて消えてくれよ!もう、B×Bにかかわんないでくっ……!!」
夢到の想いは、泰盛に足蹴にされた。
トゥキック。サッカーボールでも蹴るかの如く。無慈悲に蹴とばされた夢到。
氷風は支え、泰盛を睨みつけた。殺気。観たことがない。
「マジでやばい。死人がでる。氷風がマジで怒った。」
史が言って、庵と目を合わせた。
「タイマンなら受ける。けど、俺の仲間にこれ以上手ぇ出したら、許さねぇ。」
「ダメだ。リンチ。俺ら全員で
氷風を殺す。」
は?何だ、こいつ。
……成程。こいつの目的は、B×Bの
頭。
だけど、結局全面戦争必至じゃねぇか。不毛だ。
B×Bの連中からもふざけんな。と、怒号が飛び交う。
氷風だけが冷静に分った。と、言った。
いや、いくらなんでもリンチ―――しかも武器あり。は、無謀だろ。
……氷風の決意。そこまでしてもB×Bを守りたい。そういうことか。
仲間の居場所。か。
「いい度胸だ。力と金。だろ。世の中。トップ
殺った奴がトップ。どんな事しても、なぁ!!」
泰盛が振りかぶった。戦闘開始。ゴング。一斉に氷風に向かう敵。
B×B連中が戦おうとしたのを止めたのは、未来空。
氷風の想いムダにすんな。と。
任せとけ、総長に。と、言った未来空の背中には、苦痛が観えた。
皆、歯を食いしばって、拳を握って耐えていた。
自分たちの為に身体を張る、
氷風の姿。
空手の昇段試験でも20人はねぇわ。しかも、20以上 VS 1のリンチ。
でも、負けてねぇ。氷風のガチゲンカ。ダテに頭張ってねぇってことが分る。
タイマンなら絶対負けてなかっただろう。
数十分。さすがに足腰限界か。あと3分の1。そして、未だ高みの見物の泰盛。
「見てらんねぇ、行かせろよ、未来空。」
1番隊副隊長の
義也。1番隊のメンツ、皆頷いた。
未来空は唇を噛んだ。息を吸った。頃合いか。
「……維薪っ…なっ……!」
氷風が倒れる寸前。間に合った。
俺は未来空が、自分が行く。と、言う前に一歩踏み出したのだ。
氷風の身体を肩で支える。
「いっ…し…ん?」
氷風が肩でうめき声と共に呟いた。鉄パイプでの殴打。複数の骨折。多分。
意識もギリギリだったろう。B×Bも痺れを切らす。限界。
氷風の望まない、全面戦争。ならば。
「30にもなる大人が、中坊に肩あずける気分は、どうよ。」
「っ……だから、まだ……26。だっ…」
大丈夫スね。と、氷風に声を掛けて、未来空に託す。
なぁ、おっさん。と、泰盛を見上げた。
おそらく坊主先輩くれぇか。190。体格は、年食ってる分太め。苦笑。
「おっさん、いったよな。トップを
殺った奴がトップって。」
泰盛が太い眉を上げた。俺は嘲笑。揚げ足を取ってやる。
氷風を事実上伸した泰盛を殺れば、俺が、トップ。
「俺は、B×Bとはカンケ―ねぇけど、お前
殺ったら、俺がトップ。……だよな!!」
一瞬で間合いを詰める。周りに有無を言わせねぇ。残党3分の1。秒殺。
泰盛が虚を突かれている間に、顔面パンチ。上段蹴り。渾身。
よっしゃ!泰盛が倒れた。先手必勝!
「……すげぇ。何だ今の。」
周りがざわついた。泰盛が立ち上がる。
こっからが本番。俺は拳を鳴らす。
タイマン。やろうぜ。坊主先輩とどっちが強ぇかな。
「維薪くんかっけぇ!!」
とさかの叫び。ムシ。泰盛が唇の血をぬぐって、何モンだ。と、吐いた。
麒が俺の名前を口にする。
「てめぇ、芯まで腐ってんのな。教祖の女と同類。いっぺんあの世に召されてこいよ。」
麒に中指を立てる。妹、弟、
狛路もお前にはやんねぇよ。と、悪態づく。
麒は、眼鏡をかけなおした。一瞬また飛び道具でも出すかと思いきや、違った。
さすがに銃はねぇか。
麒は嬉々として、やっぱり欲しい。と、吐いた。きもいわ。
泰盛は俺を見て、久々に良いの食らったわ。と、不敵に笑う。
こいつ……。
次の瞬間。恐ろしい速さで泰盛が、俺の懐に入ってきた。やべぇ。
コンマ一秒反応が遅れた。右ストレートがかすっただけで左頬が切れた。
坊主先輩より速ぇ。
「避ける。か。いいな、お前。」
泰盛の目。強さを極めんとする、格闘家のソレだ。
ファイティングポーズ。どうやらタイマン張ってくれるらしい。
つーか、氷風と俺に
殺られて、泰盛側は麒しかいねぇけど。
「塀の中。知ってっか。弱肉強食。身体、鍛え放題。」
「そりゃ、楽しそうだな。」
俺の返答。嬉しそうに笑って、殺人的蹴りを繰り出す。
まともに受けたら一発で折れる。流す。次いで速ぇパンチ。連続。
ジャブはわざと受ける。相手のキメのパンチに合わせて、カウンター。
泰盛が息を詰まらせた。鳩尾。完璧に入った。
間を開けずに蹴り。顔面。試合じゃねぇガチのケンカ。楽しすぎた。
拳が血に染まる。自分のモンだか、相手のモンだか判らねぇ。
泰盛の息が切れてきて、あきらかに動きが鈍りだした。
「維薪、やべぇ。強すぎ。泰盛が押されてる。」
俺のスタミナ、なめんなよ。ダテに鍛錬してねぇんだよ。
クソ
龍月に勝つために。トップになる為に。
そして、俺を鍛えてくれた皆に報いる為に、磨き上げた数々の技。
俺は、一呼吸の内。コンビネーション技を繰り出す。
掌底、水面蹴り。そして、朔弥先輩に教えてもらったシラット―――肘。
泰盛の歯。だろう。数本抜け飛んだ。
おそらく意識は、そうはっきりしてねぇはずだ。
でも、泰盛は笑った。不敵。ではなく、悦。
こいつ、戦いを心から楽しんでやがる。
その証拠に、旺亮が鉄パイプを使え。と、地面に這ったまま叫ぶ声を無視した。
周りが見えていないだけか?いや、やはりこいつは楽しんでる。
自分でも止められないのだ、戦うことを。
もしかしたら、
歩夢って奴を殺しちまったのも、殺意なんかではなく、衝動。
ボケ
天が一線を超えてしまった時の結末。だったのかもしれない。
唐突に理解した。
「泰盛。お前、止まれねんだな。」
ぴくり。もうほとんど朦朧とした表情が、一瞬覚醒したかのよう。肯定。
だったら。俺は短く息を吐いて、ダッシュ。
泰盛の袖を左手で握り、右手で襟を掴んだ。
体幹に肘を引き付けて胆を練る。
泰盛の身体が浮く。ここまで数秒。
「俺が、止めてやんよ!!」
渾身、背負い投げ。とさかの時のような緩手は、なし。
地面は土砂利だ。コンクリートならば脊椎損傷もありえるが、大丈夫。多分。
うぉぉっ。と、周りの歓声。ムシ。
受け身を取れず、叩きつけられた泰盛。
その頭側から身体を下に入れ、右足を泰盛の右手脇から差し込み、左手で締める。
左足は、泰盛の左腕を押さえつける。柔道の後ろ三角締め。
柔術、ブラジリアン柔術などでも使う。狼先輩の得意分野だ。
手足の長い狼先輩なら、相手の脚を取ってさらに固めるだろう。
が、泰盛はでかい。20センチ差はリスクだ。
投げた後なら足腰動かせねぇだろ。このまま、落とす。
泰盛はうめいた。俺は、さらに締める。
坊主先輩を締めたときよりも強く。だが、殺さねぇ。
5、4、3……カウントを心中で唱える。
「ゼロ。……眠れ、泰盛。」
泰盛の身体から力が抜けた。完落ち。心臓は動いている。大丈夫。
うわぁぁっ!!!と、耳をつんざく歓声。うるせぇわ。とくにとさか。苦笑。
「……ふざけんなよ。泰盛くんっ……何、やってんだ……」
旺亮が麒に元関壱會の奴らはどうしたんだよ!と、叫んだ。
麒がスマホを確認する。着信音。麒のじゃない。氷風のだった。
氷風が応答して、スマホをこちらに向けた。スピーカーにしたのだろう。
「やっほー。み・ざ・きくん。聞いてるぅ?」
お気楽でチャラい声。
Teddyだ。次いで、地を這う低く凄む声。
「お前の元仲間。神奈川まで行けねぇってよ。」
Lee。何かを蹴る音。うめき声。
はぁ?と、旺亮。麒はふっ。と、笑った。
「やっぱり、TeddyくんとLeeくん。最強ですね。いや、龍月くんかな。」
麒は俺を見た。ちっ。こいつも食えねぇな。
おそらくそうだ。クソ龍月が先手を打った。
「てめぇ、マジで何してぇんだよ。麒。」
「
天下統一。ですよ。」
六本木事件の時同様、高揚した表情。相変わらず狂ってんな。
関壱會を失い、
世界多幸教の後ろ盾もなくなった。
それでもこいつは、泰盛や旺亮を使い意志を貫く。か。
マジ、蛇みてぇにしつけぇな。
「兄貴っ……ふざけんなよ!いい加減、目ぇ覚ませよ!」
麟大郎が叫んだ。
―――兄弟なら互いが間違ってたなら、正し合うんだよ。
とさかの言葉。麟大郎の心に響いていたのだろう。一歩、前へ出た。
この人たちは、俺を救ってくれたんだ。利用するな。許さない。と。
「B×Bは、俺の新たな居場所だ。俺を受け入れてくれた。絶対利用させない!!」
柊たち、平塚連合の奴らも麟大郎に並んだ。加勢。
「巳嵜!!ゆったよな。東京に手ぇ出したら殺す。って。」
氷風のスマホからTeddyの豹変した声音。
すぐそばにいるのではないか。と、思わせる。心胆を震わせた。
思わず周りを見回す。
東京に手ぇ出したら―――つまり、関壱會残党はすでにまとめ上げている。
さっきのうめき声。フェイクか。やるじゃねぇか。
「……今日の所は引き上げます。」
麒は両手を挙げて、戦う意志なし。と、伝えた。
当然B×Bは
殺っちまおうぜ!と叫んだが、氷風が止めた。
もう、終わりだ。と。
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あとがき
最終話まであと3話!
維薪、強ぇーなぁかっけぇ!と、独りで叫ぶ僕。
最近、「誰かを思い切り殴りたい衝動」に駆られています。
空手の組み手も楽しいし、ミット打ちも好きだけど、実戦したい!
でも、やっぱ実際そんな機会があったら怖いのかなぁ(笑)
執筆は「空」最終章がんばってます!
ただ、頁が足らん!もう一冊確定ですわ。(汗)
2022.4.22 湘