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爆発による揺れは、マグニチュード2.0を観測。
周辺最大震度は2を記録したらしい。
日本人なら誰も気にすることのない、微小地震だ。
ニュースにもならず―――いや、ニュースにせず葬れるレベル。だった様だ。
どこぞの国が行う核実験による人工地震より、遥かに小さい。
世界多幸教のこの一件は、教祖の妻とその仲間による内部犯行として扱われた。
死者3名、負傷者数十名を出した。と、報じられた。
当然、SDSや俺らのことは表に一切出ていない。
警察が以前から教団の不審に捜査を進め、明らかになった犯罪。と、された。
まあ、間違ってはいない。
六本木事件との関連はそのうち表に出るだろう。
が、教団自体の運営、安寧の妨げにはならない。おそらく。
教祖の望みは叶えられた。と、いう訳だ。
SDSや公安によって。
モールの件は、教祖の後継者―――
狛路の争奪戦。
と、報じられた。
こちらもまあ、間違ってはない。スタッフにも客にも被害はなかったのは幸い。
事前の情報により、藤沢警察が迅速に対応した。と、評価された。
半面、俺をラチった信者の男が署内の警官だった為、相殺。
俺がハンカチにくるんでトイレに置いていったDNAから面が割れた。
他の仲間も芋づる式に捕まったらしい。
モールで俺らを悪魔呼ばわりした信者たちは、微罪。
犯罪の片棒を担がされただけ。狛路を心から崇拝する信者たちだった。
狛路からはやはり毎日LINEが来た。俺の女か。苦笑。
俺のスマホは
狛南がもっていて、返してもらった。
バッテリーを抜いたのは、狛南で、
王虎昊からの指示だった。
そして親父に俺の有事が知らされた。
藤沢署管内の多重事故は信者たちがわざとおこした事故。
幸い死人は出なかったようだが、こちらも対処された。
当然余波や始末はまだあるだろうが、解決は観えた。
「……。」
10月22日の事だ。日曜の朝。
親父は俺を連れ出した。目的地―――茅ヶ崎市のアパート。
国道134号近く。親父は、慣れた様子で敷地内に車を入れた。
古びたコンクリート6階建ての1階駐車場。
降りろ。と、言われ、親父の後についていく。駐車場の奥。
親父は徐ろに目の前の車体シートをめくった。
SUZUKI GSX 750S。
氷風が言っていた、
GSX。だった。
黒のボディーに黄色と紫のライン。油冷の4サイクル4気筒。
朔弥先輩のEX-4は、水冷の4サイクル2気筒。
いずれにしても今時の若者は、車にさえ興味ない奴らが大半。
某アニメの影響でバイク人気がでてきたようだが、経済的、風潮は根強い。
族。にしても昔の遺物。扱いだ。
「……俺の13の誕生日に姉貴やその友人たちからもらった単車だ。」
そいや、明日は俺の誕生日。だ。
10月23日。明治維新が起こったと史実ではいわれた日。
名前の由来。逆に紛らわしい所以でもあるが、結構気に入っている。
俺は、手渡された鍵を見つめていた。
「興味あるなら、譲ってやる。」
親父らしい言い草だった。
朔弥先輩のEX-4を運転してから、バイクの雑誌などを見ていた俺。
確かに、あの高揚感は忘れられないものだった。
氷雨さんから伝わったのか、否か。
不明だが、どうやらこの日に合わせて検討してくれていたのだろう。
だが、その前にもう少し付き合え。と、親父は鍵を取り返した。
代わりにヘルメットを投げてよこす。後ろに乗れ。と、いうことらしい。
親父がGSXに息を吹き込んだ。低く重い音が反響する。
親父の腰を掴む。何か、懐かしい感じがした。ふわり。と、身体が浮く。発進。
もしかしたら初めてではないのかもしれない。記憶はないが。
とはいえ、その背中。少し小さく思えた。
GSXは、アイドリング時、ゴロゴロと独特な重低音がなる。
アクセルを開くと、ヒュインッ。と、高回転域で高い音がした。
EX-4のような静かな甲高い音とは異なる。油冷だけに、ドロドロ感。
しかし、このサウンドが魅力の一つ。わからなくもない。と、思った。
GSXは北に向かって進んでいた。
連れられた所―――茅ヶ崎霊園。
湘南の海と富士山が望める高台にある、ガーデニング墓地だった。
親父は花と線香を入口の売店で買い、水汲み場で桶に水を張った。
俺にひしゃくとそれを持たせる。
ここは来た事がある。
というか、毎年盆と彼岸に来る、
流蓍家の先祖の墓がある所だ。
毎回ここへ来る際、先祖の墓参りをしてから必ず最後に訪れる墓があった。
天漓家。そう墓石には刻まれている。
親友の墓だ。と、だけ親父からは聞いていた。
この墓石の前。
親父やあさざさん、氷雨さんも
細雨さんも皆、一様に遠い目をする。
湘南の海を見つめて。漂う、物悲しさ。
墓の側面、一番左に
天漓 青紫、享年13。と、ある。
「俺は……。」
珍しく親父が自分の事を話し出した。
「あの頃どうしようもない
悪で、自分は不幸だ。と、勘違いしている大バカヤローだった。」
海を見つめながら、まるで、懺悔するかのように。
俺が、こいつを殺したも等しい。と、衝撃的な言葉を吐いた。
「こいつ、青紫は、いつでも俺のことを信じて、信じ続けてくれた男だ。」
墓を愛でるように見つめる。まるで、そこに青紫って人が居るかのように。
いや、親父には観える。のかもしれない。
親父は続けた。
「仲間を俺に与えてくれた。逃げるな、諦めるな。と、教えてくれた。」
かけがえのない、男だ。と。
この青紫という人は、バイクの事故で亡くなった。らしい。
大人たちからの会話からの推測。
でも、親父の責任。だとは誰一人言っているのを聞いたことはなかった。
「青紫は、千円を拾って交番に届けるような、弱いくせに他人を守る為に不良に立ち向かうような、お人良しだった。」
守れなかった。親父は悲痛な声で言った。
守りたかった。言葉外。
ああ、そうか。親父の信念の原点。原動力。観えた気がした。
親父は、自分の気持ちを整理しているのかもしれない。独り言のように続けた。
「青紫が死んで、俺は……俺も死のうとした。」
……。
「青紫の死に関わった奴を、殺そうとした。」
……。
罪と罰。復讐、葛藤。親父の表情から複雑な感情が観えた。
今の俺と同じ年の親父。俺は想いを馳せた。
親友を亡くし、絶望した。自殺を考えた。復讐を誓った。闇落ち。
「今の俺があるのは、
海昊、
紊駕。そして、仲間のおかげだ。」
手を貸してくれ。と、言われた。
生きる意味を与えてくれた。仲間に迎えてくれた。
海昊さんが教祖に差し伸べた手。フラッシュバック。成程。だから。
親父は堕ちずに済んだのだ。
「俺は弱かった。強い。と、過信していた。」
親父の懺悔は続く。
俺は黙って耳を傾けていた。
「本当に強い奴っていうのは、他人を思いやれて、他人の為に自らをも賭せる奴。当然、ケンカの強さとは比例しない。」
親父の言いたいことは伝わってきた。
「俺は、海昊みたいな根っからの善人じゃない。だから、全てを守り、救う事など正直できないと思ってるし、しない。」
断言して俺を見た。
「俺は青紫のような、海昊のような善人を守る為に警官になった。悪人は、本音。助ける価値などない。と、さえ思っている。」
……それは。いいのかよ、そんなこと言って。苦笑。
でも、腹を割って話してくれる親父の態度。嬉しかった。
「でも、海昊は違う。青紫も。だから、悪人ですら自らを賭してさえ、助けちまう。そんな善人が、悪人の為に犠牲になるのを防ぐため、俺は、悪人を捕らえ、法の下で裁かせ、更生させる。」
俺が悪人を殺したら、海昊たちが悲しむからな。言葉外。
親父の気持ちが、手に取るように解った。
「……
空月も海昊によく似てやがる。」
「……。」
親父は溜息をつくように言った。
モールで別れた後、アホ
空は俺のスマホに連絡をいれたらしい。
既に狛南によってバッテリーが外されていたため、不通。
すぐに父親、海昊さんを介して親父に連絡したようだ。
当然、既に親父には俺の有事が伝わっていた。
SDS、
飛龍組は当然反対しただろう。無論、親父も。
それを押し切ってアホ空は俺を助けに来た。やっぱ、アホだな。
ったく。海昊さんという親にして、アホ空という子。つーワケだ。
「結果。無事だったとはいえ、まずお前をみすみすラチさせ、さらに危うく死なす所だった。すまなかった。」
……。
目の前で頭を下げる親父の姿。
俺は、一笑に付した。
「らしくねーの。不測の事態。だろ。ラチられたのは、俺の油断だし。」
親父も笑った。俺の行動に労いと賞賛の言葉をかけた。なんだか面映ゆい。
でも、SDSはやはり、すごい。王虎昊の潜入。狛南を車に紛れ込ませた。
教祖や狛路、世界多幸教の救済。何手も先を見据えた万全な体勢。
そして、それは、紛れもなく私利私欲の為ではない。
世界の平和。その理想を追い求める純然たる理念。
俺は、最近強く思う、自分の信念―――トップを目指す。その先。
少し、観えてきた気がした。
「そうだ。GSX。乗り方、教えてくれ。」
もらってやるよ。と、口にして頭をはたかれた。
俺の教習をクリアしたらな。と、親父はニヒルに笑った。
駐車場で取りまわしから始動、低速運転に急制動。
親父は手本を見せながら教えてくれた。
まるで、自転車の練習に付き合うかの如く。
とはいえ、俺は自転車の運転に手こずった記憶はない。
お袋曰く、いつの間にか乗れていた。だそうだ。
バイクも乗り方は知っていたし、現に朔弥先輩のEX-4を運転した。
余裕。と、思っていたが、多少、勝手が違った。
「こかすなよ。脚、踏ん張っとけ。」
親父の言葉にうなづく。
GSXは750。ナナハン。と、呼ばれる大型バイクだ。
EX-4は中型。重さもトルクも異なる。
重さは約30キロ重く、トルクは約2倍弱でかい。
トルクがでかい分、加速が良い。100キロなんてあっという間にでる。
車体もでかいから、スラロームやクランクは小回りがきかない。
しかも、親父仕様に色々カスタムしてあるらしい。
だが、だんだんGSXのクセが身体に慣れてきた。
何か、すげぇ楽しい。
「……まぁ、いいか。」
親父の顔。思ったより乗れているらしい。してやったり。
それから、交通ルール―――公道を走るときの。を、教わった。
まあ、これは、だいたい知っていた。
親父の車に乗せられる度に聞かされていたからだ。
当然無免なんだから、捕まるなよ。と、警官の言葉らしからぬ言い草。笑えた。
勿論、捕まったら自分で責任を取れってことだが。
茅ヶ崎のアパートに戻ったのは、昼を少し過ぎていた。
1階駐車場に一人の男が立っていた。礼儀正しく頭を下げる。
紺のスーツ姿。きちんとした身なり。清潔感のある黒い短髪。
親父はGSXを停め、俺を降ろした後、その男に目顔で挨拶。
親父より少し年下くらいの男だ。
「初めまして。ではないんだけど……こんにちは、
維薪くん。」
笑った顔は、大きな口がUの字になる、優しくて穏やかだった。
俺は、顎を下げた。初対面ではないらしいが、覚えはなかった。
男は、
天漓 黒紫。と、いった。青紫の弟だ。と、親父。
黒紫って人のブレザーの胸。正義と自由を意味する、金色のひまわり。
その中心には、公正と平等を意味する銀色の秤―――弁護士記章。
「お昼、まだでしょう。騒がしいですが、どうぞ。」
黒紫さんは、いつもの事の様な雰囲気で、上を指さした。
親父を見ると、少し呆れたそれでいて敵わないな。と、いう表情。
俺にも、黒紫さんに従え。と、うなづいた。
どうやらGSXの音に気が付いて黒紫さんはでてきたようだ。
上階に自宅があるらしかった。
GSXの隣には、シートはかぶっているが、もう一台のバイクがある。
族仲間。なのかもしれない。見た目には全くそぐわないが。
俺らは、上階へ上がった。
騒がしい―――黒紫さんが言っていた通り玄関の扉を開けると子供たちの声。
それを窘める声。笑い声。にぎやかだった。
「こーら。あ、おかえりなさい。……えっと、いらっしゃい。」
玄関から続く、リビング。
女の人が顔をのぞかせて、奥の子供らをしかり、あわただしく挨拶をしてくれた。
黒紫さんは、俺に、妻の
紗乃波です。と、紹介。
親父は、勝手知ったる風で、お邪魔します。と言って靴を脱いであがった。
奥のソファーにいた老夫婦に頭を下げて、手前右手の一室に向かった。俺も倣う。
老夫婦は、黒紫さんの両親だろう。目元や風貌がよく似ている。
やはり、穏やかな笑顔でいらっしゃい。と、口にした。
仏壇。青紫さんの遺影があった。
今の黒紫さんを若くしたままの笑顔。特にU字型の口元がそっくりだ。
焼香を済ませ、リビングに脚を向けようとした時、親父のスマホが鳴った。
身振りで、席をはずす。お前は黒紫の所に。といった。
「……
薪さんの罪では、決してないですからね。」
親父が部屋を出ていき、黒紫さんは、全てを理解しているように口にした。
―――俺が殺したも等しい。先の親父の、青紫さんに対しての言葉。
黒紫さんは話してくれた。親父のカコ。
B×Bの前身、
BLUES。当時は、極悪非道の暴走族。と、名高かったらしい。
親父は、入隊を誘われた。青紫さんと黒紫さんも引き込まれ、悪事を強要された。
薬を捌かされたりもしたらしい。
当時は敵対していた
BAD―――氷雨さんを始め、海昊さん、紊駕さん。
見せしめとして、青紫さんは、薬漬けにされ、バイクに乗せられた。
そして、死のロードを走った。
1991年12月12日。小雪がちらつく寒い日。青紫さんは亡くなった。
江の島の弁天橋。投げ出され、浜辺に落ちた。
親父もその場に居た。らしい。
守れなかった。守りたかった。先の親父の声が蘇った。
親父はケンカが強かった。物怖じもしない性格だった。
と、あさざさんから聞いたことがある。
それ故に族に誘われたのだろう。
親父が自分のせい。と、言っている意味。悪人を憎み善人を守る。と、いう決意。
全ては青紫さんに起因しているのだ。そして、弁護士になった黒紫さんも。
もしかしたら海昊さんたちも。強固で揺るぎない絆のワケ。
遺影の青紫さんは、笑っている。黒紫さんも、両親も。
見ればわかる。誰一人親父の責任だなんて、微塵も思ってはいない。
しかし、親父は一生背負っていくつもりなのだろう。
二度と同じ過ちを犯すまいと。カコは変えられないが、未来は変えられる。と。
不器用な人なの。昔、お袋が言っていた。
お袋の左肩には、傷がある。銃痕だ。
親父がお袋の後ろにいる犯罪者を撃った時のものだ。と、聞かされた。
当時、親父とお袋は、警視庁組対―――組織犯罪対策部。
その中でも、銃器、薬物事件を扱う五課に所属していたという。
当時からお袋は、親父に好意を持ち、信頼を寄せていた。
そんな、お袋は、半ばわざと犯人に捕まったらしかった。
確実に犯人を戦闘不能にするために。
親父も解った上でお袋ごと射抜いた。二人ならやりそうで笑えた。
お袋はしかし、罪を背負わせた。と、後悔したようだが、親父も大概だろ。
つまりは、のろけかよ。と、お袋に言った覚えがある。
お袋は、俺の頭をはたいて、そうよ。と、笑った。
あんたの父さんは、不器用な人なの。本当は、すごく仲間想いで優しい人。
と、付け加えた。
「薪さんは、兄貴が最も信頼している人です。もちろん、僕たちも。」
黒紫さんは、仏壇に飾られた写真の一つを手に取る。
こちらに見せてくれた。親父がBLUES3代目を継いで撮った写真だ。と。
青紫さんの遺影をもった親父。海昊さんたちBAD。
氷雨さんと紊駕さんの姿はなかった。
が、細雨さんの若かりし頃―――金髪の姿が映っていた。
黒紫さんも特服は来ていたが、今の優しそうなままの姿。族には見えない。
その黒い服を見てか、脳裏にチラつく映像。
俺は、青紫さんの法事などに連れていかれた事があるのかもしれない。
「無口で誤解されやすい人なので。お節介、ごめんね。」
君のお父さんは、すごく男気のある、芯の通った人だよ。と、黒紫さんは笑った。
ありがとうございます。と、礼を言う。少し、気恥ずかしかった。
黒紫さんは、俺をリビングに促す。丁度玄関の開く音がして、親父が戻ってきた。
目が合う。親父は俺と黒紫さんを交互に見て溜息。
呆れたような、でもその表情には謝意を観た。
「鍋でよかったかなぁ。嫌いなものとかあったら言ってね。」
紗乃波さんは、子供たち―――小学生くらいの男2人と女1人。園児程の女。
計4人の世話をしながら俺に言う。
ダイニングテーブルには、熱々の水炊き。リビングテーブルには、子供用の昼飯。
いつの間にか用意されていた。
黒紫さんの母親もキッチンでいそいそと働いていた。
「中学生にしては、立派だ。父さんに似て男前だな、維薪君。」
黒紫さんの父親は、屈託のない笑顔で言った。
親父が恐縮する。
「
青翔。来年先輩だよ。ご挨拶して。」
黒紫さんが、背を押した男。長男の青翔、小6だという。
来年K学を受けるらしい。
航より一つ上。利発的な感じが似ていた。
おずおずと俺に寄ってきて、よろしくお願いします。と、言った。
俺がおう。と、短く応じると、学年トップなんだって。と、紗乃波さん。
俺のことを褒めて、見習いなね。と、青翔に言った。
青翔は、すげぇっ!と、素直に目を輝かせて、勉強教えてください。と、笑った。
その笑顔は、黒紫さんは勿論、青紫さんにそっくり。
優しく穏やかだった。
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あとがき
いよいよ最終章。執筆は最終話!
そして、今日は、僕の大親友(ってゆっていいよね?w)の結婚式♪♪♪
本当におめでとうございます!!幸せになってください。
2022.3.1 湘