24


大岳山の登山路から、かけ離れた峰。
近代的、未来的なガラスの塔と、その洞窟は湖に変容した。

 「……おおきに。あんじょう、よろしゅうな。」

全身びしょぬれ。まさに水も滴るいい男。
を、地でいく海昊かいうさんは、インカムに言った。
麓にいる仲間との通信。だろう。
軽く溜息をついた。足元に座り込んでいる、教祖と女を見つめる。
慈悲のある、しかし厳しい瞳。

 「維薪いしん狛南はくなにゆうとったやろ。死は、逃げ。や。」

海昊さんは、俺と狛南に視線をやって、教祖たちを強く諭した。
皆一緒に天国に召される。満ち足りた死。そんなものは絵空事だ。と。
巷では、宗教家やテロリストをきどってジハード―――聖戦。
と託け自決する者がいる。
本来の意味すらはき違えて。

 「死は、罪を償うことにはならん。彼女を投降させるべきやった。」

貴方は道を間違えた。海昊さんは言った。
生きてください。重みのある、心ある叱責。
そして、手を伸ばした。手を掴め、自分が力になる。と。
青空を背景に降り注ぐ太陽の光華。海昊さんを照らす。まるで、後光だ。
ワイシャツの背中から、透ける、青龍の紋。昇龍。
教祖は、涙を流しながらその手をとった。
まるで、神様を崇めるように、頭を垂れた。

だが、女は違った。
首をもたげると、唇をぎゅっと噛みしめて、立ち上がった。逃亡。
腐りきった性根。親父がとまれ。と、叫び、お袋が近づいた。
乾いた音。……ではなく、鈍い音。がした。

 「うわ、グーパン?今、平手じゃなく、拳だったよねっ。」

チャラ男がおどけたように口にして、お袋に睨まれた。

 「息子に銃を向けた、罪。」

……。
あー、すっきりした。と、お袋は言った。いや、聞こえてねーし。
お袋は、右手を軽く振って、痛いわ。と、呟くと、俺に向いた。

 「……っ。恥ずいし、やめっ……」

お袋は俺を抱きしめたのだ。
俺の方が背が高いため、肩に顔をうずめるお袋。
良かった。と、涙声を漏らした。
右手で俺の頭を撫でる。
……。
親父は俺らを横目で見て、海昊さんと同様ずぶ濡れの服から手錠を取り出した。
失神している女の両手を取る。無機質な音が響いた。
―――ハッチ、開けますね。
インカム。先程から頭上でホバリングしているヘリコプター。

……細雨ささめさんだ。苦笑。

 「維薪。また、礼をゆわんとな。おおきに。」

 「そうそ。DNA。大いに役に立ったよ。さすが、公安の息子。」

海昊さんと王虎昊ワンフーハオ。雰囲気が重なって見えた。
DNA―――藤沢駅で俺に催涙スプレーをかけた奴の皮膚。
トイレに置いていった。
少しは汚名返上できたか。

 「はぁ、すげぇっスね。ただじゃラチられないって訳か。」

御見それしました。
と、チャラ男は親父とお袋、俺を見まわして、やはり軽口を叩いた。
またお袋に目で制される。

 「信じてる。っつったでしょ。期待通りでした。」

礼の代わりに吐いた言葉。お袋に、こら。と、頭を叩かれた。
海昊さんは、かなわんな。と、左エクボをへこまし、全員の輸送を指示した。
タッチアンドゴーで麓まで。
細雨さんの操縦は、素人の俺からしても秀逸だった。

 「いーしん、くん。」

何か。すごかったなぁ。と、キモ男は俺に抱き着いて笑った。
いつものようにかがんで、上目遣いで俺を見る。
麓。世界多幸教の敷地外。赤色灯が回ったパトカーが数台。
誰も事件があったことなど、知りえないだろう。規制が行われた環境。

 「……何で、黒髪にされた事、いわなかった?」

俺はキモ男に尋ねてみた。意味はないのかもしれない。
この事件の意味も、母親の逮捕も、理解出来ていないのかもしれない。
でも。

 「……。」

キモ男は、俺の腰を掴んでいた手を緩めた。
また、顔を近づけてくるか。と、少しのけぞったが、キモ男は俺を放した。

 「嬉しかったんだぁ。」

いつもの語尾を伸ばす話し方。舌を出して、犬歯がのぞくキモイ笑い方。
だが、まともな事を言い始めた。
周りはキモ男にああしろ、こうしろ。と、指示や手助け、助言をする。
信者たちはただ、無言で手を合わせる。

 「だからぁ。これから、どうしたいかって。維薪くんきいたよねぇ。」

考えたんだぁ。と、口にした。
今まで、自分の意志を、考えて理性で決めたことは一度もなかったのだろう。

 「白じゃなくなっても、皆はいいのかなぁ。って。」

狛南がはっ、とした顔をする。
白を崇める世界多幸教。もしも、白じゃない自分がトップになったら?

 「だからぁ。俺は皆を守る。」

 「……。」

理論的とは、ほど遠い。
けれど、こいつは、こいつなりのペースで成長している。
俺は狛南を見た。狛南の黒い瞳は潤んでいた。
麓の村は、今、この時も平素。これらも、きっと。

 「そうか。じゃ、お別れだな。」

キモ男は、メールする。と、笑った。毎日はカンベンしろよ。苦笑。
俺は、タイミングを見て、教祖に声をかけた。
一応、助けてくれた礼。
それから、俺に狛南とキモ男を頼む。といった言葉の訂正。
自分のケツは、自分で拭けや。と。教祖はうなづいた。

 「……父親として、礼は言わせてもらう。維薪を助けてくれてありがとう。」

親父が諸作業の合間に教祖に言った。
そして、ここからは警察として。と、前置き。
事情聴取に協力を。と、パトカーを指す。教祖は素直に従った。

 「維薪。本当にごめんなさい。」

狛南が何と礼を言っていいのか。と、言葉を詰まらせた。
それから、ラチされたときのこと。
何故自分が秘密裏に車にいたことを見破ったのか。と。
落ち着いた表情で尋ねてきた。

 「お前の言葉。だ。まずは、な。」

狛南は、あの時。あいつら。と言った。
普通、俺をラチして俺に向かって言うなら、人称は、お前ら。
または、お前、だろう。
あいつら。とは、クーデターを起こした母親たちに対しての言葉だ。
つまり、俺を含むSDSや公安がキモ男を守っていることを知っていた。
そしてツレション。女とわかってていかせねぇだろう。
女だとわかったのは、裏打ちされた勘だ。と言ってやる。
くすり。と、狛南は笑った。穏やかな笑みだった。

 「お前ら2人なら、教祖と信者たちを守れんだろ。いや、守れよ。」

白―――アルビノじゃなかろうが、黒髪だろうが、関係ない。想い。があれば。
キモ男は本能で理解している。大丈夫。

 「……はい。」

世間に馴染めない、心の弱い者。天涯孤独の者。救いを求める者の安寧。
SDSもきっと手助けするだろう。
視線を感じた。王虎昊がチェシャ猫のように笑ってこちらに来る。
拍手。ちっ。俺は舌打ちした。まだ、インカムは通信中だった。

 「本当すごいなぁ。それだけで、クーデターも見破るなんて。」

普通、ラチられたらパニックよ?と、頭を傾けた。
俺の体内磁針も褒めた。へっ、逆にバカにしてんのか。

 「警察にするの、もったいないなぁ。うち・・においでよ。」

はぁ?うち。だと。何言ってやがる、こいつ。
筋がいいい。と、王虎昊は、勝手に俺を評価し、納得したようにうなづいた。
つーか。いつ俺が警察になる。なんて、決まったんだよ。
親父とお袋が諸作業をしながら、こちらをチラチラみている。

 「ざけんな。てめぇの指図なんか、受けるか。」

選ぶのは、俺だ。と、悪態づいて吐き捨てた俺に、そういうと思った。
と、王虎昊。次いで言った。

 「悪くない。本当、楽しみだよ、維薪。」

やはり、チェシャ猫のように笑って背を向けた。
ちっ。食えねぇ奴。俺はその背中を睨みつけた。
入れ替わりでアホそらが近づいてきた。

周囲は大方始末は終わりそうだった。
20人近くいたクーデターをおこした信者たちは警察車両に乗せられた。
太陽の日も傾いて、アホ空は夕日を背負っていた。
笑顔で温かいペットボトルのお茶を配っている。俺にも手渡す。受け取った。
アホ空は俺の隣に座った。太陽に手庇をした。

 「僕、強くなるね。」

……何の宣言だよ。ったく。

 「てめぇはてめぇでいんだよ。……アホ空がっ。」

俺に頭を叩かれて、痛っ。と、言ったが、うん。と、笑った。
海昊さんがこっちを見て左エクボをへこました。
早く姿消さなくていいのかよ。心の中で言ってやった。

SDSも公安も、その存在は、決して表立つことはない。裏の作業。
目立ちたがり屋には務まらない。よもすれば悪人とされる仕事。
なくてはならないはずなのに、評価されることは少ない。または、ない。

実は、やくざも同じだろう。
悪とされる部分だけ非難され、自警団的役割は評価されない。
それで構わない。そんなことは気にしていない。
そう、思える人間だけができる仕事なのだ。
そんな人間たちに俺たちの平和は、常に守られている。

 「信者の人たち。……撃たれた人、以外はみんな、無事だって。」

亡くなった人の亡骸も搬送できた。良かった。と、心からの安堵の表情。
そう、こういう人間。に。
アホ空は、俺が無言で見つめていることに、不思議そうな顔をした。
何かついてる?と、首を傾げたので、頬に触れた。

 「涙の後。だっせぇ。」

 「……う゛っ。」

つまむと、柔らかかった。
他人を思いやる事ができて、実直。
自分のことより他人を優先してしまう、エゴも計算もない、衝動。
根っからの善人。

 「うそ。心配かけて、悪かったな。」

今度は軽く頭を叩いてやる。

 「……いっちゃん。」

アホ空は半べそをかきながら笑顔を見せた。心底ほっとした顔。
こいつも一睡もしていないのだろう。
疲労とこの非常事態が収拾した安堵からくる、無気力。
そして、俺が生きていたことへの人心地。
アホ空の大きな瞳から、また涙が溢れ出た。

 「……あれ、何でだろ。おかしいな……涙が勝手に……」

泣き虫が。苦笑。
俺から顔を背けて袖で涙を一生懸命拭うアホ空。
人の為に泣けるその性格。ガキの頃から変わらない。

 「空月あつきくん。泣いてんのかぁ?」

キモ男―――狛路はくろに顔をのぞきこまれて、泣いてないよ。と、鼻をすする。

 「大丈夫。ありがとう。……嬉しんだよ。」

狛路は、嬉しいのかぁ、何でだ。と、直球。
犬歯をみせて笑いながら尋ねた。

 「いっちゃん―――維薪くんがね。褒めてくれたんだ。」

褒めては、ねぇ。
俺はアホ空を睨んだが、アホ空は目の周りを涙で濡らしながら、満面の笑み。
まあ、いーわ。

 「そっかぁ。いいなぁ。俺も褒めてよ。維薪くん。なぁ。」

何でだよ。
アホ空は、褒められるの嬉しいよねぇ。と、狛路に同調。
ほめて、ほめて。と乞う。
アホらし。
うっせぇな、申、戌……酉がいないだけマシか。
狛路の隣で狛南が忍笑している。

 「はい、はい。えらいえらい。キビ団子やらぁ。」

俺は、地面の土を拾って丸めた。いい具合に湿った黒土。泥団子の完成だ。

 「えー、泥団子じゃん。」

と、アホ空。食えるのか。と、狛路。
つーか、本物ならいーのか。草。
狛南が、今度はあからさまに声を上げて笑った。

こんなことで笑えるのも生きているからだ。
今、俺は命の重み。をしっかりと噛みしめて、笑った。



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あとがき

第2章完結!
空月かわゆすなぁ。維薪とのからみ、どうよ!健全だよね??
だれに聞いてるww
このあたり、執筆してて僕は、堕ちた。いや、C様との密会が原因だよ!
なんのことやらって人は、ブログへ。
いや、なおさら意味不か……。

とにかく!3章へ続きます!まだ執筆中。乞うご期待。

C様へ。
何度もいいます。
堕ちた僕の、Another 湘's Worldへご招待しますが、いかがですか。ふふふ。


2022.2.13 湘



















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