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同時に伸ばした手。リーチの差で俺が上回った。狛南はくなの腕を掴んだ感触。
我ながら良い反射神経。と、言いたいところだが、俺の身体も柵を超えていた。
かろうじて、左手で柵を掴んでいる。

 「いっちゃん!」

柵の中から、アホそらくうを掴んだ手を、俺の左腕に移した。
そのままそうしてなさい。と、女は吐き捨てた。狛路はくろに扉を開けさせる。

 「……てめぇ、待て!アホ空、止めろ!!」

 「ダメだ。いっちゃんと彼女を助ける。」

 「維薪いしん!」

下から親父たち。
右手の狛南は、ショックと悲しさからか、俺を見つめて、手を放せ。と、乞う。
ふざけんな、死なすかよ。

 「つーか、アホ空。てめぇ、チビなんだから……」

 「しゃべらないで!う゛っ……」

アホ空が渾身、俺を引き上げようとするが、土台無理だ。
俺に狛南。2人を上げれるハズがねぇ。
親父たちを待つ。それまで、持つか。いや、持たす。

 「狛南、諦めんじゃねぇ!死はっ……逃げっだ!」

覇気のない狛南に訴えた。

 「俺の目の前で死んだら……許さねぇ。から……な!!」

両腕に力を込める。親父と王虎昊ワンフーハオ。5階。あと、半分。
俺はアホ空に言った。キモ男を助けろ。と。
スライドの扉が閉まっていく音が聞こえた。
アホ空なら、間に合う。

 「いやだ、いっちゃん。置いていけないっ!」

ふざけんな。何、泣いてんだ。狛南は相変わらず生気がない。くそっ!
どいつもこいつも。
腕の感覚がなくなる。やべぇ。

 「アホ空っ……空!!」

アホ空が俺の腕をなおも引く。涙を流しながら。
取り乱すアホ空に言い放つ。

 「空月あつき、聞け!俺は、死なねぇ!……親父たちが来る。……だから……」

お前しかいない。お前しか、間に合わねぇ。

 「いっちゃん……」

 「行け!!」

ぜってぇ死なねぇ。こんなとこで、死ねっかよ。

 「信じろ、俺を!親父たちを……SDSを……信じろ!!」

アホ空がはじかれたように、正気を取り戻した。間に合うか。
扉が閉まる音。静寂。
間に合ったようだ。深呼吸。さて、どうすっか。
狛南を見る。

 「無理よ……放して。」

こいつは……まだ、ゆってんのか。
狛南が昇ってくる親父たちを見た。
そのすぐ下。新たな信者たち。母さんの取り巻きよ。と、狛南。
螺旋階段で親父たちの行く手を阻む。
地上でもお袋とチャラ男が数人と攻防していた。
入り乱れた混沌の最中。

 「……狛南。俺を人殺しに……すんな、よ。」

見ろ。と、上を見させる。エレベーターで昇ってきた、教祖だった。
俺の腕を掴む。

 「父さん……。」

キモ男と同じく上背もある教祖は、筋力もあった。俺を引き上げる。
狛南も自分から助かろうとしたことで、格段に俺の負担が減った。
俺の脚から胸まで、狛南を引き上げ、教祖に託す。
独りならこんなん、余裕。俺は残りの力で自身を引き上げた。
教祖も狛南も手を貸してくれた。

 「……維薪!」

 「悪い……空が、中に。」

親父と王虎昊はうなづいた。教祖はすまない。と、頭を垂れた。
狛南を抱きしめる。
俺はインカムに言った。

 「空。」

いっちゃん。と、安堵のアホ空の返答。
扉が開いた。中からは容易に開くらしい。アホ空を滑り込ませて大正解。だ。

そこは、PCルーム。と言うには豪華すぎた。
20畳ほどの空間。大量のファンと大きな機器で埋め尽くされている。

 「しつこいわね!!狛路。早く送金手続きを!」

 「わかった。母ちゃん、怒るとシワ増えるからぁ。」

あ、維薪くん。と、キモ男。その光景、生理的にムカついた。
この女は、息子の障害を利用して自分のエゴのために稼がせている。

 「まじ、タコ女だな、てめぇ。」

息子に銃を向けている。本当に母親なのかよ。
この設備、おそらく、マイニング。仮想通貨マイニングの為の部屋だ。

仮想通貨とは、デジタル通貨の一種。
国家による裏付けのない、電子的決済の手段。として、流通している。
通常は、開発者によって発行、管理されている。
特定の仮想コミュニティーのメンバー間で使用されることが多い。
世界では一千種以上あり、全体の時価総額は60兆円に達するらしい。

仮想通貨は、高度な計算プログラムだ。
取引には、さらに複雑で高度な計算を必要とする。
その演算作業に協力することを、マイニング―――採掘。という。
成功報酬として、仮想通貨を得ることができるのだ。
当然自国の通貨に換金できる。

キモ男の才能。教祖は守り、支えていたのだろう。
だが、この女とあきらに搾取されそうになった。今回のクーデターの発端。

 「そこまでだ。背任、横領罪。殺人罪も選り取り見取りだ。」

親父が女に銃を向ける。女も親父に銃を向けた。
全く躊躇なし。親父は、女の右腕を撃ちぬいた。さすが見事なコントロール。
女の銃を王虎昊が拾う。なおも逃げようとする女に教祖が立ちはだかった。

 「全ては、私の罪。一緒に罰を受けよう。」

両腕を広げている。女はその胸に飛び込んだ。
教祖がキモ男の名前を呼んだ。終わりにしよう。全て。
教祖のその言葉に、PCの前に座ったままのキモ男は、うなづいた。
キモ男は、徐に自分の首に手を伸ばす。

 「維薪!止めさせろ。何かのスイッチだ。」

教祖は、狛南と狛路を頼みます。と、俺に言い残した。
親父は、部屋を出ていこうとする教祖たちを追う。
キモ男の首輪には、GPSが仕込んであった。でも、それは女の仕業。
キモ男は、教祖―――父に首ベルトをもらったといった。最終手段だ。と。

考えろ。何をしようとしている?
キモ男にやめろ。というも、ベルトを外す手を止めることはしなかった。
狛南は出ていく両親を虚無的に見送った。
くそ。何だ。
キモ男がPCを打ち出した。速い。目にもとまらぬ指の動き。
ベルトをかざした。認証。

 「おい!何した?」

 「……逃げ道はぁ。俺と姉ちゃん。だよぉ。」

は?逃げ道?何の……?
まさか。
次の瞬間、くぐもった、しかし、どでかい爆発音。
ファンが一斉停止した。

 「……滝。」

唐突にひらめいた。ここに入るとき、滝の裏側に入った。
つまり、川。または、ダム。
爆発音も滝の方から聞こえた。間違いない。
滝は、あそこから10m強。傾斜を考慮して、5階以下。

 「お袋、昇れ!!水没する!!」

俺は声を張った。やはり、教祖は下に降りていく。
ほどなくして怒号。5階付近の岩壁に穴が空いた。
大量の水が一気に放出された。
全てを沈めるつもりだ。
お袋とチャラ男はエレベーターに間に合った。
地上にいた信者たちは、逃げ惑い、俺たちが来た道を逃げ戻ったようだ。

逃げ道。名前。キモ男と狛南。
……。

 「……狛路。狛南。……狛南、狛路。南、路。南の道。か。」

 「それだ、いっちゃん!」

アホ空が叫んだ。既に3階までが浸水している。水の勢いは止まらない。
南って……と、チャラ男が辺りを見まわして、呟く。
なめんな。俺のコンパスは依然正確だ。

 「南は、あっち。通風孔がある。あそこから出れるハズ。」

その時だった。頭上からプロペラ音が響いた。
張り出したベランダから見上げる。
下に向かって降りていた親父が、遅ぇよ。と、どこか誇らしげな笑い。
インカムから聞こえた。
ヘリの機体。ホバリングの風が舞う。ハッチが開いた。

 「かっこいい男はどこでもサマになるけど、格別。」

王虎昊は陶酔した表情で見上げた。アホ空が、父ちゃん。と、言った。
ヘリコプターから聞いたハッチの上。海昊かいうさん―――王龍海ワンロンハイ。の姿。

 「……何しやがる!!」

下から親父が叫んだ。やめろ。と。
インカムを通して話は、全て共有。教祖と女が自決することも。
まさか。

 「海昊っ!!」

ひらり、白い蝶が青空から舞い降りてきたかのようだった。
実際は当然、そんなに悠長なコトではないが。
海昊さんは、バンジージャンプよろしく、この穴に落ちてきた。
身投げする、教祖と女を救うために。

 「……トップのやる事かよ。」

思わず言葉がついて出た。
誰も死なせたくない。そんな想いが伝わってきた。
とはいえ……。と、アホ空を見る。
当然、杞憂の表情。だが、どこか誇らしげに父親の雄姿を見守っていた。

 「ったく、あの、バカ!」

親父が、まるで滝つぼのような様相を呈した穴。に、飛び込んだ。
俺に皆を託して。
ならば、信じるしかない。
お袋、チャラ男、王虎昊。アホ空にキモ男と狛南。
皆で南―――通風孔を目指して進んだ。



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あとがき

空月の幼さ。かわゆす。維薪の勇敢さ。頼もしい。
そして、相変わらずの海昊に、薪。
親子のコラボはいかがでしたでしょうか。
2章いよいよラストです!!

2022.2.9 湘



















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