18
山間からこちらに向かってくる、小さな飛行物体。ドローンだ。
きらきらと太陽に反射する銀色の機体。
俺は周囲を見渡した。近隣のテントサイト。数グループはいるものの、平素。
皆キャンプを楽しんでいる。操縦している奴は目視できない。
あきらかに異質だ。遊びのレベルじゃない。
しかもこちら目がけて飛んでくる。
「
時晴くん。
時雨とにちかちゃん、ひなつちゃんを連れて管理棟の方へ行ってくれる?」
極めて落ち着いた声で
冥旻さんは言ったが、焦燥感は伝わった。
時晴さんは、すぐに察し、わかった。と、うなづいた。時雨も倣う。
にちかとひなつだけが、首を傾げて、ゆっくりと行動を起こそうとした。
その時。
「うわぁー、すごい、何?」
どこから現れたか、もう一機。低空飛行でひなつの目の前に迫った。
ひなつが手を伸ばす。夕暮れに赤く点滅する機体。
「ひなつ!!」
俺は、渾身、ダッシュ。直感としか言いようがない。
だが、最近の身の回りの動きを鑑みると、可能性大。
ひなつの手を引いて引き寄せた。
自分の背中をドローンに向け、ひなつの頭を抱え込むようにしてしゃがみ込む。
花火のような閃光。爆発音。焦げ臭い臭いが鼻をついた。
やはり、ドローンは自爆した。そして。
「……
維薪。」
初めに見つけたドローンは、ボケ天の掌の上にあった。残骸。だが。
上空で爆発した―――いや。
「大丈夫か、ひなつ。」
抱擁を解いてひなつの顔をうかがう。無言でうなづいた。
驚いてはいたが、ケガはないようだ。時晴さんにひなつを託す。
ボケ天とアイコンタクト。ボケ天が指をさした方向へ走り出す。
近隣のキャンパーたちが、ざわめいた。
が、ここは冥旻さんが治めてくれるだろう。
走り去り際に目顔で了承を得る。ボケ天もついてくる。
誰だ?誰が狙われた?俺か?ボケ天か?それとも……。
思考はわずかだが走る速度を遅める。考えるな、今は。
こんな時、アホ空がいたら最速だったのに。
と、足元の斜面、砂利、張り巡った根っこ。視界を遮る木々を恨めしく思う。
だが、逃がすか。
「逃げられねぇよ。」
奥は山の登り斜面。俺とボケ天は
そいつをじりじりと追い詰めた。
既に陽は落ちた。暗がりだが、気配は感じる。
ボケ天が拾ったドローンは撃ち抜かれて、ボケ天の遥か上空で爆発した。
つまり、そいつは銃―――おそらくライフル。を持っている。
ひなつの目の前で爆発したドローンの音とは別に銃声を聞いた。
そいつは、息を殺してひっそりと木の後ろに身を隠している。
ドローンを撃ったとなれば、味方か。いや、安直だ。
俺はゆっくりとそいつに近づいた。
足元の乾いた木々が音をたてるのを最小限に。
ボケ天も反対側からそいつとの距離を縮める。
数メートル。数十センチ。静かに乾木を拾う。投げると同時に逆から突っ込む。
一瞬ライフルらしき長く鈍色の筒のようなものが見えた。
いける!!
「ヴっ……!」
本当に刹那。
悔しいが何が起きたか判らないほど、相手が一枚も二枚も上手だった。
俺は、相手に背をとられ、拘束された。
ものすげぇ力。後ろを振り向いて、相手の顔を見ることすら叶わねぇ。
でも、あきらめねぇ!
「維薪っ!」
ボケ天の声。相手が反応。すかさず俺は肘打ち。効いた様子はない。
それでも良い。拘束のわずかな緩み。見逃さずに身体を急反転。
一呼吸の内に掌底、水面蹴り、肘を打ち込んだ。
「……シラットか。」
付け焼刃の。と、見透かすその声。聞いたことがある。
顔を上げる。暗闇に目が慣れてきた。
目の前の相手の輪郭が見えてきたのとほぼ同時。
「……お父さん。」
ボケ天がつぶやいた。相手がふっ。と、息を吐いた。笑ったのかもしれない。
相手―――
秦皇羽。ボケ天の父親。だ。
数回しか会ったことはない。ロシアと中国のハーフ。長身、金髪。
ボケ天とそっくりな瞳。オッド・アイ。オーラが非凡すぎて、怖ぇ。
向かい合ったなら俺でも脚がすくむ。日本人とはそもそも違う。規格外。
「反応速度、バランス。悪くない。」
秦皇羽は低く、よく通る声で言った。
少し訛りがあるが、ほぼネイティブの日本語。
「私が味方であるかもとの思考を持ちつつも油断せずに立ち向かってくる度胸。」
鍛錬しているな、維薪。
と、分析をするように言って、俺を褒めた。
乾木を投げて、銃を使うかの見定めとフェイント。
ドローン発見から今。全判断。
気が抜けた感を隠さずにいると、ボケ天がドローンの残骸を手渡して言った。
「維薪の判断は正しかった。……僕の、せい?」
ボケ天の声。いつもの様に抑揚はないが、少し震えていた。
秦皇羽は、ドローンの残骸を受け取って、ボケ天の頭を撫でた。
無言だが伝わる。優しさと労わり。
狙われたのはボケ天。か。秦皇羽が居たことを鑑みても十中八九。
―――
空月と
天羽には否応なく闘わなければならない日が来る。
龍月の言葉が脳裏に蘇った。
飛龍組だけじゃない。
ボケ天は、秦皇羽の家系、ロシアと中国にも繋がりがある。
さらにこの秦皇羽。ロシアの容姿が強い、
今は。
だが、その名前は、中国政府の権力者と同姓同名。俺は、本人だと思っている。
秦皇羽とボケ天の無言のやり取り。
俺は息を吐いた。
「大丈夫だ、天。俺らには、最強の大人たちがついてんじゃねぇか。」
ですよね。と、秦皇羽に言ってやる。
秦皇羽は俺の意図、ボケ天の気持ち。全て察したようにうなづいた。
「肉、焼くぞ、腹減ったわ。」
続きの様に言った俺に、ボケ天は、カレーがいい。と、返した。
いつもの飄々とした口調。
冥旻によろしく。
と、風のささやきが聴こえたかと振り返ると、秦皇羽の姿はなかった。
まぼろしだったのか。と、思わせるほど。
おそらくわざと気配を晒し、俺らに会った。その意図。
……。
「……維薪ありがとう。」
キャンプサイトに戻る。
時雨がひなつを抱いたまま、しおらしく俺に礼を言った。
時晴さんも頭を下げた。
冥旻さんの視線。俺は首を振って、でも大丈夫です。と、曖昧に応える。
冥旻さんは、俺とボケ天を交互に見て、そう。と、だけ言った。
海昊さんには報告済みだろう。秦皇羽のことも、ボケ天から伝わる。
俺が、言う必要はない。俺は何事もなかったかのように振るまった。
「びっくりしたね。ドローンって爆発すんの。」
にちかが小声で俺に耳打ち。
スマホをいじりながら俺が焼いていた肉を横取りした。
龍月に報告。って顔に書いてある。ちっ、食えねぇ奴。
にちかのピエロっぷりも慣れたわ。
龍月のネットワーク。飛龍組。SDS。やんならきっちりやりやがれよ。
俺らに被害出さずに、巻き込まずにな。
俺は、いつの間にか満天に広がった星空を睨み上げた。
今はまだ、守られる側なんだろうが、いつかは守る側になってやる。
俺は、誓った。
「維薪。あげる。」
横を向くとひなつが、形の悪い握り飯を差し出した。礼、だろう。
顎を下げて受け取る。俺が食っているのを見て、ひなつは言った。
あたしが、彼女になったげてもいいよ。と。
塩。の話をボケ天から聞いたからだろう。慈悲的な目。余計なお世話だわ。
「しょっぺぇ。形悪い。彼氏、できねぇぞ。」
「う゛……人が一生懸命作ったのに、何それ!ムカつく!!」
案の定、頬を膨らませて、怒るひなつ。
「一瞬でもかっこいいと思ったあたしがバカだった!維薪、きらいっ!!」
俺は、嘲笑ってやる。ませガキが。
盆に乗った形の悪く、おそらくしょっぱいおにぎりをもう一つ掴んだ。
ひなつは、真っ赤になって俺を睨んだ。
その後は、何事もなく、そこにいた全ての人が思い思いのキャンプを過ごした。
それから数日後のことだ。
「……。」
海昊さん―――いや、
王龍海。SDSの対応は迅速だった。
「いい加減、頭を上げろ、海昊。」
目の前で俺に頭を下げる、世界のトップ。
親父が呆れた口調でため息を吐き、お袋が恐縮している。
氷雨さんとあさざさんが遠目で見守っていた。
いや、ほんまにすまんかった。と、体勢を崩すことなく海昊さん。
「維薪がおらんかったら、時雨ちゃんたちにも申し訳が立たんとこやった。」
この人は、自分の立場、地位になど全く頓着しない、誠実。
欺瞞のかけらもない。
そういうところ、アホ空に似ている。
「そうっスね。ひなつに何かあったら殴ってたかもです。」
俺の言葉にお袋が声を荒げた。海昊さんの動向、変わらず深謝。
ってのは、冗談です。と、語尾を強めて俺は続けた。
「ひなつが手ぇださなきゃ天の親父が2機とも仕留めてたでしょうし。」
と、海昊さんの隣に立っている冥旻さんを見る。
「それに、別に海昊さんのせいじゃないっスよね。」
不測の事態。
そんなもの、いつどこにでもあって、その全てを未然に防ぐことなど不可能。
警察の親父たちだってそうだろう。最大限の尽力。でも救えなかった命。
たくさんあったハズだ。結果。ただ、それだけだ。
「皆、無事でキャンプを楽しみました。それでいんじゃないスか。」
もちろん、大人に頼っていい。といった手前や色々な背景があるのだろう。
海昊さんの懺悔、わからなくもない。苦悩、計り知れない。
「……ありがとう、維薪。」
冥旻さんが、俺の肩に触れた。
おそらく冥旻さんは、ドローンを撃退したのが、夫、秦皇羽だと知っていた。
だから、追う俺らを止めなかった。
ボケ天が狙われた今回。
事前にどこまでどうSDSが把握してたのか判らないが、敵の意図。
偵察、警告。そんなところか。
「維薪の言う通りだ。お前、相変わらず神様にでもなったつもりか。」
親父が海昊さんに悪態づいた。海昊さんが苦笑いする。
おそらく世界中が恐れを抱く、王龍海。
その反面、この人となりに共感、共鳴、賛同する人々。
増え続ける理由。容易に想像できる。
「……俺が、口出すことじゃないと思うけどさ。」
氷雨さんが慈悲を込めた目で海昊さんを見て言った。
親や大人が子供を守り、育てるのは、当然だし、そうあるべきだと思う。
と、前置き。でも。と、唇を結んだ。一呼吸して続ける。
「維薪は超がつく程、頭の良い子だ。」
親父とお袋を見る。
天羽も、空月だって、賢い子だよ。と、冥旻さん、海昊さんに視線を移す。
言いたいことはわかった。情報の開示。
事を未然に防ぐために、特に本人に関わることなら、なおさら。
事実を伝えたらどうか。と、言ってくれた。
さらに、時には手を借りても良いのではないか。と。
「子供は大人が思ってるほど実はガキじゃなかったり、するだろ。」
氷雨さんは、やんちゃな目をして俺を見た。
当然采配は難しく、杞憂は尽きないだろうが。と、親の気持ちも慮った。
そして、さらに加えた。
「特にお前らの子供らは、最強のトリオだと思うぞ。」
そうね。と、隣で黙っていたあさざさんも口を開く。
「もう、全てにおいて守ってあげる。という時期は過ぎたのかもね。」
少し子離れしたら、どうかしら。と、やはり冗談を交えて笑った。
先輩パパ、ママからのアドバイス。と。
今までどれだけ守られてきたのか。想像を遥かに超えるのだろう。
力になれます。などと軽々しく口にはできない。
が、少しの負担くらいは軽減できるだろうか。
いや、していかなければならない。
トップを目指す。と、豪語するのなら。これも、超えるべき壁だ。
少しでも同等に扱ってくれるなら、と、俺は口火を切った。
奥の部屋に視線を送る。
そこには、キモ男が眠っている。投薬のせいか、熟睡。軽い寝息が聞こえた。
海昊さんは、俺の言いたいことをすぐに察した。
ベルトの件も労ってくれた。キモ男は相変わらず首ベルトをしていた。
当然対処済みの。
せかいたこうきょう
「世界多幸教。知っているな。」
海昊さんの代わりに親父が口を開いた。
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あとがき
がんばってUPしていまーす!
いよいよ2章の山場へ突入!
世界多幸教。なんぞや。キモ男―――狛路の正体とは?
乞うご期待。
執筆は、3章の山場へ!!
つーか、維薪。かっこえぇ!!
秦皇羽にほめられるなんてすごない?
いや、秦皇羽が甘くなったか!ww
2021.12.17 湘