22
大滝の裏側。見上げると、10m以上もある断崖。
その一角には、山中には全く似つかわしくないスティールの扉があった。
セキュリティーが施されている。映画かマンガの世界かよ。
「これ以上は黙ってられない。」
従うつもりはない。と、教祖は毅然として言った。
田畑を耕していた他の信者の巻き添えを防いだと判断したからだろう。
だが、銃を持った犯人の一人が発砲した。
教祖のすぐ隣にいた男の脚が撃ちぬかれ、男は発狂して転がった。
女が口を両手で覆い、かろうじて失神せずにその場にしゃがみこむ。
マスクの男がすぐに止血した。鮮やかな対処。
銃を持った犯人は、平然と、進め。と言って嘲笑した。
これは、さすがにヤバい状況。こいつらは殺しも厭わない覚悟だ。
教祖は撃たれた男を心配し、唇をかみしめて犯人を睨みつけた。
渋々とスティールの扉の前に立った。指紋認証と虹彩認証だろう。
セキュリティーが解除され、扉が開く。
アリババかよ。心中で笑う。
「大丈夫か。」
腰砕けになっていた女の腕を引き上げた。
女は、ありがとう。と、言った。
昨夜の借りを返しただけだ。と、言ってやる。
アイマスクをした俺を悪路で支えてくれた事。
女は、何でわかったの。と、問う。愚問。と、一笑に付した。
「私は、
狛路の姉。
狛南。」
キモ男と同じ、狛犬の狛に南だ。と、説明された。
俺の名は周知だろう。
扉が開いた先、洞窟のような土壁がずっと奥まで続いている。
教祖は先を歩いた。撃たれた男は、強靭な精神力で耐えている。
ゆっくりだが、マスク男に支えられて歩く。
その精神は、信仰心がもたらすものなのか否かは不明だが、賞賛に値するわ。
撃たれた。と、想像するだけでも身震いする。
当然怖さ。もだが、想像を絶するだろう、痛さ、に。
洞窟は、迷路みたいに入り組んで続いていた。分かれ道が何度かあった。
教祖は迷いなく進んでいく。
俺は、道順を記憶すると同時に体内方位磁針もまたフル活用した。
再び扉だ。何がおでましか。
開き始めた扉に身体をねじ込まんと、犯人の一人が先立った。
ほう。と、溜息を吐いたようだ。
ぽっかりと空いたその空間は、周囲は岩壁、断崖。天井は丸く青い空。
そして真正面、奥。頭上高くそびえるガラスの塔。
山肌に半身を埋め込まれた姿。
未来的、近代的でありながら、太陽光を取り込み、輝く姿。
まるで、発掘を待つダイヤモンド原石の様。
みごとに自然と融和していた。不思議な雰囲気だ。
異世界に迷い込んだようでいて、先の村の田園を思い起こさせる。
一体ここは何で、誰が建てた?
「……最上部は、狛路しか入れない。」
ガラスの塔を見上げて、教祖は言った。犯人はうなづく。
ここはキモ男の城。か。
皆が困る。キモ男はそういっていた。
この教団を支える何か。がここにあるというのか。
エレベーターと螺旋階段。電力供給はどうしている?
マスクの男も上を見上げた。顎に手を添える、同じ事を思案。おそらく。
その瞬間。
先頭切った犯人が銃を乱射。こっちはリボルバーかよ。
教祖の4人いた護衛に向けて、全く躊躇なしの発砲。
マスクの男だけが避けた。しかし、かろうじて。だ。
おそらく腕を掠った。撃たれた3人は即死だろう。全く動かない。
「
維薪!」
マスクの男が俺の名前を呼んで、何かを投げてよこした。キャッチ。
ちっ。俺は舌打ちしながらも迷わず動いた。
受け取ったもの―――特殊警棒。
マスク男―――
王虎昊。
今朝、会った時から独特のオーラを観た。また会ったね。と、茶瞳が笑った。
あの後、道場で会った後からこいつは潜った。
つまり、六本木事件の前後かは不明だが、SDSは教団をマークしていた。
と、いう訳だ。
俺は、心許ない警棒で、銃を保持している犯人2人と対峙した。
こんな時ボケ天がいたら。などと一瞬考えた自分を叱咤した。
王虎昊は、教祖を守りながら犯人3人を引き受けた。
あっちは丸腰。か?
まあ、白装束に武装は限度があるわな。しゃあねぇ。すぐに加勢してやるわ。
俺は、地面の土をつかんで犯人2人に投げつけた。
瞬時に間合いをつめる。
銃―――
秦皇羽との事が思い出された。
ライフルは、単発銃。装填時間が長い。
多銃身銃もあるが、先に一発発砲したときに確認済み。
思惑通り、2人が同時に発砲した。秦皇羽は、おとりには引っかからなかった。
こいつらは素人。銃さえ封じりゃチョロい。
俺の敵じゃねぇ!!
銃を蹴り上げる。二連続。警棒を犯人2人の腹に打ち込む。ここまで数秒。
倒れてくる2つの頭。掴んでぶつけ合う。いい音がした。
それでこっちは終了。脳震盪。暫くは動けねぇだろう。
「おい、何手こずってんだよ。」
悪態づいて気が付いた。主犯だろう。が狛南を盾にしていた。
じりじりと後退る。エレベーターを呼んだ。
仲間2人に守られながら、箱に納まり、上昇。
王虎昊はエレベーターを睨み、教祖を守りながら、残りの犯人2人と向き合った。
「ほらよ。お手並み拝見。」
俺は警棒を王虎昊に投げ返した。
ガラスの塔を登る手段。エレベーターと階段。
そのどちらもこいつらに阻まれていた。
王虎昊は、怪我人なんだけどなぁ。と、マスクをとって笑った。
やはり、チェシャ猫っぽかった。
「無益な殺し合いはやめないか?」
王虎昊は両手を広げ笑った。右手には警棒を持ったまま。
信者たちの死体を見渡して、目の前の犯人を見る。
はぁ?交渉。いや、宗教活動でもするつもりかよ。
白装束のままの王虎昊。確かに神秘的なオーラを放っていた。
他人を魅了するようなそれは、
海昊さんの非凡と同等かに観えた。
犯人2人は顔を見合わせた。一瞬の間。
まさに、猫。か。柔軟性、俊敏性はアホ空を凌駕した。
瞬く間に2人を手中におさめた王虎昊。
「残念。君たちは既に罪を犯したからね。許さないよ。」
ぞっとする、笑顔。
Teddyのそれに似て、さらに残忍。
Leeすら超える。
大人の世界で生死を賭けて戦っている男の姿だった。
思わず生唾を飲み込んだ。犯人の腕が折られた音と重なった。次いで断末魔。
「さて。」
王虎昊は何事もなかったかのように、失神した2人を見下して、上を見上げた。
マンション10階―――30m弱のタワー。
エレベーターのボタンは作動しなかった。
コントロール室が上にある。制御されたのだ。
教祖はここで。と、王虎昊が主導権を握った。
「それにしても維薪。物怖じしないっていうか、優秀だねぇ。」
螺旋階段。駆け上がりながら、王虎昊は俺を褒めた。
道場のことが思い出され、舌打ちする。
王虎昊は見透かした様に笑って、将来楽しみだ。と、口にした。
海空を賭けての闘い。ここでクソ
龍月がいたら模試の結果を持ち出すか。
王虎昊はそれ以上何も言わなかった。
王虎昊が急に脚を止めた。5階の踊り場。
「おっと。やっぱ電力は上か。」
見下ろす。地上は大勢の信者たちがなだれ込んできていた。
仲間を呼ばれたのだ。
王虎昊は耳に手を当てた。まだだ。と、ひとりごちる。
インカム―――通信不可能。だったのだろう。
王虎昊は今思い出したように、俺にもインカムを渡した。
下では、教祖が捕まりそうになっている。
「維薪。上へ。ライバルと共闘は気が進まないけど。」
命令だから仕方ない。言葉外。
王虎昊は人を食ったように言い、アーモンド形の瞳を細めた。
一気に5階を下る。まるで、手すりを滑るように。
俺は舌打ち。同感。と、下に叫んで、最上階まで猛ダッシュ。
「……いっちゃん!!」
最上階。インカムに言葉を放つと予想通りアホ空の声が頭に響いた。
うっせぇわ。と、一蹴して、状況説明。ここまでの道のりの指示。
見上げる。外と同高度の天井のガラス張り屋根。開閉式。
今、俯瞰で見たら穴の上に張り出した分度器型デッキ。
主犯と狛南は、扉の目の前にいた。主犯は俺を見て狛南に銃を近づけた。
山の中へ向かって続くであろう扉の先。
この先はキモ男しか入れない。と、教祖は言っていた。
キモ男の城。一体、何がある。
見下ろす。30m下。王虎昊は教祖を守り、攻防していた。
信者数、約20人。だが、武器は持っていない。ライフルは弾なし。
「スケット、必要かよ。王虎昊。」
下に声を張った。王虎昊は俺を見て口角をあげた。猫口がさらに猫口になった。
いらねぇわな。苦笑。
「おい、俺が人質だろ。狛南放せや。」
目の前の主犯に一歩近づく。来るな。と発声。女。だ。
主犯は、女だったのか。狛南を見ると、今にも泣きそうな顔。
怖さよりも、悲しみ。
母さん。と、その小さな唇から漏れた。
この一連の騒動が、母親の仕業だと気づいていた雰囲気だ。
「私はね、維薪。……教祖の跡を継ぐ資格がなかったの。」
狛南は捕らわれたまま、白髪を脱いだ。黒髪。
宗教団体が何を崇めるかは多種多様。
だが、世界多幸教は、アルビノ―――つまり、白色。
を対象としたらしい。
白装束に白い面。モールの信者を思い出す。
弟の障害。自身の罪悪感。葛藤。
だが。
「くだんねぇ。」
俺は一蹴した。外見でトップが決まる教団。タコだな。
多幸教だけに笑えない冗談だが、本質。
ここにも関壱會のようなクソでタコなトップが要るとしたら。
ぶっ壊してやるよ。
啖呵を切る。
「そうじゃねーだろ。お前の親父は、タコかよ。」
下に視線をやる。自分の命はいいから、争うのはやめろ。と、諭す姿。
教団の安寧が、信者たちの静かで穏やかな日々が、望みだといった。
そこに、ウソはないと観た。外見などではなく想い。
「お前も同じ想いなら、カンケ―ねぇだろ。」
「……維薪。」
お子様の会話はそこまでにして。と、白装束を脱ぎ捨てて足で踏みつけた女。
狛南たちの母親は、やはり黒髪だった。
長い髪をかきあげて、不敵に笑った。につかわしくない、レボルバー。
早く、狛路を連れてくるように言いなさい。と、こっちに近づいて来た。
背中に手すりが当たる。後はない。落ちたらさすがに即死だな。
その時。
「誰に銃向けてんのよ、タコ女!!」
インカムからじゃない。見下ろす。上を見上げて仁王立ちするお袋の姿。
俺を叱るよりもさらなる剣幕。叫び声に近かった。
「私の可愛い息子よ!!覚悟しなさい!!」
自答して、信者たちを次々と投げては半殺しにしていく。
お袋は当然武道に精通している。過剰暴力だろ。皆死ぬぞ。
ともかく、応援は間に合ったようだ。
下では、信者たちが拘束され始めていた。
「もう、観念したら?オバさん。」
俺の言葉に女は思い切り睨みつけた。
麒は上手くやっていたのよ。と、独り言を言い始める。
麒―――関壱會のトップ。
成程、おそらくこの女は、経理系―――金集め、金回り担当。
「狛路も捕まって、金が稼げないじゃない!!」
どうしてくれんのよ。と、ヒステリックに叫んだ。
知るかよ。
よく見ると、女は全身高価な物を身に着けている。
ピアスにネックレス。ブレスレットに指輪。
見たことがあった。
巳嵜―――麒と同じ。
キモ男も装飾派手だったが、執着はしていなかった。首輪以外。
私利私欲。自分の子供らなど、眼中なし。か。なんとなく、寂寥感。
いっちゃん。と、今度もインカムからじゃない。
アホ空とキモ男の姿。そして、親父。
全く何も理解していないだろう、キモ男がやっほー。と、手を振った。
女は、キモ男に上へ来るよう命じた。
アホ空が、自分も一緒でないと、キモ男を連れて行かない。
と、交渉した。アホか。
親父も、王虎昊も眉をひそめた。
当然想定外だ。アホ空の独断。
女はアホ空を見て、鼻で嘲笑った。いいわ。と。
ったく。
ここに来ることは想定内だが、アホ空にははっきりいってやらないと。だ。
エレベーター上昇。親父と王虎昊は同時に螺旋階段を登る。
「っちょっと!昇ってこないでよ。撃つわよ。」
女が再び俺に銃を向けた。親父たちは2階付近で足止め。
こちらを見上げる。エレベーターが最上階で停止した。
「てめぇ、何度言わせんだよ。」
扉が開いて、第一声。俺は、アホ空を叱咤した。
自分の価値を知れよ。飛龍組、SDSの最優先事項は、お前の安全だ。
こんなところに来るべきではなかったし、不要だ。
喉まで出かかった言葉。
「困ってる人を助けるのは、人として当然でしょ。」
キモ男の傍に寄り添って、笑うアホ空。
そうだ。
こいつは、そういう奴―――アホ。だったわ。
「うるさいわね!もう、あんたらはどいてなさい!!」
女が突然。キモ男の腕を強引に引いた。
代わりに狛南を、俺らに向けて押し出した。
わざとだったか否かは不明。だが、事実。
狛南の身体は、よろめいた。そして、その反動で柵を、超えた。
「!!」
「!!」
俺とアホ空は、ほぼ同時に手を伸ばした。
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あとがき
第2章。あと2ページでUPおわりそうだ!よかった(汗)
さてさて王虎昊との共闘もけっこうすき。将来楽しみ♪ww
空月の無謀さとか、維薪の優しさとか。
だんだん僕の手元を離れ、成長してるなー。と相変わらずの親目線。
狛南の運命はいかに。いよいよ残り、2話!
おたのしみに!
2022.2.5 湘