17
「俺は、かまわねぇよ。」
氷雨さんは全く動じず、背景すら問いただすことなく許容した。
俺が良ければ。と、こっちを向く。俺は、眉をひそめた。
如樹病院の院長室。
紊駕さん、
紫南帆さん。氷雨さんにあさざさん。
全員が俺を見た。
如樹病院に入院中のキモ男の事だった。
キモ男は、善悪を判断する能力が著しく欠けた心神耗弱状態。と、判断された。
地裁は、治療が必要と決定し、最終的に如樹病院に入院することになった。
入院中のキモ男は、おとなしく治療は受けていたようだ。
だが、俺に会いたい。と、ずっと言っているらしい。
だから、許可を得て
龍月が学校へ連れてきた。
しかし、それで満足することなく、相変わらず毎日俺に固執していると聞いた。
まあ、本人にとっては理由があるのだろう。だが。
欲求が満たされないと暴言を吐いたり、他人や物に危害を加えることもある。
と、聞いてはさすがに病院に同情する。
とはいえ、氷雨さんの家―――うちで預かる。つまり一緒に住む。かも。
と、聞かされた時は、正直驚いた。
「実際やってみなきゃわからないけど……。」
あさざさんは、ため息交じりに言った。
「
維薪のジャマになるなら、私はちょっと反対。かな。」
俺を預かっている手前だろう。語尾強めにあさざさん。俺をまた見た。
ついさっきキモ男に会ったが、相変わらず目を輝かせて俺に抱きついてきた。
事情を知った後なので、さすがそのままにしておいた。
俺といる時、俺が指示する事には、至極従順。
今も大人しく病室で待っているという。
龍月に対しても似たようなものらしいが、俺への固執度が高いらしい。
「
狛路くんが、龍月だけで良いならよかったんだけど……。」
その場合は対処できる。と、責任をすべて取る。という雰囲気の紫南帆さん。
申し訳なさそうに、やっぱり俺を見た。
「別に、いいっスよ。」
ペットを飼ったと思えばどうってことねぇだろ。
むしろ食事とか他の生活の手間は氷雨さんとあさざさんの負担。
2人がよけりゃ俺が反対する理由はねぇ。
それに、毎日病院に来いといわれるほうが面倒くせぇ。
まぁ言われねぇだろうが。暴れられる病院が気の毒だわ。
「余計な忖度はするなよ、維薪。」
相変わらず親父に似た鋭く察し良い瞳で、紊駕さんは俺を見た。
お前、まさか。と、氷風に良く似た驚き方で氷雨さん。
どうやらキモ男は、何かのキーパーソンらしい。やっぱりな。
六本木の事件。その背景。おそらくSDS事案。
だから、
こっち側に置いておきたいのだ。と、俺は睨んでいる。
「首、突っ込む気はないですよ。
巻き込まれなければ。」
最後の言葉に、紊駕さんは嘲笑のようなため息を吐いた。
どうせ、親父にも瞬時に伝わる。俺は、ひとつ忠告した。
「キモ男の首ベルト。ひょっとして絶対取らないとか、ないスか。」
もし背景に大きな何かがあるなら、有り得る話だった。
キモ男は、俺が見たいつ何時でもあの犬の首輪のような首輪をしていた。
ブレスや指輪、他のアクセサリー類は異なったのに。だ。
GPSかカメラか。そんなところだろう。
紊駕さんは、対処する。と、一言。
「……何だろう。昔の薪?いや、紊駕を見てるようだわ。」
あさざさんが複雑な表情をした。真意はわからないが。
紊駕さんは一笑に付して、紫南帆さんは、くすり。と、笑う。
あさざさんは少し困った顔をしたが、キモ男引き取りの段取りを進める方向で。
と、膝を打った。氷雨さんがうなづいた。
「相変わらず
拾いモン、好きだよねぇ。」
数日後。氷雨さんの妹、
時雨が家に来て、キモ男の事を言った。
そしてついでに俺を一瞥。拾いモン。と、指さして口角をあげる。俺は睨んだ。
いつからか時雨は俺のことを
いじる対象とした。
時にはナマイキ。などと言葉ではっきり貶す。
大人げない義叔母さん。だ。
「そのおかげで私もお兄ちゃんも助けられたのよ。」
横から俺と氷雨さんを擁護するように、
冥旻さんが口をはさんだ。
語尾を強める言い方。
冥旻さんは、
海昊さんの妹であり、ボケ
天の母親だ。
昔、氷雨さんは、海昊さんと冥旻さんと一緒に住んでいたらしい。
氷雨さんは、冥旻さんに、だったら良かったよ。と、穏やかに笑った。
それくらいしかできないからな。とも言った。
SDSに対してか。いや、海昊さんに。か。
親世代は本当に見えない絆でつながっている。強固で揺るがない。
「いや、本当に助かりますよ。」
さらに後ろから時雨の夫で大手出版社、
講和社の社長、
天城 時晴が恐縮した。
六本木事件でもマスコミ統制をおこなったのだろうと、容易に見当がついた。
時晴さんは、アメリカの大学を卒業後、フリージャーナリストになった。
その後、帰国し、祖父の会社、講和社を継いだ。
時雨は講和社の社員。たまのこしだ。と、
氷風は言っていた。
時晴さんは、リスクが伴う。と再三氷雨さんとあさざさんに注意喚起していた。
おそらくあの首ベルト。ビンゴだったのだろう。
キモ男は準備が整い次第うちにやってくる。と、加えた。
「それにしても、
薪の奴。今回も六本木のときだって横柄すぎ。」
時雨は大きくため息とともに悪態づいた。昔からだが。と、俺を睨んだ。
「こら、維薪の前でそんな風にいわない。」
「時雨ちゃんも維薪に薪を観てるのかぁ。あら。失言だった。」
冥旻さんとあさざさん。時雨があさざさんの発言にあからさまに慌てた。
察するに、時雨と親父の昔。
何があったか、なかったかは知らねぇし、キョーミもねぇからどーでもいーわ。
時晴さんと氷雨さんは目顔し合っていた。
「大人ってさ。子供は何もわかってないって思ってるよねぇ。」
俺は大人たちが話しているキッチンから水の入ったグラスをもって移動した。
ダイニングとつながるリビング。というには古風。6畳ほどの和室。
腰下すと茶を飲んでいた、にちかが小声で耳打ちしてきた。
大人びた表情。くせっ毛のボブの髪を弄ぶ。
にちか―――
天城 にちか。時晴さんと時雨の長女。高2。
俺とは、
航、
陸と同様、いとこのいとこ。という関係だ。
「ねぇ、もう終わったの?」
スマホゲームをしていたにちかの妹―――ひなつ。とボケ天がこっちを見た。
ひなつは陸の一つ下で小2。
丁度ゲームが終了したようで、飲み物頂戴。と、俺にいってきた。
自分でもって来いといなす。
ひなつはケチ。と、悪態づいてキッチンに向かった。
「ああゆうとこ、母さんにそっくり。」
にちかは笑った。目の下のえくぼ―――インディアンえくぼができた。
ひなつは時雨と同様よく俺につっかかってくる。
ひなつは親戚の中で一番年下。ということもあってか、一言でいうとわがまま。
ついでにマセガキ。だ。
「維薪ってちょっと変わった人に好かれるよね、やっぱ。」
ボケ天が思い出したように言って、にちかはさらに笑った。
時雨たち一家と冥旻さん、ボケ天がここに来たのは、俺の迎えだった。
夏休みは時雨たち親の都合が合わず、ひなつの切望したキャンプが叶わなかった。
それのリベンジ。らしい。
時雨の同窓の冥旻さんとボケ天。
そして俺が誘われ、7人乗りのTOYOTA VOXYは定員。
ボケ天が俺を誘ったようだ。
アホ空にしろよ。と、言った俺に、ひなつが俺の方が良いっていうと思った。
と、口にしたボケ天。何の忖度だよ。
「じゃ、維薪預かるね。兄貴たちはたまには水入らずで。」
庭先で時雨はそう言って、俺の頭をたたいた。当然睨みかえす。
水入らずねぇ。と、あさざさんがつぶやいて、丁度来た車にため息をついた。
「あ、皆久しぶり。」
車から降りてきて俺らに挨拶をしたのは、氷雨さんとあさざさんの長女。
氷風の双子の姉、
海風だった。親戚の中で一番年上。
氷風と双子。といっても事実、姉だ。
本来年子で産まれるはずだった氷風が早産だった為、同じ学年だったのだ。
おっとりとしていて天然。優しいいとこだが、氷風に対しては厳しい。
「わあ維薪。髪色かわいいね。」
久しぶりに会った俺に、K学入学おめでとう。と今更労った。
にちか、ひなつ、ボケ天にもそれぞれ声をかけた。
ほんわり、ふんわりとした雰囲気を醸し出して、出かけるところだったの?
と、やはり今更口にした。いってらっしゃい。と、手を振った。
「変わらないなぁ、海風は。東京で独りでやってけてんのかしら。」
時雨は独りごちて、氷風も相変わらず
タコらしいし。
と、助手席に納まり、俺らにも催促。
兄貴もお義姉さんも苦労するわ。
と、発進した車の窓から氷雨さんとあさざさんを見た。
「いいね、時雨のとこはにぎやかでさ。」
助手席の斜めうしろの席から冥旻さん。
時雨は、あんたのとこも大概でしょ。と、的を得た。
時晴さんが声に出して笑った。
車は、国道134号から北上。圏央道に乗った。
目的地は、相模原市にある、自然に親しむ事をコンセプトとした、レジャーランド。
キャンプ場やアトラクション、アウトドアスポーツなどの施設がある。
鎌倉市からは数時間で行くことができる。
窓の外を見た。圏央道を北上するとほどなくして山に囲まれた。
「そうだ、維薪。こないだ、塾で聞いたよ。」
冥旻さんの隣で座るにちか。斜め後ろを向いて俺に言った。
全国模試の結果。
にちかは、俺と同じ表参道にある進学塾に通っている。家は中目黒だ。
俺は、3列シートの右端。窓枠に肘をついたまま目だけ動かす。
「
個人情報。」
俺の言葉に、すごく良いこととすごく悪いことはすぐに広まるのよ。
と得意げに笑った。
その顔。俺は察した。嘲笑。
「違ぇだろ。クソ
龍月だ。」
「うわっ、やっぱ維薪には、この名探偵にちか様もお手上げだ。」
誰が名探偵だ。にちかは、依頼主がバレてしまっては、廃業だわ。と、嘯いた。
龍月とにちか、さらには、
海空も同級。幼いころから面識も当然ある。
龍月の依頼でにちかが動いたのだ。
「何、何?維薪が模試
一位だったって話?」
時雨が首を突っ込んできた。
「ムカつくけど、素直にすごい。どうしたらそんな頭良くなんの?」
褒めてんだか、貶してんだかわかんねぇ言い方をした。
隣のひなつがこっちをみて唇を尖らす。
頭良くったってねぇ。と、語尾を伸ばして不機嫌そうな顔。
「女心わかんないと、女の子たちにはモテないんだから。」
腕を組んで何故かしたり顔をした。それ言えてる。と、時雨が悪乗り。
冥旻さんが、多勢にモテなくても好きな相手に好かれればいいの。
と、また俺を庇うように、言った。時晴さんが賛同する。
「塩、塗られたね。」
ひなつの隣で黙していたボケ天が、察しよく辛口コメント。うっせぇわ。
前の4人はああだこうだといい合い、ひなつだけが反応した。
何、塩って。と。ボケ天が簡単な言葉で説明している。
どーでもいーし。
ひなつは、その点ボケ天はかっこいいし、モテるでしょう。
と、ボケ天の顔を覗き込む。
そんなことない。と、一蹴された。
そうこう言っている内に、車は山道を登り、15時には現地に到着した。
高台にあるキャプ場からは、澄んだ青空と山並みが一望できた。
鎌倉に数ヶ月住んでいる俺的には、あまり変わらない風景。
だが、都内在住の時雨たちには、新鮮なのだろう。
一様に肺に空気を取り込むような深呼吸の動作をしていた。
宿泊施設は、トレーラーハウス、常設テント、オートキャンプサイト等がある。
俺らは常設テント。
斜面にウッドデッキが張り出していて、ピルツテント2張りが設えてあった。
寝床の準備は必要ない為、早速夕食づくり。
バーベキューの準備に取り掛かった。
といってもこちらも火をおこしたりする準備は必要ない。
スタッフが新設ご丁寧に準備してくれるらしい。
だから、食材を切って焼くだけ。至極手間のかからないお手軽キャンプだ。
そういえば。と、俺は小5の時に行った学校のキャンプを思い出していた。
その時期に
希映は、J小に転入してきた。2つ上の
Leeはすでに中学。
どうりで面識がないわけだった。
Teddyにしても中学学区が同じなだけなのだろう。
Leeの親は紊駕さんの知り合い。
おそらく六本木事件、SDSにも関わっている可能性大。
まあ、
東華が都内を掌握している内は東京は安泰だろう。
神奈川にしても
B×Bがある。
不良の受け皿としての自警団的役割。
TeddyにLee。氷風に
未来空。そのトップに追随する仲間たち。
俺は……。
「維薪。料理もできるんだ。
真実ちゃんの教育がいんだね。」
思いを馳せていると、冥旻さんが声をかけてきた。
にちかがカレーを作れ。と、寄こしたジャガイモとニンジン。
皮を剥いている最中。
冥旻さんは、
天羽にもやらせなきゃ。と、ひとりごちて俺の隣に並んだ。
カレーくれー誰でも作れんだろ。
皮剥いて切って炒めて、水とルーを入れるだけの料理。
そういえば、希映にも言われた様な気がする。
親の教育は無関係。いや。
「冥旻さんが料理できるから天がしないんスよ。」
「あら。つまりアレか。真実ちゃんは、できないわけかぁ。」
冥旻さんは少女のように笑って、人差し指を口元にもっていく。
落ちていく陽の光が冥旻さんのピアスを輝かせた。
以前は長かった髪。ショートになっていた。
小顔で大きな二重の目。童顔。とても40代には見えない。
しかも空手の有段者。本気で闘ったら勝てるか正直不明。
きらり。またピアスが光った。のかと思った。
いや、違う。
俺は瞬時に反応した。臨戦。冥旻さんも気が付いた。
「天っ!!」
ひなつとシャボン玉をして遊んでいたボケ天の名を呼ぶ。
ボケ天が振り向いた。すでにこちらも反応済み。
ボケ天はゆっくりとうなづいた。
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あとがき
やばい。執筆にUPがついてかない!!
はやくUPしたいのになー。待っててね!
2021.12.13 湘