13


残りの夏休み。新学期が始まるまで、俺は実家で過ごしていた。
関壱會かんいちかいが消えたことは、TVや新聞、ネットニュースなどで周知された。
だが、俺らのことは全く流布されていなかった。
親父もお袋も何も言わない。
でも、全て知っているはずだ。

 「維薪いしん。」

朝食を摂り終えて、出掛けようとした時、親父に呼び止められた。
新聞を無言でたたむ。厳しくも温かい瞳を向ける。

 「自分を過信するな。」

端的な言葉。

 「そうよ、あんたはなまじっか何でもできちゃうから、つけあがる。」

お袋が口を挟む。

 「今回だって龍月たつきくんや海昊かいうさんが……あ。」

勢いあまって口を滑らせたお袋。親父がお袋に鋭い視線を向けた。
ふーん。ま、想定内だったけど、確定。だな。やっぱ。

 「行ってくるわ。」

俺は後ろ手を振って玄関を出る。
お袋が何か言って親父が止めたようだ。
扉が閉まってその後の会話は聞こえなかった。

俺は、渋谷駅までの道のりをゆっくりと歩いた。
スクランブル交差点はクソ混んでいたし、駅も同様。
だが、皆平和そうな顔をして街を闊歩している。

関壱會の残党のほとんどは、東華とうかに吸収されたらしい。
巳嵜みざきは拘置所。琳音りんね麟大郎りんたろうは、厳重注意のみだった。
まだ余波はあるようだが、一応の解決はみた。

死者はもちろん重傷者も皆無。
関壱會が起こした事件の被害者たちは、少しずつ平素を取り戻しているらしい。
警察の貢献。大手柄。世間では大々的に報じられた。
だが、俺はそれだけじゃないと思っている。

 「今日も鍛錬かぁ。若ぇのにえらいなぁ。」

立派な日本家屋の門前を箒で掃いている男が声をかけてきた。
JR鎌倉駅で江ノ島電鉄に乗り換え、由比ヶ浜駅から5分ほど。
アホそら海空みあの家―――飛龍ひりゅう家。
道場は母屋とは別の入り口がある。
うっす。と、挨拶をして足を踏み入れた。広大な敷地内。

  「あ、維薪。こっち、こっち。」

庭先で龍月が手招きした。道場に入らず事務所・・・の方に回れという。
敷地内には、組の事務所や寝食を共にする組員の為の建物などが点在している。
そのどれもが立派で掃除が行き届いていた。

 「……おはようございます。」

事務所の客間の和室。和服姿がやけにハマる男が正座していた。
男―――飛龍組三代目総統、飛龍 海昊ひりゅう かいう
アホ空たちの父親だ。

後ろに撫でつけた黒髪。良く整った眉、鼻筋が通った精悍な顔立ち。
俺に座るよう促した笑顔は、温厚。左エクボがへこむ。
海空と似ている。と、思った。魅力的で優しい。

およそ日本一のヤクザ組織のトップには見えないその風体。
だが、オーラというかまとっている雰囲気は、非凡だ。

 「色々と、もやもやさせてすまんかったな、維薪。」

そして声質。ゆらぎのような穏やかな声。その中の厳かさ。
資質、経験、全てが十二分に備わっている、トップになるべくしてなった男。

海昊さんは話してくれた。
自分はSDSエスディエス―――Sky Dradon Societyスカイ ドラゴン ソサイエティ、和名、空龍会くりゅうかい王龍海ワンロンハイだ。と。
驚きはしたが、納得もすぐにできた。
今や世界中にネットワークを持ち、膨大な情報と人材、資金を有する世界規模の団体。
それが、SDS。
トップはアジア人とだけ知らされているが、その正体は秘匿。
しかし、それは保身の為ではない。

SDSは世界のベクトルを平和へと導く理想論キレイごとともいうべく理念を掲げている。
十数年前まで陰の支配者といわれた私利私欲の団体を解体させた。
その団体に関わった輩たちを浄化し、導いた。と、いわれていた。

海昊さんは、自分はたまたまこの地位にいるだけ。と謙虚に言った。
周りの皆に支えてもらって今も至るのだ。と。
親父が全幅の信頼を寄せる、男。
世界のトップ。と言っても過言ではない、想像をはるかに超える、男。

 「空月あつき天羽てんうのこと、これからもあんじょうよろしゅうな。」

おおきになぁ。と、俺にいって海昊さんは笑った。
たきぎは何もゆわんかったやろ。と、親父の性格を見透かす。
でも。と、龍月が口をはさんだ。

 「今回の件、薪さんは、止めたんだ。」

お前のこと、可愛いんだろうな。と、口角をあげて茶化した。俺は睨む。
海昊さんは、当たり前や。と、穏やかに言った。
親は子がかわいんやで。と、龍月と俺の頭を優しく温かい手で撫でる。

六本木事件の計画は、龍月が立てた。
海昊さんたちSDSも関壱會の悪事に着手しようとしていたらしい。
龍月が、自分たちだけでやらせてほしい。
と、願い出た時、親父は反対したようだ。
最終的に海昊さんが承諾したらしい。

ただ、俺が最後まで残るだろうことは、想定内。だからバックアップ。
チャラ男と童顔男もSDSの仲間。おそらく。
計画が狂った際や、予想外な事がおきた時など、あらゆるケースを想定した。
万全な体制で臨んでくれたのだろう。

 「……ありがとうございました。」

フツ―なら警察に捕まっていておかしくはない。
本当ならちゃんとケツを拭かなきゃならない。

 「海昊さんの前だと本当、殊勝だよなぁ、維薪。ウケる。」

 「はぁ?ふざけんな!クソ龍月。策士全開クソヤロ―!」

そんな俺らに海昊さんは言った。
2人とも正しい選択をした。聡い判断だった。と。
でも、大人を頼っていいのだ。と、付け加えた。
同じことを親父は過信するな。という短い言葉で俺に伝えた。
表立つことはないが、警察と同様に貢献しているSDS。
守られている。と思わせる十分な安心材料につながった。

 「ちっ。ずりぃな、てめぇは。」

道場に向かう道すがら、俺は龍月に悪態づいた。
黙っていた事ではなく、海昊さんに説明させたこと。

 「だって維薪、俺の首絞めてでも問いただそうとしてただろ。」

大正解。悔しいから頷かねぇ。全てお見通し。ムカつくわ、まじ。

 「ま、いーわ。つーか、結局は親の掌の上かよ。」

 「いえた。」

親には勝てないよなぁ。と、龍月は紊駕みたかさんを。俺は親父を思い浮かべた。
でも、俺はいつか勝つけどな。と、吐き捨てる。
そうだな、いつかは超えたいな。と、珍しく龍月は真面目に口にした。

 「じゃ、また。」

道場の入り口で手を振った龍月。はぁ?と、眉をしかめた俺に首を振った。
ヒマじゃないんで。と、舌を出す。
ちっ、今なら勝つ気満々なんだけど。逃げやがったな。

しゃあねぇ。誰かいるか。アホ空でもいーわ。
道場をのぞこうとして、話し声が聞こえた。
ラッキー。扇帝みかどさんだ。

飛龍組関東支部のトップ、石嶺 扇帝こくみね みかど
茶色のストレート髪。両目に泣き黒子。
40代には見えない、ヴィジュアル系、インテリイケメンだ。
線は細いのに剣術の腕は、海昊さんと同等かそれ以上と言われている。

あらゆる武道の中で一番苦手なのは、剣術だった。
悔しいが、ボケ天と本気で闘ったらおそらく負ける。
紫月しづきにはさすがに勝てるだろうが、今のままならギリか。
だからもっと腕を磨きたい。

扇帝さんには一度お情け―――ルール上。では勝ったことがある。
でも基本的にはいつも負けっぱなしだった。
龍月もだが、ここには超えるべき壁がたくさんある。
だから鍛錬する。トップになるために。

 「……。」

俺は、扇帝さんに声をかけようとして、止めた。
扇帝さんは誰かと話をしていた。
日本語じゃない。中国語。
数単語しか理解できないが、扇帝さんが相手を叱咤してる風だ。

相手―――プリン先輩の事件の時、現れた王虎昊ワンフーハオ
先の海昊さんとの話の中、血縁だ。と説明された。
アーモンド形の目に猫口。チェシャ猫のような雰囲気の男。
空空コンコン―――海空を指す、中国語での愛称。を口にした。
扇帝さんの目が殺気立つ。俺の前では見せたことのない表情だ。

扇帝さんは、海昊さんの側近。つまり、王龍海のそれと同意。
ならば、世界と渡り合っているということだ。
俺の知らない裏の部分もたくさんあるだろう。

でも。何となく。だが、これは痴話喧嘩の類。か。
海空をめぐる関係的。な。

 「自制なんてさ。しようとしてできるもんじゃないでしょ。」

いきなり王虎昊は流暢な日本語で言った。
初めから胡散臭いと思ってはいた。
プリン先輩の事件の時、こいつは片言の日本語を使った。
が、やはり日本語を話せる。
いや、話せるっつーレベルじゃねぇ。ネイティブ並みだ。

つまり、これは聞かせたくない話っつーわけだ。
扇帝さんは複雑な表情をしていた。
海空は多分扇帝さんに特別な感情を持っている。
何となく気が付いていた。
俺の事など今でも眼中にないってことも。

 「……あ。」

気配を感じて振り向くと、張本人の海空の姿。
こちらも複雑な表情をしていた。
海空は、意を決したように一礼して道場に踏み入った。



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あとがき

短編のつもりが・・・
でも楽しいからいっか!
と、背景も色変え(ノートと同じなの♪)して、ラストまでかくぞー!
即UPするぞー!

今月C様に会えるといーな♪
K様も忙しいかとは思いますが、良ければぜひ声かけてください!
会いたいです!



2021.10.11 湘




















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