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世界多幸教せかいたこうきょう―――日本における、新興宗教の教団の一つ。
比較的新しい神道系教団と記憶している。
その世界多幸教の資本が、関東壱角會かんとういちかくかいに入っていた。と、親父は言った。
おそらく母体。隠れ蓑。
つまり、巳嵜 麒みざき あきらはとかげのしっぽきりだったというワケなのか?

そしてキモ男。教団関係者。なのだろう。
親父は公安らしい婉曲な言い方で、察しろ。という目をする。
世界多幸教の警察の認識―――カルト宗教ってワケか。

カルト宗教とは、犯罪行為を犯すような反社会的集団を指す。
日本においては、1995年のオウム真理教事件以後、社会的に認知された。
新興宗教全般に対する蔑称のように使用されることも多い。
しかし、およそ350から400教団が存在する中の少数だ。
それなりに歴史と伝統を確立している団体も少なくない。

無論、俺は無宗教だが、偏見は持っていないつもりだ。
心の拠り所。支え。人によっては、宗教がそうなり得る。
必要不可欠なもの。ということもあるだろう。

 「切り札・・・的ですか。保護ですか。いずれにしても守る・・。わけですね。」

詳細は判らねぇが、キモ男をあっち・・・側に渡すわけにはいかないという事だろう。
海昊かいうさんは、軽くうなづいて、陰警護をつける。と、言った。
つまり、公に警察が守るわけにはいかない。と、いうイミだ。

わかりました。との俺の返事に、背負いすぎるな。と、親父。
俺に固執するキモ男。何かあった時には俺も巻き込まれるわな。でも。

 「大丈夫。最強の大人・・・・・たちを信じてますから。」

ナマイキ言って。と、お袋が顔を顰め、親父が鼻で笑った。
海昊さんと冥旻みらさんは礼を言ってうなづいた。

 「維薪いしんくんと一緒が良かったなぁ。」

次の日。
手始めに、風呂場でキモ男に黒染めをぶっかけた。
もちろん本人の了解は得たが、キモ男は俺と同じ赤がいい。と、騒いだ。
赤じゃイミねぇ。目立つ。と、却下して半ば強制的に黒。

 「龍月たつきも黒だろ。一緒だ。」

そうかぁ。と、相変わらず語尾を伸ばすキモいしゃべりかただが、慣れた。
キモ男は、髪を白に染めているのではなく、アルビノ―――白皮症。だった。
毛先はパステルカラーに染めていたが、生まれつきの白髪。
アルビノは、メラニンの生合成に支障をきたす、遺伝子疾患。
肌も異様に白い。

白髪、首ベルト。は、どうみても本人を本人と容易に確定しやすい。
白髪を黒。長髪を短髪。にすることで印象はかなり変わる。
変装。とまではいかないだろうが。

 「すげぇなぁ。何でもできるんだぁ。」

鏡の前。切られて黒くなった自分の髪とハサミを持つ俺を交互に見るキモ男。
整えて乾かしたら終了だ。
我ながら上手くいった。初、美容師の真似事。

 「お前の髪、巳嵜が染めたのか。」

少し、探りを入れてみる。
キモ男は巳嵜。と口にして、ああ麒かぁ。と言ってうなづいた。
次いでこのベルトは。と、首を指すと、父ちゃんだ。と、言った。
父ちゃん―――世界多幸教のメンバーか否か。おそらく是だ。

 「へぇ。麒も器用なんだな。で、父ちゃんもお前と同じ白い髪か。」

いいや。と、首を振った。麒は不器用で父ちゃんは髪ない。
と、にやっ。と、笑った。
含みがあるワケじゃない。こいつの独特な個性の一つ。
それに、頭の回転が遅いワケではない。むしろとさかより秀でている。
数日一緒に暮らして理解した。
キモ男は学業レベルは一般の中学生並み。
だが、ことパソコン通信に関してはかなりのレベルだ。

俺が登校している間。
氷雨ひさめさんとあさざさんも仕事で不在の時はキモ男は留守番。
初めは危惧していたが、SDSの見張りもいるし大丈夫だろう。
と、むしろあえて泳がせてみた。

紫外線に弱いアルビノ。昼間はあまり外に出る生活はしていなかったようだ。
キモ男は外に出ることなく、与えられたPCでゲームをしていた。
オンラインゲーム。これが、キモ男のPCレベルを判明させた。
ひなつやボケ天がやっていた、オンラインゲームのボイスチャット。
外部―――世界多幸教。との連絡手段。

SDSは把握済だろう。すべて解った上でここにキモ男をつれてきた。
準備が整い次第―――つまり、そういうことだ。
キモ男がここにくると決まった時、同時に盗聴器の受諾があった。
もちろん、夫婦、俺の部屋以外。

純真無垢。本当か否か。
キモ男が何をどう、どこまで理解していているのか。
そして、何をどう思い、考えているのか。
詮索。俺の役目だと勝手に思っている。

巳嵜については、兄貴のように思っているらしい。
経緯は不明だが、巳嵜はキモ男の身の回りの世話をしていた。
食事も一緒だったようだ。
ここでの食事の時、あさざさんがキモ男のマナーをほめた。
キモ男は巳嵜が厳しいから覚えた。と、口にした。

巳嵜はどうやら世界多幸教の信者。複数の信者と寝食を共にしていた。
その中でキモ男の教育係的な立ち位置か。
琳音りんね麟大郎りんたろうとは一緒に暮らしていなかった。
だが、資金面はすべて負担していたようだ。
巳嵜の宗教、思想犯的雰囲気を観たのは間違いじゃなかった。
資金―――キモ男の世話の見返りなのか否かは不明。
だが、少なくともキモ男は巳嵜を慕っていたことは事実のようだ。

キモ男は、巳嵜がいなくなった事には特ににこだわってはいない。
自分が何故ここにいるのか。など、考えることをそもそもしていない。
従順。
しかし、俺にこだわるなど、譲れないことは幼児のように我を通そうとする。
知的な障害。確かにそうなんだろう。

 「何、やってんだ?」

ある日の午後だった。
帰宅して、キモ男がリビングでゲームをしているのを見て声をかけた。
キモ男は何の気もなしに、ボイチャだよぉ。と、答えた。
誰と。と、問うと、内緒。と、笑った。
ゆったらダメだってぇ。と、正直に口にした。
答えになってるわ、既に。心中で溜息。
つまり、相手もキモ男がここにいることを知っている。盗聴も。
かけひきか。虚々実々。

会話の内容。問い正したり尋ねたりはしない。
SDSは承知のはずだ。
そもそも世界多幸教は、キモ男を奪還したいのか?そうなら理由は?
SDSは何故キモ男を守るのか。
その先は首を突っ込むなという事だろうが。

 「そういえばさあ。維薪くんの父ちゃん。」

教えてくれるっていってたよなぁ。と、首を傾げた。
……。
戻ってきたら。と、確かに言った。記憶力はいいらしい。
公安だ。とだけ告げた。キモ男はへぇ。と、言っただけだ。
別に機密事項ではない。親父が公安。と言っただけでは。
それにおそらく周知。それを知ったとしてそれ以上の情報は入手不可能。

 「父ちゃんに教わったのか。PC、詳しんだろ。」

 「うん。得意なんだぁ。外に出れなくても楽しいよぉ。」

子供のころからいじってて、皆が褒めてくれる。と、笑顔。
悪意や邪念はない様に見えた。再びPCに向かうキモ男。
利用されただけ。龍月の言葉。本質。か。
ならば。

 「お前、どうして俺のところに来た?」

これから、どうしたいんだ。
俺は訊いた。
キモ男は、PCの画面から目を放した。くるりとこちらを向く。
眩しそうに目を細めた。俺の背後の窓から差す秋の陽。
アルビノは、色素が無い、または、ほとんど無い。
その為、光の量をうまく調節できずに過度に眩しさを感じやすいらしい。

閉めるか。と尋ねて、うなづきを確認してカーテンをひいた。
キモ男はありがとう。といい、俺を直視した。
キモ男の瞳。よく見ると少し赤み帯びているのがわかる。
普段オッド・アイのボケ天を見慣れているせいか、奇異とは思わないが。
目の下は青白く、顔全体蒼白。だが、これもアルビノの特徴らしい。

 「……。」

ふいをつかれた。というより予想外。
俺は、自分の手の甲を唇にあてて、軽くキモ男を睨んだ。
キモ男は舌を出したまま笑っている。犬歯がのぞく、独特の笑い。

 「好きだから。」

……。
キモ男は、いきなり顔を近づけてきたと思ったら、俺の唇を舐めたのだ。
性的な意味ではない。行動も言葉も。
犬が飼い主にする愛情表現。のようなものだろう。
胸座をつかまれて、顔を近づけてきたあの時も。
そもそも性的な―――人間同士のキス。は異なる免疫の個体を見つけるため。
値踏みであって、ロマンチックなどほど遠い。相手の情報収集。だ。

 「ずっと一緒にいたいけどぉ……皆が困る。かなぁ。」

唇をへの字に曲げた。父ちゃんは、まだ維薪くんの所にいてもいいって。
と、いった。まだ。ね。俺は声に出さずに思った。
皆が困る。その言葉の意味も呑んだ。



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あとがき

「空」のラスト書いてたら、いつの間にか年明けてた!!なんつって。ww
今年もどうぞよろしくです。

執筆は、3章&ラストを考え中。
UPしてて思う。この辺からこわれてるなぁ(汗)
別の話に脱線しそうです。

まだまだ世界はコロナに翻弄されていますが。湘は現実逃避!
いやな事やうまくいかない事もたくさんあるけど、うれしいこともあった!

C様おめでとう。本当におめでとう!!
また語り合おうね!K様もいつか必ず。そのときを糧に湘はがんばるよ!

みなさまも腐らず前向きに、いきましょうね!!


2022.1.26 湘




















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