15


 「お忙しい中、僕の為にお時間を割いていただきありがとうございます。」

横須賀市走水。防衛大学校バス停で下車した俺に頭を下げる少年。
短く整えた黒髪。フレームの眼鏡。利発的な顔。
滄 航あおい わたる、小5。は、細雨ささめさんの息子。
俺とは、正月など親戚の集まり等、年に数回会うか否かの関係。
見た目通り、口調も礼儀正しい。
いつからか、2コ上の俺にも敬語を使うようになった。

 「航は、丁寧キレイな言葉使えてえらいな。」

よっ。と、航の隣で龍月たつきが俺に挨拶をして、航をほめた。
航は恐縮する。
3人。防衛大学校の受付を済ませた。

数日前。親父伝いで細雨さんから連絡があった。
航がキャンパス見学をしたいといっているので、付き添いを頼む。との事。
細雨さん自身は、私用があるらしく途中で参加する予定だという。

それまで龍月と俺に航のおもり・・・を依頼した。
俺は、龍月だけでいんじゃね。と、言葉にした。
だが、良い機会だから見学して来い。と、お袋が勝手に承諾したのだ。

まぁ、興味がないわけでもないからいいわ。
それに、おもり。といっても航は全く手のかからない優等生だ。
何なら男の親戚子供の中で一番話のレベルが合う。
アホそらとボケてんのほうが面倒くせぇくれーだわ。

俺の父方のイトコ。は、氷風ひかぜと双子の姉。母方はいない。
親父の姉の夫、伯父である氷雨ひさめさんには妹と弟がいて、妹には娘が2人。
弟、細雨さんには息子が2人。その、上の息子がこの航だ。
航は、まだ小5だが、父親が卒業したこの防衛大学校に興味があるようだ。

防衛大学校―――防衛大、防大。
は、陸上、海上、航空自衛隊の幹部自衛官になる為の人材を育成する学校だ。
難関大学並みの偏差値。厳しい訓練。
特別職国家公務員の身分となり、学費はなく、給料が支払われる。
諸外国における、士官学校に位置付けられている。

教育課程は大学の学部に相当する4年と、大学院相当の理工学研究科等3科。
卒業後は、陸、海上、航空自衛官に任官し、原則各幹部候補生学校へ入校する。
その後、部隊勤務。いきなり小隊長スタートだ。
警察で言ういわゆるキャリア。自衛隊の中で最も昇任スピードが速い。

細雨さんはまだ43歳だが、航空自衛隊の16ある階級の中の、上から4番目。
1等空佐だ。
しかも細雨さんは、超難関F-15戦闘機乗りだった。
加えて、ブルーインパルスのパイロットも経験している。
ブルーインパルスとは、祭事などでアクロバット飛行を披露する部隊だ。
航空自衛隊―――空自のエリート中のエリート。
いずれトップに上り詰める人。と言われているらしい。

 「さすがに広いな。」

龍月が改めて口にした。
防衛大は、三浦半島東南端の小原台にあり、約65万平方メートル。
加えて走水海岸には、海上訓練場がある。
一般人でも参加可能なこの防大ツアー ―――キャンパス見学。
では、係の人が本部庁舎、学生舎などを案内してくれる。
さすがに全ての建物は回り切れないが、受験希望者にとっては有益だろう。

 「航。防大行きたいのか。」

係の人の説明の合間に航に尋ねると、候補の一つです。
と、大人な返答が返ってきた。

 「モノづくりが好きなので、理工学部を考えています。」

確かに、航は小さいころから色々と熱心に作っていた。
パイロット適性試験には受からないと思うから、細雨さん父親の様にはなれない。
と、自分の性格や適性をしっかり分析できている。
小5のいうことでは全くない。
日本に飛び級制度があったなら、間違いなく高校レベルだ。

 「すごいな、航。高2の俺がいわなきゃいけないセリフ。」

龍月が苦笑した。俺は眉根をひそめる。
策士龍月。超謙遜してやがる。
龍月は学業もトップクラスだ。

 「いえ、龍月くんや維薪いしんくんのほうが文武両道で尊敬します。」

何か、真面目に褒められると、当然と思っていても恥ずいわ。
こいつのこういう所、少し調子が狂う。悪い意味ではないが。
そんな俺の反応にするどく龍月が茶化す。
暴言吐かないんだ。と。
うるせぇ。と、一蹴する。

 「もし、今の僕のセリフを誰かが言って維薪くんが暴言を吐くとしたら……。」

航は口元に人差し指を持っていく。

 「その相手はきっと維薪くんに信頼されているのだと思います。」

大きく頷いた航。
……分析しなくていーわ。
龍月は俺に向かって吹いて、俺は睨みつけた。

9時50分から始まった見学は、学生会館と屋外展示物で終了する。
学生舎はさすがに見学はなかった。
8人部屋で寝室と自習室が隣り合せの構造だ。との説明のみだ。
最後の展示品見学に向かうところで細雨さんが現れた。

 「ごめんな、ギリで。」

案内係の人が敬礼して、他の見学者たちが目を見張る中。
細雨さんは物腰柔らかく対応して俺たちに謝った。
案内係の人に俺たちの案内は自分がする。と、俺たちを見学ツアーから離す。
残りの、戦闘機や戦車の展示を説明しながら、助かったよ。と、礼を言った。
有意義でした。と、龍月。

 「維薪もありがとうな。夏休みなのに。」

細雨さんは、航とよく似た短い黒髪。
人当たりの良い笑顔で先ほど見学した学生会館へ連れて行ってくれた。
どうやら昼食をおごってくれるらしい。
東京湾が見える食堂で昼食。

 「最初はさ、氷風に頼んだのよ。したら、航空祭ならいいとか抜かしやがって。」

食堂で細雨さんは、会う人会う人に挨拶をされていた。
その対応にせわしなく追われながら、氷風の態度にぼやく。

防大の現役生と細雨さん。卒業しても関係は濃いのだとわかる。
細雨さんの人柄ももちろん、さすが、B×Bビービーの元トップだ。と思わせる風体。
皆に慕われている。

 「氷風くんとひとし、お父さんに似ていますから。」

弟の陸は航の2コ下。天真爛漫でやんちゃざかりの小3だ。
どうやら陸と氷風、航の3人で行く手筈だったらしい。
陸も拒んだのだろう。大学見学など退屈だと考えそうな性格だ。

 「航も父ちゃんに似てるぞ。頭の良いとことか、顔とか。な。」

細雨さんは、航の髪をかき混ぜて愛しそうに笑った。航ははにかんだ。
細雨さんの幼少。
氷雨さんや親父から聞いたことがある。
人懐っこくかわいい。皆の弟的な存在。
大人や年上に囲まれて育ったせいか、甘え上手で世渡り上手。だった。と。

確かに、氷風や陸に似ている。
でも本質はおそらく航に似ている。と俺は思う。
つまるところ航と陸を足して2で割った。親子に間違いない。ということだ。

 「お、そうだ龍月。例のインカムとメガネ。役に立ったろ。」

細雨さんの言葉に龍月が大きく頷いて、航の作品だと俺に言った。
六本木事件の入手経路不明なインカムとメガネ。
まじか。それはフツ―にすげぇ。
航はまだまだ試作だといい、ボケ天が指摘したメガネの精度も把握していた。
モノづくり好きも度を超えてんだろ。

 「そういえば、指導官から聞いたぞ。格闘MOS問題ないって?すげぇな。」

MOSモス―――Military Occupational Specialty。
自衛隊における資格、特技区分。
つまり龍月の格闘レベルが自衛隊のそれに匹敵する。と、いうことだ。

龍月が、陸上自衛隊の猛者に混じって鍛錬しているということは知っていた。
細雨さんの口利き。ずりぃな、やっぱ。
俺が龍月を睨みつけると、細雨さんに謙遜。まだまだです。と。

 「維薪も勉学、運動トップレベルなんだろ。まじ、すげぇな。」

細雨さんは屈託なく笑って色々きいてるよ。と、いった。
色々と聞いている―――氷雨さんや海昊かいうさん辺り。か。
親父は言わないだろう。
氷雨さんをはじめ、海昊さん親父、細雨さんはK学の卒業生。
細雨さんは、紊駕みたかさんとも幼少から知り合い。
B×Bの前身、BADバッドの仲間。
親世代のネットワークは、常に最速最新ってわけだ。
SDSにも関わっているのかもしれない。

 「俺はさ、お世辞にも勉強できる方じゃなかったんだよ。」

食後のお茶を飲みながら、細雨さんは昔話をしてくれた。
兄、氷雨さんや紊駕さん、海昊さんにあこがれて、BADに入った。
バイクの魅力にはまった。
いつしか戦闘機―――最速にあこがれ、パイロットを目指す。

 「高卒でパイロットになろうと思ってて、でもたきぎさんが防大を勧めてくれた。」

いきなり親父の名前がでてきて少しびっくりした。
細雨さんは、敬う気持ちを前面に出して、今でも感謝している。と、言った。

戦闘機乗りになるには、高校卒業後、航空学校に行くのが近道だ。
しかし、費用は当然かかる。
細雨さんは、うち貧乏だったしね。と、笑う。
滄家の家庭事情―――氷雨さんが生計を支えていた。
酒乱だった父と病弱な母の為に中学のころからアルバイトをしていたのだ。

 「防大、無料どころか給料もらえるだろ。だから必死で勉強したわ。」

昔を懐かしむように口にした。

 「薪さんはさ。もう警察のトップを見据えてたんだ。その頃からさ。」

本当にすげぇよ。と、俺を見た。
警察は勉強がきつく、運動は普通。自衛隊はその逆。
親父は細雨さんに言ったらしい。
だから楽勝だろう。と。
親父なりの鼓舞。

 「落ちたら殺されそうだったけどな。」

細雨さんは苦笑いして冗談ぽくいった。

 「無事合格したけど、模範生では決してなかったよ。」

夜中に抜け出してB×Bの集会に言ったこともある。と、暴露。
人差し指を唇に持っていき、やんちゃな子供のような目をした。
氷雨さんによく似ている。

防大は、当然入学してからも厳しい。
訓練に分刻みのスケジュール。厳しいルール。
就寝以外は、ベッドに横臥することも許されないらしい。

 「でも、今は頑張って本当に良かったって思ってる。」

まだまだ頑張るけどな。と、航をみてガッツポーズをして見せる。

 「大事な人―――尊敬している人たちの手助けをすることが、できた。」

遠く海を見つめて半ば独り言のように言った。
これからも、できる。と、ほほ笑んだ。
だからさ。と、俺たちの方に向く。

 「何でもチャレンジしてみろ。やってできないことはない。」

諦めなければいつかきっとその夢は叶う。俺はそう信じてる。
細雨さんは俺らの頭を順番に撫でて優しく力強い笑顔で言った。

トップを目指す。
親父は警察トップを高校生の頃からすでに見据えていた。
おそらく海昊さんの為。だと俺は理解した。細雨さんに防大を推したのも。
SDSの話を聞いた今、確信している。
そして、細雨さんもゆくゆくは防衛省キャリアになる。SDSの最有力人材。

俺は。
俺は、何のトップを目指す?
全ての分野で全てのトップを目指して、トップに立った時。
その先は?
自問自答。
青空は、ただ優しく見守っていた。



<< 14へ                                      >>次へ

<< タイトルへ








あとがき

久しぶりのディープなお話。楽しかったです、C様♪
ちょっと壊れてたけどね、二人とも(笑)

なごりおしかったなぁ。
次回楽しみにしつつ……これからもよろしくです!


2021.10.24 湘




















Over The Top
13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24