20
「
狛路くん!いいね、黒髪かっこいいよ。」
休みの日。アホ
空が来た。黒髪短髪になったキモ男を褒める。
今日はキモ男の服を買いに行く。
キモ男は上背もあり、俺や
氷雨さんの服ではサイズが合わなかった。
当然俺より背の低い
氷風の服は論外。
さらにキモ男は服にこだわりがあり、本人を連れ出しての買い物となった。
普段外出はあまりしないとはいえ、まだここにいるのなら必要だろう。
とりあえず俺の大き目のスエット上下にキャップを貸したら、喜んで身に着けた。
まあ、見た目は普通になったから目立たないだろう。
……。
玄関先で、甲斐甲斐しくキモ男の世話をするアホ空を肘で小突いた。
「おい。お前、わかっ……。」
「わかってる。」
珍しくアホ空がはっきりと俺を制す。言葉を遮った。
今回の外出。当然
海昊さんの許可を得た。
おそらくアホ空は交渉したのだ。自分も一緒に。と。
護衛はいるだろうが、何があってもおかしくない状況。
アホ空は、ボケ
天が狙われたことを知っているのだろう。
何も出来ずに悔しかった。と、顔に書いてある。
「……ボケ天は。」
「うん。たっちゃんがいる。だから……」
俺は溜息をついた。
「てめぇ、俺も守ろうってか。何様のつもりだよ。」
ざけんな。吐き捨てる。アホ空はあわてて首を振った。
ちっ。何気負ってんだ。柄にもねえ。今更
飛龍組のプレッシャーとか笑えるわ。
まぁ、アホ空がいりゃ飛龍組もSDSも必死。か。
逆に安全。それも意図。か。
「ごめん。いっちゃんは強いし、頭もいいし、僕なんかいなくても……」
「ぐだぐだうるせぇ。行くぞ。」
俺の言葉に、うん。と、アホ空は笑顔を見せた。
親父に言われて苦笑した海昊さんの笑顔に似ていた。
鎌倉駅から大船駅。乗り換えて、辻堂駅。
駅直結のモール。
2011年にオープンした商業施設で、湘南地域最大級の大型ショッピングモールだ。
上層階へ向かって段丘上に外壁を後退させて、緑を配置した地上4階建て。
キモ男を考慮して夕方出発としたが、曇りのために特にUVケアは必要なさそうだった。
到着時には既に陽は落ちていた。
さっさと買って帰る。これに尽きる。
「これは?こっちも似合いそうだね。」
「赤がいいなぁ。
維薪くんとおそろ。なぁ。」
「うん、いいね。この赤パーカーかわいいよ。いっちゃんとおそろ。」
キモ男とアホ空の会話。恋人同士―――いや、親子。の様で笑えた。
2階の店では、シンプルすぎて嫌がり、他の店では、女用を選んで却下。
最終的に決めた店の服。
パーカー。胸のあたりがキラキラしていたが、許容範囲。ジーパンも購入。
そのまま着替えて完了。
その他、数着同じようなものを揃えた。金はアホ空が払った。SDSの資金か。
買い物を終えて、腹が減ったとキモ男がわめいたので、仕方なくファーストフード店。
1階の北東。周辺街区への通り抜け動線上に戸建て店舗が並ぶ。
プロムナード。が窓から見える。
ハロウィンの飾りが店内と同様あちこちに見受けられた。
それから護衛。アホ空のせいで多っ。わかるだけでも5人はくだらない。
一般人は土曜にしてはかなり少なかった。
「お。うわっ。」
店内に入ってきた男―――
狼先輩。が俺らの顔を見て片眉を上げた。
学校以外で会うのは初めてだった。故に私服姿も。
つんつんとした黒髪。長い襟足。鋭い一重の目に唇右下に黒子。
黒いワイシャツ、ジーパン。狼先輩は、微妙な顔をしたまま顎を下げた。
悪気はない、性格。ひょろりと高い身長。185はある。キモ男と背格好が似ていた。
「
平ちゃん先輩!こんにちは、お買い物ですか。」
アホ空の笑顔に、レジに並んだまま、ああ。と、持っていた紙袋を少しあげた。
妹たちに頼まれてハロウィンのコスチュームを買った。と、端的にいった。
白いカツラの様なものと、黒い服のようなものがちらりと見えた。
未だ、狼先輩とは闘っていなかった。なかなか機会に恵まれない。
それに、
朔弥先輩からシラットの全てをまだ教わってなかったからだ。
「ねえ。いっちゃん。」
アホ空が突然神妙な顔をして、自分の耳に手をあてる仕草をした。
モール全体のアナウンス。迷子のお知らせ。だった。
―――……身長は185センチほどで、やせ型。白い長髪。
「……。」
アナウンスは続いた。なお、その少年は軽度の知的障害がある為……。
店内で反響し、聞き取りづらかったが、間違いなくキモ男の事だ。
ショッピングモールやアミューズメントパークなどで良くある迷子のお知らせ。
つまり、誰かがキモ男を呼び出している。
ここにいることを知っていて、第三者に頼る手法。そう来たか。
黒髪にしておいて正解だった。今のアナウンスで誰もキモ男を見る者はいなかった。
とはいえ、誰か―――
世界多幸教の奴ら。だろう。
この店内にいるのは事実。見つかったらコトだ。
俺は、商品をうけとって店を出ていこうとする狼先輩に声をかけた。
あからさまに嫌な顔をされるが、こういう性格だと承知。気にしない。
「狼先輩、何も聞かず俺の頼み聞いてください。コトは急ぎです。」
はぁ?とさらに嫌な顔をされるが、構っていられない。簡潔に説明。
狼先輩にトイレで、買ったばかりのコスチュームに着替えてもらう。
アホ空とキモ男は店外へ。
俺は素早くLINEを送信。最速既読最速返信。りょ。の文字。
「いいか。空の言うことよく聞け。すぐに俺も行く。」
キモ男を納得させ、アホ空を促す。アホ空は眉根にシワを寄せたが、うなづいた。
外に出れば護衛も倣う。キモ男とアホ空は守られる。
トイレから狼先輩が出てきた。白髪のかつらにフードつきの黒ロングコート。
魔女服だろう。完璧。
俺はわざと荒々しく狼先輩の腕を引いた。
アホ空と視線を交わす。逆方向、モール内へ。
「お、おい。お前っ……。」
狼先輩の慌てた声に静かにするよう人差し指を唇にあてた。
狼先輩は不満気な顔をしたが、無視。
フードをかぶってもらい、足早にモールを駆け抜けた。
丁度店内アナウンスが響いた。迷子のお知らせの続報。
少年は、赤髪の少年と一緒にいるところを見たという方がいるようです。と。
ナイス、にちか。LINEで依頼したのはこれだ。つまり、おとり。
狼先輩をキモ男に見立て、俺と一緒にいる。というお墨付きを与える。
そうすれば、本物に注視する奴はいない。その証拠に周りがにわかに騒ぎ出した。
あの子じゃないか、赤い髪だぞ。遠慮なく指をさすもの。多数の視線。
俺らはエレベーターに乗り込んだ。キモ男からできるだけ離れる為に。
閉ボタンを押して、扉が閉まる間際。あきらかに異質な奴らが垣間見えた。
間違いない、世界多幸教。
「お前……いい加減……。」
「まだフードかぶっといてください。」
俺の言葉に狼先輩は舌打ちした。
エレベーターが上昇。が、次の瞬間。
ガタンとエレベーターの箱が揺れて、照明が落ちた。
暗闇。緊急停止。そして警報。
何なんだよ。と、狼先輩がいら立ちを露わに言った。
おそらく意図的な停電。ズボンのポケットが振動した。着信―――アホ空。
「状況は?」
「……モール全体のシャッターが突然閉まった。」
火災報知器がなってる。アホ空は言った。
閉じ込められたか。敵は制御室を制圧してる。
ここでキモ男を奪取する気満々ってワケだ。
でも、逆に作戦はとりあえず成功だ。
機械的アナウンスが響いた。火災発生。落ち着いて係員に従ってください。と。
「僕、配電盤に向かう。通電したら、逃げて。」
「つーか。てめぇ。」
閉まるシャッター。身体を滑り込ませ、店内に戻ったアホ空の姿。
容易に想像がついた。アホ空はキモ男は大丈夫だ。と、一言。
そーじゃねぇわ。てめぇも優先順位高い事。理解しろや。
「こっちはおとりだ。狼先輩だとわかりゃ何もねーよ。」
「……わかってるでしょ。いっちゃん。」
端的で語尾の強い一言。こいつ。こういうときだけ察し良すぎだろ。
そう、一つ気になっていた。
キモ男が自分の髪の色を変えたことを報告しなかったのか、否か。
それすらも策だとするなら、目的は……。
「うるせぇ。じゃ、とにかく通電させろや。最速でな。」
「了解。」
電話を切った。狼先輩に向く。説明しろ。との圧、強ぇ。
エレベーターの中。カメラに背を向けたまま手短に話す。
キモ男が狙われている事。狼先輩におとりになってもらった事。
アホ空が店内に戻ってきていて、仲間―――SDSとは言わない。も数人いる事。
「……何やってんの、お前ら。」
犯罪者かよ。との如く狼先輩は言って溜息を吐いた。
が、外には敵さんがいるわけね。と、拳を鳴らした。
口角をあげる。堂々と恐れはない。頼もしいわ。
「感謝します。狼先輩の実力を見込んでのことですから。」
「意外と殊勝じゃねーの。貸しな、貸し。」
笑った狼先輩は、意外と幼い表情だった。
じゃ、クソ
龍月にツケときます。と言うと二つ返事で、呑んだ。と、鼻をならした。
龍月のことを狼先輩は敬服はしているようだが、心服はしていないと観ていた。
坊主先輩と違って、龍月の意見や考えにも時には辛辣に反対するからだ。
それもまあ信頼のなせる業なのだろうが。
照明が回復した。エレベーターが動き出す。2階で止まり、扉が開く。
……。
予想通り。エレベーターの前には世界多幸教だろう。取り囲むように密集。
両手を組んで祈りをささげるポーズ。白装束に白いお面の集団。
狼先輩が生唾を飲み込む音が聞こえた。
「何か、用スか。」
極めて平然と俺は口にして、狼先輩にフードを取るよう促した。
最前列の中央の奴が、狼先輩を見て狛路様じゃない!と、叫んだ。
一斉に他の奴らが散り散りにキモ男を探しに動いた。残りの数人が俺らに牙を向く。
「狛路様をどこに隠された!」
狛路様。ね。世界多幸教でのキモ男の立ち位置。なんとなく理解。
当然俺は、誰ですか。と、言ってやる。
面のせいで表情はわからないが、怒気のオーラが観えた。
「狛路様を邪悪な道に連れ込む、悪魔め。」
悪魔。悪魔。悪魔。呪文のように白いお面から発せられる声。詰め寄ってくる集団。
狼先輩は、ひでぇ言われよう。と、顔をひきつらせた。
が、つかみかかろうとする一人の信者を軽々かわした。さすがだ。
「貴様らぁ!」
信仰心が強い人々の言葉とは思えない暴言を吐いて、次々に向かってくる信者たち。
4階まで吹き抜けフロアーを見上げる。下の階を見下ろす。
まだ店内のシャッターは閉じたままのようだ。一般客、店員の姿もない。
やるじゃねーか、SDS。じゃ、遠慮いらねぇな。苦笑。
俺らは、向かってくる信者たちを片っ端から片付けていった。
十数人。何の障害もねぇ。ケンカど素人、軟弱信者共なんて、俺らの敵じゃねー。
悪魔だ。悪魔を消し去れ!と、叫び声。
キモ男を探していた信者たちも戻ってきた。群がる蟻共。俺は、砂糖じゃねーし。
「維薪。キリがねぇ、どうする。」
さすがに全員を戦闘不能にするのは骨が折れる。重症を負わすワケにもいかない。
拘束具。何かないか。狼先輩と目顔。その時、上に動きがあった。
「いっちゃん!」
上から大きな袋が投げ落とされた。金属音を立てて俺らのすぐそばに落下した。
3階から身を乗りだすアホ空の姿。
1階から屋上の配電盤。
敵を御して通電。そして3階でこれらを拝借。速過ぎだろ。苦笑。
俺は袋の中をばらまいて、狼先輩にも配った。
袋の中身。手錠。玩具だが、専用の鍵がないと開かないし、強度は十分。
ハロウィン様様だな。と、ひとりごちる。
間髪入れずに、次は上から大きな網が振ってきた。
まさに一網打尽。ひゅう。という口笛。上を見上げると、信者の一人が面を外した。
笑っている男―――六本木事件でもいたあの、チャラ男。だ。
「ふざけるな!悪魔め!」
俺と狼先輩が次々と手錠をかける中、一人の信者が騒いだ。
隣にいた信者がやめろと。と、止めた。振り払われた手が、止めた信者にあたる。
「公務執行妨害。
これは、本物ですからね。」
そんなんアリかよ。面をはずす信者―――六本木事件の童顔男。は、信者に手錠をかけて、俺に一礼した。
その男の合図でどこからともなく制服警官が現れた。
信者たちは捕まり、連れていかれた。
「先日はご挨拶もせず、すみません。」
連城 正義と申します。もう一度綺麗な礼をして、警察手帳を見せた。
童顔だが、精悍な顔つき。
「俺は、
諸住 改。以後お見知りおきを。」
3階から手を振ったチャラ男。童顔男に叱咤された。六本木のデジャブ。
「いっちゃん、大丈夫?」
アホ空は3階から降りてきて、狼先輩にも声をかけた。
俺はアホ空を睨みつける。
「大丈夫?じゃ、ねーわ!何で戻ってくんだこの、アホ!」
「いやいや、
空月がいなかったら色々ヤバかったろ。ありがとな。」
狼先輩の言葉に舌打ち。
制服警官たちが手際よく後処理する中、俺らはチャラ男に導かれ出口へ。
童顔男は残った。
俺は、アホ空に帰れ。と、吐き捨てた。
飛龍組、SDS。またはその両方が、緊張感を緩めることなくアホ空を観ていた。
破天荒な坊ちゃん。心のため息が聞こえた。ご苦労なことだ。
アホ空は、笑顔でうなづいて、学校でね。と、手を振った。
笑った顔は相変わらず幼くガキだが、その風貌。少し大きく見えた。
アホ空もSDSの事を知って、思うところがあるのだろう。
自分のルーツ。これからの事。
ま、身長が伸びただけかもしれないが。苦笑。
俺は後ろ手を振ってアホ空と別れた。
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あとがき
読んでいただきありがとうございます!
さてさていかがでしたか?
平ちゃんとの共闘シーン。けっこうすき。
平ちゃんには妹がいるらしい。プチ情報ww
空月の俊敏なシーン。
お見せできなかったですが、想像してお楽しみいただけたら幸いです。
物語は佳境に入っていきます!
おたのしみに!
2022.1.31.湘