21
「ご協力、感謝します。」
モールの駐車場出入口。待っていたのは、何と、スーツ姿の親父だった。
親父は、
狼先輩に一礼して、警察手帳を見せる。
狼先輩は、恐縮して手帳を見た後、目を見開いた。
俺を見る。
「……親の仕事と子供は、カンケ―ねぇから。」
こんなんで狼先輩の俺への態度が変わったら面倒くせぇ。
俺の態度に、狼先輩は吹き出した。
親父が送るといったが、徒歩圏内なので。と、断った。
「じゃ、
貸し。楽しみにしてるわ。」
「了解っス。」
俺らは拳を合わせた。貸し―――
龍月へのツケ。
「……
狛路は無事、自宅についた。」
車の後部座席に俺を促して、自分も乗り込んだ後、親父は言った。
チャラ男が運転席に納まり、発進させた。
「ミッション成功っスね。さすが、
薪さんの御子息。」
判断、行動。適確で速い。と俺を褒めて、バックミラー越しに見た。
親父が一笑に付す。
「……で。ここに俺らが来るのが漏れたのは、内部。ですか。」
親父を横目でみる。
キモ男の自宅PC。おそらく俺らの留守中に調べただろう。
ハッキングも可能だろう。
だが、ここ―――目的地の詳細は無かったはずだ。
当然。キモ男には到着まで隠していたからだ。
SDSには報告していたが、そこから漏れることはないだろう。
だとすると、公安か所轄。
警察内部に信者、または近しい人間がいるという事だ。
「うわ。聡明ですねぇ。」
チャラ男が大げさに声をあげる。
おそらく今回の警備を依頼した藤沢警察署だろう。と、真面目に言った。
俺たちにいるハズがない。言葉外。SDSにつながっている俺たち。の意だろう。
だからキモ男を警察が守るわけにはいかなかったのだ。
「それは、こっちで対処する。
維薪は狛路を、頼む。」
思わず親父を見てしまった。
こんな風に、特に
大人の事柄に対して頼む。
などと言われたのは初めてだったからだ。
傲慢。という程ではないが、基本的には首を突っ込むな。的なスタンス。
お袋曰く、心配かけぬようにだ。との事だが。
「……わかりました。一つ、確認したいんスけど。」
俺の態度に、親父も面映ゆかったのか、窓の外を見ながら、何だ。と、言った。
アホ空同様気になっていたことだった。
キモ男は自分の髪が染められたことを世界多幸教に知らせていたか否か。
「いや。そんな報告はあがっていない。それが何……」
親父の言葉を遮ったのは、警察無線だった。
―――藤沢署管内。多重事故発生。人手が足りません。応援願います。
チャラ男が無線機をとる。親父の顔を見た。
俺は、窓の外と時計を見る。藤沢駅近く。午後9時。
「電車で帰れます。仕事、頑張って。」
俺の言葉に親父がうなづいた。チャラ男が無線機に応じた。
ごめんね、家まで送れなくて。と、藤沢駅のロータリーに車を滑り込ませる。
ガキじゃねーし。
俺は、サイレンを鳴らして遠ざかる親父たちの車を見送った。
JR藤沢駅へ向かう。
キモ男は俺に髪を染められたことを言ってなかった。か。
たまたまか。もし、わざとだったとしたら……?
色々と考えすぎていて、自身の安全に留意していなかったのは、事実。不覚。
後の祭り。ってやつだが。
すみません。と声をかけられ、振り返った瞬間。
霧状の冷たい液体を顔に感じた。
次いで、針に刺された様な痛みがおそったのだ。
視野を奪われた。俺は、瞬時に左手でガード、右手で手刀を繰り出す。
皮膚を割いた感触。唸り声。男。
後ろから別の奴が、俺の背中に筒状の何かを突きつけた。
そのまま車。だろう、押し込められる。
恐怖。というより悔しさが上回った。
「痛ぇし、ふざけんなよ。」
目隠しをされて、手足を固定された。
まあ、問答無用の殺害はないだろう。ここは従うのが賢明。
スライドドアの閉まる音。車はセダンではなくワゴンタイプか。
車が動き出した。ウインカーの音。左折。
気味が悪い事に、最初に声をかけた男以外、まったく発話がない。静寂。
俺の隣に1人。後ろに2、3人。前は、運転手。と助手席にいるかは不明。
だが、少なくとも4人以上は乗っている。呼吸や衣擦れの音。気配は観えた。
車がスピードをあげた。信号や交差点等、ブレーキや停止がなくなった。
おそらく高速道路―――周辺だと、藤沢バイパス。を、西に向かっていた。
黙ってんなら好都合。俺は、聴覚と体内方位磁針をフル活用した。
まあ、このタイミング。
さっきの無線がダミーだとしたらなおさら、世界多幸教だ。
アホ空と勘ぐった事象―――目的は俺のラチ。が当たったというわけだ。
キモ男が黒髪を報告していたなら、アナウンスに白髪。とは流さないだろう。
モール内の第三者がキモ男を見つけることができない。
ただ、もしそれもわざとなら、俺らの油断を誘う手ともとれた。
目的、俺をラチしてキモ男を交換。ってやつだ。
キモ男の護衛は強固だが、俺は基本ノーマーク。
だとしたら人質。を考えること。ありえた。
ただ、事実。キモ男は報告していなかった。意図は不明だが。
つまり、本来は第三者の善意に頼り、キモ男を奪還。が筋書。
失敗したためにプランB―――俺のラチ。って筋が濃厚だ。
いずれにしても迂闊だわ。くそ、ムカつく。
俺のスマホは、当然奴らに渡った。
電源が切られているか、バッテリーが抜かれているだろう。
だが、それが徒になる。
おそらく、何らかの異常事態が親父に伝わる手筈。
むしろそのくらいしてくれねぇとな。嘲笑。心中で。
プリン先輩の事件の時、アホ
空がラチられた。
その際、アホ空は、スマホの位置情報を送信したらしい。
が、
飛龍組は
海空の知らせ直後、すでにアホ空の居場所を特定済だった。
監視。というと人権侵害だが、非常時はありがたい。
だから、俺のすることは、ラチられる場所の特定と連絡手段の確保。
そして、ラチした犯人の証拠の提供。
もしかしたら、それすらも必要ないのかもしれないが。
でも、俺の失態。名誉挽回くれーしねぇとな。
現在地。圏央道北上。長いトンネルが2回。つい先日も通った。
体内時間だが、所要時間1時間半。現在時刻午後10時ごろ。
おそらく相模原インターを通過した。
左カーブ、トンネル。八王子JCT。ウインカーの音。
車体が左に寄る。ETC通過。一般道左折。八王子西ICを降りたはずだ。
北上し、また左折。そろそろ頃合いか。
「おい。ションベン、してぇんだけど。」
無言。ここでして良いのかよ。との言葉に、微かにざわついた。
車はなお、北西に向かっている。何らかの合図があったのだろう、右折。停車。
「降りろ。」
最初に声をかけた男とは別の人間。連れションに付き合ってくれるらしい。
手足の縄を解かれた。
背にはおそらく先程と同様、銃。だろう。を押し付けられた。
俺は、無抵抗を示すために両手を挙げたまま車を降りた。
緑の濃い匂いと土の匂い。そして、寒かった。
俺の体内方位磁針が正しければ、ここは東京都あきる野市。
「つぅか。目ぇ瞑ったまましろってか。かかんぞ。」
「……。」
また無言。俺を公衆トイレ。だろう。個室に押し込んだ。計画通り。
妙な真似するな。出る時にはアイマスクをしてこい。と、指示。
ここでこいつを人質にするつー手もある。
が、アジトまでは案内させねーとメリットがねぇ。
車中、残りの人間が3人以上。別の車。ないとは限らない。
となると、俺のやる事は、一つ。
八王子西ICまではNシステムで親父たちが追えるだろう。
だから、ここに俺が居た痕跡と、敵の情報。を置いていく。
「……早くしろ。へっ、変な真似したら、う、撃つからな。」
「良くしゃべんじゃねーか。何であいつらしゃべんねーの?」
お前だけにしゃべらして、ずりぃな。ワンチャン、ボロを誘ってみる。
黙れ。と怒鳴られた。が、漂ってくるオーラは至極弱い。
本気で俺を撃つ覚悟など、微塵も感じられなかった。それに……。
「お前に罪おしつけて、逃げようってハラじゃねぇの?」
「うるさい!私は、狛路を早くあいつらから奪取するっ……あ。」
俺は鼻で笑った。あいつら。ね。成程。
俺はアイマスクをつけ、ドアを開けた。銃がヘソらへんにあたる。
「お前、女。だろ。」
また無言。いや、絶句。銃口が震えた。
喉の奥からわざと低い声をだして、男を装っていたが、女の声だ。
まっすぐ俺に銃を向けているとして、身長は150強。
縄を解かれたときの手の感触。触れた身体。それらが物語っていた。
そして、俺と連れションをさせられたという事は、他の奴らには秘密裏。
「別に、他の奴らにはバラさねーから安心しろよ。」
「……なぜ。」
質問をして、答えを聞かずに、怖くないのか。と、言った。
怖い?悔しいわ。と答えると、くすり。と、笑ったようだ。
見えなくとも観えた。明らかに女のオーラだった。
車に戻り、また北上を続けた。
峠の山道。悪路。時刻はおそらく午後11時ごろ。
狛路の奪取。ねぇ。キモ男は一体何のキーパーソンなんだ。
考えても答えはでない。
外に再び出されたときには、さらに気温が下がっていた。
俺は、両手を拘束されたまま歩かされる。アイマスクもそのままだ。
足元が悪い。何度も突っかかりそうになり、先の女に支えられた。
大丈夫か。とは聞かれないが、雰囲気で労りが伝わってきた。
森と土の匂いがかなり濃い。水、滝か。の音が鮮明に聞こえる。
周囲は驚くほど静かで、足音が響いた。湿度も高い。
おそらく東京都の奥多摩にある、大岳山の麓。
標高は1266.5m。と、高くはないが、多様な登山コースがある。
個性的な山容、名峰として有名だ。
確か、山頂付近に神社があり、信仰の対象。
つまり、ここが世界多幸教のアジトである確率は高い。
俺のコンパスは間違っていなかったという証明。
数分歩かされ、俺は小屋的な所に入れられた。
……。
暫く身じろぎ一つせずにじっ、としていた。
俺をラチった奴らは、扉を閉めた。鍵の掛かる音。
足音が遠ざかる。話し声が微かに聞こえたが、内容までは聞き取れない。
どうやら隔離された。おそらく、この空間には誰もいない。
俺は、後ろ手に縛られていた両手をこすり合わせた。
緩く結わかれていることは気づいていた。するり、と手が自由になった。
気配を探りながらアイマスクに手をかける。
10畳ほどの平屋。山小屋。トイレとミニキッチン。テーブルに椅子。
ご丁寧に布団も敷いてあった。
先日行ったキャンプより豪華だ。
出口は一つ。窓が一つ。
窓からは、真っ暗で何も見えなかった。おそらく、野山。明かりもなし。
曇りのために、月明りは期待できない。
現在時刻、0時は回ったか。
それにしても静かだ。聞こえるのは、虫の声。葉擦れ。自然の音のみ。
しばらく何をするともなく、時間をむさぼっていた。
「!」
素早く、音を立てることなく、アイマスクを付けた。
両手を後ろにまわして、壁際に座った。念のため。
足音は、扉の手前で止まった。解錠音。やはり。中には入ってこない。
足音が聞こえなくなった。
俺は再びアイマスクをとった。扉に寄る。無音。
俺の推理はおそらく間違っていない。
俺は、布団に寝転んで空が白んでくるのを待った。
夜明け。細心の注意を払い小屋の外に出た。
小屋の周りを一周。見張りはなし。
同じような山小屋が点在していた。
扉が開く音。俺は死角に身を隠す。
山小屋の扉は次々と開かれ、人々がでてきた。皆、同じ白装束。
フードや麦わら帽子、タオルなどで顔を隠していた。
薄日がさして、山小屋の目の前は広大な田畑だと判った。
人々は、皆無言で田畑の手入れをし始めた。
誰も俺のことを気にする者はいない。朝靄の中で黙々と作業に勤しんでいる。
人々の息遣い。吐く白い息。
その光景は、テレビや教科書でみる、古き良き日本の田園風景。静かで平穏。
周囲は高い山々に囲まれ、鳥のさえずりや風に揺れる木々の音が響いていた。
赤く染まるモミジ。黄色のカエデ。ムラサキシキブの実。
絵画になりそうな景色だった。
俺は頭をかいて、小屋に戻った。顔を洗う。
備え付けのタオルで拭いて、布団に腰下した。
誰かが来る音。俺はそのままの体勢で待った。
「眠れませんでしたか。」
「どの口が言ってんだ、ああ?」
俺は大あくびをしたついでに悪態づいた。
口を開いた男の隣で合掌をしていた男が睨みつけた。
それを制され、教祖。と、呟いた。
教祖―――白装束。50代半ば細面。気品のあるオーラ。
「手荒な真似をして申し訳なかった。」
落ち着いた、低く穏やかな声。息子が世話になっている。と、頭を垂れた。
髪はない。が、口ひげ。白かった。キモ男の親父。世界多幸教の
教祖。か。
教祖の両脇に2人ずつ、白装束で隠れてはいるが、屈強な長躯。
そして、長い白髪の女。
「……聡明で胆力のある子だ。」
教祖は布団の上で胡坐をかいていたままの俺を見つめて言った。
こいつ。俺がわざと逃げなかったこと、察してやがる。
おそらく、親父やSDSは、俺がここにることを知っている。
この敷地に入る際、一旦停止を2度した。
待ち時間、数分。ゲートが開く金属音。
車からおろされて、ここにくるまで、数分。
公道、または私道からそう遠くない。
しかも、森に囲まれた平地の境界線は、刺鉄線のみ。
踏み込む気があるのなら、容易。
つまり、まだその時ではない。ということ。だから、俺はまだ動くべきでない。
俺は、白髪の女を見た。女は、俺に水とパンを手渡した。どうぞ。と。
その声、昨夜車の中にいた女のもの。
「お前ら、何が望みなんだ。」
俺の問いに、先の男はやはり反抗的な態度を示した。
が、教祖はそれを抑えて、大きく深呼吸をした。キモ男より赤い瞳を見開いた。
「ここの安寧。信者たちの静かで穏やかな永劫の日々だ。」
真摯な目。オーラ。男たちも合掌した。
そこにウソはない。と、観た。ならば。
「俺をラチった奴ら、どうした?」
俺がにらみつけると、白髪の女の盆を持つ手が震えた。
その手を教祖は優しく握った。大丈夫。と、口にする。
「幽閉している。殺したりは無論、しない。」
藤沢警察署に信者がいる。のはおそらく正しい。
そして、他の署にもいるのだろう。
新興宗教が宗教法人として続けるにはネットワークは必須だろう。
裏表かかわらず。つまり、親父やSDSは周知。
やはり、これは、クーデター。だ。
キモ男は関壱會の資金源だった。
この生活、教祖。を鑑みる限り、必要最低限の生活費で賄っている。
信者はおよそ数十名と公にはされている。
それが本当なら、この敷地、田畑で自給自足が可能。
キモ男はPCが得意だ。答え、キモ男が金を生み出している。
その金を必要以上に欲した奴らの犯行。目的、キモ男の搾取。
ハッキングか投資か、または何らかの手段でキモ男は金を稼いでいる。
本人の意思とは無関係に。おそらく。
狛路の奪取。と、女は言った。
他の者は、狛路様。と言っていたことから、女は身内。白髪を鑑みると血縁。
「敵にバレた。か。まあいい、人質のままいてやるよ。」
「……。」
こいつらは、俺を逃がそうとしていた。
緩く結わかれた手の縄。鍵を開け放したのもその為だろう。
だが、俺を逃がしたことが判れば、こいつらの命の保障は、ない。
控えめなノックが3回。こちらの返事を待たずに、突然扉が開かれた。
白装束の男が4人。もれなくライフル銃を構えた。
平和とは無縁。物騒な事だわ。さらに後ろからもう一人来た。
「何事だ。」
教祖は表情に出さずに恍けたが、男たちは出ろ。と、銃で示した。
教祖は従った。女、次いで男3人。
最後の一人は、フードと口元を覆うマスクを身に着けていた。
俺に目配せをしてうなづいた。
窓の外。相変わらず平穏な情景。森の中へと進ませられる。
朝露で脚が濡れる。ぬかるんで滑る山路を登らされた。
太陽の方角からして北西に向かっている。大岳山頂上へ近づいていた。
山深い周囲。木漏れ日が弱々しく降り注ぐ。
大量の水が落ちる音。ようようと滝が姿をあらわした。
見上げる高さ、10メートル以上はある。
教祖は背中にライフルを突きつけられながら、滝の裏手に進んだ。
「……。」
何だ。これ。
目の前に広がる光景。さすがに驚きを隠せなかった。
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あとがき
UP頑張っていまーす!いよいよクライマックス!
あと3ページで終わるかな(汗)
ノート(原作)とはちょっと変えてしまった部分もありますが、ご勘弁。
ノートページと合わないんだもん(いいわけ)
さてさて滝の奥にはいったい何が、あるのでしょうか。
つーか、維薪。頭良すぎだろ!つっこみ。
続き、おたのしみに!
2022.2.2.湘