28
「……殺せよ。」
麒が消えて、
泰盛が意識を取り戻して俺に言った。
じゃなきゃ、自分はまた誰かを殺しちまう。と、涙を流した。
夢到が顔を背けた。どいつもこいつも、俺を人殺しにしてぇのかよ。ったく。
「いつでも相手してやんぜ。なぁ、
氷風。」
「……いや、俺はもういいわ。」
氷風は首を横に振って苦笑いした。俺は平和主義だし。と。
未来空が吹いた。泰盛の身体を起こしてやる。泰盛は、氷風と未来空に言う。
「……すまなかった。
巳嵜に唆されたとはいえ……。
維薪。お前の言う通り、俺は止まれなかった。……お前と戦えて、負けて……良かった。」
旺亮や
泰則、2番隊のメンツに泰盛は謝った。そして、夢到にも。
歩夢の事。本当に悪かった。と。
夢到は、許す。とは言わなかったが、復讐心のある目でもなかった。
「
B×Bは、学コみてぇなもんだと、俺は思ってるんだ。」
氷風は、口の中が切れてるのだろう、血を吐き出してから話し出した。
学校。色々学んで、仲間作って、卒業する。
卒業後もたまに思い出したり、顔出したりできる場所。
「当然色々な奴がいて、いろんな
意見があって、ケンカして、仲直りして、いつでも戻ってこれる、場所。」
だからさ、泰盛。と、氷風はヤンチャな笑顔を見せた。
卒業しても仲間だろう。と。
「……。」
氷風は、旺亮と泰則、2番隊にも笑いかけた。
傷だらけ、血だらけ、ぼこぼこの顔で。
でも。
「
卒業は、許す。でも、
退学は、ダメだ。」
最高に男前だ。
湘南暴走族
BAD×
BLUES 3代目
総長。そして、俺の、従兄。
氷風は、旺亮の肩を優しく叩いた。自分の領分で
天下統一を目指せ。と。
戻ってくる場所―――B×Bは、いつでもお前を迎え入れる。
自由に羽ばたいてこいよ。と、背中を押した。
「旺亮、泰則、お前ら皆。
単車、好きだろ?」
はい。2番隊全員が頭を下げた。中には大泣きして謝る奴らもいた。
氷風に抱きついて泣きじゃくる奴。土下座よろしく膝をついて頭を下げる奴。
年齢なんて、ケンカの強さなんて、関係ない。
まぎれもなく、この場のトップは、氷風。いや、氷風しかいなかった。
つーかさ。と、
未来空はいつもの様にニヒルに口角をあげた。
お前、まともに学コ行ってたか。と、氷風の横腹を突く。
氷風が痛ぇ!と叫んで、皆が大笑いした。
だから、学コの代わりだよ。と、氷風は顔をゆがめながら、唇をとがらせた。
何だソレ。と、未来空は呆れた顔した。
が、サンキュー、総長。と、氷風の頭をかき混ぜた。
言葉にせずとも絆の強さを観た。それを見守るB×Bのメンツの間にも。
「つーかさ。B×Bのトップ。維薪くんってコトっスよね?」
とさかが全く空気を読まずに声をあげた。皆が俺を注目する。
朔弥先輩が右手で顔を覆った。溜息。俺を見て、目で謝罪。
バカとさか。しゃーねぇ。
「んじゃ、
俺からの命令。B×Bの総長は、氷風に任せた。」
俺は、氷風に言ってやった。
「氷風ぇ、まだ卒業はさせらんねぇわ。留年な。残念。」
未来空が吹いた。
何か、文句あるかよ。と、俺がいうと、氷風が俺の前に脚を引きずりながら来た。
氷風は俺の肩を抱いた。というか、寄りかかった。
俺の、自慢のイトコだ。と。言う。
そして次の瞬間、おいしいトコ、もっていきやがって。と、軽く、腹パン。
痛ぇわ。
「おっ、前!いいやつだなぁ!!」
いきなり、店の板前が声を張った。何だ、こいつ。包丁、危ねぇし。
あ、紹介忘れてた。と、氷風が言った。
「
横浜の族、
YOKOHAMA BAY ROAD 3代目総長の
銀 吟滋だ。」
「ギン。でいいぜ、維薪。美味い肉、食わしてやる。特上だ。」
よくわかんねーけど、すげぇハイテンション。刃物で店ん中を指す。
入れ。と、いうことだろう。
つーか、口ん中切れてて痛ぇんだけど。しょっぺぇのとか、無理だから。
とりあえず店内に戻る。
さっきのちっせぇガキ、
詩弦と目が合った。闘気?
詩弦は
夕摘さんから濡れタオルを渡されて、皆に配っていた。
夕摘さんは泰盛に。夕摘さん。と、泰盛が呟いて、申し訳なさそうに頭を下げた。
知り合い。まぁ、想定内。泰盛は上階に案内されていた。
「……YOKOHAMA BAY ROAD 4代目副総長、詩弦だ。覚えといてやる、維薪。」
タオルを放って寄越した。横柄な態度。だが、敵意は観えなかった。
YOKOHAMA BAY ROADね。
六本木の事件の時、集結していたが、奴もいたのか?不明。
聞いていた通り、B×Bとは、友好関係らしい。
それに。
「詩弦、お前、維薪くんにそんな口利くんじゃねぇ!」
「はぁ?死ね、
陽色。」
朔弥先輩と、とさかとはイトコ関係ってわけだろ。
すげぇとさかはディスられてっけど。
朔弥先輩は、日常。というような穏やかな目で見て、俺に礼を言った。
初めて会ってから何度目か。
「何回礼すんスか。俺がトップとりたかっただけっスから。」
何度でも言うよ。と、朔弥先輩は柔和な微笑みで続けた。
「維薪。お前は、俺らの
救世主だから。なぁ。」
朔弥先輩の言葉に、あざーっす。と、B×Bのメンツが一斉に頭を下げやがった。
未来空が、やっぱ総長交代かもな。と、毒づいて、やはり頭を下げた。
「あん時、俺が行ってたら、全面戦争決定だった。助かったよ。ありがとう。」
「まじ、リスペクトっスよ、維薪くん。
同級生とは思えねぇっス!」
はぁ?とさかの言葉にB×Bのメンツ。お前、中坊かよ?と誰かが代弁して叫んだ。
今サラかよ。ゆってたし。
とさかが何故か天狗になって、明日13才なんスよ。と、大声で言った。
何の宣言だよ。ったく。
そっか。と、こっちも今サラ思い出したように、氷風。
「維薪、明日学コやべぇだろ。その、顔。」
「そうっスね。……内申響かないと良いけど。悪かったな……」
次いで朔弥先輩。鏡を見るまでもなく、ひでぇ
顔なのは、判ってる。
内申。受験生の朔弥先輩らしい杞憂に、言ってやる。
「んなもん、テストでオール100とって凌駕するんで。」
「かっけぇ!!維薪くん、学年トップなんスよ!まじ、かっけぇっス!」
だから、うるせぇ、とさか。また周りがざわついた。
未来空がゆうねぇ。と、茶化した。
朔弥先輩がすげぇな、言ってみたい。次元が違い過ぎた。と、苦笑。
「まてまて、フツーはケンカ強ぇか、ガリ勉かどっちかだろ。」
夢到が大げさに言って、泰則に同意を求めた。
泰則は一瞬気後れするも、夢到の優しさを受け入れて、同調した。
義也と旺亮、2番隊も。
「それ、オヤジのゆう言葉っス。今はだいたい、何でもできる奴はできる。」
「できない奴は何にもできない。ほら、陽色みたいに。」
得道ツインズ。ひでぇ!と、とさか。オヤジだと?と、1、2番隊。
B×Bの日常だろう空気に包まれた。
「さっすが、
薪さんの子。すげぇな。」
また、次から次と。今度は
オヤジ世代かよ。心中で悪態づく。
この店は、隠し部屋や入口がたくさんあんのかよ。
上階から降りてきたらしい男は、拍手しながら俺を見た。
左頬にヤクザ張りの傷跡。仏壇の写真で見た男だ。
「
坡さん。B×Bの前身、
BAD 2代目特隊。」
氷風が俺に紹介した。
坡さんは、夕摘さん同様、朔弥先輩ととさかが世話になってる。と、礼を言った。
いえ。と、顎を下げた俺に、微笑した。その笑顔は、朔弥先輩と似ていた。
「父ちゃん。いたの?」
とさかが叫んだ。B×Bが一斉に挨拶をした。
穏やかに笑い返す坡さん。
坡さんと夕摘さんは、似ている。間違いなく姉弟だろう。
やっぱとさかだけ似ていない、
澪月家。
そして、詩弦。フードを目深にかぶっている。
顔はあまり見えないが、雰囲気は朔弥先輩には似ていないし、とさか風でもない。
詩弦は不愛想でふてぶてしい給仕をしていた。
身長はアホ
空よりもおそらく低いが、歩き方、重心の取り方で強い。と判る。
不思議なオーラだ。
氷風が無言でいた俺に声を掛けた。
杞憂した表情。俺の怪我の具合を心配しているのだろう。
「つうか、この顔で帰ったら氷風があさざさんにボコられるだけじゃね。」
大げさに言ってやる。
うわぁ。と、氷風が頭を抱えた。あさざさん、怖ぇからな。と、周囲爆笑。
あさざさんは、中坊のころから
氷雨さんと付き合いがあったらしい。
だから、当然B×Bのメンツにも周知のようだ。
そりゃ、大変だ。と、坡さんは笑う。遠目で詩弦を見て、俺に視線を戻す。
「維薪。詩弦の事も、今後とも仲良くしてやってな。ちなみに、タメだから。」
やはり、穏やかな笑顔で言って、付け加えた。
年頃の女の子の扱いは難しいわ。と。
は?
年食ったなぁ。と、坡さんは、笑いながら俺の肩をたたいて奥座敷へ行った。
今、何つった?さすがに驚くわ。
詩弦―――女。なのか。一見じゃ判らなかった。
「
うちのお嬢。強ぇぞ。」
目の前に焼きたてのステーキが置かれた。本当に特上っぽい。美味そうな肉だ。
その湯気の向こうでギンがどや顔をしていた。
俺は頷いた。ほお。と、声をあげるギン。食え。と、男前に笑った。
YOKOHAMA BAY ROAD 4代目副総長か。おもしれぇ。
俺の周りの女は強ぇ奴ばっかだけど、詩弦はちょっと特異だ。
海空や
紫月、母親たちとは違う。戦ってみてぇ。と、思わせるオーラだった。
「おい、詩弦。」
俺の言葉に詩弦は振り返る。斜に構えた立ち方。
次の俺の言葉を予想できていない
表情だった。
フードから見透かすような睨みつける右瞳。
「いつか、
戦ろうぜ。」
「……。」
一瞬虚をつかれたような沈黙。見開かれた目。次いでこっちに大股で歩いてきた。
「今、
殺ってやろうか。」
拳を握った。本気のオーラは伝わってこなかった。
とさかが何いってんだよ!と、俺と詩弦の間に割って入った。
「いくら怪我してたって、維薪くんの足元にも及ばねっっ……痛っ!!」
「てめぇは俺の
足裏にも及ばせねぇよ。死ね、陽色。」
詩弦はとさかの顔面を靴の裏で踏みつけた。
さすがに手加減はしているだろうが。
しっかし、
口も悪すぎだろ。紫月よりも上がいたか。苦笑。
それに、多分今戦ったらヤバいかもな。全身痛ぇし。
死ね、陽色。と。もはや名前のように連呼する詩弦。まじ、草。
「……楽しみにしててやるよ、維薪。」
俺を見て、フードをとった。ストレートの髪は、左下がりのベリーショート。
左側の大部分は、発色の良い紫。左目を隠すほど、長い。
ちっせぇ顔に目鼻口がバランスよくまとまっていた。とがったアゴは少年っぽい。
やはり、朔弥先輩にも、とさかにも似ていない。
とさかは母親で、詩弦は父親似なのかもしれない。
「いいねぇ。お嬢に楽しみ。なんて、いわせるたぁ。」
早く食え。と俺に顎をしゃくるギン。だまれ、ギン。と、詩弦は悪態づいた。
俺は一笑に付してステーキを食らう。柔らかくて美味い。
シンプルな味付け。しかも、しみねぇ。
どんどんでてくる料理。他のどの料理も怪我人に配慮された優しい味だった。
長い夕食の後。
「改めて、誕生日おめでとう!!維薪。」
氷風の声で周りが波打つような歓声。何度目だよ。やっぱとさかが一番うるせぇ。
夢到が礼と共に自己紹介してきた。それを皮切りに義也。
俺は、だいたい覚えました。と、先回りして名前を口にする。
すげぇ、やっぱ頭いいな。と。騒がれた。
いや、フツー、だろ。
とさかがやはり自慢気に胸を反らして皆にディスられた。
俺の周りに集まった皆。もう誰も剣呑な目をする奴はいなかった。
「はぁい、どうぞ。ふー、する?」
目の前に今度は大きなホールショートケーキが運ばれてきた。
またもや新キャラ。間延びしたゆったりとした声。
その女性は、ちょっと作りすぎちゃった。と、笑う。
移動式配膳台には、大量のケーキ。
作りすぎた。という次元ではない。
手に持っているケーキ以外は、カットされていたが、有に50人分はある。
全部食えとかいわねぇだろうな。超甘党の海空なら余裕だろうが。
パティシエの格好、コックコートを着たその女性は、満面の笑みで名乗った。
澪月 梢依。詩弦の姉だ。と。澪月家の顔立ちをしていた。
梢依さんは、ホールケーキに13本のローソクを立ててくれた。
恥ずいがしかたねぇ。吹き消すと、周りがさらに盛り上がった。
何かでも。悪く、ねぇ。
「梢依さんのデザートは全て最高っす!」
キッチンからギンが声を張った。ギンのは、ないよ。と、梢依さん。
わかりやすい関係性だ。
どれがいい?と、梢依さんに聞かれた。正直、甘いものは苦手だ。
だが、厚意を無下にするわけにはいかない。
あまり甘くないので。と、言葉を濁す。
「あら、しづちゃんとおんなじ。」
梢依さんは鷹揚に笑った。詩弦が気恥ずかしそうに、こづ姉ぇ。と、睨んだ。
梢依さんは、全く気にすることなく、ホールケーキを手際よく切り分けていく。
俺の前に皿を置いた。
切り分けてくれたショートケーキから始まり、ガトーショコラ、フルーツタルト。
までは、許そう。
梢依さんは笑顔で盛り続けた。
レアチーズケーキ、ベイクドチーズケーキ、そして、シフォンケーキ。
皿に盛られたケーキは、全部で6ピース。
どれも5号サイズの1ピース。
つまり、直径15センチのホールケーキのできあがりだ。
甘くないので。とはつまり、ケーキ自体が苦手。と、いう意味だったんだが……。
朔弥先輩と目が合った。やはり、申し訳なさそうな顔をしていた。
まぁ、いいわ。
周りを見回すと、甘いものに群がる蟻のように、皆ケーキを貪っていた。
一口食す。美味い。思った以上に甘くなく、重たくもない。
あんだけ食った後なのに、不思議だ。
夕摘さんは当然として、ギンも梢依さんもその腕前に疑う余地はなかった。
帰り際。
氷風が、ダブルクラッチと
族の
単車の
流し方。を教えてやる。と、胸を張った。
瞬間、痛ぇ!と自爆した。
未来空が爆笑して、6番隊隊長に必要なイロハな。と、訂正。
承諾した覚えはねぇけどな。ま、いーわ。
GSXに跨れ。と、強制された。全身痛ぇが、運転できない程じゃない。
氷風は未来空にCBを操作させた。
ダブルクラッチ―――擬音で表すと、ブーン、ブ、ブーン。
という感じのアクセルワーク。
今の単車には、必要なトランスミッションじゃない。
が、俺や氷風のCB、朔弥先輩のEX-4では、始動直後の加速ギアチェンのお約束。
オヤジ世代では、癖。というくらい染みついているらしい。
今は、あまりやらない。実際はガソリンの無駄遣い。
それに意外とコツがいる。
さすがに、B×Bは、いわゆる族のコール―――空ぶかし。は、しない。
隊列で走るときのルール―――ちどり走行。などを未来空が合理的に説明した。
「毎週土曜、練習な。迎え行くから。」
氷風が至極嬉しそうに言い、B×Bのメンツも俺らも付き合う。と盛り上がる。
絶対ぇ集会になんだろ。つまりは、俺に顔を出せ。と、いうこと。
つーか、来週までにその怪我完治すんのかよ。と、氷風を思った。
そんなこんなで、長い前夜祭は、ようやく終わりを迎えた。
氷風は、CBを店に預け、未来空の後ろに乗った。そして、うちに寄った。
氷雨さんと
細雨さん、オヤジ。の3人の出迎えを受ける。
あさざさんやお袋もいるのだろうが、あの時とは違い、外には出てこなかった。
オヤジたち3人は、どこか神妙な顔をしていた。
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あとがき
最終話まであと2話!坡くん。おひさ。ww。
店の上階で何があったのか。御想像にお任せ。
にしても、維薪、頭いーよなぁ。オール100って。
ブログでその後の一コマ公開中→
キャラトークG
詩弦ももう少し出したかったけど、次作?で。
YOKOHAMA BAY ROADは、いわずもがな。
湘's Worldでは、おなじみ?
氷雨が特隊だったTHE ROADの流れを継いだ族。ですな。
今は、4代目。総長は出せなかったけど、ブログでCM中→
キャラトークH
背景設定大変だったけど、楽しかった♪
次話は、エンディングへGO!
2022.4.29. 湘