Over The Top
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 「おめでとう。」

12月。今年が終わろうとしていた。
飛龍ひりゅう家の道場で、俺は空手道と剣道、同時に昇段試験に合格した。
中1での合格は、道場内ではトップ。

とはいえ、空手に関しては龍月たつき海空みあは既に黒―――有段者。
剣道はボケてん紫月しづきと同時合格だ。
柔道に関しては、14歳以上でないと段はもらえないルールなので、来年が最速。

渡された、空手の黒帯を握る。剣道は段位を示すものは特にない。
やはり、目に見えてのレベルアップは嬉しい。

 「すごいなぁ、いっちゃん!2つとも同時昇段なんて。」

アホそらが笑顔で賞賛。隣で自分の事のように喜ぶ。
アホ空は、現在空手1級、剣道2級。
体格や見た目で素人が判断するなら、高いレベルだ。
だが、飛龍組に生まれて、育って、俺に負けて笑ってんじゃねぇ。

こいつは、マジ欲がねぇ。
身体能力は高いくせに、努力もするくせに。
人を負かそうという欲が足りない、ヘタレだ。

でも。
悔しくねぇのかよ。と、悪態づいた俺に、アホ空は唇を結んだ。

 「……悔しい。よ。だから……」

相手。してよ。と、アホ空は俺の前に立った。
―――僕、強くなるね。
有言実行。初めてアホ空の闘気を観た気がする。
こいつも理解してる。守るためには、守れる力がないとならない事。
そうだ。体格なんて不利な要因には違いねぇが、戦わない理由にはならない。
否応なく戦う日が明日にでもやってくるかもしれない。
そんなお前にとって、俺は、最高の練習相手だろうが。

 「手加減しねーからな。」

大人たちが皆はけた後。いつメン幼馴染6人。
龍月が相変わらず全てお見通し。のような表情カオで、ルールは?と、訊いた。
アホ空が、なしで。と、即答。
へぇ。アホ空のいつになく真剣な瞳。
龍月が、じゃ、2分で。と、タイムウォッチを持った。

こいつも、六本木事件や世界多幸教事件の後、変わった。
いや、変わらないといけない。と、鍛錬している。
最近の言動や、拳にそれが観て取れた。

向き合う。やはり、身長が伸びている。とはいえ160弱か。
さて、どう攻めてくる?
俺があいつなら、身長差を考慮して、まずは下段。
視線を下げさせてからの、上段。

柔軟性と俊敏性を活かした上段は、素人なら当然。
空手をかじっている奴でさえ避けられないだろう。
だが、予断はしねぇ。
俺ならそう考えるだろう。と、思っての、裏。つまり、一発上段狙い。
アホ空が龍月の始め。の合図の瞬間、ダッシュした。速い。
やはり上段。いや。

 「つっ……」

アホ空が俺の肩に触れたと思ったのは一瞬だった。鮮やかな側転。
跳び箱のように170ある俺の頭上を跳躍しやがった。
からの、後ろ下段。足元をとられる。
くっ。身体が傾くのを感じ、左回転させられる。左パンチがくる!
俺は、瞬時に右足を踏ん張って、シラットの肘でガード。

 「……。」

アホ空が、一呼吸。キョリを取る。

 「……やっぱ、体幹いいよね。それに、高いレベルで習得しているシラット。いっちゃんの格闘センス。すごい。隙は、ないね。」

結構頑張ったんだけどな。と、アホ空は言った。
いつものヘタレ笑い。
でも、落ち込んでいる風でもなく、淡々と事実を言っただけの言い方。

一瞬、そのオーラ。殺気すら感じた。
やはり、こいつは前に龍月が言っていた様に、実力計り知れない底なしの小型犬。
末恐ろしいわ。

 「じゃあ、どうする。諦めんのか。」

体格も経験も俺に劣る、お前の必勝法は……。
いいや。諦めないよ。アホ空は言葉を発すると同時に拳の連打。
一発一発が重い。急所ピンポイント狙い。後々効いてくるパンチだ。
悪くねぇ。

俺の右ストレート。避ける。反射神経も動体視力も磨きがかかってんなぁ。
今までのようにバック転で逃げたりせず、すぐに向かってくる。
柔らかい動きのアホ空は、急所を守るのが巧い。隙をつかれたら投げにも来る。

そうだ、お前の武器を存分に使って来いよ。
ぶちのめすK.Oだけが、勝ちじゃねぇ。
お前の言う、逃げるが勝ち。それがお前の矜持。
ならば、柔軟性と俊敏性を十二分に活かし、一撃必勝。
拘束、もしくは逃げ。仲間に託す。そのどれも、有り。だろ。

アホ空が俺の懐に入った。投げの体勢。
そうだ。だから、お前はお前のままでいい。
その力を底上げしていけば、その実直でエゴも計算もないお前に、必ず皆ついてくる。
将来、飛龍ひりゅう組のトップになるだろう、お前に。

身体が宙に浮いた。受け身を取る。
アホ空の抑え込み。瞬時にひっくり返す。
やっぱ、軽ぃな。
俺は、俺のやり方でいくからな。
有言実行。手加減なんてしねぇ!
顔。守んなくて、いいのか?
俺の心の声。聞こえたかのように、アホ空が、はっとした顔つきをした。

 「!!」

遅ぇ!!
俺は、アホ空の上に馬乗りになったまま、ワンパン。左頬に入った。
アホ空の瞳がギラついた。
いいねぇ。
もう一発。十字受けでガードされる。

 「維薪いしん!顔っ……て。やりすぎだっ……!兄貴……」

外野がうるせぇ。視界の端で、龍月が紫月を制したのが見えた。
あと30秒。龍月の声。
俺の下でもがくアホ空。さあ、どうする。どう、逃げる。

おっ。
アホ空が両手を後ろについて、腰を浮かせた。後ろにスライド。
その体勢から右脚を振り上げる。
まじか。俺は飛び避けた。
股間狙い。男なら悶絶必至の急所。
いいじゃねぇか。正解だ。
2人。ファイティングポーズに戻ったところで、龍月がタイムアップを告げた。

 「……空月あつき!大丈夫?」

紫月が女のように……あ、女だが。アホ空にタオルを手渡した。
アホ空は、大丈夫、大丈夫。しぃちゃん、ありがと。と、笑顔。俺を見る。

 「……ありがと、いっちゃん。」

 「……。」

そのオーラは、もう以前のアホ空とは全く違った。
その一言で、お互い全て理解した。
龍月も微笑して、判定やアドバイスなど一切口にしなかった。
そんなものは必要ない。必要なのは……。

 「そら。また、ろうぜ。」

固い握手を交わした。空が破顔した。

 「なんか、ええなぁ。めっちゃ触発されんやんかぁ。」

そんな俺らを今まで無言で観ていた海空。
やろか。と、俺に言った。想定内。
龍月がえぇっ。と、素っ頓狂な声を上げ、プレゼント……まさか。と、口にした。
ちっ。クソ龍月。模試の結果。海空に言いやがったな。

 「せやせや、模試トップも誕生日も昇段も。全部込みのプレゼントや。お得やんなぁ。」

お前がな。と、心中で突っ込む。海空らしくて笑えた。
―――んじゃあ、海空もらうわ。の、返答。
龍月に相談したのがバレバレだ。
まぁ、反省してっけど。ガキ臭すぎたわ。

 「いやいや俺は言ったよ。ハグとかチューのほうが喜ぶよ。って。」

はぁ?
俺は思い切り龍月を睨んだ。紫月は龍月を蹴った。
海空は大笑いして、戦いのほうがええよな。と、俺に言う。
……。

 「キスのほうがいんじゃない?」

相変わらずしれっと口を挟むボケ天。蹴ろうとして、避けられた。
こいつは……ったく。
とにかく。海空はやる気満々だ。なら、しかたねぇ、受けて立つ。
龍月が本当にやるの。と、海空に再確認して、じゃあ、空手ルール2分ね。
と、半ば強制的に言い放った。
俺は睨みつける。ほんと、ムカつくわ。

空手ルール―――ここでは、フルコンタクト、ルール。を指す。
素手、素足での攻防。急所なしの直接打撃。
先の俺と空の戦いを見て、やろう。と、いった海空への牽制。俺への配慮。
女だから、などという遠慮はもともとない。
が、さすがにガチ―――顔。は、殴れねぇわ。
でも、海空はガチで。と、言い兼ねない性格だ。
無論強い。

飛龍組に生まれ、育って、俺ら幼馴染の中でも一番に武道を始めた海空。
素質にも恵まれている。幼いころは全く歯が立たなかった。
だが、身長も海空を超え、ケンカの経験をも勝る俺の方が今はアドバンテージがある。
空手ルールならそれを相殺できる可能性が高い。
だから、龍月は空手を選択したのだ。

海空と向き合う。身長は、160と少し。
紫月よりは少し低いが、女としてのスタイルは海空のほうが良い。
見た目では、空同様、空手の強者には見えない。
素人になら男にだって負けることはないだろう。
以前プリン先輩の事件の際も、大人の男を数人、軽々と相手した。
しかも、タピオカミルクティーを飲みながらだ。プリン先輩も閉口していた。

海空が得意とするのは、基本、受け身。
だが、空と同じく狙いが正確で、効くパンチとキック。
柔軟性は空には劣るものの、一般人のレベルではもちろん、ない。
俺への上段も軽々蹴ってくる。

当然、ここでの練習でスパーなどは何度もやっている。
だが、今回のように試合により近い戦いはおそらく初だ。
もちろん、外部試合では、男女別。だから、戦うことはない。

龍月の合図。海空の闘気が収斂した。
左ジャブ。右ストレート。左外受けで流す。
左の上段蹴りが来る。右腕で受ける。

痛ぇ。良い蹴りだ。
これじゃあ素人はK.Oだわ。
すかさず右の膝裏キック。これも確実に入るだろ。素人なら。な。

 「う゛っ!」

俺は左足を下げての右の前蹴り。海空の腹に入った。
フツーの女なら泣くか。
効かせる蹴りとして、威力は加減してねぇ。
手抜きも、ナメても、ねぇーよ。海空もそんなの、望んでねぇだろ。

海空は一瞬息を詰まらせたが、次の瞬間、左回転の回し蹴りを放ってきた。
危ねっ。あと一歩。踏み込んでたら完璧に入れられてたわ。
長い脚だ。距離感が狂う。

そこからノーモーション。距離を詰めての拳連打。どれも正確。
全てを受けて、捌くのは無理。
俺は、自ら距離を取った。すかさず長い脚が来る。
判定なら負ける。手数は海空のほうが上だ。
ぜってぇ負けねぇ!

先の前蹴り、龍月は技有りをとらなかった。海空が瞬時に抗戦したからだ。
通常、中級レベルの奴くらいなら、今ので一時的ダウン。
もしくわ戦意喪失レベル。または、バランスを崩す。技有りが取れる。
さすが有段者。一本勝ちを狙うしかねぇ。

 「ちっ。」

思わず舌打ち。
俺の渾身の上段後ろ蹴り。
クリーンヒットしたものの、海空はバランスを崩さなかった。
一本ではなく、技有りと龍月は取った。
あと一本の技有りか、一本を取れば勝ち。
だが、あと15秒。
身体を左右に振る。海空も遅れずについてくる。
攻防。決定打にならぬまま、タイムアップ。

 「うわぁ、負けやわぁ。さっきの前蹴り、ギリ技有りやろ。」

龍月の判定を待たずに海空が声を上げた。悔しいわぁ。と。
実際は微妙だけどな。
公式なら判定は、主審1人、副審4人のうち3人以上の支持を有効とする。
一本を取れなかった時点で、俺的には負けだわ。クソ。
龍月は、俺と海空を見て笑った。引き分けだ。と。

 「延長する?」

龍月は口角を上げた。海空は、うちの負けや。と、譲らない。
俺の前に来た。

 「つっ……」

不意を突かれた。海空が俺に抱き着いてきた。
頬と頬が触れる。
海空が少し距離を取って笑った。両エクボがへこむ。

 「おおきになぁ。」

 「……。」

右手で俺の頭を撫でて軽く叩く。
その、穏やかで優しい笑み。全てを察し、理解している顔だ。
俺の、そらへの気持ち。自分への配慮。
そして、龍月にも礼を言った。
空にも負けずとも劣らぬ、実直で、包み込むようなオーラ。
俺が、無言でいると、堪忍な、汗臭かったなぁ。と、身体を放した。

 「いや、そうじゃないと思う。」

と、ぼそっと言ったボケ天。聞こえてるわ。
まあ、でもこっち・・・も微妙だわ。結果延長戦・・・
やっぱ、海空にとって俺は弟と同義。今更だが。
でもいつか、もっと守れるくれぇ強くなってやるわ。

 「さぁて、俺も……」

海空と紫月が着替えに更衣室に向かった後。
龍月も倣おうとしたので、俺は止めた。ろうぜ。と。
あからさまに嫌な顔をされる。だが、あきらめの溜息のように息を短く吐いた。

 「そういえばさ。実は、ちょっとスカッとしたんだよね。」

龍月は話を蒸し返してきた。俺が海空をもらう。と、言った事。
煮え切らない扇帝みかどさんにさ。と、言った。

 「俺が言ってもよかったんだけど、真実味、ないでしょう。」

いつもの嘲笑。クソがっ。

 「だから、応援するよ。……守ってやってよ。な。」

……。
ちっ。ほんと、食えねぇ奴。

 「……模試でトップとったら、なんてゆってねぇし。」

だから。と、俺は龍月を指さした。

 「まだ、トップじゃねぇから。」

 「……。」

ファイティングポーズを取った俺に、龍月は口元を緩めて、観念したように頷いた。
空がストップウォッチを持った。当然。ガチルール。

 「……始め!!」

いつも一番トップだった。
特に努力なんて要らなかった。
勉強も運動も。俺は、誰よりもできた。

一番トップになることが当たり前だと思っていた。
ケンカでさえも無敵と思っていた。
しかし、それはガキまでだ。上には上がいる。
ケンカでトップになるには、鍛錬が、努力が必要だ。

今でもトップになることは、トップを目指すことは、当然。
メシを食うみてぇなモン。
それから諦めたくないという気概。そして、衝動。

泰盛たいせいとの戦いは、すげぇ楽しかった。ヒリつくような、殺意さえ混じる交戦。
でも。間違わねぇ。一線は超えねぇ。
忘れない。万が一でも間違えそうになったなら、こいつらがいる事を。

 「維薪、大振り多い。もっと丁寧に。」

相変わらず余裕の龍月。
その口、今にふさいでやるわ、待ってろ!まずは、てめぇを超える。
そしてその先。まだ、はっきりとはわかんねぇけど。
守りたいモンを守れる様になる為。
仲間が一線を超えるのを止める為。
俺自身の矜持プライドの為。トップを目指す。

そして、超える。
トップは通過点。トップを取った先。その時、はっきりとした光景が観えるハズ。
現状維持は後退と同意だ。常に上へ。さらに上へ。
そうだ。
トップを超えろ。トップになるのなら、目指すのは、その上。

Over The Top!!
それが、俺のプライドだ。



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あとがき

最後まで読んでいただきありがとうございました!
久々?に最後まで楽しんで仕上げられた話でした。
書いている最中にどんどん話が浮かんできて、他の話もかきたい!と思えました。

実は、「空」で湘’s Worldの集大成にしようと思ってたのですが、、
死ぬまでかいてるかも(笑)

そんな僕にいつもお付き合いくださってありがとうございます!
今後ともよろしくお願いいたします。
ではでは次の作品で!


2022.5.18 湘