30
「おめでとう。」
12月。今年が終わろうとしていた。
飛龍家の道場で、俺は空手道と剣道、同時に昇段試験に合格した。
中1での合格は、道場内ではトップ。
とはいえ、空手に関しては
龍月や
海空は既に黒―――有段者。
剣道はボケ
天、
紫月と同時合格だ。
柔道に関しては、14歳以上でないと段はもらえないルールなので、来年が最速。
渡された、空手の黒帯を握る。剣道は段位を示すものは特にない。
やはり、目に見えてのレベルアップは嬉しい。
「すごいなぁ、いっちゃん!2つとも同時昇段なんて。」
アホ
空が笑顔で賞賛。隣で自分の事のように喜ぶ。
アホ空は、現在空手1級、剣道2級。
体格や見た目で素人が判断するなら、高いレベルだ。
だが、飛龍組に生まれて、育って、俺に負けて笑ってんじゃねぇ。
こいつは、マジ欲がねぇ。
身体能力は高いくせに、努力もするくせに。
人を負かそうという欲が足りない、ヘタレだ。
でも。
悔しくねぇのかよ。と、悪態づいた俺に、アホ空は唇を結んだ。
「……悔しい。よ。だから……」
相手。してよ。と、アホ空は俺の前に立った。
―――僕、強くなるね。
有言実行。初めてアホ空の闘気を観た気がする。
こいつも理解してる。守るためには、守れる力がないとならない事。
そうだ。体格なんて不利な要因には違いねぇが、戦わない理由にはならない。
否応なく戦う日が明日にでもやってくるかもしれない。
そんなお前にとって、俺は、最高の練習相手だろうが。
「手加減しねーからな。」
大人たちが皆はけた後。いつメン幼馴染6人。
龍月が相変わらず全てお見通し。のような
表情で、ルールは?と、訊いた。
アホ空が、なしで。と、即答。
へぇ。アホ空のいつになく真剣な瞳。
龍月が、じゃ、2分で。と、タイムウォッチを持った。
こいつも、六本木事件や世界多幸教事件の後、変わった。
いや、変わらないといけない。と、鍛錬している。
最近の言動や、拳にそれが観て取れた。
向き合う。やはり、身長が伸びている。とはいえ160弱か。
さて、どう攻めてくる?
俺があいつなら、身長差を考慮して、まずは下段。
視線を下げさせてからの、上段。
柔軟性と俊敏性を活かした上段は、素人なら当然。
空手をかじっている奴でさえ避けられないだろう。
だが、予断はしねぇ。
俺ならそう考えるだろう。と、思っての、裏。つまり、一発上段狙い。
アホ空が龍月の始め。の合図の瞬間、ダッシュした。速い。
やはり上段。いや。
「つっ……」
アホ空が俺の肩に触れたと思ったのは一瞬だった。鮮やかな側転。
跳び箱のように170ある俺の頭上を跳躍しやがった。
からの、後ろ下段。足元をとられる。
くっ。身体が傾くのを感じ、左回転させられる。左パンチがくる!
俺は、瞬時に右足を踏ん張って、シラットの肘でガード。
「……。」
アホ空が、一呼吸。キョリを取る。
「……やっぱ、体幹いいよね。それに、高いレベルで習得しているシラット。いっちゃんの格闘センス。すごい。隙は、ないね。」
結構頑張ったんだけどな。と、アホ空は言った。
いつものヘタレ笑い。
でも、落ち込んでいる風でもなく、淡々と事実を言っただけの言い方。
一瞬、そのオーラ。殺気すら感じた。
やはり、こいつは前に龍月が言っていた様に、実力計り知れない底なしの小型犬。
末恐ろしいわ。
「じゃあ、どうする。諦めんのか。」
体格も経験も俺に劣る、お前の必勝法は……。
いいや。諦めないよ。アホ空は言葉を発すると同時に拳の連打。
一発一発が重い。急所ピンポイント狙い。後々効いてくるパンチだ。
悪くねぇ。
俺の右ストレート。避ける。反射神経も動体視力も磨きがかかってんなぁ。
今までのようにバック転で逃げたりせず、すぐに向かってくる。
柔らかい動きのアホ空は、急所を守るのが巧い。隙をつかれたら投げにも来る。
そうだ、お前の武器を存分に使って来いよ。
ぶちのめすK.Oだけが、勝ちじゃねぇ。
お前の言う、逃げるが勝ち。それがお前の矜持。
ならば、柔軟性と俊敏性を十二分に活かし、一撃必勝。
拘束、もしくは逃げ。仲間に託す。そのどれも、有り。だろ。
アホ空が俺の懐に入った。投げの体勢。
そうだ。だから、お前はお前のままでいい。
その力を底上げしていけば、その実直でエゴも計算もないお前に、必ず皆ついてくる。
将来、
飛龍組のトップになるだろう、お前に。
身体が宙に浮いた。受け身を取る。
アホ空の抑え込み。瞬時にひっくり返す。
やっぱ、軽ぃな。
俺は、俺のやり方でいくからな。
有言実行。手加減なんてしねぇ!
顔。守んなくて、いいのか?
俺の心の声。聞こえたかのように、アホ空が、はっとした顔つきをした。
「!!」
遅ぇ!!
俺は、アホ空の上に馬乗りになったまま、ワンパン。左頬に入った。
アホ空の瞳がギラついた。
いいねぇ。
もう一発。十字受けでガードされる。
「
維薪!顔っ……て。やりすぎだっ……!兄貴……」
外野がうるせぇ。視界の端で、龍月が紫月を制したのが見えた。
あと30秒。龍月の声。
俺の下でもがくアホ空。さあ、どうする。どう、逃げる。
おっ。
アホ空が両手を後ろについて、腰を浮かせた。後ろにスライド。
その体勢から右脚を振り上げる。
まじか。俺は飛び避けた。
股間狙い。男なら悶絶必至の急所。
いいじゃねぇか。正解だ。
2人。ファイティングポーズに戻ったところで、龍月がタイムアップを告げた。
「……
空月!大丈夫?」
紫月が女のように……あ、女だが。アホ空にタオルを手渡した。
アホ空は、大丈夫、大丈夫。しぃちゃん、ありがと。と、笑顔。俺を見る。
「……ありがと、いっちゃん。」
「……。」
その
顔は、もう以前のアホ空とは全く違った。
その一言で、お互い全て理解した。
龍月も微笑して、判定やアドバイスなど一切口にしなかった。
そんなものは必要ない。必要なのは……。
「
空。また、
戦ろうぜ。」
固い握手を交わした。空が破顔した。
「なんか、ええなぁ。めっちゃ触発されんやんかぁ。」
そんな俺らを今まで無言で観ていた海空。
やろか。と、俺に言った。想定内。
龍月がえぇっ。と、素っ頓狂な声を上げ、プレゼント……まさか。と、口にした。
ちっ。クソ龍月。模試の結果。海空に言いやがったな。
「せやせや、模試トップも誕生日も昇段も。全部込みのプレゼントや。お得やんなぁ。」
お前がな。と、心中で突っ込む。海空らしくて笑えた。
―――んじゃあ、海空もらうわ。の、返答。
龍月に相談したのがバレバレだ。
まぁ、反省してっけど。ガキ臭すぎたわ。
「いやいや俺は言ったよ。ハグとかチューのほうが喜ぶよ。って。」
はぁ?
俺は思い切り龍月を睨んだ。紫月は龍月を蹴った。
海空は大笑いして、戦いのほうがええよな。と、俺に言う。
……。
「キスのほうがいんじゃない?」
相変わらずしれっと口を挟むボケ天。蹴ろうとして、避けられた。
こいつは……ったく。
とにかく。海空はやる気満々だ。なら、しかたねぇ、受けて立つ。
龍月が本当にやるの。と、海空に再確認して、じゃあ、空手ルール2分ね。
と、半ば強制的に言い放った。
俺は睨みつける。ほんと、ムカつくわ。
空手ルール―――ここでは、フルコンタクト、ルール。を指す。
素手、素足での攻防。急所なしの直接打撃。
先の俺と空の戦いを見て、やろう。と、いった海空への牽制。俺への配慮。
女だから、などという遠慮はもともとない。
が、さすがにガチ―――顔。は、殴れねぇわ。
でも、海空はガチで。と、言い兼ねない性格だ。
無論強い。
飛龍組に生まれ、育って、俺ら幼馴染の中でも一番に武道を始めた海空。
素質にも恵まれている。幼いころは全く歯が立たなかった。
だが、身長も海空を超え、ケンカの経験をも勝る俺の方が今はアドバンテージがある。
空手ルールならそれを相殺できる可能性が高い。
だから、龍月は空手を選択したのだ。
海空と向き合う。身長は、160と少し。
紫月よりは少し低いが、女としてのスタイルは海空のほうが良い。
見た目では、空同様、空手の強者には見えない。
素人になら男にだって負けることはないだろう。
以前プリン先輩の事件の際も、大人の男を数人、軽々と相手した。
しかも、タピオカミルクティーを飲みながらだ。プリン先輩も閉口していた。
海空が得意とするのは、基本、受け身。
だが、空と同じく狙いが正確で、効くパンチとキック。
柔軟性は空には劣るものの、一般人のレベルではもちろん、ない。
俺への上段も軽々蹴ってくる。
当然、ここでの練習でスパーなどは何度もやっている。
だが、今回のように試合により近い戦いはおそらく初だ。
もちろん、外部試合では、男女別。だから、戦うことはない。
龍月の合図。海空の闘気が収斂した。
左ジャブ。右ストレート。左外受けで流す。
左の上段蹴りが来る。右腕で受ける。
痛ぇ。良い蹴りだ。
これじゃあ素人はK.Oだわ。
すかさず右の膝裏キック。これも確実に入るだろ。素人なら。な。
「う゛っ!」
俺は左足を下げての右の前蹴り。海空の腹に入った。
フツーの女なら泣くか。
効かせる蹴りとして、威力は加減してねぇ。
手抜きも、ナメても、ねぇーよ。海空もそんなの、望んでねぇだろ。
海空は一瞬息を詰まらせたが、次の瞬間、左回転の回し蹴りを放ってきた。
危ねっ。あと一歩。踏み込んでたら完璧に入れられてたわ。
長い脚だ。距離感が狂う。
そこからノーモーション。距離を詰めての拳連打。どれも正確。
全てを受けて、捌くのは無理。
俺は、自ら距離を取った。すかさず長い脚が来る。
判定なら負ける。手数は海空のほうが上だ。
ぜってぇ負けねぇ!
先の前蹴り、龍月は技有りをとらなかった。海空が瞬時に抗戦したからだ。
通常、中級レベルの奴くらいなら、今ので一時的ダウン。
もしくわ戦意喪失レベル。または、バランスを崩す。技有りが取れる。
さすが有段者。一本勝ちを狙うしかねぇ。
「ちっ。」
思わず舌打ち。
俺の渾身の上段後ろ蹴り。
クリーンヒットしたものの、海空はバランスを崩さなかった。
一本ではなく、技有りと龍月は取った。
あと一本の技有りか、一本を取れば勝ち。
だが、あと15秒。
身体を左右に振る。海空も遅れずについてくる。
攻防。決定打にならぬまま、タイムアップ。
「うわぁ、負けやわぁ。さっきの前蹴り、ギリ技有りやろ。」
龍月の判定を待たずに海空が声を上げた。悔しいわぁ。と。
実際は微妙だけどな。
公式なら判定は、主審1人、副審4人のうち3人以上の支持を有効とする。
一本を取れなかった時点で、俺的には負けだわ。クソ。
龍月は、俺と海空を見て笑った。引き分けだ。と。
「延長する?」
龍月は口角を上げた。海空は、うちの負けや。と、譲らない。
俺の前に来た。
「つっ……」
不意を突かれた。海空が俺に抱き着いてきた。
頬と頬が触れる。
海空が少し距離を取って笑った。両エクボがへこむ。
「おおきになぁ。」
「……。」
右手で俺の頭を撫でて軽く叩く。
その、穏やかで優しい笑み。全てを察し、理解している顔だ。
俺の、
弟への気持ち。自分への配慮。
そして、龍月にも礼を言った。
空にも負けずとも劣らぬ、実直で、包み込むようなオーラ。
俺が、無言でいると、堪忍な、汗臭かったなぁ。と、身体を放した。
「いや、そうじゃないと思う。」
と、ぼそっと言ったボケ天。聞こえてるわ。
まあ、でも
こっちも微妙だわ。結果
延長戦。
やっぱ、海空にとって俺は弟と同義。今更だが。
でもいつか、もっと守れるくれぇ強くなってやるわ。
「さぁて、俺も……」
海空と紫月が着替えに更衣室に向かった後。
龍月も倣おうとしたので、俺は止めた。
戦ろうぜ。と。
あからさまに嫌な顔をされる。だが、あきらめの溜息のように息を短く吐いた。
「そういえばさ。実は、ちょっとスカッとしたんだよね。」
龍月は話を蒸し返してきた。俺が海空をもらう。と、言った事。
煮え切らない
扇帝さんにさ。と、言った。
「俺が言ってもよかったんだけど、真実味、ないでしょう。」
いつもの嘲笑。クソがっ。
「だから、応援するよ。……守ってやってよ。な。」
……。
ちっ。ほんと、食えねぇ奴。
「……模試でトップとったら、なんてゆってねぇし。」
だから。と、俺は龍月を指さした。
「まだ、トップじゃねぇから。」
「……。」
ファイティングポーズを取った俺に、龍月は口元を緩めて、観念したように頷いた。
空がストップウォッチを持った。当然。ガチルール。
「……始め!!」
いつも
一番だった。
特に努力なんて要らなかった。
勉強も運動も。俺は、誰よりもできた。
一番になることが当たり前だと思っていた。
ケンカでさえも無敵と思っていた。
しかし、それはガキまでだ。上には上がいる。
ケンカでトップになるには、鍛錬が、努力が必要だ。
今でもトップになることは、トップを目指すことは、当然。
メシを食うみてぇなモン。
それから諦めたくないという気概。そして、衝動。
泰盛との戦いは、すげぇ楽しかった。ヒリつくような、殺意さえ混じる交戦。
でも。間違わねぇ。一線は超えねぇ。
忘れない。万が一でも間違えそうになったなら、こいつらがいる事を。
「維薪、大振り多い。もっと丁寧に。」
相変わらず余裕の龍月。
その口、今にふさいでやるわ、待ってろ!まずは、てめぇを超える。
そしてその先。まだ、はっきりとはわかんねぇけど。
守りたいモンを守れる様になる為。
仲間が一線を超えるのを止める為。
俺自身の
矜持の為。トップを目指す。
そして、超える。
トップは通過点。トップを取った先。その時、はっきりとした光景が観えるハズ。
現状維持は後退と同意だ。常に上へ。さらに上へ。
そうだ。
トップを超えろ。トップになるのなら、目指すのは、その上。
Over The Top!!
それが、俺のプライドだ。
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あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございました!
久々?に最後まで楽しんで仕上げられた話でした。
書いている最中にどんどん話が浮かんできて、他の話もかきたい!と思えました。
実は、「空」で湘’s Worldの集大成にしようと思ってたのですが、、
死ぬまでかいてるかも(笑)
そんな僕にいつもお付き合いくださってありがとうございます!
今後ともよろしくお願いいたします。
ではでは次の作品で!
2022.5.18 湘